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恋とは

瑞姫は、結朋を妹のように思っていた。

実際は結朋のほうが歳上であろうが、神の世に先に居て、それを教えているのは瑞姫だからだ。

結朋はとても覚えが早く、歩き方もしぐさも、全てを教えると見たままそっくり真似る事が出来た。今では後ろ姿を見ていると、どちらが瑞姫か分からないと臣下が言うほどだった。

そんな結朋なので、学校でも驚くほどに優秀だった。

本も読めばすぐに理解し、暗記してしまうので、教師のほうが舌を巻くほどだった。なので、試験も難なく通り、望むなら宮で職につけるのではというほどであった。

慎吾とは、約束通りに湖で会った。結朋は毎日待っていたが、慎吾は毎日行けるはずもなく、しかし結朋は、一時間ほどは待っていた。

慎吾も慎吾で、待っているのを感じ取ると、気が気でないので任務が終わるとすぐに湖へ向かった。

そんなこんなで、ふた月もすると、結朋はすっかり神の王族の女そのものに成長していた。

全ては瑞姫から教わった通りに、結朋は美しく品が良く、そしてたしなみの深い色香漂う女へと変貌したのだった。

そうして美しい結朋と瑞姫は、宮の男達の間でも羨望の的であった。

瑞姫は皇女であるので畏れ多く、皆とても話し掛けることなど出来なかったが、結朋は学校の図書室などで話し掛けられることが多かった。

しかし漂う雰囲気は王族のように気品高く、ぞんざいに扱うことなど出来ない雰囲気であるので、皆礼儀正しく接した。結朋はためらいながらも、話し掛けられると答えてはいたが、それがなぜか面倒に感じた。

慎吾と話したい…。結朋はずっとそう思っていたのだ。

ある日、その日は軍の総会があるので絶対に行くことは出来ないので待つのではないと慎吾に言い渡されていた結朋は、仕方なく宮の瑞姫の部屋で、二人向かい合って刺繍をしていた。

ふと手を止めた結朋は、窓から見える空を見上げてため息を付いた。我はどこまで精進すれば、慎吾様とゆっくりとお話しする機会がもてるのか…。でも、このままでは、我は…。結朋は少し、眩暈を覚えた。

瑞姫が、それに気付いて顔を上げた。

「結朋?最近、なぜか浮かない顔をしているわね。」

結朋は瑞姫を見た。

「神の世の理は知ったつもりであっても、我の望みを叶えるにはどうすれば良いのか、まだ学ぶことが出来ませぬ。」

瑞姫は不思議そうに結朋に問うた。

「それは何?我で教えることが出来ることなら、教えて差し上げるけれど。」

結朋は頷いた。

「瑞姫様、我は人型になってここへ参ったのは、慎吾様にお会いしてお話しするためだけでありました。しかし、思いの外それは難しく、まず、慎吾様の住むこの世界の理を学ばねばならぬのだと知りました。ですので瑞姫様や学校の師について学び、そして知ることも出来たのでございまするが…未だ、慎吾様とゆっくりお話しすることが出来ませぬ。慎吾様はお時間を割いてくださいまするけれど、それは忙しい合間に任務が終わられて少し、来られたと思うたら、すぐに去ってしまわれる。我は…どこまで学べばもっとお話を出来るようになるのか、わからないのでございます。」

瑞姫は驚いて袖で口を押えた。では、結朋がこれほどに頑張っていたのは、全て慎吾殿のためだったと言うの…。

「…まあ、結朋。あなた、慎吾様を好きなのね?」

結朋はびっくりした顔をした。

「好き?はい、好きでございまする。」

その言い方に、瑞姫は首を振った。

「結朋、恋愛の本は読んだことがある?」

結朋は頷いた。

「はい。人の世のものでありまするが。殿方を恋うるお話しでございまするね。」

瑞姫は頷いた。

「そう、結朋はきっと、その恋というものをして、慎吾殿に会いに参ったのよ…でないと、これほどに頑張ることはないでしょう。我も恋には憧れておるけれど、未だ経験はないの。なので詳しい事はわからないのだけれど…。」

結朋は驚いたが、そう言えばあの本の主人公の想いは、自分の気持ちと重なる所がある。なので共感して、何度も読み返したのだ。では、我は、慎吾様を恋しいと思っておるのか。

「…そうかもしれませぬ。我は慎吾様にお会いできない時は、とてもこの辺りが」と、胸を押さえた。「痛くなって、苦しい心持ちが致しまする。本日も、軍の総会があるので待つなと言われ、とても痛かった。これが恋であるなら、合点が行くというもの…。」

そこまで言って、結朋はふと、黙った。思い詰めたようにじっと一点を見つめている。瑞姫は訝しげに言った。

「結朋?」

結朋は、瑞姫を見て、みるみる涙を溜めた。瑞姫はびっくりした。

「結朋、どうしたの?」

結朋は、首を振った。

「…我では、駄目でございまするね。」結朋は涙をこぼした。「我は所詮、木。神同士や人同士でも想いが叶うのは難しいもの。まして我は一方的にこのような所にまで押し掛けて参った…慎吾様には、どれほどに面倒にお想いであることか…。」

