その性剣は、とある少年の手の中に②
「──起きろって、フーマ!!」
「ああぁぁぁっ!! …………あ?」
体が、勢いよく跳ね上がる。目に入った周囲の何もかもが、先ほどの光景と正反対だった。
窓から差し込む日の光に照らされた部屋。かすかな小鳥の囀り。そして──木製の丸椅子に座り、心配そうにこちらを見つめる無二の親友。
どうやら俺は、夢を見ていたらしい。
「ガイ……おはよ」
「おはよう、フーマ」
ガイが、男にしては長い髪を耳にかけながら言う。
生成りのチュニックと簡素なズボン。決して高級品とは言えないそれらを、すらっとしたガイが着ると妙に様になるのが不思議でならない。
「俺、うなされてた……?」
「だいぶね。嫌な夢でも見た?」
「……親父が出てきた。あの日、死ぬ直前の」
俺が乾いた舌で言い切ると、ガイは渋面を作る。
「うわ……やっぱさ、無理に行く必要ないんじゃない?」
「いや行く。一応は命日だし、行かなかったら祟られそうだし」
「そう……ちなみに、約束の時間まであと五分ね」
「やべっ……すぐ準備する!」
がばっと立ち上がり、俺は友人との約束を厳守すべく、大急ぎでクローゼットへと向かった。
適当に服を引っ張り出し、長袖ばかり仕舞われたクローゼットを、半開きにしたまま部屋を出た。
短髪で寝癖がつかないのをいいことに、僅か3分で支度を終えた。
顔を洗いたいのは山々だが、わざわざ井戸に行くのも面倒だし、何よりガイを待たせるわけにはいかない。
という、友人を免罪符がわりに使ったバチがあたったのか、ガイは足を組み直しながら、俺に問いかけた。
「ところでフーマ。今日こそお金返してくれるんだろうな」
「……あ、あぁ」
そういえば、と言う単語を喉の奥で押し留め、頷く。
「そもそもさ、何回借りたか覚えてる?」
「……十回? 」
「違う、十三回!! 分かってる? これじゃあお小遣いじゃないか!」
一年が十二ヶ月なことを考えれば、確かにガイの言う通り、お小遣いと言って差し支えないのかもしれない。
いや、正直なところ、ここ数ヶ月はお小遣いに近い感覚だった。
「ごめん! ほんとに!」
俺の謝罪に、ガイはあくまでも優しい声音で、俺に諭すように話した。
「違う。俺は、催促してるんじゃなくて……お前を心配してるんだ。上から目線になるけど、これからは、俺が助けてやれないから……」
「そっか、来週だっけ……学院の入学試験……」
学院というのは、王都にある"センタガル学院"のことだ。
国中から人を集め、対悪魔、対魔獣との戦力として育て上げる、王国騎士の養成機関。
ガイがセンタガルに受かれば、在学期間中は寮に入ることになる。俺と会うこともほとんどなくなるだろう。
「忘れてただろ」
ガイが疑いの目線を向けたので、俺は咄嗟にかぶりを振って誤魔化した。
「ま、まさか!」
「なら、すぐ返してくれるよな?向こう三年は戻って来れないし」
「ぐっ……返す、ちゃんと返すよ」
「いつ?」
──さっき催促じゃないって言った癖に……!
と心の中で毒づいたものの、非があるのは明らかにこちらだ。悪態をつく権利はない。
「今日! 今日返す!……墓参りした後で」
「ん──ま、いいか。昼飯付きで手を打とう」
俺が付け足した語尾に若干の呆れ顔をしつつも、ガイは交換条件を提示し、小さく頷いた。
***
俺の親父は、元王国騎士だった。妻を亡くし、小さな村に流れてきた豪傑……周囲からの評価は、そんなところか。
だが、俺から見た親父は、ただの暴力装置でしか無かった。俺を王国騎士にすると言う名目の下、殴り、蹴り──
当時から、俺は長袖ばかり着ていた。傷を隠せと言う親父の命令だったのだが、奴が死んだ今も律儀に続けてしまっているのは、自嘲すべきところだろうか。
当時の俺は、早く村を出たいという一心で鍛錬に励んでいた。センタガルのような、寮のある学校に受かれば、親父と離れて生活出来るからだ。
けれど、そんな日々がある日を境に少し変わった。
幼馴染のガイが、親に手を引かれ騎士になりたいと頼み込んで来た日から。
世間体というものを異常なまでに気にしていた親父の暴力は、目に見えて減った。
俺からしたら実の息子に体罰を振るっておいてどの面下げてとは思うが、奴もこんな小さな村で生きていくには、そうするしかなかったのだろう。
「もう、一年になるのか……」
俺は、親父の墓標の前に立っていた。丸い墓石の前でひざまずいたガイが、地面に花を添えながら呟く。
親父の死因は転落死。村の外れにある、ちょっとした崖に落ちて呆気なく死んだ。
奴は運が悪かった。
当時は連日の大雨で捜索もままならず、親父の死体が見つかったのは、行方不明になってから二日後。脚の骨が折れ、血溜まりの中で動かなくなっていたそうだ。
何故親父がそんな夜の森の中にいたのか──俺はそれを知っている。俺は、親父が死ぬその直前まで、件の森の中で会話をしていた。
今日見た夢は、まさにその当時の記憶をなぞったものである。
あの後のことは、朧げにしか覚えていない。俺は多分、親父が怖くなって、必死になって森を抜けたのだと思う。
逃げる途中、親父が呼び出していたガイに会って、冷静さを取り戻した俺は、親父が後ろから追って来ていないことに気づいた。
親父の死から一年が経った今でも、それが幸運だったのか不幸だったのかは、まだ結論づけられていない。
「フーマ」
「……なに?」
すくっと立ち上がったガイが、俺の目を見据えた。真剣な話をする時、こいつは決まって俺の目を見る。
「お前もさ、俺と一緒に騎士になろうよ。農業なんかしてないでさ」
超がつくほどの名門、センタガルの試験など眼中にない、自身に満ちた宣言。俺は、その誘いを茶化すことしか出来なかった。
「農業なんかってなんだよ、俺は農家さんになるって決めたんだ」
「その割に、お前の畑は芽一つ出てないけど」
「め、芽は出ただろ。茎は……枯れたけど……」
「フーマ。俺は今真剣な話をしてるよ」
ガイの強い目つきが、俺を射抜く。沈黙が数秒間続いた。不意に吹いたそよ風が、ガイの長髪を揺らす。
俺と同じ性別、似通った食事、暴力があるかないかの違いしか無い鍛錬をして、どうしてこうも凛々しくなれるのか。
「騎士になるのは……嫌だ」
「なんでさ? お前は身体強化も、"華の法"も、俺より上手くできるのに……」
「……そんなわけ、ないだろ」
ボソボソと呟く俺を、咎めるかのようにガイがバッサリと切り捨てる。
「何?なんて言ったの?」
更にもう一歩、ガイが詰め寄り、そのまま頭突きが出来そうな距離にまで近づいてきた。
数年間を共にした俺にはわかる。こうなると、コイツはてこでも動かない。
「……そこまで言うなら見せてやるよ、今の俺の、体たらくをよ」




