第七章:ねじの緩んだ町
名前とは、他者が自分を定義するための「呪い」である。誇り高き家名も、泥にまみれた渾名も、燃え盛る火の中では灰となり、ただの「獲物」という記号に集約される。
サイラスは幼い頃から、幾度となくカマリリャ(派閥)の蜂起を目撃し、時には自らも加わってきた。だが、今回の暴動はいつものものとは違っていた。単なる衝突ではなく、一族同士の全面的な「戦争」へと発展していたのだ。
「……こいつは特大のナマコだぜ。最悪なことに、すべてが想像以上に腐りきっていやがる……」
サイラスは広い通りの端を移動しながら呟いた。
カマリリャの下っ端たちは、錆びついた武器や釘バットといった粗末な装備を手に、飢えからくる剥き出しの怒りで動いていた。だが今、彼らを突き動かしているのは、より病毒に満ちた狂気だった。対峙する側はさらに異様で、恐るべきハイブリッド(混成体)だった。オリーブ色の制服と愚かな軍帽を被った「将校」たちは、一族の秩序を超えた、計算された残虐さで事態を鎮圧しようとしていた。
「……信じられねえ。本当に、手の施しようがねえな……」
サイラスは、遠くに見える町役場を眺めて絶望的に呟いた。高貴を自称する権力の中心地は包囲され、割れた窓から立ち上る黒煙は、官僚たちの無言の悲鳴のようだった。その光景は、ガラスの破片のようにサイラスの精神に深く突き刺さった。
「嫌だ! 嫌だぁぁ!」
一人の男が、絶望の亡霊のように駆け抜けていった。腕には濡れた布に包まれた大きな「何か」を抱えている。男の視線は定まらず、その虚ろな瞳には「逃走」という本能だけが刻まれていた。周囲の音も景色も拒絶し、純粋な恐怖というエンジンだけで突き進んでいた。
「……どうした、おい! 爺さん、答えろ! 何があったんだ!」
サイラスは、崩落現場で見かけたような「ジロン(ボロ布)」の集団が襲撃してきたのではないかと推測した。
「嫌だ! 嫌だ、嫌だ……。地獄だ! 嫌だ、嫌だ、嫌だ……!」
男が振り向いた刹那、サイラスはその腕の中にあるものを見てしまった。それは、もはや人間とは判別できない、青白く血にまみれた「肉と骨の塊」だった。
「逃げろ、逃げろ……。時間がない、奴が来る……」
男は苦渋に満ちた瞳でそう言い残し、再び絶望的な逃走を再開した。その瞳に宿る恐怖こそが、逃れようのない真実の証明だった。
サイラスは息を呑み、ひび割れたアスファルトに広がる血溜まりを見つめた。そこには挽肉のような肉片と骨の破片が混じっていた。新鮮な血の鉄臭さと苦い胆汁の匂いが鼻を突き、この「普通の町」における生命の脆さを突きつけてきた。
「……こいつはジロンの仕業じゃねえ。いつもの暴動とも違う。もっと別の『何か』だ……」
サイラスが呟き終える前に、背後から音の津波のような悲鳴が押し寄せた。通行人たちが、壊れた人形のように逃げ惑う。馬車は暴走し、馬たちは狂乱し、血走った目と口から吹く白泡を撒き散らしていた。車輪は路面に悲鳴を上げ、蒸気エンジンは赤熱して灼熱の灰を吐き出していた。
すべてが逃げていた。そして、背後から迫り来る「それ」が発するのは単なる騒音ではなく、周囲の世界を震わせる洞窟のような重低音だった。その怪物が動くたび、金属部品がこすれ合い、死を告げる不快な摩擦音を響かせていた。
その「戦争機械」は、工学と残虐性が生んだ収差だった。それは一切の区別なく通りの喧騒を飲み込み、背後に何も残さない。威圧的な巨体と、容赦のない冷酷な進軍。それは、狂った鍛冶屋たちの悪夢から引きずり出された「鉄の歯車」そのものだった。
「……なんてこった! カレウチェ(幽霊船)に連れていかれる!」
サイラスは、その鉄の塊──鋲と死と煙にまみれた巨体に飲み込まれるのを待たなかった。論理的な答えは一つ、「逃走」しかなかった。
