第04話 両親の過去と語られる世界
さて、起きたは良いがなんて話しかければいいか少し緊張するな。
俺は部屋のドアを開けて、二人が居るリビングへと向かった。リビングと言ってもただ台所と兼用した三人で食事を摂るための共有スペースだが、俺はいつも座る椅子に腰かけて二人が起きてくるのを待つことにした。
しばらくしてお母さんが起きてくると、いつもの優しい笑顔を俺に向けてくれた。
「おはよう、アモン。昨日はよく眠れたかしら?」
「うん、大丈夫だよお母さん」
「お父さんが起きてくるまで、牧場の様子を見てきてちょうだい」
「うん、分かった」
牧場に着くと牛たちが変わりなく俺を出迎えてくれる。今日も元気なようで少し安心した。
姿の変わった俺を魔物だと思って逃げてしまうんじゃないかと心配していたが杞憂だったようだ。
牛たちの体調確認を終えて家に戻ると、椅子に座ったお父さんが俺に声をかけた。
「おはよう、アモン。さぁ、座りなさい」
「うん」
何時になく真剣な眼差しのお父さんの顔を見ると少し申し訳なく思う。
本当は呪いで死なないと分かっていても、これを説明するのは難しい。ましてやおとぎ話の黒龍様が俺の魂に住み着いているなど二人に信じてもらえないだろう。予定通り、ここは二人に話を合わせて落ち着いたタイミングで俺が気になっていた事を聞き出そう。
「お前の呪いの事だが、昨日話した通りそれは黒龍様の呪いによるもので発現してしまった以上、お前があと何年生きられるか俺たちにも分からない」
「うん…」
「そこでだ、お前には二つの選択肢がある。このまま三人で暮らすか、希望薄だがここを出て聖都の魔法病院へ向かい延命治療を受けるか」
最初から答えは決まっている。
本当は死なないとはいえ、あんな場所二度と行くものか。昔の闘病生活に逆戻りなんてまっぴらごめんだ。
「お父さんとお母さんは一緒に行けないの?」
「俺たちは生贄として、ここを出ることは許されていないんだ」
「そっか、じゃあ…僕はお父さんとお母さんと一緒に暮らすよ」
「分かった、じゃあこれからも三人一緒だ!良かったなお母さん」
「…えぇ」
お母さんを見るとまた涙を流していた。俺が出て行くかもしれないと内心不安だったのだろう。これからは懸命に生きてお母さんを安心させなくてはいけないな。
話はまとまったようだし、今度は俺が二人に気になっていた事を聞く番だ。
「ねぇ、二人とも。僕…呪いで明日にも死んでしまうかもしれないから、二人がここに来るまでの事とか、いろいろ教えてほしいな」
「あぁ構わないとも。アモンの願いは出来るだけ叶えてあげたいしな、良いよな?お母さん」
「えぇ、お母さん達の事、アモンにはたくさん知ってほしいもの」
二人の顔に明るい表情が戻り、まずは俺から!と言わんばかりにお父さんが口を開いた。
「まずは、お父さんたちが暮らすこの大地と歴史について教えてあげよう」
父曰く、俺たちが暮らすこの大地は「フプラド大陸」という地理的に北側にある大陸らしい。そして俺たちは今、大陸の中央を縦に分断するエル山脈西側の中腹にある盆地に住んでいるのだとか。
西側の大陸は比較的環境が安定していて、人間や亜人、魔人といった文化・文明をもつ種族の多くがこちらに住んでいる。それでも北極点に近づくにつれて気温は低下し、大陸の北端は極寒の大地で、寒さに強い種族以外住んでいないのだという。
山脈を跨いで東側はというと、見た目は西側と変わらないが東の森で見た黒い瘴気が大気に満ち溢れ、狂暴な魔物たちが跋扈しているらしい。西側ではこの東側大陸を危険限界域―人間の生命活動を害する魔那濃度を越えた領域―「ラカヴ」と呼んでいる。そこには、亜人や魔人もいて文明を築いているようだが西側でそれを明確に確認できた調査例は少ないようだ。ごくたまに東側での生存競争に負けた種族が西側に逃げ込んできているので、その者たちから話を聞いて知っている程度だそう。
この山脈を一週間かけて下山した先が二人の故郷であり、西側大陸を実質支配している「レムリア王国」がある。西側大陸にある文明国家はレムリアただ一つで、西側のほとんどを統治しているのだからすごいものだ。
レムリア王国では冒険者の活動が活発で、その中で最も人気が高くハイリスクハイリターンな依頼がラカヴへの調査だ。なぜなら、ラカヴで手に入る魔化鋼という魔那純度100%の魔鉱石が国の重要資源となっているからだ。国もラカヴを危険限界域と指定し、人の出入りを禁止しておきながら、冒険者の活動は国家とは無関係としてラカヴへの調査を黙認しているのだ。これで魔化鋼を採ってきたら報奨金まで出すのだから、聞くだけでも調子のいい連中だと分かる。
魔鉱石とは、通常の鉄や鉱石に魔那が浸透してできた鉱物の総称だ。それが物質組成を鉱物から魔那に置き換えて完全に魔那の結晶体となったものが魔化鋼だ。
通常、魔化鋼となるまでには長い年月がかかるが、高濃度の魔那で満たされた場所なら魔那の浸透速度が速く、より多く採掘できる。
