第07話 継承
見慣れた森の中、今日はお母さんから夕食に使う山菜の採取を頼まれて北の森へ赴いている。俺はもう22歳、お父さんから狩猟の許しをもらってから十年が経った。両親も、もう50代前半で若い年とは言えなくなってきている。
この十年で魔力探知も森全体を覆えるほどに広くなった。狩りになれば、一度見た種類の獲物なら一瞬で探し出すことができる。しかしいつも通る道だが、森の生き物たちの様子がおかしい。
こちらに向かってきている魔物が三体、魔力探知に引っ掛かった。速度からして、クリスタルウルフ―体毛がクリスタル並みに硬い狼型の魔物―だな。
近年、魔物の動きが活発になってきている。普段北の森には生息していない魔物が現れたり、魔物が獲物を襲う頻度が増えたりしている。クリスタルウルフにしてもそうだ、奴らはここよりももっと北の雪山に住む魔物。それがこんな南まで南下してきている。二人が王国に居た頃にラカヴの魔物たちが活発になっていると言っていたが、その影響なのか?
そんなことを考えている間に、囲まれてしまった。まぁ囲ませたんだけどね。
こいつらの狩猟パターンはいつも同じ、獲物を囲い込み逃げ場をなくした上で、一気に全員で襲い掛かる。そのまま獲物を引き千切って自分の餌とするのだから恐ろしい。
俺としては、囲んでくれた方が一撃で済むから有難い。
「風刃乱颯!」
狼たちが襲い掛かろうと空中へ飛び出した瞬間、俺を中心に地面から魔法陣が展開され風の刃が狼を粉微塵になるまで切り刻む。効果範囲3m以内にある物質は粉となって赤い血煙と共に地面に舞い落ちた。
山菜を採る前で良かった、採っていたら風刃乱颯に巻き込まれてふりかけになるところだった。
最近は、俺レベルの魔法でも魔物を処理できてしまうため、得意の接近戦で戦えず少々退屈だ。
お母さんから座学で教えてもらえる魔法も全て習得してしまい、後は教わった魔法を自分で応用するしかない。この風刃乱颯もその一つだ。お母さんから教えてもらった風刃―圧縮した空気を刃状にして飛ばす魔法―、そして上位魔法の真空刃―高速高圧の気体をレーザー状に撃つ魔法―の二つから応用し、風刃の効果範囲を限定して何千発も打ち込めるように改良した。刃の大きさを爪サイズに縮小し、射程を1㎝ほどにしたことで1発1発の消費魔那を抑えつつ範囲内の物質に目標を絞って範囲魔法として確立させたのだ。
範囲内に入れば自動で風刃が襲い掛かるから防御としても優れている、応用して作った魔法の中でも使い勝手が良い魔法だ。
「さて、もう日暮れだ。そろそろ山菜を見つけて帰るとするか」
近頃は森の植生が変わってきていて山菜を採るだけでも探すのに時間がかかる。これもラカヴの影響なのかもしれない。
少し歩いた先で運よく目的の山菜を見つけたので、俺は暗くならないうちに家へと帰った。
「ただいまー、母さん、父さん」
「あら、おかえりなさい。遅かったわね」
「あぁ途中でクリスタルウルフに襲われてね、でも山菜はこの通り採ってきたよ」
「ありがとう。助かるわ」
回復魔法のおかげか、お母さんも50代前半だというのに30代の美しさを保っている。だが、さすがに筋力までは維持できず牧場の世話や畑の収穫は体に堪えるようで、全て俺が行っている。
「おぉ帰ったかアモン。それでクリスタルウルフどうしたんだ?」
「もちろん魔法で倒したさ。大したことなかったよ」
「おお!流石は俺の息子だ!近頃は北の森も危険だから気を付けるんだぞ」
「分かってるって、大丈夫だよ。この前なんてレヴィの群れを撃退したんだよ?問題ないって、それよりも自分の心配をしなよ~」
「何ー!?生意気言いよって!」
お父さんも負けず劣らずの若々しさで冒険者をしていた分、運動能力は衰えていない。今でも一人で魔物を複数匹相手取った狩りをしている。俺が代わりに狩りはすると言っているのに、「まだまだ息子の肩を借りる年ではない!」と威勢がいい。しかし悲しいかな、全盛期に比べると技の切れや精度が年々落ちてきている。いつか森で魔物に殺されてしまうのではないかと心配する気持ちが募るばかりだ。
それにここは話に聞くラカヴほどの魔那濃度ではないにせよ、魔那準高濃度領域だ。二人とも高濃度魔那耐性を持っているとはいえ、年齢による衰えは必ず現れてくる。だから、身体の調子には気を配っておこうと思う。
