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災厄、来訪す


 俺たちは村中を駆け回り、馬に乗った死体の話を広めた。


 緊急で開かれた村民会議では、原因を調査すべきという意見と、王国騎士に対処を要請すべきだという二つの意見が衝突し、話し合いは苛烈を極めたらしい。


 だが、どちらの意見を採用するにしても、誰かが村を出て、死体が通ってきた森に向かわなければならない。


 そんな危険な役に、白羽の矢が立ったのは──


「ガイ……本当に1人で行くのか?」


「そりゃ、みんなに選ばれたからね。反対してるのはお前だけだよ、フーマ」


 ガイが、少し気だるげな声で言葉を発す。その姿は、数時間前の出立ちとは大きく異なっていた。


 着ていたチュニックの上には、金属質の胸当てや金具が所狭しと取り付けられ、更にアイボリーを基調としたサーコートを羽織っている。


 下には厚手の革ズボンと、膝の下までを覆うブーツ。下半身の変化はないはずなのに、拘束具めいた上半身のせいで、雰囲気が180°違うように見えた。


「ごめんね、親父さんの遺品、引っ張り出させちゃって」


「気にすんな」


 と俺は手と首を横に振った。今ガイが着ているのは、俺の親父が現役時代に着ていたという王国騎士の装備だ。


 年代物とは言え、その時代の技術を惜しみなく注いだ逸品。親友の為なら、物置小屋の中から探し出すのもやぶさかではない──と、俺は庭に積まれたままの、小屋から飛び出たゴミ山を一瞥する。


