第01話 二度目の人生
ここ何処だ…?俺、死んだんだよなぁ?
確か、病気がもう末期で呼吸できなくなって、結局世界のどこにも行けなくて悔やみに悔やみまくって死んだはず…なんだけど…
「おぎゃぁーー!おぎゃあーーー」
何か聞こえた気がしたが、一旦無視だ。そうそう!そのあとでっかい手に掴まれて、訳の分からないままどっかに連れていかれそうになって意識を失った…まで覚えてるな。
「おぎゃぁーー!おぎゃあーーー」
あれ、もしかしてこれ、俺が喋ってるのか!?
まさか、病気が更に悪化して幼児退行したのか!?
体は、四肢の感覚はあるけど動かせないのは、変わらないな。でも俺、誰かに抱えられてるぞ。十年くらい病院生活だったとは言え、40キロはあったんじゃないか?そんな俺を抱きかかえるなんてどんな大男だよ。
にしても眩しいランタンだな、電球間違えてるんじゃないのか?…って、ランタン?
あれ、それにうちの病室の天井は、白い石膏ボードだぞ。あんな木目調じゃない。ここ、病室じゃないぞ!それじゃあ、ここ…何処なんだ。
くそぉ、何かの布に包まれてて周りが良く見えないな。
入院してからずっと変わった出来事なんて無く、常に冷静で落ち着いていたこの俺が、軽くパニックになっていると、ゆっくりと何かの上に乗せられて、知らない二人の男女が俺の顔をそっと覗いてきた。
「良かったぁ…元気な男の子だぞ、ほら」
「…ええ、本当に…本当に無事に生まれて来てくれて良かったわ。この子が幸せに暮らしてくれれば、私はそれだけで幸せよ。大切に育てましょうね、あなた」
「あぁ…もちろんだ。きっと立派に育ってくれるさ、なぁ、アモン…」
え、えええええええええーーーーーー!!!!!!
俺、ホントに赤ちゃんになってるぞ!どういうことだ…
もう一回生まれ直したって事か?
偶然にも前世と同じ名前だし…
この二人が俺の新しいお母さんとお父さんだって言うのか?
嘘だろ…こんな事ってあり得るのかよ…
状況を飲み込めずにいた俺に聞き覚えのある声が話しかけてきた。両親じゃない、別の誰かだ。しかも、周りからではなく、俺の心の中から。
「残念ながら、嘘でも冗談でもないんだな。これは現実さぁ、アモン」
心の奥底に意識を集中すると、今度は見覚えのある虚無が広がっている。そこには、赤ん坊姿の俺と白い霧に包まれた巨大な影が佇んでいた。影をよく見ようとするほど、少しずつ霧が晴れてその全容が顔を出していった。
そこに居たのは、四つ足に二つの翼を携えた100メートルはあろう巨大なドラゴン。胴体は黒い漆黒色をした鱗を身にまとっているのに対して、四つ足と翼は赤い深紅の鱗に覆われ薄く光っている。赤い鱗は、まさにドラゴンを思わせる爬虫類に近いきめ細かい見た目なのに、黒い鱗はどこか甲冑を思わせるような一つ一つが大きく重厚感を醸し出している。どんな攻撃でも跳ね返してしまいそうだ。
胴体から尾にかけては、二股に別れこれもまた黒い甲冑のような鱗を身に着けている。でも尾の先は、更にその先があったのだろうか、切られたような傷跡が痛々しく残っている。顔はドラゴンにも見えるが、骸骨や悪魔を足したような禍々しい見た目だ。
それより目を見張るのが胸のあたりから露出した赤いクリスタルのようなものだ。十あるダイヤ型のクリスタルが中心の特徴的な文様をしたもう一つのクリスタルを囲むように配置され、赤白い光を放っている。
俺は、宙に浮きながらそのドラゴンを下から見上げていた。
ドラゴンは姿勢を低くして俺の目線まで顔を下げると話を始めた。
「直接顔を合わせるのは、これが初めてだな。まぁ、オレの方はお前が入院した時からずっとこっちから見てたけど」
「あぁ!お前だな!俺をこんなところに連れてきたのは!その赤い腕、見覚えがあるぞ!…って、ずっと見てたってどういうことだ…?」
「言葉の通りの意味さ。オレはお前の十年間をずっと見てた。というより、オレはお前の深い絶望を感知して封印の眠りから呼び起こされたんだよ」
「…深い絶望ってどういうことだよ?お前は俺が死ぬのを分かってたって言うのか!?」
