第7章 緊急救援
さらに二日が過ぎた……
「ついに第七十階層だぜ!」
「はぁ……ようやく……」
第七十階層に足を踏み入れた瞬間、コリンは嬉しそうに両手を上げて歓声を上げた。
一方、体力の低いマリーはというと……
もうすっかり疲れ切っていた。
今、俺たちは第七十階層のBoss部屋……
――豪華な大邸宅の正門前に立っている。
というか、どうして【仙境】にはこんなにも唐突な建物がたくさん存在しているんだ?
ここ、本当に何でもありだな……
「ダーリン……大丈夫?」
「ん?俺は大丈夫だぞ」
「でも、顔色が少し……」
うっ……
「無理しないで、エミ。この先、何が出てきたとしても、私たちはあなたのそばにいるわ。あなたは一人じゃない」
「うんうん!おじさんはきっと大丈夫だよ。今はあまり考えすぎないで!」
リヤ、アイリーン……
やっぱり、ずっと俺のそばにいてくれた彼女たちには、ごまかせないか……
「カエルくん、果物でも食べて少し休む?コリンが数日前、森の中でそろそろ熟れそうなメロンを見つけてたわよ?」
「待てよ、レイ!それは夕食の時に、先に川の水で冷やしてからみんなで分けて食べるつもりだったんだよ!」
レイが勝手にリュックを漁り始めたのを見て、コリンは慌てて背中のリュックを前に抱え、彼女を止めに入った。
「あははは……みんな、気遣ってくれてありがとう。でも、たぶん大丈夫だと思う」
ずっと暗い顔をしていたところで、状況が変わるわけでもない。
だから、少しは肩の力を抜こう。
少なくとも、みんなに余計な心配をかけたくなかった。
「それなら、今日はここで休むことに――」
ギィィィ——————
待て、今の音は何だ!?
「みんな気をつけて、あそこを見て!」
リンは短剣を抜き、Boss部屋の扉のほうへ警戒を向けた。
あれは……
Boss部屋の扉が、突然開いた!?
俺たちはまだあの扉に触れてもいないのに、勝手に開いたんだ!
「全員、最大警戒!」
全員すでに疲れ切っていたが、それでも歯を食いしばり、それぞれの武器を構えた。
……
…………
………………
ん?
やがて、十分が過ぎた。
扉の中からは何も出てこないし、それ以上の物音も聞こえてこない。
俺たちは神経を張り詰めたまま、その場で十分間も警戒し続けた。
けれど、結局何も起きなかった。
「こうして一方的に睨み合っていても仕方ない……俺が見てくる。みんなはここにいてくれ」
「気をつけてね、エミ。あ、それと、敵の姿は見えなかったわ。あの扉の中に入っても大丈夫よ」
「わかった。慎重に行くよ。ありがとう」
俺の安全のために、リヤは無理をして未来視を使い、数秒先の未来を覗いてくれた。
第六十一階層に入ってからというもの、周囲で少しでも妙なことや物音があれば、俺は臨時隊長としてみんなにその場で待機するよう命じ、自分で前に出て状況を確認するようにしていた。
今では、みんなもせいぜい「ちゃんと気をつけろよ」と注意してくるくらいだ。
もう誰も、俺を止めようとはしない。
自分たちでは俺を止められないと、みんなわかっているからだ。
「頼むから、急に目の前に出てくるのだけはやめてくれよ……殺される前に、驚きすぎて死ぬかもしれないから……」
一歩……
二歩……
扉へ近づくにつれ、俺の緊張もどんどん高まっていく。
けれど、そこからは相変わらず何も出てこないせいで、逆に余計なプレッシャーが増していった。
今の俺は、Boss部屋の入口に立っている。
この扉……
まるで無理やりこじ開けられたみたいに、鍵の部分が壊れている?
これ、指導者さんの仕業だよな……
俺が扉の隙間から中を覗き込んだ時、部屋の中に広がっていた光景は、俺の言葉を奪った。
「みんな、ここには脅威はない。早く来て見てくれ!」
「「「「「「……!」」」」」」
俺の指示を聞いて、みんなはようやく少しだけ安堵しつつも、警戒を解かないまま、ゆっくりと俺の背後まで近づいてきた。
「みんな、あそこを見てくれ」
「うわ……何あれ?人形?」
「すごい数ですね……」
レイとアイリーンは、部屋の中を一目見ただけで、驚いたように声を上げた。
人形、人形、人形……
床一面に、ぼろぼろになった木製の人形が散らばっていた。
「エミ、中に入っても大丈夫よ。Bossの姿はどこにも見えないわ」
「わかった」
「さっきからリヤっち、見えたとか見えないとか言ってるけど、もしかして……」
「「……!」」
まずい、リンに気づかれたか!?
