第十八章:男たちだけの領域(テリトリー)
光の下には、肉と機械の契約が結ばれている。
家族の誇り、失われた碑文、そして「トゥルガル」という名の怪物。
サイラスは知ってしまった。このサーカスが、単なる見世物小屋ではなく、一族の執念が作り上げた巨大な実験場であることを。
サイラスはゆっくりと目を開けた。全身が激痛に震え、地獄のような熱を帯びていた。体は湿り、死肉を喰らう魚のような生臭い塩の匂いが染み付いている。「ダニ」の腹部に密着していたせいで、獲物たちの腐敗した胃液にまみれていたのだ。その液体には強い腐食性があるようだったが、なぜか彼の体には影響がなかった。あるいは、すでに手遅れなほどの影響を及ぼした後なのかもしれなかった。
しかし、彼の意識は前方の闇へと向けられた。
「……何だありゃ? ここには誰もいないはずだが……たぶん」
サイラスは呟いた。皮下では赤黒い胆汁が脈打っている。闇の中を、一列の光が動いていた。それを持っているのは、磨き上げられたキチン質のように光る黒いラテックスの制服に身を包んだ男たちだった。その動きは「ゴキブリ」を彷彿とさせ、ラテックスの隙間からは移植されたプレートのような金属パーツが露出していた。
若者は、背後にいたあのゴキブリのような化け物に遭遇しないよう、一歩一歩確かめるように、完全な沈黙を保って前進し始めた。
「……いいか、ヘルナンデス家の混血共が自分たちに何が迫っているか気づく頃には、もう手遅れだ。『トゥルガル(Tullugal)』こそが道であり、ヘルナンデス共は自らの強欲によって自滅するだろうよ」
老いた男、テオドロが厳かに言った。フェルナンデス家直系の代表者の一人だ。
「……本当に『トゥルガル』が機能すると思っているの、テオドロ? モランデ家は古の碑文の残滓を使ったプロトタイプの製造に何度も失敗しているわ。不完全なトゥルガルなど、他家からの失笑を買うだけよ。私は蔑みの目で見られるのは我慢ならないの」
話しているのは、白衣を纏った痩身の女のようだった。髪はなく、肌は不気味なほど青白い。顔があるべき場所には金属のマスクが埋め込まれ、剥き出しの瞳だけがこちらを凝視していた。
「……ダイアナ、もういい。モランデ家は彼らの能力に応じて調整を行う。そして我ら、生まれながらの機械工作の達人であるフェルナンデスが、完璧なショーを披露してやる。我々の得意分野だ」
老人は、女の疑念に苛立ちながら白髪を掻いた。
「……我々は彼らの弱点を補い、彼らは我々の弱点を補う。この『大演目』のために、我々は補完し合っているのだ」
老人は、女の不信感を和らげようと言葉を添えた。二つの家系は別々に動いているように見えて、互いの仕事を監視し、失敗が許されない状況を作り上げていた。
「……心外だね、そんな風に扱われるなんて。主催者に対して、もう少し礼儀正しい言葉遣いはできないのかい、お嬢さん?」
主催者が囁いた。その小さな瞳には、静かな断罪のような輝きが宿っている。サイラスの耳にようやく届くほどの低い声だったが、そこには相変わらず、傷ついた舞台俳優のような虚栄心が込められていた。
「……戯言ね、坊や。そんなくだらない話はやめなさい。私たちの家族が他家と協力し合う必要なんてない。肉体は脆いわ、トゥルガル。私たちの専門分野である『強化』こそが、他を圧倒しているポイントよ。あいつらは棚で見つけた忘れ去られた情報をなぞっているだけだわ」
女は、格下と見なす相手と働くことへの不快感を隠さなかった。
「……君は黙っていろ。ここは『男性検体』のセクター、我々の領域だ。君がこの異常な場所の一部だとしても、唯一の存在じゃない。それに、君はトゥルガルの単なる『副人格』に過ぎないんだから」
女が蔑むように主催者を指差すと、主催者のマスクは怒りに歪み、小さな歯を軋ませた。その肉体までもが、感情に合わせて微妙に変質していく。
「……なんて下品な女だ! 役に立たなければ、ドマドール(調教師)の獣たちの餌食として最下層に突き落としてやるものを、ダイアナ」
主催者の歯ぎしりの音がおぞましく響き渡った。
「……いいこと、テオドロ。この『トゥルガル』と呼ばれる欠陥個体は、もっと慎重に調査されるべきだったわ。自己を過大評価し、感情に流される個体と働くのは……非効率だわ」
