第3話 神からのDM
――『それとも再生数が欲しいだけか?』
その一文を見た瞬間。
降谷璃瑠葉はマウスを持つ手を止めた。
部屋は静かだった。
エアコンの駆動音だけが聞こえる。
だが心臓はうるさい。
やけに。
うるさい。
「……落ち着け」
深呼吸。
まず確認。
感情は後回し。
ネット探偵として最優先するべきは事実だ。
「ハッキング?」
まずそれを疑う。
編集途中の動画が見られていた。
普通なら不正アクセス。
だが。
ログを確認。
通信履歴。
クラウド同期。
外部アクセス。
異常なし。
「ありえない」
さらに調べる。
三十分。
一時間。
二時間。
結論。
「侵入された形跡がない」
本当にない。
それが逆に気持ち悪い。
普通なら痕跡くらい残る。
しかし何もない。
まるで最初から閲覧権限を持っていたかのように。
「……そんなわけない」
ありえない。
だから別の可能性を考える。
なりすまし。
関係者。
リーク。
盗撮。
内部犯。
どれも決定打に欠ける。
その時。
再びDMが届いた。
Genesis_0
『返事が遅い』
「うわっ!」
思わず声が出た。
タイミングが良すぎる。
まるで見られているみたいだ。
璃瑠葉は数秒考えた。
そして。
キーボードを叩く。
フリル
『誰ですか?』
送信。
既読。
一秒。
二秒。
三秒。
返信。
『創造神』
「だからそれを証明しろ!」
思わずツッコミが出た。
配信者か。
お前は。
だが返信は続く。
『君は証拠を重視するタイプだろう』
『良いことだ』
『我々もそういう人間は嫌いではない』
我々。
複数形。
神界の存在を前提にした言葉。
徹底している。
RPなら大したものだ。
「……待てよ」
璃瑠葉の指が止まった。
違和感。
小さい。
だが。
確実にある。
◇◇◇
その夜。
璃瑠葉は過去動画を見返していた。
創造神。
登録者一億二千万人。
神界の頂点。
人格者。
聖人。
誰もが尊敬する存在。
そして。
彼の配信にはある特徴があった。
「絶対に嘘をつかない」
正確には。
明確な虚偽が存在しない。
神である。
そう名乗る。
創造主である。
そう語る。
神界がある。
そう説明する。
全部。
配信内で言っている。
しかし。
それは真実かどうか分からない。
だから人類は設定扱いする。
面白いから。
それだけだ。
だが。
嘘ではない。
少なくとも矛盾はない。
「なのに……」
璃瑠葉はDMを開いた。
そして違和感の正体を確認する。
『我々もそういう人間は嫌いではない』
人間。
そう書いてある。
「おかしい」
創造神は。
人間を人間と呼ばない。
過去配信を確認。
『人類』
『人の子』
『地上の者達』
『諸君』
この辺りが多い。
人間という単語をほぼ使わない。
偶然か?
いや。
十年以上の配信で一貫している。
「癖だ」
言葉の癖。
人格はそこに出る。
つまり。
DMの相手は。
創造神本人ではない可能性がある。
「……面白い」
鳥肌が立った。
もし偽物なら。
何者だ?
◇◇◇
翌朝。
フリルは動画を投稿した。
タイトル。
【緊急】創造神本人を名乗る人物からDMが来ました
投稿。
三十分後。
再生数四十万。
「相変わらず早いな」
もう完全に祭りになっている。
【うおおおおお】
【続報きた】
【待ってた】
【神本人で草】
【絶対なりすまし】
【でも画像本物なんだよな】
【考察勢集合】
【神実在派歓喜】
【設定が深い】
【創造神のRPなら神】
コメント欄は大騒ぎだった。
そして。
その中に一つ。
妙なコメントがあった。
【それ本人じゃないぞ】
「ん?」
アカウント名。
見慣れない。
登録日も最近。
だが。
続くコメント。
【創造神はそんな言い回しをしない】
璃瑠葉の目が細くなる。
【神界の配信見てれば分かる】
【言葉選びが違う】
【そもそも創造神はDM文化嫌い】
「……」
なんだこいつ。
やけに詳しい。
神実在派か?
ガチ勢か?
