第7話 門の向こう側
――『だから二〇二九年七月二十三日までに間に合わなければ終わる』
創造神のDM。
その一文が投稿された切り抜き動画は、わずか一日で一億再生を突破した。
「終わってるな、この世界」
降谷璃瑠葉は呆れながら動画サイトを眺めていた。
終わっているのは世界ではなくネットだった。
【創造神ガチ考察シリーズ】
【神界終末論まとめ】
【門の向こう考察】
【二〇二九年七月二十三日徹底検証】
関連動画だけで数百万本。
完全に巨大コンテンツ化している。
そして。
人類は相変わらず誰も信じていない。
【設定作り込みすぎだろ】
【創造神の新企画】
【神界編盛り上がってきた】
【公式が最大手】
【神実在派いて草】
【こういうARG好き】
【映画化まだ?】
平和だった。
本当に平和だった。
だからこそ。
璃瑠葉だけが違和感を覚える。
「……なんでそこだけ誰も掘らないんだろ」
モニターに映る資料。
そこには世界中の神話が並んでいた。
今。
世界中の考察勢が同じ場所へ到達しつつある。
神話の共通点。
神々が消えた理由。
門。
敵。
そして。
もう一つ。
◇◇◇
その日の夜。
世界最大の考察フォーラム。
そこに一つのスレッドが立った。
【神話共通点まとめ】
投稿者は海外の神話研究オタク。
だが内容は異常だった。
世界中の伝承を比較し続けた結果。
ある共通項を発見したという。
璃瑠葉は読み進める。
そして。
顔色が変わった。
「……は?」
神話に共通するもの。
それは。
神ではなかった。
敵だった。
◇◇◇
北欧神話。
終末の日。
ラグナロク。
神々の敵が現れる。
◇◇◇
ギリシャ神話。
ティターン。
神々に敵対する超越存在。
◇◇◇
メソポタミア神話。
混沌の怪物。
◇◇◇
日本神話。
黄泉。
外から来る穢れ。
◇◇◇
マヤ神話。
世界を滅ぼす存在。
◇◇◇
エジプト神話。
太陽を喰らう闇。
◇◇◇
名前は違う。
姿も違う。
物語も違う。
だが。
役割だけが同じだった。
「全部……外から来てる」
璃瑠葉は呟く。
神々の敵。
文明の敵。
世界の敵。
それらは全て。
異世界。
異空間。
外界。
別の領域。
そういった場所から来ている。
まるで。
一つの存在を別々に記録したみたいに。
「待てよ……」
脳内で線が繋がる。
門。
敵。
神々の撤退。
神界要塞説。
信仰ポイント。
全部。
繋がる。
◇◇◇
一方。
神界。
会議室。
神々の表情は険しかった。
「到達しました」
知恵の神が報告する。
「どこまでだ」
創造神が問う。
「敵の存在です」
沈黙。
重い。
異常なほど重い。
「予想より早いな」
海神が言う。
「三倍以上です」
「彼女は?」
「中心です」
降谷璃瑠葉。
たった一人の配信者。
その動画が。
世界中の考察勢を動かしている。
創造神は静かに目を閉じた。
「なら次も辿り着く」
「……人類の記録ですか」
「そうだ」
神々が顔を曇らせる。
それは。
神界最大の禁忌。
神々の敗北ではない。
もっと重い話だった。
◇◇◇
翌日。
璃瑠葉は動画編集をしていた。
タイトルは既に決まっている。
【神々は何から逃げたのか】
だが。
その途中で。
一つのメールが届いた。
送り主不明。
添付ファイルあり。
「またか」
最近多い。
だが。
開く。
そして。
固まる。
「なんだこれ」
画像だった。
古い壁画。
石板。
遺跡。
世界中のもの。
一見するとバラバラ。
しかし。
共通点がある。
描かれている。
人間。
神。
そして。
巨大な黒い影。
「これ……」
背筋が寒くなる。
黒い影はどの文明でも描き方が違う。
だが。
一つだけ同じ。
顔がない。
目もない。
口もない。
輪郭すら曖昧。
まるで。
見えないものを無理やり描いたみたいだった。
◇◇◇
さらに。
璃瑠葉はある事実に気付く。
壁画の構図。
神々。
人類。
黒い影。
その位置関係。
「違う……」
最初は神々と敵が戦っていると思った。
だが。
違う。
よく見ると。
神々は。
人類を守っている。
盾になっている。
「え?」
璃瑠葉の思考が止まる。
神々が戦っている理由。
人類のため?
