01-始まりの詩章 第4章 忍び寄るもの
「行ってきます」
「気をつけてね〜!」
今日で俺は十六歳になり、ちょうど高校生活へと足を踏み入れた。
けれど今のところ、俺はまだ編織者として覚醒しておらず、学校でも普通クラスに振り分けられただけだった。
「……あ、リヤ…」
「……」
リヤが剣の鍛錬を続けるようになってから、すべてが変わった。
よく笑っていた彼女は笑顔を失い、俺たちの間には、まるで一枚の壁ができてしまったみたいだった。
今だってそうだ。俺が彼女と顔を合わせると…
「エミール、あなたはまだ、そのこだわりを捨てるつもりはないの?」
彼女は俺が背中に背負っている木刀に一瞥を向けると、無表情のままそう言った。
「うん…それでも、どうしてもリヤに少しでも近づきたいんだ…」
「そういう余計な努力はやめておきなさい。編織者ですらないあなたが、編織者である私と何を比べるつもり?あなたは編織者にはなれない。諦めなさい」
うう…
それは、そうなんだけど…
「でも、俺はリヤと一緒に肩を並べて戦いたいんだよ…!」
「その心配は無用よ。私には頼れる仲間たちがいるし、私たちは無敵だから。とにかく、あなたは編織者になるのを諦めた方がいいわ。それじゃ」
「あ、おい…!」
結局、リヤは編織者の身体能力を活かして、一瞬で街角の向こうへ消えていった。
「はぁ…」
「よう、兄弟。朝っぱらから何ため息ついてんだ?まさかまたまたまた【荊棘の女王】にフラれたのか?」
突然、坊主頭の男子が俺の肩をぽんと叩き、からかうようにそう尋ねてきた。
【荊棘の女王】というのは、リヤのことだ。
今の彼女は、すっかり美少女へと成長していた。
それだけでなく、リヤは学校でも有名なマドンナで、ほとんど毎日のように男子から告白されている。
しかし、彼女は誰一人として応えたことがない。
毎回、棘を含んだような視線で冷たく一瞥するだけで、告白しに来た男子たちを怯えさせ、追い払ってしまう。
いつしか、面白がって見物していた生徒たちによって、彼女は【荊棘の女王】という異名で呼ばれるようになった。
「うるさいぞ、コリン!はぁ、どうして俺は編織者に覚醒できないんだよ…」
「安心しろって〜その時が来れば、自然と覚醒するって。最悪…普通の人間として生きればいいじゃん?」
「もう覚醒済みの裏切り者は黙ってろ!」
腹立つ!
どうして【仙境】を探索する気もないこいつが、編織者になってるんだよ?
神様も俺に不公平すぎるだろ!?
「まあまあ、怒るなって。怒ると体に悪いぞ。昼飯は俺が、お前の好きな焼きそばパンを奢ってやるからさ。どうだ?」
「いる…」
コリンは毎日のように俺の我慢の限界ギリギリを攻めてくるけれど、肝心な時にはちゃんと人としてどう振る舞えばいいのかをわかっている。
だからこそ、俺たちは今でも、いつ崩壊してもおかしくないように見える親友関係を続けられているのだ。
——————
——♪——————♪
チャイムが鳴り、ようやく授業が終わった。
はぁ…
学校って本当に退屈だ。
トントントン…
「何だよ?」
「昼飯だよ、昼飯!朝に焼きそばパンを奢るって約束しただろ?行こうぜ。これ以上遅れたら、焼きそばパンが売り切れちまう」
「そうだった…」
すっかり忘れていた。
◇
「「……」」
昼休みの食堂は、人でごった返していた。
特にパンを売っている売店の前には、まさに人の山ができていて、その中には編織者も何人も混じっている。
「一緒に突っ込むか?もしかしたら最後の焼きそばパンを奪い取れるかもしれないぞ?」
「いや、俺は遠慮しとく…頭でもおかしくなってない限り、普通の人間があの編織者たちに混ざろうとは思わないだろ…」
編織者になると、身体能力も強化される。
普通の人間である俺では、編織者の身体能力には到底敵わない。
「へっ、そう言うと思ったよ。なら、俺が慈悲深く、ついでにお前の分も買ってきてやるよ」
そう言うと、コリンは身軽な動きで人混みに紛れ、そのまま姿を消した。
はぁ、編織者になれるっていいよな…
「「「「「「…!」」」」」」
突然、周囲が静まり返り、パン売り場の前に群がっていた人だかりも一斉に道を開けた。
リヤだ。
彼女は親友のマリーとレイを連れて、食堂へやって来た。
これが強者のオーラってやつなのか…?
誰もが、棘を持つ薔薇に傷つけられるのを恐れているかのように、左右へ退いていく。
その光景は、なかなか壮観だった。
「わぁ、道ができてるね!やっぱり授業が遅く終わった時は、セレイアタンがいれば、お昼を食べ損ねる心配はないね」
ツインテールにしたレイという少女が、冗談めかしてそうからかった。
「早くお昼を買いに行きましょう。みなさん、本当にすみません…」
もう一人の長い髪に眼鏡をかけた少女、マリーも周囲の人たちに声をかけ、両手を合わせて申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「……」
一方、先頭を歩いて彼女たちを食堂へ連れてきたリヤは、いつも通り冷たい表情のままだった。
「おばさん、メロンパンとカレーパンを一つずつ、それから…セレイアタン、好きなのは焼きそばパンだったよね?それも一つお願いします!」
「ごめんね、お嬢ちゃん…最後の焼きそばパンは、ついさっき売れちゃったんだよ」
それを聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。
売店のおばさんが指差した方を見ると、そこに立っていたのは、カレーパンと焼きそばパンを手に持ったコリンだった。
オーマイゴット…
「コリン、その焼きそばパンは彼女に譲ってやってくれ。俺はメロンパンでいいから」
「…ありがと」
「ああ、どういたしまして…」
リヤは特に何も言わず、ただ淡々と俺が差し出した焼きそばパンを受け取ると、小銭を取り出してコリンに返した。
この気まずい空気のせいで、今すぐ教室に逃げ帰って避難したくてたまらないんだがあああ!