「さぁ、そこまでは分からなかったが…オレが目覚めたってことはそういう事だったんじゃないか?…それより自己紹介がまだだったなぁ、オレの名はパハド。パハド・ニスタールだ!これからよろしくな!」
パハドと名乗るの龍は、ドラゴンのくせにどこか馴れ馴れしく、禍々しい見た目のくせしてどこか明るいギャップのあるドラゴンだった。中々理解が追い付かない俺は、次から次に湧いてくる質問をぶつけた。
「おい!よろしくってどういうことだよ?お前、俺をこっちに連れ来ただけじゃないのか?というか、“こっち”ってどういう意味だよ?」
「おいおい、と言いたいのはこっちだぜアモン。随分とまぁよく喋るじゃないか。あっちに居た頃のお前からは、そんな印象全く受けなかったんだがなぁ~。それが素のお前なのかねぇ…まぁ良いさ。オレはイイやつだからな、質問には答えてやるよ。まずここは、お前の居た世界とは違う。全く別の世界さぁ。お前は生まれ直したと勘違いしていたが、これは生まれ直しではなく、転生だ。お前は、オレの力でお前が居たあっちの世界からオレの居るこっちの世界に転生してきたのさ!」
まったく何を言ってるのか分からない。同じ言語を話しているはずなのに状況が飲み込めない。
「そして次、後で理由は話してやるがオレは今、肉体のない魂だけの存在なのさ。だからこっちの世界でオレが存在するためには、依代が必要でな。それでお前の魂に住まわせてもらってるって訳だ。お分かり?」
「お、おぅ、何となく分かった…ような気がする。でも、魂の中に住むってそんな簡単にできるのか?」
「おっ!転生したばかりだっていうのに鋭いじゃないかアモン!いい質問だ。確かに普通の魂じゃダメだ。魂は一人一つってあいつが決めてるからな~容量オーバーってやつだ。でも、お前の魂は普通じゃない。オレが眠りから覚めた理由もそうだが、この世は全て必然だ、ラキアのお導きってやつだな~うん。…まぁとにかく、お前は死ぬ時オレがビビっちまうほどのドス黒い絶望で魂にドデカい風穴が空いてた。だからオレが入り込む隙があったというわけさ。お分かり?」
また何か訳のわからない情報があった気がするが、そこは一旦置いといて、パハドは今容量の空いた俺の魂の中に住んでるってことか。なるほど少しずつだが、分かってきたぞ。
パハドが親切にいろいろ教えてくれたおかげで、冷静になってきた俺の脳が素朴な疑問を浮かべていた。
「なぁ、何で俺だったんだ?転生させてくれたのは嬉しいけど、病気で死んでしまう人間なんて俺以外にも沢山いただろう?」
パハドは顎に手を当てて首をかしげながら少し黙ると、一つ思いついたかのように答えた。
「…さぁ何でだろうなぁ。お前を選んだ理由は無いが、オレがお前の絶望に呼応して目覚めたのには何か理由があるのかもしれないな。さっきも言っただろ?この世は全て必然だと、オレはお前に出会えたことも何かの縁だと思って、お前の願いを叶えてやりたくなっただけさぁ」
邪悪な見た目から唐突にカッコいいことを言われた気がした俺は、少し呆気に取られてしまった。
真正面から素直な気持ちを受け止め慣れていないところは、つくづく俺も日本人なんだなぁと思う。それを聞いて少し嬉しくなった俺は、パハドに一つ提案をすることにした。
「なぁ、俺はこれからどうすればいいんだ?まだ赤ん坊だが、成長したら外にも出られるだろうし。転生させてくれたお礼に何かさせちゃくれないか?」
「ん?お前は別に何もする必要は無えよ、ただ生きてさえいればいい」
「え、そんなはずないだろ?お礼をしたいって気持ちは本当だが、俺を転生させたのは何か目的があるからなんじゃないのか?例えば、封印から解放されるとかさ」
「確かに封印から解放されたくないわけじゃないが、オレはずっと眠ってたからなぁあ。眠っている間に随分こっちの世界も変わっちまってたし、封印されてる間に何かしたいとか思いつかなかったしな~、それにオレはな、お前が見る世界が見たくなったのさ、アモン。絶望の淵に沈んで死んだお前が、この世界で一体何を成し遂げるのか。何を思い、何を願ってどんな人生を送るのか。オレはそれが見てみたい」
それを聞いて俺は、胸が熱くなるのを感じながら生前の夢を思い出していた。
…そうだ、そうだよ!俺はずっと世界を見てみたかったんだ!