結朋は、袖口で顔を隠して涙を流した。

「結朋…。」

瑞姫は、結朋を抱き締めてその背を撫でた。確かに慎吾は、あまり興味もないような風情でいる。他の軍神達や一般の神達が結朋を見染めて声を掛けていようとも、気に掛けてもいないような感じであった。龍とは、皆このような感じであるのか。確か、従妹の将維もこんな感じだった…。

瑞姫は、将維に聞いてみようと心に決めた。


結朋が日々元気をなくし、湖にも行かなくなったのを見て瑞姫が焦っている時、折も折、龍の宮の皇子である将維が月の宮へやって来た。

小さな頃はしょっちゅう母の維月と共にやって来た将維も、第一皇子であるので龍王位を継ぐべく宮に篭ることが多くなって、こちらへ来ることもほとんどなかった。今日は、維月について来たという。めったにないことに、瑞姫は慌てて将維を探した。

将維は、意外にも図書室のパソコンの前に居た。見れば見るほど龍王にそっくりな将維は、最近なぜか影が出来て大人びてしまって、同い年だというのに置いて行かれた気分だった瑞姫は、将維を見て少し不機嫌になった。

「将維。」

将維は、瑞姫の声に振り返った。

「瑞姫ではないか。なんだ、そんなに慌てて。」

「聞きたいことがあるのよ。なのに、将維はなかなか来ないから…。」

瑞姫が膨れると、将維は眉を寄せた。

「書状でも遣わせれば良いであろうが。我だってそんなに暇ではないのだ。今回だって、早く帰らねば父上がどれほどに怒るか…母上が共であるからの。」

瑞姫は、将維の前に座った。

「我の友である子が悩んでおるのよ。ねえ将維、龍ってどうして皆、女に興味がないような風情なの?あなた、少しも女を見ないでしょう。」

将維は突然のことに面食らった。女だって?

「…主の、いきなりそのようなことを。我だって全く興味がない訳ではないわ。好ましい女であるなら興味も湧こうほどに。父上を見よ。母上をあれほど追って回られて…あれは興味があるレベルではないの。」

維心のことを言っているのはわかった。確かに龍の象徴のような気質でいらっしゃる龍王が、あれほどに愛しておられるのはわかる。

「確かにそうではあるのだけど。では、どうすればその、好ましい女というものになれるのかしら。」

将維は顔をしかめた。

「すまぬが、我では力になれぬ。だいたいそういったことは全くわからぬのだ。普通の恋愛は分からぬの。」

「普通の恋愛?」

将維は少し、気まずそうに横を向いた。普通の恋愛って…じゃあ、普通でなければ分かるのかしら。

「将維。」将維は横目で瑞姫を見た。「では、普通でなければ分かるのね?よかった、普通ではないのよ。木と龍のだから。来て。」

瑞姫は、グイと将維の腕を掴んだ。将維は慌てた。維月と血の繋がるこの瑞姫は、母の維月と良く似ていて振り回される。

「木だと?こら待て、瑞姫!我には分からぬと言うに!」

将維はどんどんと引っ張って行かれたのだった。


慎吾は、ゆったりと自室で寛いでいた。明人と嘉韻が訪ねて来て話している。

最近は結朋が湖で待っていることもなく、真っ直ぐこちらへ帰って来て休むことが出来る。明人や嘉韻とも、ゆっくり話すことが出来ていた。

いつも待っていると思うと気が気でなくて、訓練が終わるとすぐに湖へ行く毎日を繰り返していただけに、慎吾はやっと自由な時間を使えるようになったと思っていた。

「…しかし、結朋は変わったの。」嘉韻が言った。「軍神の中でも、結朋をと望んでいる者は多数居ると聞く。」

明人は頷いた。

「最初はどうなるかと思ったが、すっかり神になったじゃねぇか。しかし、あれから慎吾慎吾と言わなくなったな。飽きたのか?」

慎吾は眉を寄せた。

「飽きるとはなんだ。散々面倒を見たのだ。もう良いであろうよ。あれも成長したのであろうて。」

明人は、意外にも頷いた。

「だろうな。最近じゃ、夜、湖で十六夜と話してることが多いって聞く。だから他の軍神達も思い切ったことが出来ないんだ…十六夜が望んでるなら、誰も手は出せないだろう?月の宮に住んでる限り、月の結界に守られてるんだからな。」

慎吾は意外なことに、身を乗り出した。

「十六夜が?なぜに、結朋を…。」

嘉韻は言った。

「始めから知っておるようであったではないか。月と植物が近いことは知ったであろうが。木である時から、知り合っておったようだからの。維月様が今回急に帰られたのも、十六夜が結朋を迎えることを話すためではないかと言われておる。ま、あれで十六夜は気遣いが出来るし、良いのではないか。慎吾も、解放されてすっきりしたような顔をしておるし、重畳であるの。」

明人は頷いた。

「それにしても、維月様しか見ていないようなことを言ってた十六夜ですら、あの結朋は見逃せなかったか。まさかあそこまで成長するとは思わなかったもんなあ。きれいになっちまって。龍の宮辺りの王族に居てもおかしくないほど気品があるよ。」

嘉韻は微笑んで頷いた。

「ほんに、努力の賜物よの。結朋には、褒めてやらねばならぬな。のう、慎吾。」

慎吾は頷きながら、納得出来ていない自分が居るのを感じていた。月の妃になると、結朋は望んだのだろうか…。

見上げた空には、月が出ていた。そこに十六夜の気配は、なかった。

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