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第二章:日常という名の舞踏

経験した事象の前に、精神は引き裂かれる。実存の意義を失うというトラウマは、魂が砕けた後、精神の中にすら安らぎを許さぬ鞭打むちうちとなるのだ。

その瞬間、我々の潜在意識から深淵が溢れ出し、脆弱な現実を乗っ取るための「思考」を分泌し始めるのである。

視界は漆黒に染まっていた。単なる光の欠如ではない。それは精神を吸い尽くすような、実体を持った圧力だった。サイラスは闇の中にいた。何も感じず、微塵の力も及ばぬ思考の残響すら聞こえない。彼は自問した。闇に入ってから経験した全ては、己の存在が完全に霧散することを拒絶するための、肉体が作り出した防衛本能──熱にうなされた夢だったのではないか。この完全なる虚無という運命を埋め合わせるために、残酷な現実の断片を、断続的に夢見ていたのではないか?

しかし、そこに腐敗臭が漂ってきた。死の臭いではない。それは甘ったるい腐敗、屈服した肉体の臭いだ。吐き気を催す何か。動くことはできなかったが, 彼は不快感と、経験したことのない根源的なパニックに襲われた。

「……面白い坊やね。強い意志を持っているけれど、それは救いようのない馬鹿な意志だわ」

甘く戯れるような声が脳裏に響いた。脳の基底部を愛撫するような声。

「何が望みだ? 貴様は何者だ!」

サイラスは、ヘルナンデス一族としての怒りを総動員して叫ぼうとしたが、音にはならなかった。少し高音の、女性のものと思われるその声は、慈しむように笑った。

「あら、怖がっているのね。悪い子。……あなたの本当の正体を分からせてあげるのは、この私よ」

女は、息子を優しく叱る母親のように嘲笑混じりに言った。

恐怖がサイラスに再来し、彼を再び肉体へと繋ぎ止めた。感情と共に、誰かが大きく骨張った手で自分の背中に触れているという、悍ましい感覚が戻ってきた。

「……もし、私も悪い女だとしたら? そして、その『悪さ』があなたの好みだとしたら、サイラス?」

女の声には、遊び心に満ちたサディズムが混じっていた。

殴られたような激しさで光が戻った。サイラスは部屋の中で眠っていた。何匹かの大きく光沢のある黒いゴキブリが、自分の胸の上を這い回る重みを感じ、誘惑的な声の残響が溶けて消えていった。

「なんだよ。見てろよ、またやってやがる。よだれを垂らして、わけの分からねえことをブツブツとよ」

ガスパールが、喘いでいる若者を指さして不満げに唸った。

「俺にどうしろってんだ! 二、三発殴ってやったが反応しねえ。筋肉の無駄遣いだぜ、こいつは」

ランダルが怒鳴り散らし、若造を指さした。

「ここに『ハエ』どもを何匹か放して、新入りと遊ばせてやるべきだな。食い尽くされた後なら、胸糞悪い夢も見なくなるだろう。こいつに必要なのは夢じゃねえ、浄化パージだ」

ガスパールが提案すると、ランダルは期待に満ちた笑みを浮かべた。ランダルの瞳には、彼が知る唯一の感情である、空虚な悪意が宿っていた。

「そいつは名案だ! まさに芸術だな!」

ランダルは、その悪ふざけを想像して飛び上がらんばかりに喜んだ。

「その仕事にぴったりの、ハエどもの中でも一番年かさの『婦人』を知ってるぜ」

相棒とは違い、ガスパールはその考えをあまり好まなかった。面白そうではあるが、後で面倒なことになる。彼は汚く手入れのされていない髭を不器用に掻いた。彼の嫌悪感は道徳的なものではなく、実利的なものだった。リスクを冒す価値がないのだ。

「前回と同じヘマはできねえぞ」と、彼は大きな胼胝たこだらけの手で相棒を指した。「ルーファスに爪を剥がされる」

「大丈夫だって! 絶対に面白いぜ。あいつにぴったりの『ハエ』がいるんだ。キスが大好きな奴がな」

ランダルは腐った歯を剥き出しにして、汚れ乾燥した白い皮膚を限界まで引き攣らせて笑った。ガスパールは彼が誰のことを言っているのか察した。反吐が出るような光景になるだろうが、少なくともあの「海のノミ」に良い思い出を作ってやれるだろう。