つまり、西側で魔化鋼をわざわざ採掘するよりも、ラカヴに行って採ってきた方が質も量も費用も段違いなのだ。なんせラカヴは、そこら辺に落ちている小石ですら純度の高い魔鉱石だというのだから、魔那濃度の高さが窺える。
さぞかしラカヴへ向かう冒険者たちの目は、血涙を流せるほど血走っていることだろう。
レムリア王国は、数百年鎖国国家で別大陸とは一切国交を結んでいないのだそうだ。というのも、大昔に南の大陸から強欲な国王と魔王が結託して、軍隊を差し向けてきたらしい。それをレムリア王国は、ご自慢の魔化鋼と魔法工学を組み合わせた数々の魔法兵器をもってして返り討ちにした。それ以降、レムリア王国は外部との交易を遮断、鎖国制度を敷き今日にまで至る。
現代においてもレムリア王国の魔法工学技術は最高水準で、他国の追随を一切許さないほど優れたものだという。それもこれも全部、ラカヴから採れる魔化鋼のおかげだ。
ただ、地政学的な話の最後に自分達がまだ国に居たころ、ラカヴの魔物たちの動きが活発になっているのが気掛かりだったとお父さんは語っていた。
魔王がいるのが当たり前なのか、お父さんは当然のように魔王という単語を口にしたな。何の説明もなく話が終わってしまったので、仕方なく俺はまたパハドを頼ることにした。
「(なぁパハド、魔王って何だ?)」
「俺が生きていた時代にはいなかったから詳しくは知らないんだが、十年の間に聞いた話では魔王ってのは、魔人が魔王種に進化してなるものらしいぞ。魔王種は、魔王と自称しても遜色ないレベルの種族を指す言葉で、魔人の次の段階みたいなものだ。だから厳密にいえば魔王種になっただけでは魔王じゃない、他の魔王に認められて名乗る称号だな」
「(じゃあ、魔王は複数人いるのか?)」
「あぁ何人かいるらしいぞ。でも大陸中を探してみたがそんな奴らは一人もいなかった。多分、全員別の大陸にいるんだろうな。」
「(なるほど、魔王が何人もねぇ)」
この大陸にいなくてよかったぁ~。
にしても魔王か、今の俺が魔王に出会ったら確実に殺されるだろうし、しばらくは安心して暮らせそうだな。
将来的には別の大陸にも行って旅とかしてみたいなぁと思っていたが、そんな怖そうな連中がいるとなると安易な気持ちで旅はできなさそうだ。
「お父さんからは、これくらいだな。あとはお母さんにお願いしよう」
「じゃあ、次は私の番ね。それじゃあ…レムリア王国で暮らす人々の生活と、少し恥ずかしいけれど私達がどのように出会ってここで暮らすようになったのかを教えてあげるわ」
母曰く、レムリア王国の総人口は約2億4000万人。そのうち約1億4000万人が人間、約1億人が亜人や魔人などだ。亜人や魔人の多くが過去にラカヴから落ち延びた種族の末裔たち。それをレムリア王国は、労働力として抱え込んでいるらしい。
彼らの祖先たちがレムリア王国に魔化鋼をもたらし、国の基盤を作り上げたお礼として、今でもラカヴからの難民を手厚く保護しているのだとか。
それでも難民問題や異種族間での争いが少ないのは、国は彼らの労働力、延いてはそこから得られる魔化鋼などの利益、彼らは安全な住処と生まれ故郷に帰るための援助、これらの相互利益による共存関係で治安が安定しているからだ。
そんな他種族国家として繁栄している国内で人々は、前世で言うと中世ヨーロッパのような姿で、魔法工学で発展した近未来のような文明社会で生活しているのだと言う。
石造りの城壁に木組みの家々、その上空を飛び交う数々の魔法使いたち。
石畳の街道を行く市民や冒険者の中には、騎士の甲冑を着たゴーレムの警備兵たちが都市の治安を守っている。
今の自給自足の生活とはかけ離れた高水準の生活。
魔法で徹底管理された農場や牧場。
浄化魔法と圧送設備による上下水道、家と家の間を縫うように流れる水路からは毎日透き通るような水が流れている。
城下町には、子供達の笑い声が聞こえてくる学校や多種多様な種族が集う冒険者ギルド、繁華街には様々な商店や食事処が並んでいる。
聖都には、始原龍を信仰する三大宗教の施設や魔法病院がひしめき合うように建ち並ぶ中を信徒や僧侶、修道女などが明るい顔をして歩いている。
夜になると都市中に配備された魔鉱石を使った魔導灯が街全体を照らし、人々が眠ることはない。
「お母さんはね、その聖都で聖女として難民の子供たちを教会で預かっていたの。どの子もいろいろな見た目をしていてね。大変なこともあったけれど、とっても楽しかったわ!」
「聖女というのはな、聖職者として働く女性の中で最も高位の役職なんだぞ。本当なら聖都の大司教になってもっと楽に暮らせるのに、お母さんは生まれ育ったその教会で難民の子たちを保護し続けていたんだ!」
楽しそうに語るお母さんの表情は、昔の自分を思い出すかのように慈愛に溢れた聖女としての顔を見せていた。
前にもお父さんから話は少し聞いていたが、まさかそんなに偉い人だとは思わなかったな。
お父さんは、見た目からして冒険者か国に仕える騎士とかだと思うのだが、そんな聖女様と一体どうやって知り合ったんだ?