俺はというと、身長が少し伸びて(角無しで)160㎝の中学3年生くらいの見た目にまで成長した。見た目はまだまだ幼いが、ついに前世で生きていた年数を超えたのだ。今までも刺激的で色濃い20年だったが、二十歳を越えてからは、ようやく準備フェーズが終わって新しい人生が再スタートしたって感じだ。
それと二十歳になってから、俺に新たなスキルが覚醒した。それは、「限界突破」と「消費魔那極小化」だ。そう!両親の二人が持っているスキルである。二人に聞いてみるとこれは「遺伝スキル」というもので、両親が持っているスキルのどちらかもしくは両方のスキルを一部継承することがあるらしい。普通は15歳くらいの年齢で発現するもので、15歳の時に何も変化がなかったため、二人とも遺伝スキルは継承していないと思っていたらしい。なので、俺は遺伝スキルを発現するのがかなり遅い方だったようだ。多分、竜人の15歳判定が今の年齢くらいだったのだと思う。
「アモン!限界突破のスキルにはもう慣れたか?あれは、無茶をすると身体に反動が来るからな、慎重に使うんだぞ」
「ああ、それが、早く慣れたいのは山々なんだけど、限界突破を使うほどの敵に遭遇しないからねぇ、父さんとの模擬戦くらいしか使えないよ」
俺は肩をすくめて手を上げる。言った通り、限界突破を使用してまで戦わなければいけない強敵とは、森の中では出会えないのだ。
だが、このスキルは思っていた以上に厄介で早く慣れてしまわないと、また初めて使った時みたいに体がひび割れて全身から血を噴き出して倒れてしまう。
竜人の体をもってしても制御が難しく、改めてお父さんのスキル練度の高さを実感する。推測するに、この体のせいで人間よりもステータス上昇幅が桁違いなのだと思う。つまり、俺の制御がまだまだ未熟なのだ。
「お母さんのスキルは、便利なんだけどまだ役に立つことはないでしょうね。魔導書があれば極限魔法を教えてあげられるのだけど…座学じゃあ上位魔法が限界ね」
「大丈夫さ、母さん。呪いでいつまで生きられるか分からないけど、もし王都に行けたら母さんの通っていた学校で習ってみるよ」
「えぇ…そうね。楽しみだわ」
明るい笑顔だが、少し悲しい顔だ。それもそうだろう、お母さんからしたら呪いでいつ死ぬか分からないというのに、王都に行けるとしたら二人が寿命で死んだ後なのだから、もしもの話をされるのは辛いだろうな。
極限魔法
魔法の最上位に位置づけられている魔法で、その効果はどれも他の魔法とは一線を画す力を持っているのだとか。冒険者の中でも極限魔法を習得していない者は珍しくない。しかしお母さんの通っていた学校は、卒業条件が極限魔法を一つ覚えることらしいので、極限魔法を扱える人に出会ったらそこの卒業生か、独学で極限魔法を開発した凄腕の魔法使いなのだそうだ。
「さぁ、ご飯ができたわよ。みんなで食べましょう」
「うん!いただきます」
軽率な発言を反省しつつ、俺は今あるこの平穏で幸せな家族団欒を楽しむのだった。
「おい、おいアモン!アモン起きろ!」
「(ん~どうしたパハドォこんな遅くに…)」
「敵だ!魔力の強い敵がこっちに向かってきている!」
「(敵って…俺の魔力探知にはそんなやつ一人も――)」
!!!
突如、魔力探知が鳴り響く警告音のように急速接近する今までにない魔力の塊を俺に知らせた。
俺は急いで家の外に出ると、続けて両親も走って外に出てきていた。魔力探知が敵を知らせる東の方角へ注意を向けていると、生い茂る木々を雑草のように薙ぎ倒しながら庭の前に大きな土煙をあげてそれは現れた。
「こんなところに人間が住んでいるとは、冒険者たちが進むルートを避けてきたというに、これでは無駄足ではないか」
身長は優に2mを越え、体格は人間の成人男性を大きく上回っている。
全身を黒鉄色の甲冑で身を包み、鋭く張り出した肩当と本来覗き穴を付けるはずの兜には一切の隙間がないことからもその者の異様さが伝わってくる。連なる鎧同士はまるで龍の鱗のように均一に作られ、一枚一枚には細やかな意匠が施されている。
左手には胴全体を覆えるほどの大盾、右手には身長と同じくらいの大剣を携えている。あの鎧と両手の武具を身に付けてここまで飛んできたことを考えると、唯物ではない。