肺を引き裂くような勢いで、彼は絶望的に走った。外に長居はできない。唯一の救いは、機械的な大虐殺から自分を隔ててくれるコンクリートの壁──住宅の中へ逃げ込むことだった。
「……何をしに戻ってきやがった、この醜悪な化け物め! 二度と姿を見せないと思ってたのに!」
先ほどの老人が、再び現れたサイラスに咆哮した。暗がりに潜んでいた家族は、彼の姿を見て再び恐怖に凍りついた。
「……嫌! 近寄らないで!」
娘の一人が叫び、家族全員がそれに続いた。
「……汚らわしい出来損ないめ! 今すぐ俺の家から出ていけ!」
父親が叫び、女たちは手当たり次第に物を投げつけた。欠けた皿、古いカップ、瓦礫の破片。サイラスは止まることなく走り、彼らの背後にある窓を突き破った。
ガラスが砕け、顔と腕に薄い切り傷を作った。鋭い痛みと共に、傷口だけでなく体中に湿った冷気が走るのを感じながら、彼は家の裏側にある虚空へと数メートル落下した。
背後で起きていた騒動は、瞬時に、そして凄惨に消し去られた。家族の最期の断末魔が聞こえたが、それもまた、あの忌まわしき発明品が放つ凶悪な炎と破壊音によって、無慈悲に塗り潰された。
「……アジ(魚)にかけて……。聖なるアジにかけて……。助かったのか……?」
サイラスは空中を落下しながら、恍惚と眩暈が混ざり合った奇妙な安堵感に浸っていた。だが前触れもなく、彼の体は腐食したトタン屋根に叩きつけられた。激突し、骨と筋肉が不協和音を奏でながら何度も跳ね、制御を失ったまま落下を続けた。
そのまま彼は、崖の斜面へと叩き落とされた。
「……嫌だ……。もう、一生分の衝撃は受けたはずだ……!」
突き出た岩に肋骨を砕かれそうになりながら、若者はそれだけを口にした。
「……いっそ、死んでた方がマシだったんじゃねえか……」
彼は自らの体を動かそうとして呟いた。自分の肉体が、骨のない、柔らかく可鍛性のある人型生物のように感じられた。紐を切られた壊れたマリオネット。感覚は「痛み」ではなく、不気味な「断絶」だった。不自然なまでの柔軟さが、髄まで不快にさせた。
「……この柔軟さ、反吐が出るぜ……。どうして……」
サイラスは自分の腕を露骨な嫌悪感を持って眺めた。生物学的な論理で言えば、完全に砕けているはずの四肢が、なぜこれほど自在に動くのか。それは彼を人間以下の存在に感じさせる、数ある変異の一つ、暗い秘密だった。
その時、足元の岩が動いた。斜面は不安定だった。
落下が再開された。今度は崖の崩落と共に、岩と土砂に揉まれながら即席の雪崩となって、下で混乱のダンスを踊る通行人や「ジロン」たちの上へと降り注いだ。
これまでの落下よりも高く、死を宣告されたも同然の慣性。生き延びられるかなど分からなかった。ただ、その結末を確かめることしかできず、口の中には不確かな後味だけが残っていた。
地面が数メートル先まで迫った瞬間、視界が暗転した。圧倒的な衝撃によって意識が消失した。
再び目を覚ました時も、周囲は依然として混沌の中にあった。槌でこめかみを叩かれるような騒音が鳴り響く。
「……ちっとも、面白くねえな……」
彼は打ちのめされた体を起こした。耳鳴りと霞んだ視界が徐々に正常に戻っていく。ひどい怪我を負ったはずだが、今回も落下は彼の命を奪わなかった。物理的なダメージをスポンジのように吸収する、奇妙な「免疫」のようなものを手に入れたように感じた。だが、その衝撃の記憶と感覚は詳細に、生々しく残っている。このまま気が狂うのではないかという不安を抱えながらも、サイラスは一歩を踏み出した。人々は逃げ惑い、崩れゆく斜面から凶器となって降り注ぐ巨石を避けようと必死だった。
「……おい、浮浪者! 聞こえてんのか、薄汚いのが! おい、おいあんた!」
