第10話 旅路
お父さんが死んで早一年、あれだけ元気のよかったお母さんも長年連れ添った旦那を失えば元気をなくすのも無理はない。日に日に元気と体力が減っていっている。
心の気力も問題だが、身体の方も問題がある。見た目だけなら60代の初老の女性という感じだが、魔那の流れが去年よりも滞っている。回復魔法でどうにか補っているが、やはり寿命による身体機能の低下は火を見るよりも明らかだ。神経は正常に繋がっているはずなのに脳からの電気信号が弱くなっているのか、最近じゃあ俺の補助なしでは一人で歩くことさえままならない。
「アモン、水を一杯くれるかい?」
「あぁ、ちょっと待ってて」
そう言って俺は大樽から水を汲み取り、コップに入れてベッドに上半身を起こして寝ているお母さんに手渡した。直接手に触れると、より鮮烈に魂の綻びが伝わってくる。母の死がもうすぐそこまで迫っているのだと。
「はい、どうぞ」
「いつもすまないねぇ、お前にばかり毎日毎日…」
「母さんは少し頑張りすぎたんだよ…少しゆっくりしたって罰は当たらないさ」
俺は飲み終わったコップを受け取って机に置き、お母さんをベッドに寝かせる。
「アモン、今日の夕食は何かしら?」
「今日は体の調子もいいみたいだし、母さんの好きな野菜のスープにしようか」
「まぁ嬉しいわ…アモンに作ってもらえる野菜スープが一番美味しいわぁ。たくさん野菜を入れてちょうだいね」
「うん、分かったよ」
最近のお母さんは、食事の献立を聞いた時が一番嬉しそうにしている。この自給自足の生活で、自分で身動きの取れないお母さんにとっては食事時が唯一楽しみな時間なのだろう。
俺にとっても食事は、三人での生活を思い出せる大切な時間だ。それにお母さんも喜んで食べてくれるのだから、腕によりをかけて作らざるを得ない。
俺は、コップを持って立ち上がりリビングに戻って夕食の支度を始める。と言っても今日の献立は、主食の蒸したじゃがいもと野菜スープなのだからそれほど難しくはない。全て畑から採れた作物で事足りる。
じゃがいもと野菜たちを水で洗い、じゃがいもは、鍋と少量の水、そこへ蒸し台とじゃがいもを乗せ蓋をするだけ。野菜はお母さんが食べやすいように一口サイズに切り、別の鍋に水と塩、希少なバターを一緒に入れてよく煮込むだけだ。
さて、と…タイミングを見計らい蓋を開けて中を覗き込む。すると中から、串をさせばするりと通るほどに柔らかく蒸されたじゃがいもが顔を見せる。野菜スープも溶けだした旨味で黄金色に輝いている、上出来だ。
俺は、じゃがいもとスープを皿に盛りつけ、食器を机の並べて食事の準備を整える。
「母さーん!夕食の準備ができたよ」
お母さんに声をかけ、食事の支度が済んだことを知らせる。部屋へ入ると目を覚ましたお母さんが起き上がろうとしていたので、手を貸してベッドから立ち上がらせた。手を支えて歩きながら、リビングへ向かい丁寧に椅子へと座らせる。
「さぁ食べよう」
「今日もとっても美味しそうね」
「「いただきます」」
いつもと変わらない味、どこにでもある普通のスープだがお母さんはいつも美味しそうに食事を楽しんでいる。本当は体に良い薬草や食材も使いたいのだが、昔ながらの味が変わるからとお母さんから止められている。もちろんそんなことをしても焼け石に水なのは分かっている、これは寿命…薬や魔法でどうこうなるものではない。
ならせめて、お母さんが幸せだと言ったこの日常を最期の時まで続けてあげることしか俺にできることはない。
それから数日して…お母さんが足をくじいて転んでしまい怪我は治癒したが、元々弱っていた足は動かなくなってしまった。
そして半年後、それはちょうど俺が55歳の誕生日を迎えた日の夕暮れ、別れの時が訪れる。
「アモン、誕生日おめでとう…もう立派な大人だねぇ」
「当たり前さぁ…俺もう55なんだよ?大人どころかおじさんだよ」
俺の感情を誤魔化すための冗談にお母さんは微笑んで答える。
「ふふっ…そうね、もうすっかりそんな年なのね。アモンは昔の姿のままだからずっと時が止まっているかのような幸せな日々だったわ…お父さんの言っていた通り、あなたのその姿は黒龍様の贈り物なのかもしれないわね」
お母さんは、俺の両手を握り真っ直ぐな眼差しで黒い瞳を見つめた。