「この狂人野郎、メカジキ(狂った魚)よりもタチが悪いぜ。ノミ野郎が心臓麻痺を起こしちまう。だが、ルーファスの『おもちゃ』を勝手に使ったことがバレなきゃ問題ねえ。手早く、綺麗に済ませろよ」

ガスパールが呟いた。彼の独白の残りは、湿気と忘却が入り混じるこの深い縦穴の、濃密な空気の中に消えていった。

「……この馬鹿野郎が、時間を無駄にさせやがって」

ガスパールは、居心地が悪そうにしているサイラスに歩み寄った。

「忘れられない教訓をくれてやる。俺たちから逃げられると思うなよ。お前は『見世物の一部』になるか、『見世物そのもの』になるかだ。ここでは全員が役者か、さもなくば餌なんだよ」

彼は、部屋で何が起きているのか理解していない若者を蔑むように言った。

「分かったか?」

しかし、彼の脅しはサイラスの唐突な覚醒によって遮られた。サイラスは意識が戻るや否や、受け継がれた純粋な自己防衛本能のままに、盲目的な一撃を放った。

二人は一瞬だけ叫び声を上げたが、放たれた拳が目の前の標的に着弾した瞬間に静まり返った。

「マンボウ(脳なし)以下の分際で……! どけ、この汚らわしい奴め!」

サイラスは怒鳴り、素早く立ち上がろうとした。

「メカジキより狂ってやがる……! 鼻を折りやがったな!」

ガスパールは怒りに震え、顔を押さえたが、指の間からはドロリとした血が溢れ出していた。

「黙れ。淡水の船乗りみたいなつらをしやがって」

若者は、それしきのことで大げさな男を撥ねつけた。ソロモンを失望させたという屈辱に比べれば、ガスパールの肉体的な痛みなど取るに足らないものだった。

「黙れだと? このクソ『メルルーサ(雑魚)』が俺に黙れと言いやがった。……何も見てねえくせに、もう支配者気取りかよ!」

「……どういうつもりだ、ナマコ野郎。俺の上に乗って何しやがる!」

サイラスは、男の奇妙な行動をなじるように抗議した。ガスパールは鼻を鳴らし、ひしゃげた鼻柱を力任せに押し戻した。激痛に顔を歪めながらも、荒い呼吸を整える。

「……ディアス一族のところへ行け、このクソガキが」

ガスパールは鼻をさすりながら吐き捨てた。

「ところで……他のみんなはどこだ?」

サイラスは、ボロボroのベストを羽織りながら尋ねた。

「本気で聞いてるのか? チンピラ海賊め。お前は俺たちのグループだ。お前のせいで、俺たちは掃除と『虫ども』の餌やりをやらされる羽目になった。マスター(親方)が下した罰だ」

憤慨したガスパールは若者を指さしたが、サイラスが無関心な様子なのを見て、忌々しそうに檻の方へと背を向けた。サイラスはその後を追った。この腐り果てた街で「掃除」という言葉が出るのは、ある種の異常事態だったからだ。

歩みを進めるにつれ、周囲の汚れたコンクリート壁は、もはや衛生的とは言えないほど時の忘却に覆われていた。それは、決して長く保つようには設計されていなかった「何かの内臓」のようだった。

「これ……街が作られた時からあったのか? それにしては、随分と深い気がするが」

サイラスが沈黙を破ると、ガスパールは不快げな視線を投げた。

「……いや、単に、ここは古い(・・・)と言いたいだけだ。まるで、勝手に増殖したみたいにさ」

洞窟のようになった天井を指さしてサイラスが言うと、ガスパールは低く唸った。

「……お前は本当に目障りなガキだ」

彼は少し考え込むように視線を彷徨わせた。

「俺たちが始めた時には、もうこうなっていた……だから知らん。このゴミ溜めがどれほど前からここにあるのかもな。……ずっとここにあって、何かを『待っていた』んじゃないか」

