第十七章:ホン・ホン(道化の哄笑)の陰謀
深淵の暗闇は、最も甘美な嘘をつく。
逃れられぬ飢えと、拒めぬ愛撫。
サイラスは地獄の階層を下りるたび、人間としての最後の「境界」を失っていく。
サイラスは暗闇の中を進んでいた。「シデムシ」との数少ない会話によれば、行きたい場所へ進むことだけに意識を集中させるべきだという。計画は「略奪」だった。しかし、周囲の環境は別の計画を用意していた。
「……風は吹いていないはずだが、何かが囁いているな」
サイラスは微かな呟きを聞いた。それは柔らかく甘い響きだったが、あまりに遠く、この深い竪穴に風が流れていないにもかかわらず、空気の震えと見紛うほどだった。
「……おーい? 下に誰か生きてる奴はいないか?」
自分の問いに返答が来ることを望んでいるのか、自分でも疑わしかった。場所の朽ちていく音以外には何も聞こえず、時折、構造物が軋む悲鳴のような音が響く。視界は皆無だった。もはや何に出くわそうと、どうでもいいはずだった。「見世物」たちはすでに、いかなる恐怖をも上回るほどおぞましいのだから。
しかし、その自信が仇となった。彼は残酷な裏切りに遭い、気づかなかった階段から転げ落ちた。
「……ちくしょうめ。骨がなくて助かったぜ。じゃなきゃ今頃はピューレ(肉泥)だ」
若者は誰を呪うべきかも分からず毒づき、絶対的な暗闇の中で、落下の衝撃で曲がった手足を無理やり動かして立ち上がろうとした。そこで不快な事実に気づく。
「……なんで階段があるんだ!? 空飛ぶ魚め、あのアホの言う通りだったな」
彼は悪態をついた。下へ降りた者は消えると言われていたが、あの「淡水水夫」の言葉は、恐ろしいことに正しかったのだ。
呼吸は乱れていたが、それ以上に、無の中に蠢く「何か」が気にかかった。虚無が這い回り、狩人のようにあちこちで不規則かつ緩やかな足音を立てているのを感じる。
「……誰だ!? 姿を見せろ、怖くなんてないぞ。卑怯な化け物め、正体を現しやがれ!」
若者は感覚を研ぎ澄ませて何かを察知しようとし、磨り減った階段の手すりまで後退した。この忘れ去られた場所はここで終わりではなく、さらに深淵の次の階層へと続いていることに気づく。背後に潜む「何か」よりも、この場所に一体いくつの階があるのかという事実に、彼は居心地の悪さを覚えた。
「……なんてこっ……。下へ降りるなんて夢にも思うなよ、正気の沙汰じゃねえ。それより……」
サイラスが言い終える前に、彼の腕を無数の小さく鋭い針が貫いた。それらは肉に深く突き刺さり、皮膚から黒い胆汁が溢れ出した。
「……フジツボ野郎! こんな場所で俺を食おうなんてのはどこのどいつだ! 俺はまだ上で役に立つんだぞ!」
サイラスは呻き、凄まじい痛みと共に階段の方へと引きずられた。階段や地面に叩きつけられ、激しく揺さぶられる。
「……食うつもりなら無駄だぞ! 俺は胆汁と皮だけの存在だ! 歩くミミズなんだよ!」
サイラスは自由な方の手を使い、必死に目の前の何かに殴りかかった。拳に当たったのは冷たい金属の感触だった。その感触から、彼はこの竪穴で金属を体に埋め込んでいる唯一の存在を連想した。
「……おぞましい奇形ゴキブリめ、食っていいものといけないものを教えてやる! 俺はデザートじゃねえんだよ!」
サイラスは捕食者を止めようと力一杯蹴りつけた。しかし、突き出した脚は太い棘に捕らえられ、柔らかいバターのように切り裂かれた。彼は苦悶の叫びを隠しきれず、これ以上餌のように振り回されないよう、必死に何かにしがみついた。
暗闇の虚無の中で、サイラスは何かに取り縋った。それが何かも分からなかったが、何かをせずにはいられなかった。彼は捕食者の体から掴める場所を探り、奇妙なものを見つけた。それは熱を持っており、プレートの裏側に隠されていた。老朽化で露出した換気パイプのようなものだった。
