性剣、創造
俺は、ガイの足跡を頼りに走った。硬いブーツで踏み締められた跡は、簡単に消えるものではない。追いかけるのは容易だった。
鉄臭い異臭と、赤黒く染まった木々などから目を逸らしていれば、だが。
胃に不快感が充満し、何度もえずきそうになりながら、道筋を辿っていた、その時。
金属をぶつけあったかのような、鈍い音が鳴った。回数にして、僅か一度。普段なら気にも留めないような、小さな音だった。
だが、事態が事態だ。俺は、一目散に音の方へと走り、そこで俺は、2人の人間を見つけた。
片方は、親友のガイ。木にもたれかかり、肩を押さえている。
そしてもう片方の男が、ガイの首元に剣先を突きつけていた。それも、剣が赤く光っている。
つまり──華の法を使える、"人間"。
神父の調査から導き出した俺の推論は、見事に当たってしまった訳だ。
男は、耳障りな大声でジャルカットという名と、ガイへ仲間になれと話し、ガイはそれ以上の大声で拒絶した。
途端、奴の握った剣の輝きが一際強くなった。殺意をもったのは、明らか過ぎるほど明らかだった。
走っても届かないと判断した俺は、2人から五メートルほど離れた木に向け、華の法を使用し、全力の横薙ぎを放った。
『華の法・二十願・二巴』。
俺の剣が、ぬるりと木の幹に飲み込まれる。伐採した原木は、狙い通りガイに剣を突きつけた男──ジャルカットに向かって倒れ込み、奴を退けることに成功した。
そうして俺は、縮こまった親友の手を握り、叫ぶ。
「逃げるぞ、ガイ!! 」
俺は剣を片手に、ガイを立ち上がらせようとした。が、しかし。
「逃す訳ねぇだろ、クソがっ!!」
砂煙が舞う中、曲芸じみた動きで木の幹を乗り越えたジャルカットが、絶叫と共に剣を振り下ろした。
俺は、咄嗟に剣を握り直し、奴の斬撃を迎え撃った。赤に染まった二つの剣が重なり、凄まじい衝撃と重量が右手に伸し掛かかってくる。
鍔迫り合いだ。
激情したジャルカットの顔が、剣から出た輝きで、さらに赤さを増す。
「回りくどい真似しやがって!! 俺じゃなきゃ死んでたぞ!!」
「お前が言えたことじゃないだろ……!よくも好き勝手やってくれたなこの野郎!!」
馬に乗ったまま絶命した護衛兵の死体、血に塗れた森。そして、こいつはガイの首元に剣を突きつけた。
何より、自分自身でその罪を語った。仮にあの一撃で死んだとしても、微塵も同情はしない。
しかし、善悪を知らない勝利の女神は、平等かつ公平に、ある一つの結果をもたらした。
ビシィ──!
その音は小さく、確かに響いた。紛れもない、破砕音。
直後、俺の剣に無数のヒビが入る。
「なっ……!」
ヒビは止まることなく刀身の半分を浸食した。
次の瞬間、その半分が無数の鋼片となって、俺の視界を埋め尽くす。
勢いよく振り抜かれたジャルカットの剣が、俺の頬を浅く抉った。
「ハッ!俺の剣は名匠"グレイブス"の特注品!!そんなナマクラとは、格が違うのよぉ!!」
ジャルカットの高笑いが俺の耳を貫いた。間髪を入れずに、稲光にも似た軌道で奴の剣が迫る。
「しまっ……」
折れた剣では、対処出来な──
「フーマっ!!」
その時だった。俺の名を叫んだガイが、背後から影となって飛び出した。
すれ違いざまに、俺の手から折れた剣を取り、ジャルカットに向け渾身のタックルを放つ。ジャルカットは体勢を崩し、ガイと一緒に地面に転がった。
「なろっ……邪魔すんじゃ……!!」
「うわぁぁああ!」
叫びを上げ、馬乗りになったガイが、剣をジャルカットの右目に突き刺した。
折れた剣が、ジャルカットの体に深く沈む。グジュ、と生々しい音。
「テメェ──!!よくもっ!俺の目をッ──!!」
だが、その反撃は、一瞬にして終わった。
