第二十三章:興行後の惨劇(カタストロフ)
かつての仲間は銃口を向け、かつての名は呪いとなった。
サイラスは死体を盾に、変質した自らの血を流しながら、サーカスの入り口に立ち戻る。
そこで彼を待っていたのは、秩序の再生ではなく、さらなる絶望の「開演」だった。
サイラスは、サーカスの入り口へと続く広間を進んだ。鉄格子には何かが飛び散り、鼻を突く刺激臭が周囲の腐敗臭と混ざり合っていた。闇そのものが、その奥行きを歪ませているようだった。若者は粘りつくような液体の水たまりを踏みしめながら歩いた。闇が何を隠しているかは知っていたが、今やその「恐怖」は壁に生々しく張り付いていた。
突き当たりまで来ると、彼はあの老人が自分を置き去りにした部屋にたどり着いた。長い間この地を支配してきた祖父の仲間たちが、すべて終わってしまったのではないかという不安が彼を掠めた。
「……おい! 誰かそこにいるのか!? 名乗れ!」
聞き覚えのある声が響いた。サイラスがさらに数歩進むと、上階から爆発音が聞こえた。
「……俺だ、サイラスだ! どこのバカマンボウが撃ってやがる!? 遊びはやめろ!」
サイラスは叫んだ。後方を固めている衛兵の誰かだろうと確信していた。
「……あり得ん、貴様、あの下衆どもの仲間だな! 死ね!」
叫び声と共に、銃弾の雨がサイラスの周囲に叩きつけられた。若者はつまずき、熱を帯びた金属が組織を掠め、貫通していく激痛に襲われた。
「……このマンボウ頭が! 呪われた淡水水夫の集まりめ、どうせまとめ役はナマコ頭の中のナマコ頭なんだろう。ふざけるな!」
激昂したサイラスが怒鳴ると、銃声が止み、沈黙が流れた。
「……あいつか? あいつの声みたいだが……でもボスは……」
遠くで囁き合う声が聞こえた。自分たちがどうすべきか、不器用な議論をしているようだった。
「……ルーファスか? それともあのバカか? 叫び屋か? 美人か、それとも女版ルーファスか!? 答えろ!」
サイラスは疑念を抱きながらゆっくりと近づいたが、返ってきたのは終わりなき連射の嵐だった。
「……サイラス、この不幸なガキめ! よく上がってこれたな!」
ガスパールが明るい声で叫んだが、互いの姿はまだはっきりとは見えなかった。
「……このクソジジイ! なんで俺を撃つ!? 俺だと言ってるだろ!」
サイラスの怒声が響いたが、彼の顔の仮面は笑い声を上げ続け、彼自身を苛立たせた。
「……誰か連れているのか……? 『虫』か?」
ガスパールが最初に近づいてきたが、サイラスの無惨な姿を目の当たりにして絶句した。気の利いた言葉を探そうとしたが、言葉が出てこない。骨の仮面の下にあるサイラスの体は、グロテスクな肉の塊と化していた。
「……なんておぞましい姿だ、小僧! 本当に、前よりひどくなってやがる! 臭いぞ!」
ルーファスの響き渡る声が聞こえた。しかし、顔が不器用に包帯で巻かれているため、まともな発音もままならないようだった。
「……なんだ、男前じゃないか。少なくとも、前よりはマシな口の利き方になったな。可愛いぜ!」
サイラスの皮肉に、ルーファスは不満げな唸り声を上げた。だが、サイラスの冗談に呼応して仮面が放った不気味な高笑いに、彼は凍りついた。
「……おい、イワシ野郎。お前……それをどこで手に入れた?」
ガスパールは、サイラスがまだ持っていた「銀色の霊液」を指差して尋ねた。
「……仮面のことか? ポゾの底でもらったんだよ。こっちは、どっかのイカれた連中のキッチンから失敬してきたのさ」
サイラスが答えると、数人が顔を青くした。だが、新人の衛兵はポゾの底がどうなっているかに興味を抱いた。彼にとって、底とは終わりのない虚無だと思っていたからだ。
「……どれだけ塩水を飲まされたんだ!? サーカスに置いてきた時とは別人じゃないか!」
アンドレアが、病気と暴力に蝕まれた脚をよろめかせながら言った。
「……黙ってろ、お局様! この『見世物』が、首まで浸かってるクソみたいな現状より面白いってのが分かんねえのか!?」
サイラスと同年代に見える若者が吐き捨てた。肌は灰色がかっており、言葉遣いからして町の反対側の出身だろう。
「……ボロ(ジロネス)たちのリーダーは誰だ? 知る必要がある!」
サイラスは周囲の質問を無視して尋ねた。
「……それ以上下りるな、淡水水夫。サーカスの下は『見世物たちのショー』だ。その先には、もう何もない」
ガスパールは、サイラスをいびりながらも興味津々な様子で話しかけてくる新人を制しながら言った。
「……そうかよ! 吐き気がするぜ。こいつも俺らと同じ人間だったなんてな……。みんなあんな風になるのか?」
新人がサイラスを指差して嘲笑った。
「……お前、今なんて……!?」
目の前で侮辱されたサイラスが反応しようとした瞬間、全員が彼に銃口を向けた。
「……いいか、ミミズ。いや、サイラスだったものよ。お前は自分の『ショー』に戻るんだ」
ガスパールの言葉に、サイラスは激昂した。かつての知人や見知らぬ顔ぶれが、自分に武器を向けている。
「……何を言ってやがる!? 忘れたのか……俺はヘルナンデスだぞ!」
若者は咆哮したが、あの「喋り屋」の女がそれを遮った。