しかし。
次のコメントで空気が変わった。
【というか神界の誰だよこれ】
コメント欄。
一瞬静止。
そして。
爆発した。
【草】
【設定に詳しすぎる】
【RP勢きた】
【神界関係者いて草】
【考察勢のおもちゃ】
【こういう奴好き】
【世界観守れ】
【お前も神か?】
コメント主はそれ以降現れなかった。
だが。
璃瑠葉はスクリーンショットを保存していた。
「引っかかるな……」
◇◇◇
一方その頃。
神界。
創造神は頭を抱えていた。
「だから言っただろう」
会議室。
雷神が正座している。
海神もいる。
知恵の神もいる。
全員気まずそうだ。
「勝手に接触するなと」
創造神が言う。
沈黙。
「……」
「誰だ」
さらに沈黙。
「名乗り出ろ」
沈黙。
やがて。
一柱の神が手を挙げた。
「はい」
「風神か」
「ちょっと面白そうだったので」
「何をしている」
「DM送りました」
「何をしている」
創造神が二回言った。
本気で呆れている時の言い方だった。
風神は目を逸らす。
「いやだって」
「だって?」
「人類がここまで近付いたの初めてですよ?」
それは事実だった。
神々は長年活動している。
だが。
誰も信じない。
神です。
そう言えば。
『設定ですね』
で終わる。
そのはずだった。
しかし。
今回の人間。
降谷璃瑠葉。
彼女は違う。
「面白いじゃないですか」
風神が言う。
「本気で調べてますよ」
「だからこそだ」
創造神はため息を吐いた。
「これ以上刺激するな」
「なぜです?」
「優秀だからだ」
その言葉に。
神々が少し黙る。
創造神が認めるのは珍しい。
「優秀な人間は」
創造神が静かに言う。
「都合の良い結論ではなく事実を追う」
だから危険だった。
陰謀論者なら問題ない。
信じたいものを信じる。
だが。
調査者は違う。
事実だけを見る。
「彼女はそのタイプだ」
◇◇◇
その日の深夜。
璃瑠葉は新しい資料を整理していた。
創造神。
神界。
DM。
裏垢。
予言。
全部をホワイトボードに貼る。
そして。
ふと気付く。
「……あれ?」
予言リスト。
その中に。
奇妙な空白があった。
三年前。
ある配信。
創造神は世界情勢について語った。
数百項目。
ほぼ全て的中。
しかし。
一つだけ。
外れている。
「いや……違う」
璃瑠葉は画面を拡大した。
鳥肌が立つ。
それは外れたのではない。
その部分だけ。
アーカイブから消えている。
「なんだこれ」
切り抜きもない。
転載もない。
魚拓もない。
SNSの感想もない。
まるで。
世界中から削除されたように。
不自然だった。
ありえないほど。
「待って」
さらに調べる。
海外サイト。
旧アーカイブ。
保存データ。
そして。
ついに。
一つだけ見つけた。
再生数二桁。
誰も見ていない動画。
削除前の映像。
創造神は確かに言っていた。
『二〇二九年七月二十三日』
そこで映像が乱れる。
ノイズ。
音飛び。
そして。
次の瞬間。
創造神の表情が変わる。
初めて見る顔。
焦り。
驚愕。
恐怖。
神々しい存在が。
明確に動揺していた。
そして。
こう言った。
『――それは駄目だ』
映像終了。
璃瑠葉は固まった。
「……なにが?」
その日付。
検索。
何もない。
歴史的事件もない。
記念日でもない。
普通の日。
なのに。
創造神だけが恐怖している。
「これ……」
神実在説では説明できない。
RPでも説明できない。
配信演出なら意味が分からない。
だからこそ。
決定的だった。
創造神には。
隠している何かがある。
そして。
その何かは。
神界全体が消そうとしている。
璃瑠葉はゆっくり笑った。
「見つけた」
再生数のためではない。
炎上のためでもない。
純粋な知的好奇心。
ネット探偵としての本能。
真実が。
そこにある。
その瞬間。
PC画面に新着通知が表示された。
送り主。
Genesis_0
本文。
『それ以上はやめておけ』
そして続く。
『今ならまだ引き返せる』
璃瑠葉は返信欄を開く。
迷わない。
たった一文。
『二〇二九年七月二十三日に何があるんですか?』
送信。
既読。
一秒。
二秒。
三秒。
返信。
『なぜそれを知っている?』
その文面を見た瞬間。
降谷璃瑠葉は確信した。
踏んだ。
誰かが絶対に触れてほしくない地雷を。
【コメント欄】
【うわあああああ】
【日付きた】
【なんだその日】
【考察勢出番だぞ】
【神界案件】
【創造神焦ってる?】
【RPがガチすぎる】
【神実在派過呼吸】
【これ絶対ヤバいやつ】
【フリル止まるな】
【追え】
【もっと追え】