特に目を引くのが鎧の隙間だ。鎧は必ず脇や股、膝裏など必ず隙間ができる。だがあの鎧にはそれがない、どうやって動いているのか全身を隙間なく鎧が守っている。
「我は、魔鎧虫ベラスカ。レムリア王国を我が物に…我の邪魔をする者は何人であろうとも切り伏せる。王国へ知らせに行かれる前に、ここで殺しておくとしよう」
こいつ、魔人か?ベラスカと名乗る魔人はすぐさま大剣を構えて臨戦態勢に入った。この殺気、確実に俺たちを殺す気でいるようだ。
にしても魔鎧虫って…あんな鎧の姿で中身虫なのかよ。通りで、人間で言えば男に近い声が籠らずに聞こえてくるわけだ。あの鎧、鎧ではなく外骨格なのか…
「(解析鑑定!)」
名前:ベラスカ
種族:魔鎧虫
役職:魔王ぐ――
…抵抗されました。
ちっ…ダメか。
「アモン!お前はお母さんを守りつつ、魔法で遠距離攻撃を頼む。お父さんは直接奴に剣を叩き込む!」
「分かった!」
お父さんはロングソードを抜き放ち、限界突破と仙鬼法を発動。指数関数的に上昇するステータスに身体の耐久限界まで身体能力を強化する上級仙法、お父さんはこの二つを組み合わせることで時間経過と共に身体能力を倍化させる。その強化倍率は、発動直後で5倍、ベラスカの体に剣が触れる頃には人間の身体能力が8倍された豪腕による剣撃が襲い掛かる。
お父さんが飛び掛かると同時に俺は相手の隙を作るため、魔法による遠距離攻撃を試みる。習得した魔法の中から虫の魔人に効くであろう魔法を直感的に選び取り唱える。
炎系上位魔法を三重詠唱に改良した応用魔法―
「炎三重槍!!」
「破魔砕鱗斬!!」
俺の魔法は、奴の右腕を焼き焦がしお父さんの剣は盾ごと奴の体を真っ二つにする。
…はずだった、三本の炎槍は大剣の一撃によって粉砕され、ロングソードは盾に易々と受け止められていた。
「ちっ、まだ強化が浅いか!」
「…格の差だ」
ベラスカは、受け止めた盾でお父さんを空中へはじき返し、そのまま右足の蹴りで数メートル先の木々へと吹き飛ばした。その衝撃でお父さんは、右手からロングソードを手放し俺の目の前へと転がり落ちる。
「ぐふぁあ!…」
倒れるお父さんの下へお母さんが駆け寄り、回復魔法をかけ始めている。ひとまずは大丈夫そうだ。俺は、すぐにロングソードを拾い上げ、ベラスカに向かって構える。
お父さんが吹き飛ばされるところなど初めて見た。緊張からか、それとも眼前に聳える未知の強敵への恐怖からか額から冷や汗が流れている。
「お前なら、少しは楽しめそうだな角の生えた人間」
不思議な感覚だ。父親が倒され怒りに震えてもいいはずなのに、俺の頭は冷静にベラスカを捉え集中力は増すばかりだ。相手はあのお父さんの本気の一撃を止めた魔人だ、だがまるで自分よりも劣る弱者を見ているかのように竜人の本能が俺の体を昂らせる!
今なら出来る気がする。
「待て!アモン!無茶だ、危険すぎる!」
「大丈夫さ父さん!そこで見ていてくれ」
スキル解放、限界突破。
そして、お父さんとの模擬戦で練習していた未だに成功したことはない併用!
プラス、仙鬼法発動!
身体中に血液が駆け巡る。感じたことのない魔力の洪水が身体の底から溢れ出て、理性が飛びそうだ。だが、模擬戦では感じ得なかったこの高揚感!これこそ!命の取り合いに他ならない!命に縋りついていた俺が今や命を失いかける状況に興奮を覚えるとは、俺もつくづく人間だねぇ。
全身から増大し続けるオーラと魔那を迸らせながら、足は緩やかにベラスカへと進んでゆく。
「これは…一体、お前本当に人間か!?」
「さぁ…どうだ…ろうな?」
「面白い!そうでなくては、一番槍はつまらん!このベラスカ!お前に敬意を表し本気で相手をしてやろうぞ!」
ベラスカの魔力が上がった。奴の周囲からも魔那が迸り、大気の魔那も乱れ始めた。やっと奴も本気を出してくれたようで嬉しいねぇ。まだ限界突破の制御が難しい、奴が何を言っているのかいまいち聞き取れないが、闘る気満々なのが伝わるだけで十分だ。
お互いが歩みを進め、間合いに入ったところで一歩止まる。決着は一瞬、奴め俺が強化し終わるまで待っているつもりか?だがその油断が命取りよ!
お父さんの限界突破による仙鬼法の強化倍率は、人間の身体換算で初手5倍だ。しかし、俺の身体は竜人、強化倍率は発動直後で10倍。強化される元の身体も違えば強化倍率も段違いなんだよ!