「……そんな遊びをしたいんなら、本気の遊びってやつを教えてやるよ、三流の海賊野郎! これでも喰らえ!」
彼は力任せにパイプを引き抜いた。凄まじい噴射音と共に、パイプが狂ったように暴れ、悪臭を放つ濃厚な液体が溢れ出した。怪物は咆哮し、激しい苦痛に身を悶えさせながら暴れ回った。
「……これ、燃料ガスじゃないか、このバカ! ……なんで船の燃料なんて持ってやがる……!」
サイラスはどうすべきか迷ったが、あの怪物に問いかけるのは愚かなことだと悟り、相手の回復を待つような真似はしなかった。相手もまた、自分を傷つけたサイラスへの復讐を忘れないだろう。
怪物がサイラスに突進しようとした時、彼は力を振り絞ってそれを回避した。彼は階段の吹き抜けへとさらに深く転落し、次の階層で静止するまで、休みなく打ち付けられた。
「……テンテン・ヴィル(蛇神)にでもキスしてやがれ……この深淵の悪魔め!」
上の階が一瞬、激しい光に包まれ、おぞましい造形物の姿を浮き彫りにした。
落下の衝撃で火花が散り、それが吐き気のするような流体に引火したのだ。それはギリシア火薬のように怪物を焼き尽くした。
「……ゴキブリの母親かよ! ちくしょう!」
若者は手足の感覚を取り戻しながら、地面から這い上がった。あの怪物を二度と見たくないと願い、心の底から呪った。部屋は乾いた有機物の残骸や忘れ去られたゴミに満ちており、火は瞬く間に燃え広がった。もはや道は下へと続くものしかなかった。
「……あんなのはもう御免だ、二度と見たくない……。クソッ……一体誰がこんなものを作ったんだ!」
彼は自分の恐怖を呪い、同時に、ただ逃げ出したいという一心を与えてくれたことに感謝した。
老朽化した使い物にならない階段を何度も転げ落ち、逃げ回り、若者はさらに深くへと降りていった。ついには、自分がなぜここへ降りてきたのかさえ忘れてしまうほどに。
「……ここまで来れば……もう近くにはいないはずだ……」
満身創痍の体で息を切らし、自分が無事かどうかを暗闇の中で確認しようとした。静寂の中で、階段を降りてくる「素足」の足音だけが聞こえた。
彼は息を呑んだ。鋭い爪や棘、あるいは外れた顎が、自分をただの忘れ去られた肉塊に変えてしまう瞬間を待った。
しかし、若者の耳に届いたのは、魂を癒し、精神を惑わすような甘い香りを伴ったメロディだった。それは彼にとってあまりに馴染み深いもので、次の瞬間、長く伸びた鉤爪が、まるで愛撫するように優しく彼の体を包み込むのを感じた。
「……あんたか。信じられない、俺の可愛いダニちゃん。俺を追ってこんな場所まで危険を冒して来るなんて……愛してるぜ!」
若者は愛の陶酔に浸っていた。何も見えず、何も感知せず、彼女以外の何ものも感じていなかった。
「……カチ、カチ……」
不揃いな牙が立てる音は、若者の心臓の鼓動に寄り添う天上の合唱のように響いた。
サイラスは近づき、片手で彼女の湿った髪を撫で、もう片方の手で巨大な鱗の体をマッサージした。絶対的な暗闇の中で、舌と舌が情熱的なダンスを踊る。
ダニは柔軟な顎を開いて歌い、近づく獲物に歓喜して激しく涎を垂らした。かつてガスパールが言った通り、彼女は罠に落ちた者を捕らえるまで探し続けるのだ。しかし、彼女は彼を殺さなかった。ただ、竪穴の不潔な下層階の闇の中で、グロテスクで情熱的なダンスに興じた。そこにあるのは、原始的な動きによってのみ沈黙させられる、狂乱の情欲だった。
ダニの腹の中では、消化されゆく数多の体が絶望的に蠢いていたが、若者はそれに気づくことさえなかった。
サイラスはその異常な逢瀬の後に意識を失い、遠くで動く光を見た時に再び目を覚ました。
燃料に焼かれる怪物、そして暗闇の恋人との再会。
サイラスの意識は、愛と腐敗の混濁した闇へと沈んでいく。
だが、彼を呼び覚ます光の正体は、救済か、あるいはさらなるショーの始まりか。




