表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/9

決着、そして決意

 ケタケタと、甲高い声。振り向くと、腹を抱えて笑うジャルカットの姿があった。


「おいおいまじか?!」


 下卑た面でひときしり笑ったジャルカットは、地面に横たわった相棒を、剣で指差す。


「そいつ、死んだ?」


「……」


 俺はしゃがんだまま、ガイの体を見る。古ぼけた白いコートは赤黒く変色し、腹からは、血が流れ続けている。


 あれほど強く輝いていた治癒術の光も、動きもない。


 まるで、"魂"だけが抜けてしまったかのように。


 視線をジャルカットに戻した俺は、静かに立ち上がった。


「……ちょっと眠ってるだけだ」


 その瞬間、ジャルカットの笑みが消えた。ある一点を見つめ、ボソボソと口を開く。


「剣…………?折ったはずだろ、テメェのは……」


「さあな」


 とはぐらかし、俺は両刃の直剣を握り、ぴたりと体の正中線上に構えた。


 鋼色の、無骨な剣だ。


 高級品だと言うジャルカットの剣に比べれば、美麗な装飾はないし、鍔や柄も素朴で、肝心の刀身は一回りも二回りも細身。


 だがそれでも、一つ確信できることがあった。


──こちらの方が、強い。


 刹那、俺は右足で地面を一息に蹴った。ジャルカットとの距離、六メートルばかりを飛ぶように駆け、踏み込む。


 狙いは首元。自分でも、信じられない速度で右腕が動いた。


「うおっ!?」


 右下から切り込んだ俺の剣を、ジャルカットは素っ頓狂な声を上げつつも、剣の横腹で受けた。


 止められた先制攻撃。だが、体勢、意識共にこちらが有利だ。


 俺は今までの鬱憤を晴らすかのように、躍動する全身を思いのままに動かした。


 一撃、二撃、三撃。


 切り上げ、振り下ろし、突く。俺が攻撃の回数を重ねる度に、ジャルカットは大きく後退り、顔からは冷や汗が吹き出していた。


「くっ……そっ……!!」


 狼狽するジャルカット。限界が近いのか、俺の剣は幾度となく奴の体を掠めている。


──いける!


 俺は、静かにそう確信した。


 息を吸い、吐く。それだけで、全てが手に取るように分かるのだ。


 木々の微かな揺れ、小鳥の視線。遠く離れた小川のせせらぎすらも、明敏に聞こえてくる。


 俺の全身を、世界を丸ごと掌握したかのような、果てのない全能感が包む。


──ここで、華の法を……!