少女の声が響いた。鋭く、威圧的な響き。サイラスの背中を何度も執拗に引っ張る感触が伴っていた。
「……なんだ、あぁ!? このクソエビ野郎!」
サイラスは混乱と、この状況で最も予想外の相手に対する怒りを込めて答えた。振り返ると、声の主は視線よりもずっと低い位置にいた。小さな少女だった。
「……サンゴにかけて! 何の用だ、この厄介なガキめ! 今、親戚同士で喧嘩してるのが見えねえのか?」
サイラスは、支配的な目で自分を見下ろそうとする色白の少女に唸った。だが、彼の怒りはその子には通じていないようだった。
「……なんだって、ドックのネズミ? ワタリガニに舌でも食われたの?」
サイラスなら、この少女を殴り飛ばして去ることもできただろう。だが、不潔な環境には不釣り合いな高価な衣服、そして傲慢な態度が、この幼い子供に「何か」があることを予感させた。
このガキは、どこかの一族の者に違いない。手入れの行き届いた黒髪、汚れのない服。そしてその深い青色の瞳は、命令に従わない者を容赦なく飲み込む、冷酷な海のようだった。
「……喋りすぎる奴ってのはな、呼吸だけじゃ物足りないから言葉を吐き出すんだ」
少女は威圧的に言い放ったが、その残酷で審判を下すような眼差しは、壊れやすい仮面のように見えた。
「……怖じ気づいて、一族の勇敢で強くて価値あるメンバーに助けを求めてるってわけか?」
サイラスは前進しながら言った。落石の騒動など、今起きている争いに比べれば些細なことに思えた。
「待ちなさい、まだ……! 止まりなさい、この乱暴者!」
少女は後を追ったが、サイラスはガキを待つつもりはなかった。
「……一度に二つのことをこなせるようになれ。聞こえたか、ガキ?」
汚れた通りの交差点に辿り着いた若者は吐き捨てた。破壊の煙に金属の腐臭、そしてアンモニアの刺激臭が混ざり合い、空気はナイフで切れそうなほど重苦しく停滞していた。
「……あなた、一族の者ですらないでしょう。その汚れ方を見てなさいな、まるで濡れた雑巾だわ」
少女は支配的な口調で、若者から主導権を取り戻そうと試みた。
「……この高貴な私について言わせてもらえば、私は、由緒正しく尊敬されし……の家系の……」
少女はサイラスを挑発するように、過剰なほど上品な喋り方を演じてみせた。
「……このクズが!」
サイラスは少女の言葉に激昂し、彼女の手を強く掴んで走り出した。急に引かれた少女が苦痛の声を上げる。
「……不潔なジロン(ボロ布)め! お前の主よりも頭が足りないの!?」
怒り狂った少女は、サイラスが足を止めるたびに、その背中を何度も叩いて逃走を続けた。
「……この野獣! 下劣で悪臭を放つろくでなし……!」
少女が罵詈雑言を並べ立てていたその時、獣のような咆哮が二人の注意を引いた。二人の「ジロン」が新たな獲物を見つけたと言わんばかりに、戦いの雄叫びを上げたのだ。膿疱と汚れにまみれた体で、彼らは錆びついた凶器──刃の欠けた二本のナイフ──を振り回しながら近づいてきた。血走った瞳は、ただ暴力を貪ることだけを求めていた。
「……気をつけてろよ、ガキ。お前のケツが高く売れることを祈るぜ。さもなきゃ、俺が直々に船縁から放り出して、ワタリガニの餌にしてやる」
若者は冷酷なまでに正直な言葉を投げかけ、彼女の手を離すと、一人目の敵に立ち向かう構えをとった。
敵のナイフが垂直に振り下ろされ、空気を切り裂く不気味な風切り音が響いた。サイラスは本能的に身をかがめ、下顎に右ストレートを叩き込んだ。乾いた残酷な音が響き渡り、砕けた数本の歯が飛び散る。
「……危ない! 馬鹿にしないで!」
少女が叫んだ。
三人目の敵がサイラス目掛けて飛びかかってきた。肉と骨の塊となったその突進を、サイラスは二人目の攻撃を防ぐための盾として利用した。その過程で二人目は錆びた武器を失ったが、連中はすぐさま次の暴力的な突撃を仕掛けてきた。