「いい?アモン、あなたはこれから色んな人と出会って、色んなことを経験して生きるのよ。辛く悲しいこともあるでしょうけど、決して死んでしまおうだなんて考えてはいけないわ。それは今までのあなたを否定する事になるのよ、今日とは昨日までの積み重ね…幸せな過去も辛い過去も全部含めて今のあなたなの。だからお願い…どんなことがあっても諦めないってお母さんと約束してちょうだい」
「うん…分かったよ、約束する。俺はどんなことがあっても絶対に諦めたりしない!二人に恥じない生き方をするよ…」
俺はお母さんとの最後の約束を胸に刻み付け、お母さんの振り絞る言葉を聞いた。
「アモン、あなたは本当に優しい子ね。幼く死んでしまうと思ったあなたが、私たちの最期を看取るまで生き抜いてくれた。あなたは…私たちの誇りよ…」
最後は今まで俺が悲しんだ時に抱きしめてくれたように、お母さんを強く抱きしめて感謝の言葉を贈る。
「生んでくれて…ありがとう」
*
地面に座して燃え上がる大火を眺めながら、炎の中に家族で過ごした55年間を見出していた。
初めは驚きの連続だった、パハドと名乗る邪悪な龍に新しい家族、魔法という非現実的な概念、前世では見たこともない異世界の動物や魔物。
どれもが新鮮で前世では見えようはずのないものばかり…お父さんからは洗練された剣技と森での生き方を学んだ。お母さんからは、数多の魔法の知識と生活の術を教わった。その全てが、俺が一人で生きていくのに必要となる大切な思い出だ。
この55年間は、今後将来にわたって俺の生き方を支える重要な指針となるだろう。その指針を信じて、前世で果たせなかった俺の夢…叶えて見せよう。
「本当に長い55年間だったよなぁ~」
「あぁ、長く幸せな日々だったよ…なぁパハド、なんでお前、父さんが死んでからずっと黙っていてくれたんだ?」
「…野暮なこと聞くなよぉ~、オレはただアモンが最期の時くらい家族だけで過ごしたいんじゃないかと思っただけさぁ」
「ふっ、そうかい」
本当にパハドは、気の利いた良い相棒だよ。これから千年以上共に過ごす相方としてパハド以上の友はいないだろうな。
「さて、そろそろ6時間か…」
消し炭の中からお母さんの遺骨を集め、細かく粉砕して遺灰にする。それを前と同じように壺に詰めてから墓標のある東の森へ向かった。
「行こうか、母さん…」
壺に入った遺灰に一瞥して俺は進み始める。お母さんが死んだのが日が沈んだころ、それから焼き場の準備に1時間と火葬に6時間ほど、あたりは真っ暗な暗闇となっていた。せっかく教えてもらった灯火だが、この竜人の瞳は深夜の暗闇であっても昼間と変わらないほど明るく見えてしまう。俺は、だんだんと闇が深くなる墓標への山道を灯りもつけずに迷うことなく歩き続けた。
「久しぶりだね、父さん。母さんを連れてきたよ、あれからずっと墓参りに来れなくてごめんね。来るなら母さんも一緒がいいと思っていたんだけど、母さんが家から出れなくなってさぁ。でも、これからはずっと一緒に居られるよ…」
再び壺から遺灰を掬い上げ、墓標の周りへとまんべんなく撒いていく。壺の中身が空になるまで撒き終えると、もう一度立っていた場所に戻り二人に語り掛ける。
「さようなら…父さん、母さん。俺さぁずっと夢があったんだ…世界を旅して回るっていう夢。これからその夢を叶えに行こうと思うよ、まずは二人が暮らしていたレムリア王国行こうと考えてるんだ。そこに行って…二人がどんな暮らしをしていたのか痕跡を追いながら、二人の人生をなぞってみようと思う。それで二人みたいに力を付けたらラカヴにも行ってみようと思うよ。最近、ラカヴから来る魔物が増えててさぁその原因を解決できたら、王国の人々はもっと安心して暮らせると思うんだ。そしていつかは、魔王に負けないくらい強くなって別の大陸に行ってみたいと思ってる。まぁレムリアは鎖国してるから、密出国になっちゃうんだけどね…でも夢のためなら、二人も許してくれるよね?…うん、そろそろ行くよ、旅がひと段落したらまた墓参りに来るからさ。旅の土産話を楽しみにしていてね…それじゃあね」
二人に背を向けて、俺は帰路に就いた。
その帰り道は、いつもよりも短く感じた。まるで二人の魂が俺の背を押してくれているかのように。
「それで、もう出発するのか?」
「いや、日が昇るころまで家で寝てから行こうと思う。旅の準備を何一つしていないし、最後だしな」