 そう意識を割いた瞬間。俺の体が、僅かに硬直した。ガイとの斬り合いの時にも感じた、体よりも意識が先走るあの感覚。


 時間にして1秒にも満たない小さな隙を、ジャルカットは抜け目なく見抜いていた。


「ハッ……ハッアァ!!」


 奴は奇声を上げたかと思うと、俺の剣の軌道に自身の剣を無理やり捩じ込んだ。


 10分近く前と同じ、鍔迫り合いが始まる。


「分かったぜ……それ"代償剣"だろ!一体何を媒介にしやがった!そいつの命か?それとも魂丸ごとか!!」


 代償剣なる単語は初耳だったが、そのニュアンスは分かった。彼のような悪人ですら忌避するような、恐ろしい道具だと言うことも。


 無言を貫く俺とは対照的に、ジャルカットは大きく叫んだ。


「まぁいいさ……もう一度、へし折ってやるよぉっ!」


「ぐっ……」


 余裕を取り戻したジャルカットが、俺の真上から押さえ込むように剣を動かした。その重量に、思わず苦痛の声が漏れる。


 身長差のある鍔迫り合いは低い方が不利だ。五分とはいかず、軍配は奴に上がる。


 そう判断した俺は膝を折り、ジャルカットが押し付ける重量に耐えかねたフリをしながら、ブーツの先で地面を擦った。


 地面が数センチほど掘り起こされ、まとまった土塊が、足の先に乗る。


「くっ……おおお!!」


 俺は後ろに倒れ込まんばかりの勢いで、右足を思い切り振り上げた。


「ッ……テメェッ?!」


 つま先から飛び出た土塊は宙に浮かび、ジャルカットの視界を奪う。


 所詮は卑劣で矮小な目潰しだ。しかし、ジャルカットの修復したばかりの目には、よく効くに違いない。


 奴の剣圧が弱まった瞬間、俺は無理矢理剣を引き戻した。内在魔法で強化した脚力を全開にして、飛び退く。


 一瞬、小さな不安が頭をよぎった。俺は、右手に握る剣を一瞥する。


 慣れないまま動かし、かなりの負荷をかけてしまった。折れるまではいかずとも、かなりの傷が……。


 ない。


 無骨を体現したかのような、俺の新しい剣は、傷どころか汚れ一つすら付いていなかった。


──どんな名工にも作れない、未だかつてない最強の剣。


 脳内で、親父の言葉がリフレインする。それが誇大妄想や、嘘偽りではなかったことに感謝しつつ、動きを見せたジャルカットを視界に捉えた俺は、意識を戦闘の方に戻す。


「なるほどなぁ……木で不意打ちやら、目潰しやら……あっちのガキとは違って卑怯上等だと思ってたが……」


 目を見開き、長髪をかきあげ土を落としたジャルカットは、俺に剣尖を向け、吐き捨てるように言った。


「お前、人に華の法使えねぇんだろ」


 意識せぬうちに、俺の喉は動き、息を呑んでいた。なんらかの確証を得たのか、ジャルカットは煽り続ける。


「居るんだよなぁ。ノイローゼって言うの? 華の法が使えなくなる腰抜けの騎士がよ……そいつより、お前が死んだ方が良かったんじゃねぇか?」


 軽薄に笑うジャルカット。俺の弱点は、見抜かれてしまった。

 

 今の攻防で俺の中に芽生えたのは、華の法を使えないと言う絶望感──


 ではなく、ある種の納得。


 俺は覚悟を決め、もう一度地面を蹴り、駆け出す。ジャルカットもまた、体を沈ませ、弾かれたバネのように動いた。


 奴の握る剣が、強烈な赤い残光を残す。


 華の法。必殺の威力をはらんだ刃が、ジャルカットの狂気に握られ俺に迫る。


 勝敗が決す、刹那の一瞬。


 魔法で強化した体よりも加速した思考で、俺は理解した。俺が、華の法を使えなくなった理由を。


 今ならばわかる。俺は何を為すにしても、親父に縛られている気がした。


 自己の消失なんて、言えば聞こえはいいが、要はただ、踏み込む勇気が、足りなかっただけ。なんてちっぽけで……幼稚な理由だろうか。



 ガイとの友情。そして、自分や他者の命。愚かにも俺は、そんな理由で、大切なものを失う所だった。


 こんなくだらない天秤のかけ方は、もう終わりにしよう。


 呪縛を振り払い、己で下した決断を貫くことすらできぬなら……


──今、ここで!!


 俺が、無声音の絶叫を発した、その時。


 右手の剣が、脈打つ心臓のように震え、異様な光に包まれた。


 華の法特有の赤い光、ではない。黒だ。赤みがかかった、黒色。それは光と言うよりも、全てを飲み込む闇のように思えた。


 闇の上で、青筋のような魔力の流れが怒張し、刀身に纏わりつくように走る。無機物では到底有り得ない、奇怪な色。


 気味が悪い。率直にそう思った。その容貌は、元の素材にあまりにも酷似していたからだ。


 だが、今はこれでいい。


 力があるなら、華の法が使えるなら。


 俺が、どれだけ道化に堕ち果てようとも。


「シャアアアァッ!!」


 ジャルカットが、奇声を上げ剣を突き出す型に入る。


 奇しくもその技は、俺がガイに華の法の不全を証明したときに使った時と同じ技、《百閉》だった。


「う……おおおおっ!!」


 口元から、裂帛の気合いが迸る。その気合いを、全身に広げ、剣に収束するイメージで走らせる。同じく、《百閉》。


 華の法の力によって、全力の先、もう1段階加速した右足が、地面に爆発の如き傷跡を残した。


 高速で突き動かされた二つの剣は、轢かれ合うように先端を重ね、互いを傷つけんと内に秘めた威力を存分に発揮した。


 接触点で、激しく火花が舞う。


バキィ!!