ガスパールは独り言のように呟き、時折、壁の隙間に広がる暗闇に目をやった。

だが、この暗闇は先ほどの「虚無」とは全く別物だった。そこには、歪んだ生命の気配が充満していた。錆びついた鉄格子の向こうで、獣のような影がうごめいている。

「あそこにいるのは何だ?」

サイラスが高い人影を指さした。ガスパールは目を細めて確認する。

「……あの背の高いのは『』だ。血ではなく、脊髄を啜る」

ガスパールはサイラスの手を引き、布切れを纏った骨のような四肢を持つ異形の方へ向けさせた。

「あんなのが動けるのか? 生きているのかよ」

「当たり前だ。あいつらは常に高所にいる。体を伸ばし、かつての『人間の形』を思い出そうとしているのさ」

ガスパールは戯れるように、芝居がかった口調で言った。サイラスは不快感を露わにしたが、ガスパールはその手を引いてさらに影の奥へと誘う。

「あそこにいるのは『ハエ』だ。油断すれば、腐った魚に群がるように、お前を包囲する。名前すら残さず、全てを剥ぎ取っていくぞ」

ユーモアを交えて言ったガスパール。サイラスが近づくと、それらは四足歩行で素早く動いた。

「……大きな犬みたいだな。こいつらの目的は何だ?」

「俺にとっては単なる厄介者だが、物をいじるのには向いている。言ったはずだ、馬鹿だと思って甘く見るな。野生だが、愚かではない」

ガスパールは周囲に群がる影に嫌悪感を隠さなかった。しかし、サイラスは別の影に目を留めた。それは、優雅に動いていた。

「……あれは違う。あいつだけは別だ」

二人は沈黙した。サイラスはその人外の優雅さに魅了され、吸い寄せられていた。一方、ガスパールは吐き気を催しながらも、心の底では怯えていた。まるで、聞かされていた怪談が現実の形を取って現れたのを見た子供のように。

「……やあ。会えて嬉しいよ」

サイラスは鼻の下を伸ばし、異常に滑らかな肌と巨大な瞳を持つ、しなやかな女性の影に手を振った。

影は近づいてきたが、一定の距離を保った。豊満な肉体を持つその女は、滑らかで挑発的な動きで彼らを招き、甘い仕草を見せる。それは感情を欠いた純粋な誘惑──捕食のためのメカニズムだった。

「……そこまでだ。離れろ! 『ダニ(吸血虫)』を信じるな!」

ガスパールが少年を引き戻した。サイラスは名残惜しそうに影に手を振り、別れを告げた。

「『ダニ』を見たら、絶対に背中を向けるな。あいつらの攻撃は、お前が安心した瞬間にやってくる」

ガスパールはサイラスを突き飛ばし、前を向かせた。

「……何でそんな名前なんだ?」

サイラスが不思議そうに振り返ると、絶対にしてはいけないことをしてしまった。肩越しに後ろを見たのだ。

「……油断すれば、お前にしがみつき、ゆっくりと食い荒らすからだ。お前をただの空っぽの殻にするまで、全てを吸い尽くすのさ」

ガスパールがいら立ちながら言ったが、若者が青ざめ、硬直したのを見て表情を変えた。

「……大馬鹿野郎め。まだ初日ですらねえのに」

角を曲がった先は、先ほどと同じく薄暗い通路だった。

「……ガキ。まだそこにいるか?」

ガスパールは足を止めず、神経質に尋ねた。頭にあるのは「生き残る」という一念だけだ。

「……いいか、お前を助けようとするのは、お前が気に入ったからじゃない。お前を死なせた言い訳が立たないからだ」

彼は己の良心の呵責を打ち消すように自分に言い聞かせた。もし『ダニ』に捕まれば、彼は一人になってしまう。

しかし、少年がうわ言を言いながら一点を見つめているのに気づき、ガスパールも見てしまった。女の顔が、すぐ隣にあった。壁に吸い付くように無重力で佇み、粘着質な顎をゆっくりと開き、舌を伸ばしている。すぐに襲ってこないのが不気味だった。