ジャルカットが折れた剣を奪い、それでガイの腹を突いたからだ。俺は、反射的に友の名を叫んでいた。
「ガイ───ッ!!」
ジャルカットは、剣を握ったまま、ガイの体を蹴り飛ばした。
わなわなと震えた手で、折れた剣を地面に叩きつける。
「あぁ……クソッタレがぁっ!!」
喚きながら、自身の剣についた俺の血をわざとらしく、見せつけるかのように舐め取った。
同時に、潰れた目に治療魔法の光が灯る。
「仕切り直しだ、クソガキ共……!!楽には殺さねぇぞ……!!」
呪詛じみた声を発した奴の体が、森の背景の中へと溶けるように消えた。
何故、どうやって、そんな疑問よりも先に動いた体は、地面に倒れ込んだままのガイに駆け寄り、叫んでいた。
「ガイ!!ガイ!!」
「大丈夫だ……治せ……る……」
唸りながら、仰向けになったガイの腹を見る。
装備が突き破られ、傷の周囲は赤く滲んでいたものの、出血量は予想以上に少なかった。治癒術で血をせき止めているのだ。
「フーマ……魔力、分けて……」
「あ、あぁ!!」
俺は頷き、ガイの切り裂かれた腹に、浅く指を入れる。
「ぐっ……」
うめくガイに心の中でエールを送りながら、俺は、指先に魔力を集中させた。
華の法を使った時とは似て非なる、魔力が体内を巡る感覚。その流れは、ガイの体、その傷へと集合していく。
「よし、繋がった!」
これは、内在魔法の特性を使った緊急の治療法だ。2人の術者の体を繋ぐことで、魔力の効率を二倍に上げることができる。
この技にも、"体の内側に作用する"という、内在魔法の定理は適用される。なので、最低でも、人の指一本が入るような大怪我でないと使えない。
その分効果は絶大だ。数秒も経たずに、ガイの青ざめた顔に色素が戻っていき、荒かった息も段々と落ち着いていく。
親友が一命を取り留めたと言う安心感のお陰か、俺は少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
回復を阻もうとしないのを見るに、ジャルカットは本当に撤退したらしい。
姿を消したのも、華の法の中に存在自体を消す技があったはずだ。俺もガイも使えない、超高等剣術。
そんな切り札を撤退する為だけに切ったのだから、奴も切羽詰まっているのは間違いない。
それに加えて、眼球のような繊細な器官は、治すのに時間がかかる。
奴がどれだけの治癒術の天才であろうとも、完治に15分──いや、10分はかかる。
その10分間が、俺たちに反撃の策を練るタイムリミットだ。過ぎ去った脅威に一安心している暇はない。
その上で、今のガイの傷は、俺の失敗で作ったものだと言う事実に、今更ながらに気づく。
「すまん……ガイ……」
目を背けたくなるような、ガイの傷を見つめ、俺は、奥歯を強く噛んだ。
華の法使用以後の血液は、膨大な量の魔力を含む。ジャルカットが消える前に剣についた俺の血を舐めたのは、回復に使えるからだ。
俺は、自らの武器を破壊された挙句、友が身を投げ売って作った傷を回復させてしまう失態を犯してしまった。
「俺は……お前の言う通り足手纏いになっちまった……」
ガイは、微かに首を振り俺の言葉を否定した。
「何言ってんだよ……お前が来てくれなきゃ……俺は死んでたよ」
まただ。ガイは、いつも俺を気遣って言葉を発する。例えそれが、事実と相反しようとも。
確かに俺は、ガイの窮地を救った。けど、ガイも分かっているはずだ。
俺はあの時、木を伐採して攻撃するなどせずに、不意打ちで奴の背後を切れば良かったのだ。
ガイの首には剣が突きつけられていたし、簡単に詰められる間合いではなかった。ただそれは、俺が、華の法を人に対して"使えない"からだ。
ひとえに、俺の弱さがこの結果を招いた。
「違う……!!ガイ……俺は……!」
だが、俺の懺悔はまたしてもガイの言葉の前に散る。