 それは数分前。俺の前で鳴ったのと似た、破砕音。だが、結果はまるで違った。


「は……?な……?!」


 跳ね上げられた刀身が、地面に刺さる。コンマ数秒遅れて、ジャルカットの手元から、先が消えた剣の柄がこぼれ落ちた。


「ああああ?!」


 騎士の魂である愛剣を折られたジャルカットは、目を潰された時よりも明らかに憤慨し、叫んだ。


「ふざけんな、ふざけんなよ!!剣頼りのクソガキ如きがァァァ!!」


 高圧的な態度を崩さないジャルカットに、俺は呆れ半分、苛立ち半分で冷たく言い放った。


「……お前は負けたんだ、ジャルカット」


「はっ、自分が助かるために、人の命を使う悪魔がいい気になってんじゃねぇよ!!」


「……どの口が」

 

 王国騎士にまともなやつは居ないのかと、今更ながら思う。それに、奴は一つだけ致命的な思い違いをしている。


「勘違いするなよ。俺が捧げたのは自分自身の……"未来"と"性別"だ!!」


「あ"ぁ?!」


 俺は、ジャルカットの背後を覗くように視線を動かし、叫ぶ。


「ガイ!!今だ!!」


「そんな安いフェイント引っかかるかよ!!」


 ジャルカットは声を裏返し、叫んだ。同時に、奴の体が、上半身から透き通り始める。


 先程使った、透明化の華の法。


 ジャルカットの体は次第に風景と同化し、僅かにブーツを残すのみとなった。


 が、しかし。文字通り踵を返したブーツを、むんずと地を這って動いた"人"の手が、掴む。


「うひ?!ひゃあああ!?」


 どこからか素っ頓狂な声があがったかと思うと、どすん、と揺れた地面の上に、ジャルカットが尻餅をついていた。


「なるほど。重さも消せるんだ。便利だね、それ」


 投げた勢いで脱げたのだろうブーツを、ガイはジャルカットの顔にぶつける。


「テメッ、死……!なんで……立って……ッ!!」


 ガイが傷ついた腹をさすり、手に治癒術の光を灯した。


「お前にはない、絆の力ってやつよ」


 ガイが、俺に向かって不恰好なウィンクをした。あまりの不器用さに、俺は苦笑してしまう。


 ガイが倒れていたのはブラフ。つまりは死んだふりだ。


 俺が大切なものとして捧げたのは、男の印。


 要はアソコだ。


 指輪の発動条件である、大切かつ、戦闘に寄与しない、それでいて触ることができる人体の器官は、これしか思いつかなかった。


 恥ずかしいので、これ以上は言及しないでおく。


 何はともあれ、俺がジャルカットと切り結んで居る最中に、ガイは治癒を再開させ、潜伏。


 俺たちが幸運だったのは、ジャルカットが指輪ないしは類似した魔術の知識があったことだ。そのおかげで俺は親友を差し出した悪魔として認識され、作戦はことのほかスムーズに進んだ。


 奴の知識に助けられたことになるが、俺たちの企みが上手くいったことには変わりない。


「ま、そういうことだ。……勘違いしたとはいえ、随分と罵ってくれたな、お前は」


「ひっ……」


 ブーツが脱げ、露出したジャルカットの足に、内在魔法特有の、ビキビキとした血管が浮かぶが、すぐさま収束し黒焦げた煙を出すに終わった。


 魔力不足だ。華の法に治癒術、2回の透明化。アレほどの大技を連発して、魔力が尽きないわけがない。


 血相を変えたジャルカットは、空いた口をパカパカと動かし、首を全力で振る。


「ま、待てよ、俺を殺したら高くつく! そうだ! 人殺しは、王国騎士になれないぞ……!」


「命乞いにしては、説得力ないね」


 とガイ。


「治せばいいだけだしな」


 と、俺。


「そうだねぇ……こんな風に」


 ガイが自らの頬の傷を撫でる。ほのかな光で照らされた傷が、数秒もたたずに消えた。


「ま、待て、待てよ!そうだ!アンタらの家来になる!奴隷でもいい!だから──


 奴の戯言にため息をついた俺とガイは、寸分の狂いなく、同時に剣を振った。


 俺の剣は右斜め上から降り、やつの胸部を撫でた。ガイの剣もまた、左下から跳ね上げるように動く。


 赤と黒。


 二つの軌跡がX字に重なり、鮮やかな朱色の液体が、その軌跡をなぞるように吹き出す。


「い……ギャァァァァ!!」


 傷口の割に大袈裟な悲鳴を発しながら、キャラバンを襲撃し、惨殺した殺人鬼は──遂に地面に倒れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