「おやおや、これは幼なじみ君じゃない?意外と紳士的なんだね…私が聞いていた通りかも?」
「レイ、戻るわよ」
「は〜い♪」
レイは去り際に、こちらを振り返っていたずらっぽく舌を出してみせた。
それからようやく、すでに食堂を出ていったリヤを小走りで追いかけていった。
「ありがとう、エミール君。あなたって本当に優しいのね。セレイアは内心、本当に感謝しているの。ただ、恥ずかしくて口に出せないだけなのよ」
「あははは…大したことじゃないよ。俺は別の味にすればいいだけだし、そんなに気を遣わなくていいって」
マリーは本当に礼儀正しいな…
三人組が去っていったあと、学校の食堂はようやく元の騒がしさを取り戻した。
そして、さっきまで気まずい空気から逃げていたコリンが、すぐに俺のそばへ寄ってきて、からかい始めた。
「よっ、お前って本当に優しいな。俺の彼氏になる気はないか?パン、ほら」
「お前、殴られたいのか?ありがとな」
「いやぁ、こうして見ると、マリーもけっこういいよな。性格は素直で優しいし、そのうえスタイルも抜群だし……兄弟、俺はアリだと思うぞ!レイちゃんみたいな元気なメスガキ系もかなり刺さるけど、あっちはまだボディが物足りないんだよな……」
「アリなわけあるか。自分のクラスメイトをそういう変態みたいな目で見るなよ!もし彼女たちに聞かれたら、俺の知り合いだなんて言うなよ?その時は絶対に他人のふりをするからな」
「だって俺は健全な男子だからな。女子に興味があるのは普通だろ」
「それは興味が行きすぎてるタイプだろ…もう少し自重しないと、彼女できないぞ?」
「はいはい〜はぁ、お前は俺の母ちゃんかよ。そんなに小言ばっか言いやがって」
悪いな。俺はただ、お前の言動にツッコミを入れたかっただけなんだ。
——————
結局、今日の授業もいつも通り、何事もなく淡々と終わった。
「ただいま〜」
疲れた…
夕飯を食べたら、少し休んでから風呂に入ろう。
「ん…?母さん、今夜は夕飯作るつもりないのか?」
キッチンのテーブルの上は空っぽで、パンくず一つ落ちていなかった。
おかしいな…
どうして誰も返事をしないんだ?
トントントン…
「母さん、父さん…?いないのか?」
俺は礼儀として先にノックしてから、主寝室の扉を開けてみたけれど、中にも父さんと母さんの姿はなかった。
もしかして、今日は本当に【仙境】で泊まり込みなのか?
はぁ、今日は本当にツイてないな…
仕方ない。コンビニで夕飯でも買ってくるか。
——————
「……」
「……」
マジで、今日の俺の運、クソすぎないか?
「こんばんは、マリー、レイ、リヤ…」
俺は、ちょうど放課後に帰る途中で、コンビニにお菓子を買いに来た三人組と、コンビニの前で鉢合わせてしまった。
「こんばんは、エミール君」
「お?そういえば、幼なじみ君もこの近くに住んでるんだっけ?やっほ〜」
「こんばんは…」
「エミール君は、お菓子を買いに来たの?」
え?
マリーが俺に話しかけてきた?
マジかよ。普通にそのまま帰らせてくれないかな…
「いや、俺は夕飯を買いに来ただけだ。父さんと母さん、まだ帰ってきてないみたいでさ…リヤ…?」
俺がそう言った瞬間、リヤの肩がなぜか小さく震えたように見えた。
「な…何でもないわ」
「ん…?じゃあ、そういうことだから。俺は先に弁当を買ってくるよ」
「エミール」
「どうした?」
「もしこれから先、家に昼食や夕食が用意されていない時は、そのまま私の家に来て食べればいいわ。お母さんに、あなたの分も用意してもらうから」
俺を誘ってくれているのか?
本当に聞き間違いじゃないよな…?
なぜか俺と距離を置くようになった、あの冷たいお嬢様が、俺を誘っているのか?
「いや、大丈夫だ。気遣ってくれてありがとな。俺も自炊くらいはできるし、今日は自分で作るのが面倒だったから、弁当を買いに来ただけなんだ」
「へぇ…うちの女王様の誘いを断るなんて、なかなかいい度胸してるじゃん」
レイ、俺は別にわざと断ったわけじゃないからな!
少しは空気を読めよ、空気を!
「ふん、そういうことならいいわ。私たちは先に行くわ。それじゃ」
「バイバ〜イ」
「またね、エミール君」
なんだか、リヤが少し不機嫌そうに見えたんだけど?
もしかして、俺は何か答えを間違えたのか?
ん???
最後に三人の後ろ姿を見送ってから、俺はようやく自分がコンビニへ弁当を買いに来たことを思い出した。
それから慌てて弁当を買い、急いで家へと戻った。