「違うのはそっちだろ……今俺が欲しいのは謝罪でも、反省の言葉でもない……」
ガイが、深く息を吸った。曇りなき眼で俺を見る。
「一緒にアイツをやっつけよう。俺たちなら、できる……!!」
"一緒に"の部分を、声を震わせながら言う。
眼前の親友は、この期に及んでまだ俺の強さを信じているのだ。あれほど弱さを吐き出した。この俺を。
「ガイ……」
ならばその信頼を、裏切るわけにはいかない。俺がガイに報いる為、あの王国騎士の風上に置けない悪鬼に、親友や故郷を蹂躙させないために。
──ジャルカットを、倒す。
「……そうだな。戦おう……勝とう……!」
「へへっ……その意気だ相棒……だけど」
中途半端に言葉を区切ったガイが、近くに投げ捨てられた、半ばから折れた、俺の剣に視線を落とす。
ガイが起死回生の一撃を放てたのもこの剣のお陰だ。
しかし、地面に叩きつけられたのがトドメになったのか、破砕された刀身はより酷く損傷していた。最早、剣と呼称することすら厳しい。
ジャルカットと闘うなら、俺も剣、もしくは武器が欲しい。最悪、ガイの助けになるものなら、なんでも──
「……ん?」
不意に、俺は腰の下辺りに強烈な違和感を覚えた。ガイの治療に使っていない方の左腕で、ポケットのある位置を軽く叩く。
「あっ……!」
微かな膨らみとして存在するのは、小屋にしまい忘れた魔道具──大切な物を武器にすることが出来る指輪。
「フーマ?それは……」
俺は逡巡の後、親友に真実の半分を告げた。
「魔道具だ。これを使えば武器を作れる」
「なっ……!凄いじゃないか!!」
ガイが怪我を忘れ、腹の底から驚嘆の声を上げる。
「ただ……条件がある。素材に使えるのは、俺が、大切だと思う物だけなんだ」
俺の言葉に、ガイは目に見えて肩を落とした。
「そうか……でも、こんな森の中には、何も……」
彼の言う通り、周囲にあるのは、木や、芝といった自然のみ。大切といえば大切だが、"俺にとって"大切かと言われたらそうでは無い。
それに俺は、親父が口にした、親友を素材にするという一つの思考に縛られていた。言い換えれば、人間の肉体を使うという発想に。
──体の一部なら。
腕などの四肢──否、それを使うのは、現実的ではない。確かに大切ではあるが、それを失うのは戦闘力の消失に等しい。本末転倒だ。
ならば、臓器か。確かにこれも失うことなど考えられないほど大切だ。
だが、俺に医学の知識はない。知っているのは、心臓や肺といった主要な機関のみだ。
これも四肢と同様の理由で使えないし、そもそも内臓は、指輪の使用条件である接触を満たせない。
大切なもの、大切なもの──五文字の単語が、脳内中を駆け回る。
なんでもいい。
俺は、記憶の底から大切そうな物を洗い出した。膨大な量の情報。熱に浮かされた時のような不快感が、頭の中を包んだ。
奇妙なことに、頭に浮かんだのは、数時間前俺の家でガイと話していた、あの一瞬のやりとりだった。
「大切なのはあることよりも……たつこと……だったか?」
首を傾げたガイは、それが少し前に口にした冗談だと気づいたのか、顔を顰めながらも苦笑する。
「はは、何だよ、いきなり……」
「ガイ。俺に……賭けてくれるか」
「一体、何を……」
「こいつを使う」
俺は、空いている方の腕で、"それ"に指差した。ガイは一瞬眉根を寄せたが、すぐに俺の真意に気づいたのか、目を見開く。
「は……?! 正気か!?」
ガイのその返答は、分かりきっていた。寧ろその言葉を望んでいた自分がいる。
ごめん、と前置きしてから、ガイの腹から手を離し、血で赤くなった指に指輪をはめた。
そのまま手を動かし──"素材"に、指輪をはめた手をかざした。
視界を、白い閃光が埋め尽くす。