「それで、お父さんは何のお仕事をしていたの?」
「そう、お父さんはね、ラカヴの調査を専門にする冒険者だったのよ。調査隊には、いつも筆頭戦力に数えられていてね、たくさんの人から…いいえ人間だけじゃない、亜人や魔人の方々からも尊敬されていたわ」
お母さんが言うには、人間もある程度訓練を積んだり、特殊な環境下に身を置いたりしていれば、ラカヴのような魔那の高濃度地帯でも順応するようになるらしい。それでもラカヴからの生存者が少ないのは、原生生物たちが西側とは比較にならないほど強いからだ。
お父さんは、ロングソードを扱う接近戦を得意とする戦士職。魔法も扱えるが、仙法と剣術を併用する戦いの方が得意だそうだ。
魔法で身体能力を向上させた上に仙鬼法―仙闘法が身体能力を1.5倍強化できるのに対して、仙鬼法は3倍から身体の耐久限界まで(実質無制限に)強化できる上級仙法―を駆使して襲い掛かってくるのだから、魔物からすると恐ろしいものだ。
「じゃあ、お父さんはすっごく強いんだね!」
「そうだとも!ラカヴでは一週間救助部隊が来るまで、瀕死の仲間たちを守り続けたこともあるんだぞ!」
「ふふふ、そのあとお父さんも倒れてしまって、教会に重傷で運び込まれてきたのが最初の出会いだったわ」
今まで疲れているところを見せたことがないお父さんでも、そんなふうになってしまうのか。お父さんに勝るとも劣らない冒険者たちがパーティを組んでいただろうに、改めてラカヴという土地の危険性を思い知らされるな。
「それからお父さんがうちの教会に来ることが増えてね、怪我人としてだけど。何度か話をするうちに打ち解けて仲良くなっていったの。それで初めて怪我人としてではなく、元気な姿で教会に来た時は驚いたわ」
「どうして?」
「お父さんがね、助けてもらったお礼だって、金貨を百枚も寄付しにやってきたのよ。ラカヴの調査だって、いつも利益があるわけではないでしょうにねぇ」
「あまり金を使う方じゃなかったからなぁ、使い道を探していたし丁度良かったんだ!」
そう言って笑顔で話すお父さんだが、自分の生活や冒険者として費用だってあるだろうに金貨を惜しげもなく差し出すなんて、いくら大金を稼いでいたとしても簡単にできることじゃない。
「(ところで金貨って元の世界だとどれくらいの価値なんだ?)」
「当然その時々だが、だいたい金貨一枚で10万円くらいだな」
「(じゃあ…、1000万!?)」
「すげぇよなぁ、教会の治療費だって馬鹿にならないのによぉ。ほんと、できたお人だぜ、お前の親父さん」
他人(人じゃないけど)に自分の親を褒められると、なんだか嬉しくなってしまうな。自分が褒められているわけではないのに、なぜか自分のこと以上に嬉しくなる。
パハドの言うように、できた人だこの人は。
「お父さんは、そのお金を孤児たちの救済に充ててくれたわ。食事やそれぞれの種族に合った衣服、教育費まで。私の代わりに子供たちのお世話まで引き受けてくれて。自分の事だけで精一杯な人が多いあの国で、お父さんはいつも利他的で困っている子にはどこまでも手を伸ばす人だった。おかげで子供達も大きく育って、いろんな道に進んで教会を旅立っていったの」
「精霊の子なんか大変だったなぁ、魔那の濃い花の密を食べるんだが、魔那の味の違いなんて俺たちには分からないから、試行錯誤の毎日だったよ」
「うふふ、そうだったわね。お互いに気づいたら一緒にいる時間が増えていったわ。お父さんも休日は毎日教会に来てくれたのよ。そこでふと思ったの…二人でいない間に起きた事をお父さんに話したら、どんな顔をしてくれるんだろうって。その時初めて、お父さんの事が好きなんだって気付いたわ」
お母さんの話を聞いている間、俺は少し羨ましいと思った。誰かを好きになって、その人に楽しかった出来事を共有したいと思うなんて、俺の人生には一度も無かった。
昔、自分の未来を考えてしまって、ある人を好きになるのを諦めた。だから、どんなに面白い本を読んだって、その人に共有したいとは思えなかった。共有した思い出だけ、辛くなってしまうから。
