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◇回想 ~三年前~

 

 

 

別名、現実逃避。

主人公の前職が判明…ありきたりですが。

 

 

 

 


 

 

 青く晴れた空を、自分の体より大きな翼を広げた真っ白い毛玉がセスナ機並みの速度ですっ飛んで行く…ああ、ファンタジー……。

 しかし、生身で空を飛べるというのはなかなか癖になる爽快さというのも事実。

『キューイ!』

「気持ちいいな」

『キューー♪』

 真っ白毛玉…ではなく、正しくは『聖獣フアネス』と言い、見た目は翼の生えた真っ白な兎。ただし、サイズは軽乗用車並み。

 元々は近衛の就任祝に『蒼空の魔王』様から貰った卵で、孵したらコレだったという…現、私の騎獣。

 …孵った後の成長速度の凄まじさに慌てたのは今は懐かしい思い出、まさか一年足らずでバスケットボールサイズからここまでになるとは……。

 

「あまり張り切らなくてもいい、のんびり行こう」

『キュ』

 少し速度を落とさせれば、眼下には草木もまばらな荒野。

「ああ…ここは……」

 懐かしさに思わず苦笑した。

 

 此処は…三年前、私がディーン様に拾われた、場所……。

 

 

 

 

 

「伝令!騎馬隊退却まで戦線を維持しろとの事ッ!」

「ちっ…こちらを使い捨てる気か……」

 その頃の私は職業軍人…と言っても、それ自体は全く珍しくもない。

 私の生まれた国では街の男性は基本的に軍に入り兵士になるのだから、軍事国家の男子の定めと私も諦めた。

「隊の様子は?!」

「ウチの隊はまだイケます!他の所はヤバそうですけどねっ!」

 優秀と言うには足りないものの、根性のある人の良い副隊長が引きつった笑みで応える。

 一般兵士出身の叩き上げの中隊長にして若手の有望株、それがその時の私の周囲からの認識。気が付いたらそうなっていた状態なので、正直な所地位に見合った意識はないが。

 新人の羨望はまだわかる、だが貴族子弟からの嫉妬は何故受けなければならないのか。貴族子弟なら中隊長など入りたてで貰える地位だろうに、隊員という補充の利く肉の盾に守られ何度か戦争を生き延びれば、階級など頭打ちの私を羨む間もなくすぐに上がるだろうに……。

 

「他の隊が崩れて来てますね…隊長、どうします?」

「どうしたものかな」

 このまま命令通り真っ当に前線を維持すれば私の隊は間もなく孤立する…それは御免被る。

 隊長と言えど指揮官ではないので、私も含めて隊は皆前線に立つ…今回もまた最前線で剣を振るいながら班単位で行動する方々の報告を頭の中で処理していく。

「牽制がとんだ貧乏籤だ」

「全くです!」

 

 何度目かになる隣国との戦は、その時は完全に負け戦だった。

 守りを固める相手にじれて、命令を無視して突撃して行った馬鹿な重装騎馬隊…これだから貴族のボンボンは。

「隊に通達!攻めるな!一進二退で行け!!他の隊に戦線を合わせる!」

「了解!」

 見た目の華々しさ相応に鎧にも騎獣の維持にも金のかかる重装騎兵隊は中流以上の貴族の子弟が中心、頭の中味も華々しいのが大半だ。

 …だがしかし、お貴族様はお貴族であり、命の優先度は庶民と比べるべくも無い。 

「くっ…二重苦だな、全く…!」

 命令無視で陣容はガタガタ、突撃した当の重装騎兵隊は総崩れでグチャグチャ…。せめて戻ってくる時ぐらいはまともに退却してほしいものなのに、パニックで味方まで蹴散らしギリギリで維持している戦線に穴をあけていく始末…全く、やってられない。

 そろそろ生きているのは戻ったろうに、さっさと退却命令は出ないものか…。

「つっ!」

「隊長!大丈夫ですか!?」

「よそ見をするな!」

 横合いからの鋭い一撃が左腕を掠り、ピリッとした痛み。声を上げた部下を叱咤して、わざと場所を移動する…今の一撃は、少しマズい。

「隊長、後ろに…!」

「散らばった班を纏めろ!撤退を聞き逃すな!」

「ですが…!」

「行け!」

 背中合わせで戦ってきた副隊長をあえて離す…それが、多分最良。

 だって、斬られた腕がもう痺れてきてる。

 

