第11話:斉藤はフルーツタルトが好きだ。
目を覚ました時、斉藤は自分がいつにいるのかわからなかった。いつもの悪夢とは違う。記憶に忠実な夢を見たせいで、7年前の事件と現在が継ぎ目なくつながっていた。
曖昧な数秒間。だが、過去と現在はすぐに分離し、斉藤の意識は現在とともに残った。
目の前に広がる見知らぬ天井に、心当たりはあった。どこかは分らないが市内の病院だろう。
視線を動かすと、咲良と目があった。ちょうど、斉藤が目覚めたことに気が付いたのか。表情が変わっていく。
まずは安堵、それから涙をこらえるような顔を経て、しかめっ面へ。
「心配させて、ゴメン。」
「本当よ!!一体、私がどれだけ心配したと思ってるのよ。全然、目を覚まさないし。」
咲良の目からこぼれた涙を、斉藤は右手の人差指の背で受け止めた。
(あの時も、君は泣いてくれた。)
斉藤は思った。
咲良はすぐに涙を拭くと、ナースセンターに看護師を呼びに行った。既に時刻は深夜らしい。咲良の帰りを待つわずかな時間に、斎藤の心は再び7年前に舞い戻った。
事件から二日目にようやく純が目覚めた時、彼女の顔は安心のあまり涙と鼻水でグチャグチャだった。
直接の被害者は死者5名、負傷者1名。逃げる際に転倒するなどした軽傷者が数名。それが事件の概要だった。5名の死者の中には変異者の父親も含まれている。変異者の少女は逃げ遅れた人たちを襲いながら、モール中を駆け回り、最後は対策庁の職員により射殺された。
直接の被害者の中で唯一死を免れた純は、目覚めた病室で事件の顛末を咲良から聞いた。
目が覚めたものの、純の具合はあまりよくなかった。まず傷口がひどく痛んだ。ズクズクと疼くような痛み。さらに熱もあったためか、体の節々も痛みを発していた。
寝たり、起きたりを繰り返す1週間。
(いつもの悪夢を初めて見たのは、あのころだったな。)
そんなことを考えていると、ノックの音が回想を中断した。
咲良とともに入ってきたのは白衣を身に着けた医者。斉藤の胸に聴診器を当て、問診を行い。すぐに出ていった。
明日の昼前にもう一度診察し、問題なければ退院とのことだった。
「さてと、もう遅いし。寝ましょう。」
咲良は毛布を手にベッド横の長椅子に寝転がる。斉藤も再度眠るべく、ベッドに横になった。
起きたばかりで寝られないのではないか。と思っていたが、薄闇の中で寝息を立てる咲良の顔を見ているうちに、いつの間にか自身も眠りの中へ落ちていった。
班長の真田が観月を伴ってやってきたのは、二人が退院の準備をし終えた翌日の昼のことだった。朝、電話で報告をした際に聞いていたことだったので、別に驚くこともない。
「今回は災難だったな。体の方は問題ないのか。」
今日は当番日。仕事を抜けてきたのだろう。喪服に似た制服に身を包んだ真田は挨拶をした後でそんな風に話を始めた。
「ええ、不幸中の幸いです。日ごろの行いのたまものですね。」
斉藤が軽口で応じると、真田も薄く笑う。この二人、1班の中では比較的年が近いこともあり、気やすい関係である。
「お前が処置した少年な。3班に無事に保護されたよ。」
「そうですか。」
よかった。とは言わない。職員であれば皆、保護が実際にどういうものかを知っている。
「それからな。お前が倒れたことが、上で問題になっている。」
「そう、でしょうね。」
伝えた真田にも、聞いた斉藤にも動揺は見られなかった。むしろ、横で聞いていた咲良と観月の反応の方が大きかった。
「お前の事件と今回の事件は類似した点が多い。本庁ではある種のPTSDの可能性が高く、今後の職務に支障をきたす恐れがあると考えている。」
「転属ですか。普及・啓発担当か、どこかに。」
普及・啓発担当、CAMPに対する一般の理解を深めるため。学校や職場を回り講習を行う部署である。
「希望すればな。残留を望んだ場合は、類似のケースを再現したテストを受けてもらうことになる。どうするか、次回の当番までに決めておいてくれ。」
「分かりました。」
それだけ話すと、用は済んだのか真田は腰を上げた。そこで思い出したように口を開く。
「記者さんが話を聞きたいって言うから連れて来た。邪魔なら連れて帰るが。」
それには及ばないと答えると、真田は肯く。そして付け加えるように一言。
「転属か、残留か。どちらを選ぶのもお前の自由だ。でも、俺はお前を良いオペレーターだと思ってるよ。」
斉藤は思わず苦笑した。
「班長、それはズルいですよ。」
真田もそう思ったのか。少し困ったような顔をすると、今度こそ挨拶をして出ていった。
病室の中には斉藤と咲良、それに観月の3人が残された。
「それで、聞きたいこととは?昨日の事件の事ですか。」
違うと分かっていたが、斉藤は聞いた。観月は首を横に振る。話の切り出した方を考えている顔だった。
「斉藤さんはCAMPの被害にあったことがおありだったんですね。」
選んだのは直球だった。不躾ということもできたろうが、斉藤はジャーナリストらしからぬ不器用な質問に、むしろ好感を持った。まっすぐ相手にぶつかって行くやり方は、距離を測ることに慣れてしまってからでは失われてしまうものだ。
「支所で聞きましたか。そうです。7年ほど前に被害に遭いました。」
「その時のお話をお聞かせいただけませんか。」
斉藤はちらりと咲良の方を見やった。妻も斉藤の方を見ていたが、その表情の意味する感情を斉藤は読み解くことが出来なかった。いたわるような表情にも、責めるような表情にも見えた。
「いいですよ。でも、退院の時間がありますので、場所を変えましょう。お昼もまだですし。」
3人は病院を後にした。
ピークを過ぎたイタリアンレストランはテーブルにも店員にも余裕が感じられた。以前にも来たことがあるのか。店員たちは斉藤の覆面を不思議に思う素振りもない。奥のテーブルに陣取った3人は咲良の提案に従い、パスタにサラダバーとドリンクバー、それに食後に2種類のデザートが付いたセットを注文した。
お腹が空いていたのか、咲良はサラダを山盛りにして小気味よいリズムで食べている。斉藤と観月もつられるように箸(実際に手にしているのはフォークだが)が進んだ。
雑談しつつ、それぞれのパスタを片付けた後、デザートを注文する。
斉藤は洋ナシのタルトとブルーベリーのレアチーズ、咲良はかぼちゃのモンブランとガトーショコラ、観月はアップルパイとイチゴのショートだ。
ケーキを待つ間、コーヒーを飲みながら斉藤は話し始めた。7年前の事件のことを。アウトレットモールでの出来事、そして病院での目覚め。
そこまで話したところで、ケーキが運ばれてきた。斉藤はケーキを一口味わい、コーヒーで口を湿すと話を再開させた。




