第2章 俺たちの戦争
※本話には、一部残酷な描写が含まれます。
「うっ……」
人が目の前で引き裂かれる光景なんて、見るのは初めてだった。
何なんだよ、あれは?
外に何かいる!
「ダーリン、見えたよ!さっき一瞬だけ見えた黒い影、あれは人狼族……」
「また人狼かよ!?」
「でも、あの人狼はアズライルとは違う!アズライルよりも、もっと獰猛で野性的な感じがする……?」
勘弁してくれ。
もう人狼には二度と会いたくないんだが!
「……!まずい!あれはエスギル第二軍団の人狼部隊よ!どうしてこんなに早くアルカディアへ侵入してきたの……?まさか……ずっと近くで、アルカディアの外壁が崩れる瞬間を待っていたというの!?現場にいる編織者たち、一般市民を守って!」
リリスは事態の深刻さを即座に察し、すぐさま【武装化】状態に入ると、全員を背後へ庇った。
「リリス、エスギルの人狼部隊はどれくらい強いんだ?」
「アズライルよりは少し弱い程度。でも、単体での肉体強度はかなり高い。それに、第二軍団は命知らずの特攻部隊として有名よ。絶対に油断しないで!」
トン――!
漆黒の手が入口の縁にかかった。
続いて、人間の腕を口の端に咥えた人狼が、ぬっと顔を覗かせた。
「……?ん?お前、第四部隊の、何年も前に行方不明になった副官のお嬢ちゃんか?まさか……お前がこの鉄球を爆破したのか?くくっ、よくやったじゃねぇか。これで帰れば、また出世できるぞ。さっさとお前の『言霊』で、ここにいる連中を全員取り押さえろ。それから、俺を強化しろ!」
あの人狼は、リリスのことを知っている……?
まるで知り合いに話しかけるようにリリスへ声をかけたその瞬間、俺たち以外の周囲の人々は、恐怖の色を帯びた視線を彼女へ向けた。
「“シャンデリア、あいつを押し潰せ!”」
ドン――!
けれど、リリスは周囲から向けられる疑念など一切気に留めず、行動で自分が俺たちの味方であることを証明した。
彼女は一切の迷いなく、ホールに吊るされた巨大なシャンデリアを操り、入口に立つその人狼へ叩きつけた。
「ぐっ!?お前、正気か?同胞に手を出すのは死罪だぞ!まさか、祖国を裏切るつもりか!?」
「『空気・気体抹……」
「……!」
奴の反応も速かった。
リリスがスキルを唱え終えるのを待たず、すぐに後方へ一歩跳び、彼女との距離を取ると、離れた場所からリリスを値踏みするように見据えた。
「いいぞ……いいぞ!我らが祖国を裏切るつもりなんだな?なら、ここで俺が処刑してやる!」
「彼女に触れたいなら、まずは俺を越えていけ」
「ぷっ……地球人ごときが、その貧弱な身体で彼女を守るつもりか?」
「貧弱かどうかは、俺の一撃を食らってから判断しろ。はあっ!」
ガキィン――!
俺の攻撃では、そう簡単に傷を負わせられないだろうとは最初から予想していた。
けれど、アズライルにさえ傷を負わせたあの一撃を、両腕を上げただけで無傷のまま受け止められるとは思わなかった……
とはいえ、さすがに相手も少し驚いたのか、数歩後ろへ下がった。
「『ガード』!ははっ、我が王は俺たちに改めて祝福を授けてくださった。つまり、今の俺たちは以前よりもさらに強くなっているってわけだ!」
「これが異世界の防御スキル……?いくらなんでも無茶苦茶すぎるだろ?」
俺は、人狼の両腕が一瞬だけ白く光ったのを見た。
その直後、奴は俺の横薙ぎを素手で受け止めたのだ。
異世界のスキル性能、いくらなんでも反則すぎるだろ!?
「『睡眠』!」
その瞬間、アイリーンのスキル一つで、人狼の身体はその場に縫い止められたように動かなくなった。
その人狼は、かろうじて顔だけを上げ、怒りに満ちた視線を彼女へ向けることしかできない。
「まさか……ここに……いる……連中……全員が……スキルを……持っているのか……!?」
「『目覚め』!」
バキッ――
奴の目が大きく見開かれ、その身体のあちこちから大量の血が噴き出した。
「よくやったわ、アイリーン!『空気・圧縮』、『空気・爆発』!」
ズドン――!
人狼の目の前で激しい空気爆発が起こり、その衝撃は探索委員会の大扉まで吹き飛ばすほどだった。
「裏切り者が、死ねぇぇぇぇ!!!」
だが、その人狼は……
半身を吹き飛ばされてなお、爆発で生じた煙を突き抜け、すぐさま飛び込んできた。
そして爪を振り上げ、リリスへ襲いかかった。
まずい!
いくらなんでも突然すぎる!
あれほどの攻撃を受けてもまだ動けるなんて、思ってもみなかった!