「……構わず進むぞ。ランダルがすぐそこに来る。俺が助けようとした証人が必要だ」

ガスパールは、隣にいる「何か」を無視した。ヘルナンデス一族の死を説明する責任、あるいは英雄として振る舞うための計算。

「……マンボウ(脳なし)以下の無能どもに囲まれてやがる」

サイラスが、後ろの「化け物」に投げキッスを送りながらクスクス笑うのを見て、彼は唸った。憎しみを向けようとしたが、異様な光景に言葉を失う。『ダニ』はサイラスの顔を舐めるように、愛撫するように舌を動かしていた。

「……何てこった。キスされてやがるのか、小僧。……お前、趣味が変わったのか? おぞましい」

ガスパールは困惑し、何より恐怖した。なぜ『ダニ』がこいつを飲み込まないのか。だが、怒らせて自分が餌食になるのを恐れ、それ以上は何も言えなかった。

「……お前ら、何やってんだ?」

前方にランダルの姿があった。彼は、鼻を折ったガスパールが、恍惚とした表情のサイラスを押し流すように歩いてくるのを見て呆然とした。

「……一体何が起きたんだ……?」

ランダルが手に持っていたものを落とした。

「……この大馬鹿野郎! どこにいやがった! あれがまだ付いてきてるか見ろ!」

ガスパールは、蜘蛛やカマキリの注意を引くことも厭わずに叫んだ。

「……何もいねえよ、さっさと来い……」

ランダルは後ろを振り返ろうとしなかった。経験から、追跡者が見えないことの意味を熟知していたからだ。ランダルが近づくと、『ダニ』は消えていた。

「……『ダニ』だった。こんなところに出るはずがないんだがな」

ランダルは鼻で笑った。ガスパールも、自分の想像力が見せた悪夢ではないと確信した。

サイラスが意識を取り戻し、女が触れた頬をなでた。肌は冷たく、ぬるぬるとした感触が残っていた。

「……おめでとう、若造。人魚にんぎょ……俺たちが言うところの『ダニ』を骨抜きにしたようだな」

ランダルが皮肉を言った。

「……見ての通りだ、お前は大した色男ドン・ファンだよ。だが俺が言ったら従え。さもなきゃ死ぬぞ。それ以上に、俺が責任を取らされるんだからな」

ガスパールは、今回の件でひどく苛立っているようだった。

「……人魚ってのは、水の中にいるもんじゃないのか?」

サイラスが尋ねると、男たちは説明に窮するような表情を見せた。この場所では、神話すらも変質し、腐敗していく。

「……おい、足元にあるのは何だ?」

ガスパールが、白い髪の細い影を指さした。ランダルはため息をつき、それをゴミのように拾い上げた。

「……ルーファスのお気に入りの『ハエ』が死んでた。運の悪い夜だったらしい」

ガスパールはいくつか呪詛を吐いた。

「……ハエっていうのは、老婆のことなのか?」

サイラスが混乱して尋ねると、周囲の影……ハエたちが、男たち、特に死んだハエをじっと見つめていた。

「違う、馬鹿。ルーファスのお気に入りが、あの歯の抜けた婆さんだっただけだ」

ガスパールは卑猥なジェスチャーをして見せた。番兵たちは、この死体をどうやって「まだ見つけていない」ことにするか、それぞれ計算し始めていた。

「……縦穴ぽぞに捨てるか? それとも檻に戻すか?」

ランダルが、老婆の頭をぬいぐるみのように掴んで尋ねた。

だが、その直後。誰も気づかなかった。老婆の濁った瞳がカッと見開かれ、ランダルを捉えた。次の瞬間、彼女は彼を突き飛ばした。

「……気をつけろ! 死んでない!」

サイラスの声が響くのと同時に、老婆が飛びかかった。その速度は年齢に反して異常であり、捕食者の痙攣のような動きだった。ランダルは倒れ込み、カビと腐食にまみれた檻の鉄格子に叩きつけられた。サイラスは間一髪で老婆をかわしたが、細く強靭な手が彼の足を掴んだ。