いや。
そんな綺麗な話があるか?
だが。
資料はそう語っている。
◇◇◇
その時だった。
DM通知。
送り主。
Genesis_0
本文。
『そこまで見つけたか』
璃瑠葉は即座に返信する。
『敵は何なんですか?』
既読。
十秒。
二十秒。
三十秒。
今までで最も長い沈黙。
そして。
返信。
『説明できない』
「は?」
予想外だった。
『我々も理解していない』
さらに続く。
『だから神話ごとに姿が違う』
『認識できないからだ』
鳥肌。
創造神が。
理解していない?
神なのに?
◇◇◇
璃瑠葉はキーボードを叩く。
『じゃあ何故戦ってるんですか?』
既読。
返信。
『来るからだ』
『何度も』
『何度も』
『何度も』
短い文章。
だが。
そこに滲む疲労は異常だった。
数千年。
数万年。
それ以上。
そんな時間を感じる。
◇◇◇
そして。
最後の質問。
『神々は負けたんですか?』
送信。
既読。
返信。
『違う』
続く。
『負けたのは人類だ』
璃瑠葉の呼吸が止まった。
「……は?」
意味が分からない。
人類?
負けた?
いつ?
◇◇◇
神界。
創造神が空を見ていた。
巨大な門。
その向こう。
闇。
無限の闇。
そして。
静かに呟く。
「言ってしまったか」
知恵の神が問う。
「よろしかったのですか」
「もう隠せない」
創造神は苦笑する。
「彼女はいずれ辿り着く」
◇◇◇
一方。
璃瑠葉は全ての資料を並べていた。
神話。
壁画。
石板。
伝承。
そして。
一つの共通点を見つける。
「これ……」
どの文明にも。
必ず存在する。
大洪水。
文明崩壊。
大災害。
世界の終わり。
呼び方は違う。
だが。
内容は同じ。
そして。
その発生時期。
妙に一致している。
「まさか」
神々の敵が現れる。
↓
文明が崩壊する。
↓
神話だけが残る。
↓
神々が再建する。
↓
また敵が現れる。
↓
文明が崩壊する。
繰り返し。
何度も。
何度も。
何度も。
その瞬間。
璃瑠葉は理解した。
神々は世界を守っていたのではない。
もっと絶望的だった。
神々は。
人類を何度も復活させていた。
「嘘でしょ……」
だから神話が似る。
だから文明が繰り返す。
だから神々は消えない。
そして。
だから。
創造神は隠したかった。
神々の敗北ではない。
人類の敗北。
それは。
今の人類文明が最初ではないということ。
◇◇◇
その瞬間。
最後のDMが届く。
『七回目だ』
璃瑠葉の指が止まる。
『今の人類文明は七回目』
続く。
『前の六回は失敗した』
そして。
最後。
『だから今回は失敗できない』
送信終了。
オフライン。
沈黙。
部屋にはエアコンの音だけが残った。
璃瑠葉はモニターを見つめる。
七回目。
人類文明。
失敗。
敵。
門。
そして。
二〇二九年七月二十三日。
全てが。
一つの方向を向き始めていた。
【コメント欄】
【七回目!?】
【文明ループ説】
【面白すぎる】
【設定作った奴天才】
【神実在派限界突破】
【創造神どういう世界観だよ】
【人類六回滅んでて草】
【草じゃねえ】
【考察勢徹夜確定】
【フリル止まるな】
【絶対に追え】