「……シャコにかけて! こいつら、いつも以上に狂ってやがる!」
サイラスは男たちの表情を見て戦慄した。その顔は純粋な野生と、注入された興奮状態によって歪んでいた。焦点の合わない瞳は、怒りに駆られたカメレオンのようにあちこちを向き、ただ破壊だけを渇望している。
背中に武器を背負った男が、狂犬のように襲いかかった。
サイラスは肘打ちを頭部に食らわせ、男の首をわずかに捻じ曲げた。だが男は止まらず、よろめきながらも突進を続けた。衝撃を受けたサイラスの腕が曲がる。痛みはない。ただ、あの不快な「柔軟性」があるだけだ。しかし、その隙に一人目の敵に腕を掴まれ、サイラスはバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
「……クソ……ドックのドブネズミ共が! どきやがれ!」
地面に倒れたサイラスは、蹴りを防ぐために腕を顔の前に突き出した。
一撃がサイラスの顔面に命中し、彼の顎を不自然な角度にまで歪ませた。痛みは感じなかったが、皮膚は赤く腫れ上がり始めていた。
その時、唐突に猛烈な熱を帯びた火炎が放たれ、敵のうち二人を焼き尽くした。不意の炎に包まれた男たちは、標的も定まらずに絶叫を上げ、のたうち回りながら近くにいるものを道連れにしようと暴れ狂った。サイラスは火のついていない一人の脚を何度も殴りつけ、転倒させた。今や地面の上で、サイラスと男は力比べの死闘を繰り広げ、周囲では火だるまの男たちが無差別に周囲を蹴り飛ばしていた。
「……そいつを盾にしなさい!」
炎で焼ける肉と木の爆ぜる音に混じって、少女の叫びが響いた。サイラスはその指示に従い、奇妙な体勢になりながらも力を振り絞って体をひねった。これにより、周囲からの蹴りはすべて対戦相手が受けることになった。相手が衝撃で怯んだ隙を見逃さず、サイラスは男が動かなくなるまでその顔面を殴り続けた。
「……信じられない。あいつら、俺じゃなくて仲間を蹴ってやがる。マンボウ並みの脳みそだな」
サイラスは連中から距離を置き、ようやく一息ついた。ジャンキー同然の「ジロン」たちは、薬のせいか、のたうち回る自分たちの仲間を馬鹿みたいに蹴り続けていた。
「……正気に戻るために、今度は私に殴られたいのかしら?」
息を整える若者の横で、少女がしゃがみ込み、耳元で囁いた。その声にサイラスは飛び起きた。少女の瞳には冗談の色はなく、冷酷で残酷な決意が宿っていた。
「……あんたが金持ちのヘルナンデス一族であることを祈るわ。私はあんたの汚いケツを救ってあげたんだから、お礼に新しい家を一軒用意しなさい」
少女はパトロンのような仕草で、サイラスの頭を軽く叩いた。その尊大な態度に腹が立ったが、ジロンたちに殴られる苦痛に比べれば微々たるものだった。
「……待て、ガキ。どういう意味だ?」
彼は少女から「安全」だと思える距離まで素早く飛び退き、囁き返した。
「……俺のケツを救っただと!?」
サイラスの顔はまだ腫れ上がっていた。しかし、それは打撃のせいというより、皮膚の下を根のように広がる不気味な紫色の変色のせいだった。
「……港の人間って、予想以上に無知なのね。きっとヘルナンデスの血筋だから脳みそが足りないんだわ」
少女は侮蔑を込めて言い放ち、彼の反論には耳を貸さず、ただ恩着せがましく手を振った。
「……このお喋りインコめ。口先だけの淡水船乗りは、ワタリガニの餌にして船から放り出してやる」
若者は失った尊厳を取り戻そうと、精一杯の罵詈雑言をぶつけた。
「……私は賢いから、あんたの原始的な言い回しも理解してあげられるわ。でも、恩知らずなのは感心しないわね。あのジャンキー二人を焼いたのは誰だと思ってるの? 選択的に雷でも落ちたのかしら?」