俺の人生の半分は独りだったし、誰かの存在が自分の日常に入り込んでくるなんて、考えたことがない。だから、そんな二人が羨ましい…
俺も母と父のように、幸せを共有したいと思える相手に出会えるだろうか。
「でもね、お互いの事を思うと一緒になることはできなかったわ。私は、曲がりなりにも聖女という立場で、誰かのためだけに生きることは許されなかった。お父さんも、いつ死んでもおかしくないお仕事だったから、どんなに仲が良くなってもどこか一歩引いていたわ」
「お父さんは、冒険者を引退できなかったの?」
「お父さんが引退したら、その分誰かが代わりをしなくちゃいけないんだ。もちろん調査隊の中には、お金のためにラカヴへ向かう人もいる。だがな、家族のため、故郷に帰るためにラカヴへ向かう人もいるんだ。そんな人たちのためにも、みんなを守れるお父さんが一人だけ幸せになるわけにはいかなかったんだ…分かるな?」
お父さんは、俺の肩に手を当ててそう言い切った。
この人の言葉から伝わってくるその生き方が種族を越えて尊敬を勝ち取ってきた裏付けなのだろう。
他者を尊び、自己犠牲を厭わない精神力の強さ。
オーラとは、生命体の持つ生命力そのもの。最初に聞いた時は、ゲームで言うHPみたいなものだと思っていたが、それだけでは説明がつかないお父さんの強さがそこにあるのだと、俺は感じていた。
「私達は、お互いに気持ちを理解していても、本心を告白することはなかったわ。それでも私達は幸せだった、教会の子たちと一緒に暮らしながらお父さんが話してくれる冒険譚を聞いて笑い合う。それだけで幸せだったの…でもそんな折に厄災の年が来てしまった」
「厄災の年?」
「そう、100年に一度、黒龍様の怒りを鎮めるために国中から強い魂の持ち主である男女一組を選抜して、黒龍様の生贄としてこの山奥で生活を送らせるのよ」
「それがお父さんとお母さんなんだね…」
「そうよ、選ばれた二人はまず巫女と神官としての訓練を積むことになるの。訓練といっても形式的な心得とか必要最低限の生活魔法の習得とかね。でもそのために教会を離れなくてはならなかったことが一番辛かったわ。それにこの時は、選ばれたその日に施設へ移動することになったから、お互いが生贄に選ばれたなんて思いもしていなかった。だからお父さんにも二度と会えないのだと覚悟していたの」
「お父さんの家にも迎えの使者と馬車が来てね。仲間たちに別れを告げることなく去ってしまったことが今でも心残りだ」
聞いているだけでもふざけた話だ。
他国からの人や情報が入ってこないせいで価値観がアップデートされることがない、むしろ続けてきた因習が定着してしまう鎖国制度の欠点だな。他国からの脅威を防ぐために行ったはずの鎖国制度がこれほどまでに悪い方向へ進むとは。
こうなってしまった以上、因習そのものを無くすことはできないが、将来的に生贄の問題は何とかしなくてはいけないな。今までのような悲劇を生まないために。
こうしてひっそりと俺の中で生贄問題の解決が一つ目の課題となった。
「でも訓練施設で神官となる相手の男性がお父さんだと知った時は、心臓が飛び出るくらい嬉しかったわぁ。このまま一生会えないと思っていた人と一生一緒に居られるんですもの!同じ立場になって、邪魔な柵もなくなって初めて自分の想いを告げられたの!好きです!って、だから生贄に選ばれて少し良かったと今では思ってるわ。こうしてアモンも授かることができてお母さん、とっても幸せよ」
「お父さんもだ!まさかお母さんともう一度出会えるなんて、夢にも思っていなかったからな。そのうえ、こうやって自分の息子と一緒に暮らせてるなんて、本当に幸せだ。だからアモン、何度でも言うぞ!俺たち家族は最後まで一緒だ!」
二人は俺の異形となった右手を強く握りしめてそう言った。
二人の覚悟が本物だと再確認した俺は、改めて二人が寿命を全うするまで二人を守れるほどに強くなり、必ず生きてみせると心に誓うのだった。