まあ、そうだよな……
最近は俺を補助するために、リヤもあまり隠さなくなってきていて、戦闘中にも頻繁に未来視を使うようになっている。
リンに怪しまれても無理は……
「透視できるの?」
よし、どうやらリンは勘違いしてくれたらしい。
それを聞いて、俺とリヤは内心でほっと胸を撫で下ろした。
これなら、リヤの能力を知る人間が増えすぎて、未来に制御しきれない変化が生まれる心配もしなくて済む。
「ま、まあ……そんなところかしら?少し目を細めれば、一定距離内のものを見通せるのよ……?」
「おおおお!やっぱり!戦闘中のリヤっちの不自然なくらい的確な指示や動きって、絶対に勘だけでできるものじゃないと思ってたんだよね。やっぱりそういうことだったんだ!すごすぎるよ、リヤっち!」
リヤは強引に話を合わせ、素直なリンも疑うことなく、あっさり信じてしまった。
……お前たち、片方はよくそんなことを言えたな!?
そしてもう片方も、よくそれを信じたな、おい!
内部の安全を確認したあと、俺たちはもう一度互いに顔を見合わせ、そのまま一緒にBoss部屋へ足を踏み入れた。
目の前に広がっていたのは、血まみれの客間だった。空気中には、吐き気を催すような血の匂いが漂っている。
それだけじゃない。ここの家具はすべて破壊されていて、壁にも獣の爪痕がびっしりと刻まれていた。
ここでいったい何が起きたのか、想像するのも難しい……
ん……!?
視界の端に、全身血まみれで、壁際にもたれかかりながら弱々しく呼吸している、見覚えのある人影が映った。
「父さん!」
「ニッキーおじさん!?みんな、急いでおじさんを助け出して!マリー、先に応急治療をお願い!」
「あっ……!はい、すぐに!『リンゴ療法』!」
最初、他のみんなはまだ状況を理解できていなかった。
けれど、リヤに促されると、すぐに俺たちを手伝いに来てくれた。
マリーは赤い光を放つ温かなリンゴを一つ召喚し、それを父さんの体のそばへ寄せた。
すると、その体に残っていた外傷はゆっくりと癒え始め、顔色も最初ほど青白くはなくなっていった。
「エミ、あなたはおじさんの頭と首を固定して、首が動かないようにして。キャロリンは肩と背中を支えて、コリンは腰と両足を担当して。三つ数えたら、みんなで同時に水平に持ち上げるわ。できるだけ頭、首、背中が一直線になるようにして、そのまま探索委員会まで運ぶ!」
「お、おお……」
てきぱきとした指示に、コリンでさえ思わず呆気に取られていた。
エマおばさんの影響を受けてきたおかげで、リヤは応急処置についても多少の知識を身につけている。
だからこそ、彼女はすぐに冷静さを取り戻し、他のみんなに指示を出しながら、負傷者の搬送を手伝わせることができた。
「マリー、父さんを運んで戻る間、ずっと治療を続けてくれ」
「はい、任せてください……!」
「レイとアイリーンは、護衛とエレベーターの扉を開けるのを頼めるか?」
「それくらいなら任せなさい。カエルくんたちはおじさんを運ぶことに集中して」
「うん!私たちがみんなをちゃんと守るから!」
あっという間に、全員がそれぞれ何をすべきか決まった。
これも半分は、医療知識を持っているリヤのおかげだろう……
「一、二……三!」
「「「よいしょ……」」」
三つ数え終えたところで、俺たちは一緒に父さんの体を持ち上げた。
そして、そのままエレベーターに乗り、父さんを【仙境】の入口まで運び戻した。
——————
チン————!
