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第3章 反撃の狼煙

リリスは探索委員会の指揮をユリに任せると、俺たちを含む複数の救援小隊を率いて、ほかの人々を救助するために居住区へ向かった。


「リリス、最初の目的地に居住区を選んでくれてありがとう」


「……?別に、礼を言われるようなことではないでしょう?」


「リンやほかの人たちに、先に自分の家族を助けに行かせるために、居住区を目的地にしたんだろ?」


ほかの皆が少し離れている隙に、俺は二人だけに聞こえる声で、リリスへ小さく礼を言った。


「……気づかれていたのね」


彼女は少し気恥ずかしそうに頬を掻き、視線を逸らした。


「当然だろ。俺はちゃんと、お前のことを見ているからな」


「これは、私の小さな私情のようなものよ……小隊の皆には、先に自分の家族と合流してほしかったの。そうすれば、彼らも戦いに集中できるでしょう?でも、あなたのご両親は……」


「大丈夫だ。二人なら、きっと無事だって信じてる。さっきクレモンおじさんが教えてくれたんだ。病院には、落ちてきた“空”の破片は直撃していないって」


「はぁ……あなたが納得しているなら、それでいいわ。それと、あれは空の破片じゃなくて、巨大なスクリーンの破片よ?」


「つい“空”の破片って言っただけだよ。そのほうが、少しロマンがあるだろ?」


病院上空のスクリーンは、まだ落下していないらしい。


それに、クレモンおじさんの話では、探索委員会付近のスクリーンの破片が落下したことを受け、病院側は念のため、すぐに入院患者や周辺にいた家族たちを避難させたそうだ。


そのおかげで、大きな被害は出なかったらしい。


「皆、気をつけて!あそこの建物の裏、影になっている場所に、何かいるみたい!私の『危機感知』がビリビリ反応してる……!」


リンは突然手を上げ、十時の方向に注意するよう俺たち全員へ合図した。


そして彼女自身も短剣を抜き、戦闘態勢に入る。


「さっき、一瞬だけ女の姿が見えた気がするんだよな。しかも、かなり露出の多い格好だったような……」


コリン……


こういう時だけは、ちゃんと周囲を観察してるんだな?


ほら、レイがめちゃくちゃ軽蔑した目で見てるぞ?


「露出の多い格好をした女性?ああ、それは上位サキュバスよ!皆、よく聞いて。相手が女だからって手加減しないで。死ぬわよ!上位サキュバスは男性に特化した魔法師で、一般的な元素魔法を使うだけでなく、『吸精』で男性の精力を奪い、『魅惑』で男性を自分の虜にすることもできる」


え?


それじゃあ、俺は何もしないほうがいいんじゃ……?


「まずは身を隠して、女性陣で上位サキュバスに奇襲を仕掛けるわ。そのまま仕留められるか試してみる。もし仕留めきれなかった場合、男性陣は注意して。絶対に相手の目を直視しないこと。獲物と目を合わせることが『魅惑』発動の第一条件で、次に、五メートル以内でスキルを使用する必要がある。だから、目を合わせず距離を取っていれば、基本的には安全よ。わかった?」