少女は眉をひそめ、天性の優越感を持ってサイラスを見つめた。サイラスが周囲を見渡したが、助けてくれる者も、火を使える者もどこにもいなかった。
「……あんたがやったのか!? 一体どんな異常者が、レースの服を着たガキに火遊びを教えるんだよ!」
サイラスは絶句した。あの戦争機械や崖からの落下よりも、目の前の超自然的な現象に血が凍る思いだった。
「……いいこと、術というのは……。ちょっと、聞きなさい! 目上の人を敬えない不潔なジロン!」
少女は自らの知識を披露しようとしたが、サイラスの関心は既に別の場所──店の看板の文字を読み取ろうとすること──に移っていた。
「……ええと、形はこうで……三角みたいなのが……これか……」
「……『お菓子』って書いてあるのよ、この不潔で従順でない獣! それより、恩知らずな乱暴者にも分かるように私の名前を教えてあげるから聞きなさい!」
少女は声を荒らげ、怒りで雪のような白い肌がほんのりと桃色に染まった。その繊細な赤みは、彼女の残虐性とはあまりに不釣り合いだった。その時、白い服を着た背の高い男が、周囲の惨状など無関係であるかのように、目を細めて満面の笑みを浮かべながら二人を見つめていた。
「……お前はフェルナンデス、俺はヘルナンデスだ。お前らは家畜と秘密、そして魂を腐らせる隠し事の専門家だ。俺はスラムの監視と、道徳的に怪しい裏稼業の専門家。レッテルが違うだけで、本質は同じ穴のムジナさ」
サイラスは、壊れた腸のような迷路のような路地を進みながら唸った。
「……ええ、そうね。でも、社会的な立場から言えば、同じ一族であっても『エチケット』を考慮すべきだわ……」
「……名前がどうした? そんなもんで違いが出るのかよ。出ねえだろ、マンボウ頭」
サイラスが横目で彼女を見ると、驚いたことに彼女の顔は怒りと羞恥心で、茹で上がったシャコのように真っ赤になっていた。
「……なんだ……?」
不自然な様子に、サイラスは思わず足を止めた。
「……私はマルタ。……一族の者だったけれど、今は『見習い』になったの。……ベルタ家長が私を認めてくださった。私は、重要な存在なのよ……」
少女の声は震えていた。一言発するたびに、彼女の仮面に亀裂が入っていくかのようだった。彼女は必死に、その悲しみを抑え込んでいた。
「……ふん。俺はサイラス。ソロモンの孫だ。兄弟は腐るほどいる、そのうちの一人さ」
サイラスは少し考え、言葉を選んだ。
「……まあ、なんだ。一族には見捨てられたが、今は新しいグループで、井戸の底の荷物を守る仕事をしてる……そんなところだ」
赤くなったマルタの表情を見て、サイラスは居心地の悪さを感じていたが、少女の顔は次第に、残酷な満足感を湛えた笑みへと変わっていった。
「……ほら、簡単だったでしょう? ヘルナンデスで無能であっても、飼い慣らされた犬のように役に立つこともあるのね。まあ、それほど役に立ちそうにはないけれど」
少女は勝ち誇ったように言った。今度はサイラスの方が、彼女の嘘と嘲笑に怒りで顔を赤くする番だった。
「……この恥知らず、簒奪者、裏切り者、蛇の舌を持つ女め!」
マルタは、自分の「玩具」が冗談を理解しているか確かめるように、わざとらしい不思議そうな顔をした。
「……いいわ、私の愛くるしい下僕。それは海賊の素質よ。あんたのような男が見習うべきは、私のような少女ではなく、海賊の誇りね。私はあんたより優れているのよ」
マルタは崇高なまでの不遜さで、皮肉を込めて自慢した。
「……優越感に浸った偽物の家長気取りか。忘れるなよ、あの老いぼれのベルタが、哀れみでお前を見習いにしたんだってことをな。それに、ここはメンシア家長の縄張りだ。あんたが本当に認められることなんてない。居場所のない下級の一族員として終わるんだ」
