第3章 彼女が知らないこと
「あなたたち、本当に長期休暇を取る必要があるのですか?ご両親は全員、この件に同意しているのですか?」
月曜日の朝、俺たち七人は一緒に職員室へ向かい、クリス先生を訪ねた。
そして、日曜日のうちに相談しておいた長期欠席届を提出した。
以前、彼女はどんな問題でも、自分に相談してくれていいと言ってくれていた。
だからその件は、彼女に頼んで担任の先生と話をつけてもらうことにした。
幸い、みんなの家族は物わかりのいい人たちばかりだった。
みんなはそれぞれの家族に、俺たちが失踪した友達を探すため、一緒に【仙境】へ向かいたいことを伝え、できる限り安全を確保することもきちんと説明した。
そのため、保護者たちも俺たちの決断に理解を示してくれた。
ここまで順調に進んでくれて、本当によかった……
“セレイアと、それからほかの大切な人たちのことも、ちゃんと守ってあげなさい”
クレモンおじさんに至っては、そう一言だけ残して、自分の部屋へ戻っていった。
ただ、少しだけ面倒だったのは……
「私の家には、おばあちゃんしかいません。父と母はいつも仕事に集中していて、あまり家に帰ってこないので、おばあちゃんが頷いてくれれば問題ない、ということでいいですよね?」
マリーの両親は、どうやら二人とも仕事人間らしい。
彼女は幼い頃からおばあちゃんに育てられてきたため、両親よりもそちらとのほうがずっと親しいようだった。
「それはそうですが……今日から二週間も休むなんて、本当にそこまで長い休暇が必要なのですか?」
「俺たちは、【仙境】の中でそのまま野営するつもりです」
「なんですって!?」
【仙境】の中には、なぜか果樹や川があり、時には野菜や普通の動物まで見かけることがある。
探索委員会の確認によると、それらの果樹や川の水は、【仙境】の外にあるものとまったく同じで、問題なく摂取できるらしい。
「大丈夫です。俺たちは前にも中で三日間過ごしたことがあります。準備さえ整えておけば、基本的には普通のキャンプと大きく変わりません」
「ですが、眠っている間に破劇者に襲われる心配はないのですか?」
「交代で見張りを立てながら休む形を取るので、破劇者に襲われても、すぐに対応できます。仮に見張り役の一人で対処できない相手が現れたとしても、すぐにほかのみんなを起こせます」
「ですが……」
「これが一番早くて、一番確実な方法なんです、クリス先生。指導者さんは以前、俺に【仙境】の中には何か危険な存在がいると教えてくれました。俺たちがこれ以上動きを遅らせれば、彼女の身に何か起きるんじゃないかと不安なんです」
昨日の話し合いで、このことはもうみんなにも伝えてある。
なら、クリス先生に話しても問題はないだろう。
「うぅ……もし、あなたが約束してくれるなら……」
「約束します。俺は必ず、指導者さんを含めた全員を、無事に連れて帰ってきます。これは臨時隊長として、先生と交わす約束です。それでいいですか?」
「はぁ……私も編織者だったらよかったのに……あなたたち、【仙境】の中では絶対に気をつけてくださいね!」
「わかりました、クリス先生」
これで、学校側の手続きもどうにか片づいた。
——————
提出するものはもう出したし、最後にもう一度、母さんの見舞いに行っておこう。
明日、俺たちは【仙境】の探索へ出発する。
たぶん、そう簡単には戻ってこられないだろうから……
「お前たち四人も、俺に付き合ってくれて本当に大丈夫なのか?荷物の準備はもう終わってる?」
ほかの三人はともかく、どうしてマリーまでいるんだ……?
