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華の法

華の法(かのほう)四十八願剣しじゅうはちがんけん


 この大層な名前をつけられた剣術は、48個にも及ぶ剣術の総称を指す。


 剣を媒介として発動するので、便宜上剣術として扱われているが、それらを構成する要素の多くは魔法だ。 


 一般的に、魔法は『内在魔法ないざいまほう』と『外形魔法がいけいまほう』の二つに分類される。


 この二つを分断する要素は、体の内に作用するか、外に作用するかという一点につきる。


 例えば足を速くしたり、腕力を強くしたりするのは内在魔法だし、火や水その他物体など、体の外側をどうこうするのは、外形魔法に振り分けられる。


ならば、問題の華の法はどちらになるのかと言うと──


***


 俺とガイは、森の中の円形の広場に足を踏み入れていた。


 この場所は、否応なしに親父の死を想起させる。だが、ここが村の中で剣を振れる唯一の場所なのも、また変えようのない事実だった。


「なぁ、本当にコレでやるの?」


 握った剣を軽く振りながら、ガイが言う。日光に照らされた刃は、白銀の輝きを発していた。刃のついた、実剣にしか出せない輝き。


「そうじゃないと華の法が使えないからな。寸止め、出来るだろ?」


「そりゃ出来るけどさ……そもそもだよ、お前が騎士になれない証明に、なんで決闘する必要があるのさ」


「やってみりゃ分かる」


 投げやりな俺の言葉にため息をつくガイだったが、最終的には納得してくれたようで、俺が突き出した剣に、自らの剣の刀身を重ねた。


「スタートの合図は?」


「いつも通り、掛け声で剣を打ち合おう」


「OK。じゃあ行くよ、せぇーのっ!!」


 刹那、俺たちは寸分の狂いなく、同時に剣を振った。ぶつかり合った剣同士が、激しい火花を散らし、木々の間を甲高い金属音が抜ける。


「おおおっ!!」


 切り替えの早いガイが、雄叫びを発する。その気迫は、以前とは別物になっていた。


「ぐっ……」


 鍔迫り合いは不利だと判断した俺は、後方へ大きく飛び退き、久方ぶりの内在魔法を発動すべく、肺に空気を捩じ込んだ。


 瞬間、心臓が大きく跳ね、それを中心に血管の動きが爆発的に増す感覚が全身を巡る。


 一定の苦痛と少しばかりの高揚感。


 普段の何倍にも体が加速し、剣を握っているはずの右手に、人と手を繋いだかのような仄かな熱が湧く。


 俺は、内在魔法の強化によって、彼我の距離五メートルを瞬時に詰めた。


 同時に、銀色の刀身に赤い血脈じみた紋様が、剣全体を覆い尽くしていく。


  先程の理論と矛盾するかもしれないが──華の法は、内在魔法である。


 体の"外"にある剣を、自身の肉体として認識することで、内在魔法を付与する。


 いわば、外付けする鋭利な"内臓"。


 右手に握ったまま一年。左手に変えてもう一年。俺は、剣を自らの体と錯覚させるために、丸2年にも及ぶ期間寝食を共にした。


 そんな矛盾した道理で剣を動かしたが故に、傷つけばちゃんと痛みを感じる。だが、その代償と引き換えに、その威力は時に外形魔法を軽く凌駕する。 


「ォォォオオッ!!」


 叫び、俺は華の法の基礎中の基礎であるシンプルな突き技『百閉ひゃくへい』を、下から抉るように放つ。


「チッ……!」


 舌打ちをしたガイは、狙い通り剣の横腹でそれを受けた。


 先刻の鍔迫り合いよりも、何倍も大きい火花が舞い、威力を散らしきれなかったガイの体が、地面から離れ、浮く。


「なんだよ! 久しぶりの割には上手いじゃないか!」


 器用に宙でくるりと体を一回転させながら、ガイが叫んだ。


「お褒めの言葉どうも!」


 答えた俺と、ガイの視線が交差する。


 彼の表情を見た瞬間、俺は、致命的な見当違いをしていることに気づいた。


 空中での一回転は、タイミング、高さ共に完璧なフォームだった。


 何より彼の、血に飢えた獣のような獰猛な笑み。


 ガイは、俺に浮かされたのではない。


 初めから"浮くつもり"だったのだ。それを示すかのように、ガイの剣がドス黒い光を発した。


──華の法が来る!


 俺のよりも、何倍も太く、強く輝く、ガイの剣が光を発する。


 それは俺とガイの技量差を残酷なまでに映し出していた。


──負けるか!!