エリアスから教わった通り、フェルナンデス一族は短気で、知識を独占し、互いに盗み合う最も厄介な連中だった。
「……誰が惨めな一族員ですって!? 私はマルタ、正式な見習いよ!」
少女が咆哮すると、その瞳が真紅に染まった。それは彼女の秘めた力、超自然的な怒りの残響だった。
「……お前自身のプライドが教えてくれたのさ。自分の名前も家長の名前もバラしたのを忘れたのか? お前の正体なんて、傷跡みたいに丸分かりなんだよ」
サイラスの抜け目ない指摘と、人を食ったような態度に、マルタは顔を覆って羞恥と怒りに悶絶した。
「……それに、あのナルシストで、売春宿の外にいる奴らを片っ端から消して回る被害妄想のババアの名前を知らねえ奴なんていねえよ」
サイラスは汚れた手でマルタの頭をかき回し、彼女の完璧な髪型を台無しにした。
「……うっ!」
汚れと屈辱に、少女は嫌悪の声を漏らした。
「……そんなに落ち込むなよ。ヘルナンデスの最高傑作である、この俺様に負けたんだからな。なあ、主?」
サイラスは勝ち誇って笑いながら、頭から手を離した。なぜか、少女の頭は異常に熱を持っていた。
「……私の耳が聞き間違えたのかしら? 港のドブネズミが、『レディ』を侮辱しているのかしらね?」
古い革のように乾いた、ひび割れた声が響いた。暗い路地の奥から、四人の人影が姿を現した。
二人は答えなかった。サイラスの表情が強張る。空気は重く沈み、個人的で明確な殺意が場を支配した。
「……何も言わないのか? 珍しい。俺たちの知ってるサイラスは、いつだって猛毒と戯言を吐き散らす口を持ってたはずだが」
擦れた声の男が、不愉快な唾を吐き捨てた。
「……死人みたいな顔をした奴は嫌いだ。本物かどうか、顔の皮を剥いで確かめてやろうぜ」
別の男が鋭い声で言い、片目をパッチで隠した異様な姿を見せた。残された瞳は血走っている。
「……そうだな、偽物を生かしておくわけにはいかない。ましてや、本物の『ゴミ』ならなおさらだ」
背の高い男が、粗末な金属片──肉切り包丁のような武器を構えて嘲笑した。
「……素晴らしいわね、またボロ布の群れ。おまけに、あんたの惨めな家族みたいな口の利き方。あんた一人で十分だっていうのに」
マルタは皮肉を込めてこめかみを押さえた。一方、サイラスは、兄の差し金であるこの追手たちをどう振り切るか、必死に思考を巡らせた。
「……観念しろ、サイラス。逃げ場はない。羊の群れに戻り、親父さんへの不義理の落とし前をつけてもらおうか」
眼帯の男が錆びた短刀を抜いた。だがサイラスが動揺したのは、武器に対してではなく、彼が自分の無能な父親に何かをしたかのような物言いに対してだった。
「……この野郎ども! サディストの次尉補を連れてきやがったな!」
サイラスは男たちの背後を指差して叫んだ。咄嗟の嘘だ。グティエレス判事の飼い犬の中でも最も残酷な男の名を聞き、追手たちは一瞬、恐怖に凍りついた。
「……何もいない。あの薄汚い人殺しの嘘だ」
疥癬を掻きながら、背の高い男が吐き捨てた。
「……このサンゴ頭! 逃げられたぞ!」
最初の一人が、既に距離を取った二人のいた場所を指差した。
「……何としてでもあのクズを捕まえろ! ガキも連れてこい、フェルナンデスかゴンザレスに売れるはずだ!」
沈黙を守っていた四人目が吠えた。大通りへと続く、絶望的な追走劇が始まった。
遠くでは、地獄のような熱狂と共に炎が立ち上り、腐敗した大気の中に賛美と断末魔の歌が響き渡っていた。
嘘で塗り固めた少年と、炎を操る孤独な少女。互いを「クズ」と呼び合いながら、彼らはより深い混沌へと足を踏み入れる。背後に迫る一族の影と、前方で待ち受ける地獄の業火。二人の歪な旅路は、まだ始まったばかりだ。