リリスがいなければ、危ないところだった……


     ◇


全員が身を隠したあと、リンが指し示した建物の裏から、二体の人狼と一体の上位サキュバスが姿を現した。


ふぅ……


誰もが、かなり緊張しているみたいだ……


その時、俺たちから少し離れた場所で、物陰に身を潜めていたリリスが、リヤとリンに向かって小さく手を振った。


そして、自分、リヤ、リンの順に指を差した。


どうやら、まずは自分を含めた三人で上位サキュバスを奇襲するつもりらしい。


続いて、彼女は三本の指を立て、カウントを始めた。


三。


二。


一……


「「……!」」


リヤとリンはほとんど同時に、左右からその上位サキュバスへと駆け出した。


その速度は、俺たちの目が追いつきそうにないほど速かった。


「“その場に立ち止まれ!”」


「うっ……!バンシー、あなたはいったい何をするつもり!?死にたいの……」


「なっ!?」


「いつの間に、あそこまで近づいていたんだ!?」


上位サキュバスは怒りに満ちた表情でリリスを睨みつけた。


そして、まだ反応しきれていなかった二体の人狼も、リリスがすぐ近くにいたことに気づけず、驚愕の表情を浮かべていた。


「殺しなさい!」


「『荊棘魔法・狂乱荊棘』!」


「『光魔法・閃光剣』!」


バキッ――


「くっ……忌々しい……裏切り者め……」


その上位サキュバスは血を吐いたあと、虚ろな目のまま血だまりの中へ崩れ落ち、息絶えた。


「ミトラ!?」


「くそっ!バンシー、お前、地球人と手を組んで同胞を殺すとは……」


「“二人とも、黙りなさい!”」


「「……!」」


二体の人狼は声こそ出せなくなったものの、互いに目配せを交わすと、リリスへ向かって同時に攻勢を仕掛けた。


ここからは、俺たち男の出番だ……!


「リン!『交換』!」


「ありがと、ダーリン!」


ガキィン――!


俺の背後に、武器を構えた三十人以上の人々が突然現れたことで、目の前の二体の人狼はわずかに戸惑いを見せた。


「……!?」


特に、俺の目の前にいる一体は、さらに驚いたようだった。


自分の爪がリンに届く寸前で、リンが俺と位置を入れ替え、しかもその一撃を俺に正面から受け止められるとは思っていなかったのだろう。


「この二体の侵略者を殺せ!」


「死ねぇ!」


たとえ奴らが反撃しようとしても、すぐにその場の編織者たちに押さえ込まれた。


ほかの一般市民たちも、具現化された武器を手に、あらゆる方向から奴らへ攻撃を仕掛けていく。


ほどなくして、二体の人狼もその場に崩れ落ちた。


今回の奇襲は、こちらに一人の負傷者も出さずに終わった、圧倒的な勝利だった。


「ふぅ……これが、人を殺す感覚なんだね……」


「ええ、気持ち悪いでしょう?まだ耐えられそう?」


「私は平気。ありがとう、リリスっち……」


リンは自分の頬を強く叩き、もう一度気持ちを奮い立たせた。


それから、自分を気遣ってくれたリリスに頷き、大丈夫だと示す。


一方で、リヤは不安そうな表情を一切見せていなかった。


さすがリヤ、と言うべきなのだろうか。


本当に強いな……


余裕ができたら、改めて彼女たちのことも気にかけておこう。


「敵を片づけたなら、急ぎましょう!もうすぐ居住区に着きます!」


かつて自分の同胞だった上位サキュバスと人狼たちに、リリスは一瞥すらくれなかった。


彼女は迷わず踵を返し、俺たちを連れて居住区へ向かった。


——————


居住区に到着した瞬間、俺たちの目に飛び込んできたのは、あちこちで倒壊した家々だった。


それに、至るところから助けを求める声が聞こえてくる……


……ここの状況は、かなりまずい。


さらに最悪なことに、ここはリンの家の近くだった。


「ママ、パパ、エレノア、クロード!みんなどこにいるの!?」


リンの家は、どうやらスクリーンの破片が直撃し、崩れてしまったらしい……


だからこそ彼女はあれほど焦った様子で、瓦礫の前から家族の名前を叫んでいた。


「そうだ……!」


リンは自分の髪留めを勢いよく外した。


それを手の中で握りしめると、彼女はあるスキルの名を口にした。


「『探し物』!」


きっと、それは家族の誰かから贈られた髪留めなのだろう。


ほどなくして、瓦礫の中の一角が光を放ち始めた。


あそこだ……!