「痺れ薬とは…嫌な事をしてくれる…!」

 おかげで魔法の発動媒体の短剣を握る左腕が引きつって動かない、これでは魔法は使えない。

 更に太股にもらった一撃の出血がマズい。血を吸ったズボンがべったり張り付いて動き辛いこと…何より、もうそろそろ貧血で本当に動けなくなりそう。

 全く、誰なんだか…本職を紛れ込ませた馬鹿野郎は。…多分、味方の貴族の誰かだろうが。

「タダで死んでやるのは癪だな…」

 寒くて熱くてクラクラする…血が足りない。まあ、いいか…どうせこの状況なら自分の死は確定しているし。

 こんな状態で暗殺のプロ相手に勝てるとは思わない…が、せめて相討ちくらいには持って行きたい。それがせめてもの意地、前の半分も生きていないのに正直悔しい。

「ああ、もう、本当は死ぬ覚悟何か決めたく無いのに……」

 

『だったら、生きればいいんじゃないかな?』

 

「……は?」

 頭の中に突き刺さった呑気な声に、自分の状況も忘れて思わず天を振り仰いだそこに…人。

「生きたいんだよね?」

 ふわりと降り立って、確認するようにもう一度問われた。

 しかも、私に相対していた暗殺者の背後に…。

「……っ!!」

「キミは邪魔」

「あ…!」

 何をされたのか暗殺者が崩れ落ち、咄嗟に手を伸ばした私はそのまま地面に倒れた…もう、起き上がるのは無理、か。

 貧血が過ぎると寒くなるというのは本当らしい…酷く寒い。

「生きたいなら、私の手をとるといい。助けてあげる」

 私の前にしゃがみ込んで差し出された手…白くて柔らかそうな手に、こんな時なのに汚れた自分の手を重ねるのは戸惑われた。

 

「でもね、この手を取るなら君は私のモノだよ」

「……ぇ?」

「君が欲しいんだ。君が私のモノになるなら、私が君を助けてあげる」

「わ、たし……?」

 …意味が分からない。 いや、予測は付く…下僕、隷属物、奴隷、その類のものになれと言うことだと思う…多分。

それにしては時と場所とシチュエーションが最悪だけれども。

「何故……?」

「いいなって思ったんだ、死ぬ覚悟なんか決めたくないってのとか特に最高だよね。どうかな、私の手を取らないかい?私は君が欲しい」

「…………」

 そんな単純な理由でこんな死に損ないを拾うと言うの?

 霞む目の先には輪郭のぼやける白い手…怒号も剣戟の音ももう聞こえない…ただ心臓の音だけが、変なリズムを奏でている。

「…死に、たく、ない……っ」

 死にたく無かった。

 何より、私を欲しいと言った言葉…それを今、この時に言うのは正直、反則。

「ありがとう、大丈夫、安心して。私が君を死なせない」

 伸ばしてギリギリ掠った指をしっかり手で掬い、存外に温かなぬくもりに安堵する。

 汗と砂にまみれた額に、場違いに柔らかな感触。

 そのまま、私は意識を手放し……。

 

まぁ、その後は色々と?

 

 

 

「………」

 思い出して少し熱くなった頬に手を当てる…素面で思い起こすには、恥ずかしすぎる。

「まさか、人間捨てるのと同意義とは流石に思わなかった……」

 あの後、お持ち帰りされて最低限の治療を受け、ギリギリ意識が戻ったところで速攻で魔族化。そもそも、魔族の領域にお持ち帰りされた時点で魔族化する以外に生き延びる方々が無かったのは事実であるものの……。 だからと言って、最初から正直に『助ける=脱人間』を提示されて断ったかと言うと…結果は変わらなかった気がしなくも無い。

 

「でも、意識が戻るのを待ったのは間違いなく最低」

 曰く、「意識無い相手にアレコレしても楽しくない」との事…魔族化に必要なのがアレと言うのはしょうがないとしても、これは最低。

「…ま、魔族に常識を求めても無駄か」

 魔族に人の常識は無いと思っていい、あるのは事実と経験の積み上げのみ。人間には必須の衣食住すらさして必要としないのだから、さもありなん。

 拘りのないものに関してはどこまでも無関心で、拘りのある物には偏執的なまでに拘る…理解はまず不可能。

 

「悩むだけ馬鹿らしい」

 本当は思い起こすのすら馬鹿らしいものの…まだ、たった三年しか経って無い自分には無理な話。

 最近ようやく、乾いた笑みで頭の中を右から左に流す事が出来るようになったと言うのに…先はまだまだ長い。

『キューゥ?』

「何でも無い」

 問うように鳴いた真っ白な頭を撫でて、緩く頭を振る。

「もうそろそろ降りようか、あの森を越えると王都だ」

『キュ!』

 思い出に百面相しているうちに、王都に随分と近い場所まで来てしまっていた。

 速度が緩み、降りられそうな場所を探して森の高さスレスレを飛ぶ。

「ま、何より今の問題は母さんとエリナか…」

 考えると胃が痛い。

 おそらく死んだ事になっているとは思うけれど…丸三年放置した母親と妹になんと申し開きをするべきか……。

 

 この多難な前途に比べれば、正直アレやコレやはどうでもいい話。

 

 

 

 

 

 


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