 とっくの昔に枯れ果てたはずの闘争心が、悪あがきのように俺の心に再燃した。


 空中で使える華の法の技はそれほど多くはない。故に、最低限の軌道は読める。


 ガイが使うのは、おそらく『二十八願・椋鳥むくどり


 先ほど俺が使った百閉の空中版だ。地面の代わりに、足の裏から意図的に魔力を漏らし、空気を一歩、蹴るように動く。


 空中に浮かんだままのガイの体が、放たれた矢の如く、一直線に加速する。


 一歩遅れて、俺も華の法を使おうと剣を横に抱えるように構える。


 選択したのは『二十願・二巴ふたつどもえ


 単調な横薙ぎだが、速度と角度を合わせれば、ガイの突きを迎撃できる。


 勝負は一瞬。


 互いがどれだけ早く、正確に技を出せるかで勝負が決まる。そして、体勢的には、地に足をつけている俺の方が有利だ。


 体に染みついた華の法の型。俺は半ば無意識に剣を振り始めていた。


 刹那ガイの腕が俺の予想をトレースした。『椋鳥』以外は、考えられない動き。


 瞬間、鮮血にも似た二つの赤の軌跡は、弧を描き俺たちの前で弾け──片方が、儚く途切れた。


「…………フーマ?」


 ガイが困惑した表情で、俺の首元、約束通り寸止めされた剣に、視線を落とす。


 華の法の発動が早かったのは、明らかに俺。タイミングも完璧だった。


 だが、俺の技は途中で尻すぼみし、結果的にガイの剣が俺の首元に突きつけられた。


 ガイはきっと、俺が手加減をしたように感じただろう。しかし、真相は違う。


 ガイは無言で剣を引き、腰に収めた。困惑収まらぬ表情で俺を見つめるので、弁明すべく口を開く。


「わざとじゃない。これが、俺が王国騎士になれない理由だよ。剣を生き物に当てようとすると、無意識に技を止めちまうんだ」


「な、なんで……? いや。待って、じゃあ最初のは?」


「あれは剣を狙った」


「そんな癖、いつから……」


「半年前に……一緒に村に来たキャラバンを襲った魔獣を返り討ちにしただろ?あん時だ」


 ガイは記憶を辿るように手を顎に当て、数秒思案した。


 記憶の中で俺が華の法を使っているのを見つけられなかったのだろう。彼は顔面蒼白になり、一層深刻な声で俺に問うた。


「確かに使ってなかったけど……原因は?! 原因は分かってるの……?」


「さぁな……鍛錬を辞めたのが理由かもしれんし、もしかしたら、親父が死んだからかな……はは」


 喉から搾り出した乾いた笑い。俺はそのまま、作り笑いを続ける。


「ま、そういうことだ。悪いけど、俺は王国騎士になれないや」


──大丈夫。大丈夫だ。自分に言い聞かせろ。


 そんな決意のもとに吐き出したはずの声は掠れ、涙声のように震えていた。


「俺が血反吐吐いて頑張った10年間は、無駄に……なっち……まった……から……」


 俯き、ガイの目を見れなくなった俺は、地面を睨んだ。


 頭の上で、ガイが口を開く。


「でも、フーマ。もしかしたら……」


「……もし? なんだよ、悪魔は人じゃないから大丈夫ってか?」


 王国騎士の敵たる悪魔は、人ではない。だから、俺もガイの言う可能性に一時期は縋っていた。


 しかし、人ではないとはいえ、悪魔のシルエットは完全なる人型だ。


 それに、王国騎士になるための学院には、対人による試験がある。


 どちらにせよ、俺の剣に全てを捧げる人生は終わったのだ。


 改めて振り返った現実に、俺は言いようのない吐き気を覚えた。目頭も熱い。きっと俺は、酷い顔をしているだろう。


「……わり、先帰るわ」


「フーマ?! おい、待てよ! 」


 呼び止めようとするガイを振り払い、俺は走り始めていた。


 親父が死んで、俺は自由になった。それと同時に、俺は見失ってしまったのだ。


 自分が何者なのかを。どれだけ答えを求めても、あれだけ鍛えた肉体は、なんの役にも立ってはくれない。


 それどころか、華の法すら失って──


「ちくしょう……」


 無意識の言葉が、風が揺らす木々の葉音に散らされていく。これが誰に向けたものなのかは、当人である俺にも、分からなかった。


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