見たこともない山や海、そこに根付く生き物、建物、文化。それら全てをこの目で見てみたかった。読めば読むほど大きくなっていった世界への憧れが今なら叶えることができる。病室で読んだ本の世界はもう見れないが、ここにはそれ以上のものがあるのかもしれない。
何せこんな馬鹿デカいドラゴンがいるんだ。世界にはもっと色んな景色が広がっているに違いない。
期待に胸を膨らませながら、俺は新しい両親に見守られて眠りについた。
さて、と。
昂る気持ちで朝を迎えたのは良いが、当然のことながら赤ん坊なので何もできない。目を覚ました途端、また「おぎゃぁーー!おぎゃあーーー」と泣き出してしまった…俺ってこんなに泣き虫だったか?と自問自答していると、お母さんが俺を優しく抱き上げてあやしている。
改めて見ると端麗な顔立ちをしているなぁと我が母ながら自慢に思う。肩までの伸ばした薄茶色の髪は、薄く焼けた肌によく似合っている。紺色のドレスと純白のウィンプルを身にまとい、淡い紫色をした瞳で俺を優しく見つめている。
(…ウィンプルを被っているということは、彼女は修道女なのか?ドレスもどことなく修道服に似てなくもないな)
「大丈夫よぉママが居なくて寂しかったのよねぇ。もう寂しくないからねぇ。」
何とも満面の笑顔であやしてくるお母さんを見ていると、俺も不思議と泣き止んでいた。やはり、母の胸の中で抱かれるというのはこんなにも安心するものなのかと、改めて母親の偉大さに感心する。
…だが同時に俺は、前世の両親の事を思い出していた。両親にもあんな表情をする時があったのだろうか。正直、入院する十歳より前の記憶はよく思い出せない。十年以上顔を合わせていないせいで、二人の顔もおぼろげだ。もしもう一度会えていたとしても、一瞬誰だか分からないだろうな。そんな思い出したくもない記憶でも、こうしていると懐かしく思える。次の両親であるこの二人は、俺を見捨てないだろうか…?
「よぉし、泣き止んだわねぇ、いい子よアモン。あなた、アモンにミルクをあげたいから牛乳の用意をお願い」
「よし!分かった!すぐに外で採ってくるよ」
そう言って、俺が少し不安に駆られている間にお父さんは外へ出て行った。本当に牛乳を飲ませる気なのかこの二人は?牛乳は母乳とは栄養組成が違うって本で読んだ気が…
数分して、お父さんが小さめの鉄鍋を持って帰ってきた。鉄鍋をまだ火をつけていない薪の束の上の五徳に置くとお父さんは手をかざした。
「火種」
「じゃあ、今度は私の番ね。 殺菌、祝福を」
うぉおお!嘘だろ!?手から火花が出たぞ!