 騎士服の袖口をつまみ、体に馴染ませるように動かしながら、ガイが口を開いた。


「ねぇ、死体の傷、気づいた?」


「いや……?」


 動きを止めたガイが、背を向けたまま言う。


「あの死体……鎧の上から、鋭利な物で切り裂かれてた。アレを出来るのは、それこそ剣みたいな道具を使える知性魔しかありえない……と思う」


「なっ……!」


 俺は、ガイの言葉に絶句してしまった。


 道具を使う。罠に嵌める。


 家畜や獣が元になった一般的な魔獣のそれとは違い、ゴブリンやオークといった、悪魔の手によってこの世に魔獣として生を受けた知性魔の厄介さは、とどまることを知らない。


 王国騎士を数多く輩出している学院の最高峰、センタガルの生徒ですら、相手にするのは知性のない魔獣までだ。


 狼狽する俺とは対照的に、ガイは、落ち着きながら淡々と話を進める。


「まぁ、大したことないよ、きっと」


「いや、でも……」


 ガイの言うことも、一理あるかもしれない。いかに知性魔とはいえ、馬に乗った人間を1人逃しているのだ。


 運悪く(敵にとっては運良く)死体になってしまったが、犯行の確固たる証拠を残していることからも、敵の知能はそれほど高くないかもしれない。


 もちろん死体はただの事故で、全てが思い過ごしの可能性だってある。


 しかし俺は、妙な胸騒ぎが抑えられなかった。


「……俺も行く」


 俺の言葉に、ガイが肩を落とし、ため息をついた。


「言うと思った。もし知性魔だとしたら、そいつは確実に人型。着いてきたって、辛くなるだけだよ」


 嘆息をつくガイ。一方俺は、聞き分けのない子供のように捲し立てる。


「剣が使えなくたって役に立てるだろ。俺だって……!!」


「ダメだ!!」


 ガイの怒声が、部屋中に響き渡った。


「装備もない、剣も満足に振れない!そんなお前が来たって、足手まといになるだけだ!!」


そう言い切ったガイは、すぐさまはっとした表情を作った。


 眉尻を下げ、謝罪を切り出そうとする親友の様子に耐えきれなくなった俺は、矢継ぎ早に口を開いていた。


「……そうだな!装備もその一着しかないし、村の外はお前に任せて、俺は、俺にしか出来ないことをするよ」


 自分に言い聞かせるように、あるいは、ただの言い訳の羅列をスラスラと述べる。


「フーマ、俺は……」


 途中、ガイが口を挟みそうになるも、それ以上何かを口にすることはなかった。長い沈黙の後、ガイは立ち上がり、部屋のドアノブを握る。


「じゃあな、フーマ」


「……おう、気をつけて」


 パタン、と扉が閉じた音を皮切りに、家中が静寂に包まれる。その寂しげな雰囲気が、更なる自己嫌悪を掻き立てる。


「さて……と」


 ガイにあぁは言ったものの、今の俺に出来ることは、せいぜい散らかした物品の整理ぐらいだろう。


 そう判断した俺は、部屋を出てリビングを横切り、庭に足を踏み出した。小屋の前に鎮座した、子供数人がすっぽりと入りそうなガラクタの山に歩み寄る。


「えぇっと……」


 とりあえず、俺はガラクタ山に手を突っ込んだ。


 すると、とくん、とくんと、鼓動のような奇妙な感覚を発生させる小さな物体が手に触れた。


「ん?」


 不思議に思って手を引き抜いた途端、「うわっ」という小さな悲鳴が俺の口から漏れ出た。


 俺の手の中で光るのは、あの日の夜、俺と親父、ついでにガイも巻き込んだ原因でもある、魔道具──"大切なものを剣に変える指輪"


 一年近く物置にしまい込んでいたはずなのに、その輝きは以前よりも増しているような気がする。


 何気なく指輪を見つめていると、俺はいつのまにか、視線や思考の全てが、指輪に釘付けになっていた。


 親父はなぜ、俺にこの指輪を使わせ、ガイを剣にしようとしたのだろうか。


 親父自身が使うものではないだろう。親父は死ぬ間際、剣が満足に触れなくなっていた。


 ならば、俺に使わせようとしたことになるのだろうが、ただの剣ではなく、人間1人を代償にした最強の剣で、俺に何をさせるつもりだったのか?


 疑問は増えるばかりだ。


 俺にとってガイは間違いなく大切なもの──否、親友だ。共に過ごした時間ならば、今の俺の腰にある剣よりもずっと長い。


 しかし、剣の創造が上手くいったとして、華の法が満足に使えない今の俺では、親父が何を企んでいたとしても上手くいかないだろう。


──それとも、この指輪でガイを剣にしたら、俺はもう一度、華の法を使えるようになるのだろうか……?


「……ッ?!」


 恐ろしい考えが頭に浮かび、かぶりを振る。


 視線を手元に戻すと、無意識のうちに動いた右手が、指輪を左手の薬指に嵌めようとしているところだった。


 気味が悪くなって、俺は思考を無理矢理に断ち切る。


 親父とはもう分かり合えないし、その真意を理解する必要などない。元より、破綻した人間だったのだ。


 そう思うことにして、再度重い腰を上げ、ガラクタを片付けようとした、その時。


 家の玄関の方から、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


 ガイが忘れ物でもしたのかと、指輪をズボンのポケットに突っ込み、声の方へ向かう。


 しかし、玄関先のドアの前で所在なく佇んでいたのは、ガイではなく──先刻俺とガイが死体を預けた、教会の神父だった。


「フーマさん。私のとこに来る前に、あなた……もしくは誰かが、死体に魔法を使いましたか?」


 神妙な面持ちで、俺と目があった神父が、口を開く。


「いや……使ってません」


「そうなると、死因を改めねばなりませんねぇ……」


 神父が、一層眉間に皺を寄せ、顎をぽりぽりと掻く。その発言に違和感を覚えた俺は、すぐに追及した。


「待って下さい。さっき、ガイが、死体には切り裂いたような傷があるって……」


「ええそうです。死体には、多数の裂傷がありました。直接の死因もそれでしょう。ただ……その傷口の全てに、魔力の反応があったのです」


 神父の言葉に、俺は開いた口が塞がらなかった。


 魔法を使える魔物はいない。だからこそ、魔法を使える悪魔が、人間の最大最強の敵として認知されているのだ。


 ならば、あの死体を作り出したのは悪魔か?


 それも断定することはできない。


 仮に悪魔だとするなら、馬に乗った死体を見逃すわけがない。キャラバンどころか、この村自体が既に全滅しているはずだ。


 何かがおかしい。


 俺はきっと、単純な見落としを……


 そこで、俺の脳裏に、ある一つの推理が浮かんだ。最悪ではない、しかし、それに最も近い、ある一つの可能性が。


「ガイっ……!!」


 まだ全力で走れば間に合う。俺は、言葉を出すよりも早く、脚全体に魔力を巡らせていた。

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