女は眉をひそめた。二人の間の対立関係は決定的なものに見えた。
「……」
老人は言葉を失った。表情を失った「メスの手術魔」と、傲慢と感情に支配された「巨大な存在の一部」との間で板挟みになっていたからだ。
「……さて、テオドロ。君の成果を見せてもらおうか。実験された男たちは機能するんだろうね? 被験者はどこだ?」
主催者が、モランデ家の人間や沈黙を守る護衛たちを嘲笑うかのような、優雅で長い歩取りで進んだ。
「……喧嘩はやめてくれ、もううんざりだ。さっさと終わらせよう。同じような知能指数の連中の話をこれ以上聞きたくない」
彼らが喋っている間、サイラスは情報を盗み聞きしようと慎重に近づいていた。自分が何に首を突っ込んでいるのかは分からなかったが、相手が自分に牙を向く前に、その秘密を握っておく方が得策だと考えていた。
突然、主催者が振り返り、明かりを灯した。部屋の奥から断続的に光が溢れ、そこが長年の腐食と湿気にまみれた、荒廃した巨大な空間であることを露わにした。
「……壊れたトゥルガルはどうしようもないわね。他のトゥルガルと取引すべきだった。ゴミ溜めのような個体を選ぶなんて……」
ダイアナが毒づきながら歩みを進めると、細長い怪物は激昂し、スパイや侵入者を探すどころではなくなってしまった。サイラスは、不快な会話をこれ以上聞かずに済む場所へと移動することを選んだ。
「……誰かにつけられているか? 私の護衛を放ってもいい。腕利きの追跡者だ。数人失ったところで問題はない」
テオドロが、数年の努力が誰かのせいで台無しになることを懸念して尋ねた。
「……落ち着きなさい、テオドロ。こいつが錯乱しているか、注意を引きたいだけよ。これ以上、私の甥や孫がショック死するような事態は御免だわ」
女は、眼窩に直接はめ込まれた眼鏡を調整しながら言った。
「……全く、君ほど嫌な人間はいないよ。侵入者よりも君の無能さの方がよっぽど心配だ」
主催者の声が部屋中に響き渡る。彼は地面にある、暗闇へと続く亀裂を覗き込んだ。彼が手をかざすと、光に怯えた獣たちの悲鳴と咆哮が、地下から沸き上がってきた。
「……なるほど、全員揃っているようだ。……ただのゴミ溜めだがね」
主催者は沈黙し、体を伸ばして、階下の天井を伝うように周囲を観察し始めた。
「……私の話が聞こえないの、小動物? 人間などという下等で原始的な概念と私を一緒にしないでと言ったはずよ。……せめて、貴方のような劣等種が、私を『優れた擬似人間』として崇めるなら許してあげてもいいけれど!」
女の声が強烈な緊張感を生み出し、怪物は調査を中断した。
「……ふん、いいだろう。何もいないようだ」
主催者は立ち上がり、手を叩いて、かつて誰かを押し潰したであろう天井の崩落跡を無視して進んだ。サイラスは、その岩の隙間に無理やり体をねじ込み、自分の体をさらに平たく押し潰して身を潜めていた。
「……仕事を続けよう。話すべきことは山ほどある。このミミズの竪穴において、時間は黄金だ」
光が消え、通路の奥の扉が開いた。そこから腐敗臭と化学薬品の入り混じった悪臭が流れ込んでくる。
「……仕事だと、この欠陥品が。『トゥルガル』と呼ばれる複合体の非合理的な挙動、理解に苦しむわ」
女は不満を漏らしながら、重苦しい空気を纏って扉の向こうへと消えていった。
彼らが去った後、サイラスは隙間から抜け出そうとしたが、岩に挟まった体は思うように動かなかった。
何度目かの試みの末、岩が軋み、床が鳴った。
「……まずい……ちくしょう!」
時の重みに耐えかねた構造物が、崩壊の音を上げ始めた。
塵と堆積物が巨大な雲となって舞い上がり、空気は息が詰まるほど濃密になった。
「……これ以上、落ちるのは勘弁してほしいんだが……。じゃなきゃ、あの安物のゴキブリ共の餌食になっちまう……」
サイラスは痛みに悶えながら不平を漏らした。周囲からは、何百、何千という足音が近づいてくるのが聞こえた。足、爪、蹄。あらゆる種類の「前進」が、崩落の音と彼の胆汁の甘い匂いに誘われ、死の臭いを漂わせながら彼へと迫っていた。
ダイアナとテオドロ、そして「不完全な人格」としての主催者。
交差する陰謀の裏で、サイラスはさらに深い闇の底へと引きずり込まれていく。
迫りくる無数の足音。闇に潜む「男性検体」たちは、新入りのミミズを歓迎するのだろうか。