「あなたたちがどう戦うのかくらい、よく知っているわ。無防備でいるわけがないでしょう?『空気砲』」
「……!」
幸い、リリスは最初から備えていた。
彼女は即座に反撃し、空気の砲撃で人狼の頭部の大半を吹き飛ばした。
そのままリリスへ飛びかかっていた人狼は、彼女の横をかすめるように通り過ぎ、地面に倒れて息絶えた。
「はぁ……はぁ……」
「リリス、大丈夫か!?」
ようやく気が抜けたのか、リリスはその場にへたり込み、息が詰まりそうなほど荒い呼吸を繰り返していた。
その身体は、まだ小さく震えている。
「大丈夫……私は大丈夫よ、エミール。ただ、今さらになって、人を殺すことに恐怖を覚えるなんて思わなかっただけ……」
彼女は震える自分の両手を見つめながら、息も絶え絶えに小さく答えた。
ちっ……
「リリス、無理して人を殺そうとするな!」
「エミール?」
彼女がどう思っていようと、俺はそのまま彼女の両手を握った。
せめて、俺の手のひらの温もりで、少しでも彼女が落ち着いてくれればいい。
「お前が、かつて何人かを殺したことがあるのは知ってる。でも、今のお前がまだ人を殺すことに迷いを抱けるなら、それは間違いなく良いことなんだ」
「何を言っているの……」
「少なくとも、お前はまだ慣れきっていないってことだ!だから俺は、お前に自分がやりたくないことを、無理にやってほしくない!」
「無理なんてしていないわ。大丈夫だから、私のことは心配しないで」
彼女は自分の手を引き抜こうとした。
けれど、俺はそれでも強く握り続けた。
自分の顔を見てみろよ……
どこが、無理していない顔なんだ?
「俺たちは家族なんだろ?残りは、俺に任せてくれ」
「彼らは人狼の姿をしているけれど、この戦争に参加する以上、これから殺すことになるのは【仙境】の破劇者ではなく、本当に命ある相手なのよ?」
「でも、今殺さなければ、俺たちがあとで殺されるんだろ?さっきお前が皆に言った通り、もう自分の手がどれだけ綺麗かを気にしていられる状況じゃない。だから俺は戦う。それに、今の光景を見た皆なら、俺たちが置かれている状況をよく理解しているはずだし、とっくに覚悟もできていると思う。そうだろ、皆?」
俺は改めて、まだ恐怖の残るその場の全員へ視線を向けた。
すると……
「説明を聞いた時点で、私はもう敵を殺す覚悟を決めていたよ。ダーリンを守りたいし、私にとって大切な人たちも、全部守りたい。だから……」
リンだった。
彼女は真っ先に俺の期待に応え、前へ出てくれた。
「私も同じよ。私の剣は、ここにいる皆のために、最後の一瞬まで振るい続けるわ」
「あなたたちを放っておいたら危なっかしいから……だから私も……うん、覚悟はできているよ!」
「へっ、俺とレイはその言葉を待ってたんだよ。親友のお前らが助けを必要としてるなら、俺たちはいつだってお前らの隣に立つ」
リヤ、マリー、そしてコリンが俺に答えてくれたあと、次第に多くの編織者たちが……さらには、一部の一般市民までもが前へ出てくれた。
「お前たち、物を具現化できるんだろ?俺たちにも武器をくれ。俺たちも戦う」
「俺は妻と娘を守りたい。だから、俺も参戦する」
「私たち女にも、ちゃんと武器を渡しておくれよ。こんな時まで、男に守ってもらうだけでいろってわけにもいかないだろ?ははっ!あまり自分を追い詰めすぎるんじゃないよ、異世界のお嬢さん。あんたが私たちを守ろうとしてくれているその覚悟は、ちゃんと伝わっているからね」
この瞬間、皆は一つになり、自分たちの未来を自分たちの手で守ろうとしていた。
年齢も性別も関係なく、誰もが自分と家族のために、何かをしようとしていた。
「ほら、リリス。何もかも一人で背負い込むな。ここには、アルカディアの皆がいる。皆がお前と共にある」
リリスは、本来なら耳を塞いで、目を閉じていれば、こんな面倒なことに関わらずに済んだはずだ。
それでも、彼女は俺たちアルカディ……俺たち地球人のために、何かをしようとしてくれた。
たとえ自分の生まれた世界を敵に回すことになっても、彼女は迷わず俺たちの前に立ってくれた。
なら今度は、俺たちが彼女のために何かをする番だ。
「これは俺たちの戦争だ。リリス、俺たちにも自分たちの世界のために戦わせてくれ」
「うぅ……あなたたちって、本当に……」
「……ここに立ち、あなたたちのために戦えることは、私にとって幸運です。皆さん、これより私たちは探索委員会を拠点とし、周辺の安全を一つずつ確保しながら、すべての被災者を救助していきます!」
彼女は深く息を吸い込み、改めて気持ちを奮い立たせた。
そして、一歩前へ進み出ると、総指揮官としてその場にいる全員を統率し始めた。
「恐れないでください。ここにはまだ編織者がいます。侵略者を見つけた時、私たちはどうするべきですか?」
「「「「「戦い、反撃し、そして奴らを殺す!」」」」」
「いい答えです。建築系の編織者はここに残り、周辺の防御を固め、防衛設備を築いてください。戦闘系の編織者、そして共に戦う意志のある一般人は、私たちについてきてください!これより行動を開始します!」
「「「「「「「「おおおおおおおっ!」」」」」」」」
先ほどの一幕を経て、その場にいた全員が彼女へ大きな信頼を寄せていた。
そして、リリスの演説は、皆の士気を再び燃え上がらせた。
異世界から来た彼女が導く、“地球を守る”ための戦いか……?
ふっ……
面白い。
リリス、お前は本当に不思議な女だ。
今はただ……
俺たちの戦争に勝利をもたらしてくれ、指揮官殿。