「パパ……パパ!『時間・停止』、『大きさ変化』!」


彼女はまず瓦礫の時間を止め、救助の途中で二次崩落が起きないようにした。


続いて、山のように積み重なった瓦礫を小さくしていく。


次の瞬間、光を放っていた瓦礫の中から一本の腕が現れ、かすかに震えていた。


「……!キャロリン、私も手伝う!」


「私に任せて。『空気・噴流』!」


レイはすぐさま針糸魔法を操り、その腕の上に積もっていた瓦礫をどかしていった。


一方、リリスはさらに手早く、空気の噴流で瓦礫をまとめて吹き飛ばした。


その時、俺たちはそこにいたのがリンの父親だと気づいた。


しかも、彼は自分の腕の中にリンの弟妹を庇っていた。そのすぐそばには、頭を打ったのか、血を流しているリンの母親の姿もあった。


「リン、俺が手伝って引っ張り出す!」


「ありがとう……お願い、急いで!」


ほどなくして、リンの父親は俺たち二人の力で瓦礫の中から引きずり出された。


そのあと、救援小隊の皆もすぐに、意識を失っている残り三人を救助した。


全員が怪我を負っていたものの、幸い、四人ともまだ息はあった。


「『睡眠』。これで、危機を脱するまで何とか持ちこたえられるはず……」


「本当にありがとう、みんな……!うぅ……」


「よしよし、リンリン、よく頑張ったね」


アイリーンはつま先立ちになり、まるで俺の真似をするように、リンの頭をそっと撫でた。


それから、リンを胸に抱き寄せ、時折背中をぽんぽんと叩きながら慰めていた。


「探索委員会にはユリがいる。だから、きっと大丈夫だ。安心しろ、リン」


「うん……!これで、やっと少し安心できた……」


彼女はずっと、家族の安否を気にかけていた。


ただ、それをはっきり口にすれば、リリスに家族の救助を優先してほしいと求めることになり、ほかの人たちに対して不公平になってしまうと思っていたのだろう。


やっぱり、リリスの判断は正しかった。


「それでは、これより捜索救助活動を開始します!警戒班は引き続き周囲の警戒を。捜索班は、生存者の捜索を再開してください!」


「「「「「「はい!」」」」」」


リリスの号令とともに、皆はそれぞれ散開し、瓦礫の中から生存者を探し、救助し始めた。


     ◇


しばらくして、少し離れた場所で救援隊がマリー、コリン、そしてレイの家族も見つけたという報告が入った。


全員無事だったようで、本当によかった……


「そういえばリヤ、エマおばさんは大丈夫なのか?」


「ママは今日仕事があったから、病院のほうにいるわ。さっき、無事だってメッセージも送ってくれた」


リヤは眉一つ動かさず、淡々と俺の問いに答えた。


それならよかった……


これで、皆もようやく少しは安心できるはずだ。


ゴゴゴゴ――


……!?


「今、地面が揺れなかったか?」


「え?私も、そんな感じがしました!」


アイリーンも感じたのか!


近くに、何かがいる……


「この揺れ……まさか……!皆、足元に気をつけて!」


俺たち二人の会話を聞いたリリスは、すぐに何かを察したように反応し、全員へ警戒を促した。


ズドォォォォォン――――!


「うわ……!地竜!?どうして攻城用の生物兵器がこんなところにいるの!?」


俺たちの右手側にあった瓦礫の山から、鋭い二本の牙を生やした巨大な竜が飛び出してきた。


そしてすぐに、その場にいる俺たち全員を睨みつける。


「くそっ!二人ほど逃げ遅れて、踏み潰されたみたいだ……」


「まずいわ、皆、気をつけて!地竜の皮膚はとても硬いし、戦いを好む凶暴な巨獣よ!」


「こいつ、少なくとも二階建ての建物くらいはあるだろ?リリス、まさか俺たちがこいつと戦うのか!?」


「そうよ。だから皆、絶対に気を抜かないで!編織者ではない皆さんは、負傷者の手当てをお願いします。編織者たちは、私についてきて!」


「――――――――――――!」


地竜は俺たちを威嚇するように咆哮を放った。


その一声だけで、俺を含めた皆は、恐怖で身動きが取れなくなってしまった。


まずい。


あんな巨大な地竜を相手に、俺たちはどう戦えばいいんだ……


人と竜では、あまりにも体格が違いすぎる。


「おおおおお、あんなに大きな竜なら、狩り甲斐がありそうね!あなた、行くわよ!」


「まったく、仕方ないな……俺も迎え撃つとしよう。『人形軍団』!」


……!?


突然、二つの人影が俺たちの前に現れた。


その背中と声は、あまりにも聞き覚えのあるものだった……


「ハロー、エミール(私たちの大切な息子)、久しぶり。最近、元気にしていたかしら?」

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