それにお母さんの方は牛乳に何かしたみたいだ。
「ふふっ…母乳が出ない時は、魔法で殺菌と栄養補助をしたら牛乳でも代用できるから本当便利ねぇ」
「そうだね、こういう時は神官をやってて良かったと思えるよ」
どうやら、この世界には魔法というものがあるみたいだ。物語の世界だけの話かと思ってたけど、こうやって目の当たりにすると信じるしかない、よな…
火は実際に見えたから信じやすいけど、殺菌と栄養補助?ってほんとにそんなことできてるのか?顕微鏡で前後を見ていない俺には、何とも信じ難いな。
「ククッ…フハハハハッ!!」
「何だよ、笑うことないだろ?パハド。」
「いや~その顔が見たくて魔法の事黙ってたんだが、まさかそんなに驚くとはな!」
「じゃあ、本当に魔法なのか?これ…」
「あぁそうだよ。だから心配するな!牛乳内の雑菌は9割殺菌されてるし、栄養も母乳とほぼ変わらないレベルにまで変化してるよ。だから安心して飲め」
そう言われてもなぁ~、現代人の俺からすると乳児に牛乳ってのは、かなり抵抗感あるんだよな~。
その牛乳が人肌まで冷めたことを確認すると、お母さんが皿移した牛乳をスプーンで掬って俺の口まで運んできた。
「さぁアモン、ミルクでちゅよ~」
半信半疑になりつつも覚悟を決めて、俺はその牛乳をちゅぱちゅぱと飲んだ。
ほんのり甘い。サラッとした旨味もある。
これは…多分…大丈夫なのだろう。
俺は諦めて与えられるだけ牛乳を飲み続けた。これも早く成長するためだ、パハドの言葉を信じて飲むしかない。
「はい、ご馳走様でした。たくさん飲んだわね、偉いわぁアモン。」
お母さんは俺を持ち上げて、ゆっくりと背中を撫でる。すると自然に小さなげっぷが漏れた。こういった育児の知識はあるみたいだな。異世界でも赤ん坊を育てる知恵は普及しているようだ。
*
「さぁ、そろそろ沐浴をしましょうね。パパがお湯を準備して待ってるわ」
赤ん坊なのだから、当然この展開は予想していた。だがどうしても恥ずかしい。お母さんが俺を包んでいる布を一枚ずつ脱がして、生まれたままの姿にしてしまう。自分の親とはいえ、中身二十歳の俺からすれば、全裸を見られるというのは拷問以外の何物でもない。
長くしなやかな細い指をした両手から太くがっちりとした逞しい指をした両手に、俺は受け渡される。
目の前には、これまた端正な顔立ちに少し髭を生やした30代くらいの男性の顔が飛び込んできた。しっかりと焼けた肌と短髪の黒髪、がっちりとした体躯からは、外で長時間労働しているであろうことが容易に受け取れた。ゆるやかな黄土色の長ズボンに白い中世風な半袖のシャツを着ている。だがそのシャツの袖からは、いくつもの歴戦の刀傷が見え隠れしていた。
顔は笑顔だが不安を感じているのだろう。俺を簡単に握り潰せそうな手が少し震えながら、身体を桶に満たされたぬるま湯に浸からせていく。全身を洗うというより撫でまわされている感じでくすぐったい。
「気持ちいいかアモン?よぉく洗わないと綺麗にならないぞぁ、生まれたばかりで嫌なこともあるかもしれないが、パパも初めてのことばかりだから一緒に頑張ろうなぁ」
“一緒に頑張ろう”か、昔医者からも同じようなことを言われた気がするな。今思えば、あれは俺を励ますつもりじゃなくて慰めるつもりで言っていたのかもしれないな…だが、今回言われたこの言葉は本心で言っているとなぜだか信じてしまう。そんな温かみがあったんだ。
*
「アモン、そろそろ寝る時間よ!夜更かししてると黒龍様が攫いに来ちゃうわよ?」
「いい子にしていれば、光龍様が加護を与えてくださるんだぞアモン、光龍様のおかげで俺たちは安心して暮らせてるんだぞぉ」
黒龍?光龍?なんだそれは?
光龍は、光ってる龍ってことか?お父さんの言いぶりからして、良いドラゴンみたいだな。
黒龍ってのは、黒い見た目のドラゴンってことか?子供を攫うくらい恐れられているみたいだな。
黒龍…、黒龍か…。俺はふと、俺の後ろで絶賛伸びをしているパハドを見つめる。それに気付いてパハドも見つめ返す。
「ん?」
まさかな…笑。いくら見た目が邪悪でもこんな陽気なやつが人から恐れられるなんて世も末だ。ないない。俺は適当な予想に蓋をして目を閉じた。
こんな感じで日々のルーティーンを繰り返しているわけだが、数年ぶりに(新しい)両親と暮らせているのは、非常に幸せだ。頼もしい相棒もできたことだし、あと2,3年もすれば足で立って歩けるようにもなるだろう。
歩くなんて久しぶりだから身体が訛ってないか心配だな。だが、そんな心配よりもこの両手両足が動く、繋がっていると分かるこの感覚!痛みも痺れもしない手枷足枷から解き放たれたような充足感!
何と素晴らしいことか!ハレルヤ世界!
俺はこの身体を使って世界を旅するのだ!
この先には、希望に満ちた未来が待ち受けているのだと信じよう。