「罠だ! キスしたかったんじゃねえ、お前を利用したかったんだよ!」

ガスパールが棍棒を振り上げ、サイラスの背後から打ち下ろした。しかし、ハエたちは容易に獲物を手放そうとはしなかった。

「……クソが! あんたたち、本当に経験者なのかよ!」

サイラスは必死に足を振り解こうとした。老婆が再び襲いかかる。

「……来るぞ!」

サイラスは感染症にまみれた歯茎で噛みつかれそうになるのをかわし、老婆に数発の打撃を浴びせた。ガスパールがとどめの一撃を与えるまで、彼女は容易には倒れなかった。

老婆は一言も発さず、うめき声一つ漏らして地面に崩れ落ちた。ガスパールは容赦なく打撃を加え続け、彼女が二度と動かないことを確認した。

「……死んだ。……終わりだ」

ガスパールが仲間を見た。サイラスを掴んでいた他の女たちは、獲物を追うのを躊躇し、別の標的──ランダルへと向きを変えた。

「……この汚らわしい獣どもが! ゴミめ!」

ランダルが、群がるハエの下で咆哮した。彼女たちは彼を鉄格子に押し付け、その強靭な肉体と錆びた鉄格子の強度を試すように、四方八方から彼の足を引き裂こうとした。

「……これで婆さんの件は解決だな。全部ランダルのせいにできる」

ガスパールは息を切らしながら薄笑いを浮かべた。ランダルは怒鳴り散らしたが、もし逆の立場なら自分も同じことをしただろうと分かっていた。

「……あの『ハエ』の死を、この間抜けのせいにするつもりか?」

サイラスが困惑気味に尋ねた。この場所では、あのハエが何か重要な役割を持っていたらしい。

「……驚いたな。脳みそがないと思っていたが、そうでもないらしい」

ガスパールはサイラスを横目で見て、彼が落とした持ち物を丁寧に拾い集めている一匹のハエに視線を戻した。

「……面白いな。ここは変な場所だが、港の流儀は生きてるらしい。……で、婆さんはどうする? 代わりを選ぶか?」

若者は、何が起きても動じないことを示すように言った。背後では、鉄格子が曲がる音と、暗闇の中へと引きずられていくランダルの叫び声が響いていた。

「……前髪のあるあいつはどうだ? ちょうどいいんじゃないか?」

サイラスが話題を変えると、ガスパールは格子を見つめながら答えた。

「……俺たちの知ったことか。主催者やマスターが、群れ(エンジャンブレ)を調整するだろう」

ガスパールは足元に注意しながら歩き出した。サイラスは、自分のベルトや棍棒が消えていることに気づき、さりげなくランダルが落とした棍棒を拾い上げた。

「……厄介だな。だが、もっと悪くなる可能性もあった。道具は先にある。準備が済んだら直してやる」

ガスパールは何事もなかったかのように歩き続け、若者がそれに続いた。

「……ああ、そうだな」

サイラスは周囲を警戒しながら、背後で消えていくランダルの断末魔を耳にした。この汚物と腐敗の中で、それは滅多に味わえない極上の余興だった。

「……餌やりの方は、もう解決したみたいだな?」

サイラスが沈黙の中で付け加えると、ガスパールはその無邪気さに笑った。

「……違いない。お前にはランダルの仕事をやってもらうぞ。俺は特定の虫どもとは相性が悪くてな。あの蚊どもの視線が気に入らねえんだ」

ガスパールの落ち着いた、それでいて怪しげな態度に、サイラスはさらなる厄介事の予感を感じた。

「……落ち着け、チンピラ。そんな面をするな。お前は『ダニ』を魅了したんだ。それはお前が特別だって証拠だ。……不死身ってわけじゃないがな」

ガスパールは笑い続け、壁に埋め込まれた金属の扉に到着した。

番兵ガードとて安全ではない。彼らもまた、自らが監視する見世物(異形)たちと同様に、閉じ込められた囚われの身なのだ。

あるいは、凄惨な出来事に囲まれた幽閉生活に耐えうるよう、彼ら自身が己に言い聞かせている「嘘」に過ぎないのだろうか。

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