家に入ると、そこには誰もいない暗いリビングが広がっていた。
「ただいま…って誰が返事してくれるっていうだよ。そうか、ただいまと言える場所はもうないんだよな…」
俺は自分の部屋へと向かいベッドに横たわる。
疲れた。この竜人の身体がこの程度のことで疲れるなんてあり得ないが、身体の奥にある何かが、疲れたな…
4~5時間ほど睡眠を取り、俺は目を覚ました。誰も居ないと分かっているのに部屋の周りを見渡してしまう。優秀な魔力探知がこの建物の中には俺以外誰もいないと知らせてくれる。自室を出てリビングに入りお母さんとお父さんの部屋を順番に周ってまたリビングへ戻る。そうしてようやく…何かの諦めがついた。
「始めるか…」
俺は、大きめの風呂敷に木箱を置きそこへ必要な荷物を詰め始めた。王国まではそのまま下山して一週間はかかる、理想は王国に帰る途中の冒険者に難民として保護してもらうことだが、そんな冒険者と都合よく出会えるはずもないので、一週間野宿するための準備が必要だ。
前世だったら、キャンプ用品や水、食料に電子機器など様々な用意が必要だろう。しかし、ここは異世界、今の俺には魔法とスキル、そしてここでの生活で得た知識がある。故に数着の着替えと水筒、料理用の包丁に食器、フライパンくらいあれば十分なのだ。最悪、飲まず食わずでも竜人の身体なら一週間くらい余裕だろう…多分。
リビングで用意できる物を木箱に入れたら、一度家を出て外の納屋に向かう。そこである物を取りに行く必要があるのだ。30年前に手に入れたあの二つを…
納屋を開けると、多少のほこりと共に牧場や釣り、畑などで使う道具一式が姿を見せた。釣り竿が一応必要だったのを納屋の中を見て思い出したので釣り竿も取り出すが、本来の目的はこれじゃない。少し奥にしまわれて布をかぶせられたこいつらだ。
俺は、布を勢いよくめくり30年ぶりに対面する。漆黒に染められた表面の色とシンプルながら施された装飾は類を見ないほどの精密ぶりに何度見ても驚嘆するなぁ、この大剣と大盾は。
ベラスカとかいう魔人が持っていたこの二つは何かに使えるのではないかと思い、二人に頼んで納屋にしまっておいたのだ。売れば金になるだろうし、もしロングソードが折れた時の予備にもなるから、持っていこうと思う。
今度は厳重に布でこの二つをくるみ、釣り竿と一緒に木箱の中へとしまう。これで全て荷物は揃ったので、風呂敷で木箱を包み込む。お父さんの形見となったロングソードを背負い、木箱の入った風呂敷を持ち上げて玄関の前に立つ。
「今まで、ありがとうございました!」
リビングに向かってお辞儀をし、55年間住まわせてもらった我が家に別れと感謝の言葉を告げて俺は家をあとにした。次に向かったのは、長年世話をしてきた牛たちのいる牧場だ。理由は、俺がいなくても餌を見つけられるように柵の玄関を開放するためだ。正直、牛たちがこの森の中で生きていけるとは思えないが、柵を開けずに餓死させるよりは長く生きられるだろうという、俺の身勝手な判断だ。
これでやるべきことは、全て完了した。遂に夢だった旅が始まる!
まず目指すは、魔法工学と魔化鋼加工技術の最高峰レムリア王国!その首都、テロスだ!
「遂にお前の冒険が始まるなぁ!アモン!」
「冒険かぁ…そうか、そうだな!これからの旅は、俺の新たなる冒険だ!」
両親との別れ、結んだ誓いを胸に抱いて俺は、パハドと共にレムリア王国を目指すべく西の森に足を踏み入れるのだった。
<ステータス>
名前:アモン
種族:竜人
役職:なし
称号:なし
二つ名:なし
魔法:火種、灯火、冷却、回復、解毒、身体強化(以下、上位魔法と同系のため省略)
上位魔法:炎槍、水鎖、真空刃、鉄鋼弾、雷撃、魔力砲
応用魔法:風刃乱颯、炎三重槍、放電陣、魔力爆散弾
極限魔法:なし
仙法:仙隠法、仙闘法、仙鬼法
スキル:解析鑑定、魔力探知、消費魔那極小化
耐性スキル:痛覚鈍化、高濃度魔那耐性、毒耐性、雷・電気耐性、炎熱耐性、氷結耐性、低酸素耐性、睡眠耐性
<統合スキル>
「霊魂精神」
魂詳細感知、魂接触、思念伝達
「鬼震豹魔」
並列思考、神速思考、魔法倍化、限界突破
<終極スキル>
「混沌龍」(一部開放)
世界喰い(一部解析):ステータス偽造、龍覇気
混沌顕現(現在使用率5%)