「みなさん、少し道を空けてください!」
俺たちに担がれて出てきた父さんを見て、周囲の編織者たちは驚いたような視線を向けてきた。
「あれ、元第一編織者じゃないか!?」
「え?見つかったの?」
「ふぅ、やっぱりあの時のニュースはデタラメだったんだな……俺の憧れの人が無事に救出されたのを見て、ようやく安心できたよ……」
「というか、あれってニッキーさんの息子の小隊じゃない?あの子たち、若すぎない!?」
周囲からは、父さんのことを話題にする声が次々と聞こえてきた。中には、俺たちの小隊の実力に感心している人たちもいる。
しばらくすると、探索委員会に常駐している医療スタッフがすぐに現場へ駆けつけ、意識を失っている父さんを引き継いでくれた。
俺たちが父さんを担架に乗せると、彼らはそのまま父さんを救急車へ運び込み、探索委員会から一番近い病院へ搬送していった。
「セレイア、エミール、それに小隊のみんな!」
「こんにちは、クレモンおじさん」
「よかった……君たち、本当にニッキーを連れ戻してくれたのか……みんな、本当によくやってくれた!」
「リヤの手慣れた応急処置に助けられました。さっきの彼女は、本当に見事でしたよ」
「わ、私は……自分にできることをしただけですから……」
“へへへ……”
リヤが照れている。
最近わかったことだけど、俺が彼女を何度か褒めると、彼女の口元はすぐに緩み始める。
「ところで、君たちは何階層でニッキーと遭遇したんだ?まさかとは思うが、さすがに第七十階層ではないだろう……」
「えっと……俺たちは第七十階層のBoss部屋で父さんと会いました」
「待て……君たちは【仙境】に入ってからたった四日で、第五十階層から第七十階層まで攻略したのか!?」
「はい」
俺とクレモンおじさんの会話を聞いた周囲の人たちも、驚きと疑いが入り混じった視線を次々と俺たちへ向けてきた。
高校生だけで構成された新人小隊が、クレモンおじさんの小隊どころか、父さんと母さんの攻略速度すら上回る勢いで【仙境】を攻略しているとは、誰も思っていなかったのだ。
「なあ、エミール、ちょっと待っててくれ。俺とレイで素材を売って、その金で売店の菓子とジュースを買ってくる。ここ数日ずっと水ばっかり飲んでたから、さすがに飽きてきたんだよ……」
「ああ、いいぞ。ついでに俺の分のポテチも買ってきてくれ。ちょっとポテチの味が恋しくなってきた」
「それじゃあ、カエルくんは何味がいいの?」
「ふっふっふ、当然バーベキュー味だ。あ、ついでに海苔味のポテチも一袋頼む。アイリーンが好きだからな」
「りょーかい♪行こ、コリン」
コリンとレイは俺から重たい破劇者のドロップ素材が入った袋を受け取ると、意気揚々と素材買取所へ向かって走っていき、俺と他の四人だけがその場に残った。
「本当に……驚いたよ。ニッキーとシェフィが全盛期だった頃でも、彼らの攻略速度は君たちほど速くなかった……」
「まあ、今の俺たちは【武装化】を発動できますからね。俺たち以外にも、ここに【武装化】を発動できる人はいるんですか?もしいるなら、その人たちの攻略速度も俺たちみたいにかなり速くなるはずです」
「それはその通りだ。だが、現在委員会に登録されている編織者の中で、【武装化】を発動できる者は十七人しかいない。もちろん、君たちは含めていない数字だがね」
人数は、思った以上に少ないんだな……
◇
クレモンおじさんとしばらく雑談していると、コリンとレイも戻ってきた。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ戻ります」
「君たちはまだ【仙境】の攻略を続けるつもりなのか?ニッキーとシェフィはもう救出されたんだ。君たちも一度戻って、しっかり休んだほうがいい」
「いえ、まだ一人、救出できていない人がいます」
「ん……そうなのか?他にも【仙境】で行方不明になっている人がいたのか?」
……
やっぱり、クレモンおじさんも指導者さんのことを覚えていないのか。
はぁ……
「はい。彼女は俺にとって……俺たちにとって、とても大切な人なんです。実はクレモンおじさんも、一度だけ彼女と会ったことがあるんですよ。ただ、今はもう彼女のことを覚えていないだけです」
「おかしいな……もし彼女と会ったことがあるなら、私は相手の顔をそう簡単に忘れるはずがないのだが……どうして今は何も思い出せないんだ?」
「大丈夫です。それは普通のことですから」
だって、指導者さんの特殊なスキルは、本人の望むままに、相手の意思すら無視して自然の法則を強引に歪められるものだからな……
この件に関しては、クレモンおじさんを責めることもできない。
みんなが彼女を忘れてしまったのも、もしかすると彼女が何かをしたからなのかもしれない。
ただ、その理由までは俺にもよくわからなかった。
「気をつけるんだぞ!探索委員会には、君たちがこれから攻略する階層に関する情報がまったくない。だから、自分と仲間の安全にはくれぐれも注意してくれ!」
「わかっています、クレモンおじさん。臨時隊長として、あなたと一つ約束させてください。俺は隊の全員を、一人も欠けることなく連れて帰ります」
そうだ。
俺が言っているのは、この隊にいる全員のことだ。
勝手にどこかへ行って、仕事を全部俺に押しつけていった、あの隊長さんも含めて。
クレモンおじさんと約束を交わしたあと、俺は振り返って他のみんなに追いつき、そのまま一緒にエレベーターへ乗り込んだ。