「……ヘルナンデス。ああ、そうね。でもあんたは死んで、他の兄弟と同じように皆から忘れられた存在よ。もう『継承者』は決まったわ。あんたみたいなゴミは必要ないの」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのうちに、無数の銃弾がサイラスを襲った。彼はよろめきながら後退したが、奴らがリロードする前に逃げ出した。背後からは叫び声と銃声が追いかけてくる。
「……このマンボウ頭どもが……絶対に後悔させてやる!」
サイラスの体が痛んだ。弾痕は死に至るものではなかったが、なぜか激しく焼けるように痛む。傷口はなかなか塞がらず、そこから溢れ出した霊液が滴り落ちながら乾いていった。
「……ショーに戻れ、化け物。そうすれば、上がってきたことなど黙っておいてやる。お前を殺す手間も惜しいんだ」
ルーファスが叫んだが、返答はなかった。
「……」
グループは沈黙の中で待ち構えた。どこか居心地の悪さが漂う。
「……なあ、ドブネズミ。まだ続けるつもりなら、もっと風通しを良くしてやってもいいんだぞ。だがあんた、カジキマグロじゃあるまいし……」
ガスパールが警告し、他の連中を見て肩をすくめた。
「……いいさ。俺たちは飽きた。ここから出ていけ。外で何を探してるかは知らんが、あんたは面白い奴だった。特別に見逃してやるよ」
ルーファスが言った。それは、つい先ほどまで処刑部隊のように振る舞っていた連中にしては、あまりにも滑稽な言葉だった。
「……信じられないわ……」
女は、彼らの無能さに呆れ果て、包帯だらけの頭をタコのような手で叩いていらだちを見せた。
「……あいつがまだそこにいるか、投票して決めましょう」
アンドレアの提案に、皆が同意の手振りを見せた。
「……あの異常者は何を企んでるんだ!?」
新人の衛兵が毒づきながら、ゆっくりと近づいていった。嫌な予感がしたが、誰一人として自分が偵察に行くとは言い出さなかった。
「……おい! 見てくれ。死んでるぞ」
新人が死を確認した。ベテランたちは、そんなに簡単にいくはずがないと知っていたが、「見世物」の解剖学的構造は特殊であり、急所に当たった可能性もあった。
「……見てみろよ、ひどい有様だ。ずっと前に溺れ死んだみたいだぜ。危険はない!」
若者は言ったが、誰も彼に歩み寄ろうとはしなかった。
「……考えるのを手伝ってやろうか? もしかして、あんたたちはこいつに……」
新人が手招きをしたが、仲間の表情を見て言葉を失った。
「……余計なことを考えるな……バカめ!」
新人はサイラスに捕らえられた。サイラスの手は滑ったが、他の衛兵の時とは違い、酸で焼くことはなかった。
「……静かにしてろ、おしゃべりなインコ野郎。あの溺れ死んだドブネズミみたいになりたくなければな」
サイラスが低く呟くと、新人は必死に逃れようとした。
「……お前は……死んだ化け物だ……。殺してやる!」
新人は虚空に向けて数発の弾丸を放ったが、すぐにサイラスに組み伏せられた。二人は銃を奪い合って揉み合った。
「……バカなガキめ……」
ガスパールは、新人が持ち込むトラブルの数々に頭を抱えた。
暴発した銃弾が衛兵たちの足元を掠める。サイラスは若者を盾にしながら移動しようとした。
「……下衆め、ここから出られると思うなよ……」
容赦のない銃弾の嵐が盾となった若者を貫こうとしたが、サイラスは倒れなかった。
「……フジツボ共め! 薄汚いドブネズミが! 全然当たってねえぞ!」
サイラスは、あの新人の成れの果てを盾にしながら叫んだ。
「……クソが! 痛ええ!」
ルーファスの絶叫が聞こえた。それを聞いたサイラスは笑い、仮面もそれに呼応した。彼らは混乱と無秩序が支配する次の階へと足を進めた。
「……カレウチェに連れて行かれちまえ……。無茶苦茶だな。だが、美しいぜ!」
サイラスは呟いた。自分の傷口から漂う、焼けた肉の厚い煙の匂い――新しく、吐き気を催すような異臭を感じていた。
「……サイラス! 出てこい、さっさと終わらせるんだ。サーカスはもうすぐ開演する。時間がないんだ!」
ガスパールが叫び、新人の二の舞にならないよう、狙いやすい場所へと仲間と共に移動した。
火の爆ぜる音と、何かが砕ける音だけが響き、それ以外は静まり返っていた。
「……さあ行け、役立たずども! 『カパタス(現場監督)』が来る前にここを片付けるんだ! お前ら! 早く、早く!」
太い声の男が指示を飛ばすのが聞こえた。サイラスは火災と乱射で破壊された部屋の間を潜り抜けた。
若者は侵食され、粘液に覆われた壁にたどり着いた。その壁の穴から通路の奥を覗き込むと、声の主と、積み上げられた「何か」が見えた。彼は悟った。すべてが終わったのだ。いや、むしろ、すべてが「始まった」のだ。
――「混沌」こそが、この場所の新たな構造なのだということを。
ガスパールやルーファスといった「かつての知人」からの手痛い洗礼。
サイラスが「ヘルナンデス」の名を捨て、完全な「異形」として立ち上がる瞬間です。
死体を盾にする冷酷さと、漂う「焼けた肉の匂い」。
「カパタス」が率いる清掃作業の先には、どのような地獄のショーが待っているのでしょうか。
サイラスの復讐は、今や家族という枠を超え、この竪穴というシステムそのものに向けられようとしています。