「グォオオーーーーーー!!!!!」
大剣を大きく縦に振り下ろすが、それが俺の右肩に届くよりも速く、俺のロングソードがベラスカの右脇腹から左肩へと外骨格の鎧を粉砕しながら通り抜ける。
「破魔龍爪斬!!!」
「ぬぉおおおお!くっ、あぁ…申し訳ございません、魔王…様…」
強化倍率…20倍、30倍、40倍。
まずい、早く限界突破を解除しなくては。体にひびが入り始めた。このままだと、また血を噴き出して倒れてしまう…
「強制睡眠」
背中に右手が触れる感触と共に全身へ一気に眠気が襲う。意識を失う最中、背後には魔法を唱えるお母さんの姿が見えた。流石は…俺の…お母さんだ…
*
意識を取り戻すと見慣れた天上が視界に広がっていた。窓の外を見ると、もう日があんなに高いところまで登っている。
「(どれくらい経ったんだ…)」
「大丈夫かよアモン?もう一生目覚めねぇのかと思ったぜ」
「(そう簡単にくたばるかよ、パハド。あの二人の息子なんだぞ、俺は)」
「ふっ、違いねぇ。にしてもあいつ強かったなぁ、親父さんを軽々と蹴り飛ばしてたもんなぁ。それに魔王種だったしなぁあいつ」
「(そうなのか?)」
「あぁそうだぞ。気づかなかったのか?」
「(あぁ、解析鑑定が抵抗されて情報は特に見れなかった)」
「それなら仕方ないな、まだまだ伸びしろがあるってことだ。ってそんなことより早く二人に顔をみせた方がいいないじゃないか?」
「(そうだな、そうさせてもらうよ)」
俺はベッドから起き上がり、リビングへ向かった。ドアを開けると、二人が血相を変ええて俺に詰め寄ってきた。
「大丈夫だったアモン?どこも痛くない?回復魔法はかけておいたから全部治ってると思うのだけど…」
「どこも異変はないかアモン?無茶しやがって…」
「大丈夫だよ二人とも。母さんの回復魔法のおかげで、この通りピンピンしてるさ。それより、父さんの方は大丈夫だったの?あの後、周りがよく見れてなかったから、気がかりだったんだ」
「あぁ、あの時は肋骨が何本か折れて肺に刺さってたんだが、母さんのおかげでもう大丈夫だ」
「そう!それなら良かったよ」
相変わらず、お母さんの回復魔法の効果は絶大だ。骨折から内臓の傷まで治してしまうのだから、いくら年を取ったとはいえ回復魔法の腕は健在だな。それにお父さんだけでなく、俺の傷まで完治させてしまうのだから、その魔那の総量も計り知れない。
「アモン、ちょっといいか?」
「どうしたの?父さん」
「お前にこれを渡しておこうと思ってな」
おもむろに俺の前に差し出されたのは、お父さんが長年使ってきた相棒とも言うべきロングソードだ。
「これ、父さんのロングソードじゃないか、受け取れないよ」
「お前の戦いを見て思ったんだ。俺はもう、こいつを昔のようには振るえない。自分でも薄々気づいていたんだが、認めるのが怖くてなぁ。だが昨日、魔人と戦って思い知った。こいつを振るうべきなのは俺じゃないって、だからお前に使ってほしいんだ。俺と同じで初老の身だが、こいつは老いること知らない戦士だ。きっとお前となら俺以上に素晴らしい相棒になってくれるはずだ。だから頼む、こいつを受け継いでくれ」
「貴方…アモン、私からもお願い。お父さんの願い、叶えてあげて」
「…分かったよ父さん。俺、こいつと一緒に二人を守れるくらい強くなるよ。約束する」
「それでこそ、俺の息子だ…」
こうして俺は、お父さんから相棒のロングソードを継承した。今までは狩りで一時的に借りることはあったが、正式に自分の武器として手に持つのは今日が初めてだ。これからは、このロングソードと共に苦楽を分かち強くなっていく。そう確信し心機一転、最後まで二人を守り続けると心に誓ったのだった。
<ステータス>
名前:アモン
種族:竜人
役職:なし
称号:なし
二つ名:なし
魔法:火種、灯火、冷却、回復、解毒、身体強化(以下、上位魔法と同系のため省略)
上位魔法:炎槍、水鎖、真空刃、鉄鋼弾、雷撃、魔力砲
応用魔法:風刃乱颯、炎三重槍、放電陣、魔力爆散弾
極限魔法:なし
仙法:仙隠法、仙闘法、仙鬼法
スキル:解析鑑定、魔力探知、痛覚鈍化、高濃度魔那耐性、雷・電気耐性、限界突破、消費魔那極小化
<統合スキル>
「霊魂精神」
魂詳細感知、魂接触、思念伝達
<終極スキル>
「混沌龍」(一部開放)
世界喰い(解析不可)(ステータス偽造)
混沌顕現(現在使用率1%)