「ふふん、朝のうちにもう終わらせてあるよ、ダーリン」
「ええ、私もよ。もともと荷物はそれほど多くないから、すぐに片づいたわ」
「私は必要なものをまとめて置いてあるから、家に帰れば一時間以内に終わるよ。あ、そうだ。リンリン、セレイアちゃん、私、おいしいお菓子もたくさん持ってきたんだ」
「え、偶然じゃん。私も荷物の中にお菓子をいっぱい詰めてきたんだよね!あはは、なんだか私たち、卒業旅行に行くみたい!」
リンとアイリーンはお菓子の話を始めると、すっかり止まらなくなってしまった。
さすがは彼女たちだ。
どうやら、もうとっくに準備は済ませていたらしい……
まあ、少しくらい気を抜けているなら、それはそれで悪くない。
「私はまだ荷物をまとめていません。でも……おばさまに一度会っておきたくて。病院に運ばれてから、まだ一度もお見舞いに来られていなかったんです。だから出発する前に、もう一度お見舞いに来たいと思って……」
「気を遣ってくれてありがとう」
カチャ――
病室の扉を開けると、目に入ってきた母さんは以前と同じように、病衣を着たまま、病床の上で身じろぎひとつせず横たわっていた。
――まるで、母さんの時間だけが止まってしまったかのように。
「……おばさまは、ずっと目を覚ましていないんですか?」
マリーは持ってきた果物を棚の上に置くと、また俺たちのそばへ戻ってきた。
「ああ。今もずっと昏睡状態のままだ。医者が全身を調べてくれたんだけど、結局、眠り続けている原因は何ひとつわからなかったらしい」
もし指導者さんが、まだ俺たちのそばにいてくれたら……
いや、やめよう。
過ぎたことを考えても仕方ない。
どうせ指導者さんだって、すぐに戻ってこられるわけじゃないんだ。
「マリーは先にリンたちと話していてくれ。俺は母さんの顔を拭いて、少し体も拭いてやりたいから」
「わ、私も手伝います!体を拭くなら、私がやったほうがいいですよね……?」
「あははは……何か勘違いしてないか?俺が言ってる体って、手足のことだけだよ。それ以外は、いつも看護師さんたちに頼んでるから」
「な、なるほど……でも、それでも一緒に行きたいです。大丈夫です。水を運ぶくらいなら手伝えますから!」
「わかった。ありがとう。それじゃあ、お湯をもらいに行ってくる。少し席を外すな」
「うん、大丈夫。行ってきて」
アイリーンは軽く頷くと、そのままリンと一緒にお菓子の話へ戻っていった。
リヤも、どうやらついてくるつもりはないらしい。
……?
でも、どうして俺たちが出ていく前に、リンとアイリーンは俺に親指を立ててきたんだ?
俺、何かいいことでもしたのか?
————アイリーン視点————
彼女がようやく、一歩を踏み出してくれた。
普段からそばで見ている私まで、ずっともどかしい気持ちになっていたから……
マリーちゃんがエミールと一緒にお湯をもらいに行くことを決め、自分から二人きりの時間を作ろうとしているのを見て、私とリンリンは思わず親指を立てて応援してしまった。
私たちが何を伝えたいのか気づいたマリーちゃんは、耳まで真っ赤にしていた。
でも、マリーちゃんは当の本人の後ろに立っていたから、当の本人は私たちが親指を立てているのを見ても、逆にきょとんとした顔をしていた。
「どうしてマリーは、エミとあんなに親しそうなのかしら?もしかして、彼女も……?」
あ、ここにも反応が遅い当事者がいた。
「マリーちゃんから、幼稚園の頃の話を聞いたことある?」
「ええ、あるわ」
「彼女が言っていた幼馴染って、エミールのことだよ」
「は!?ちょっと待って。彼女がずっと自分の幼馴染に想いを伝えられなかったのって、まさか私のせい……?」
「うん」
「………」
あはははは!
気づくの遅すぎるよ?
セレイアちゃんは顔を両手で覆い、恥ずかしそうにソファの上で小さく丸まってしまった。
ようやくそのことに気づいた彼女は、事実に衝撃を受けすぎて、言葉も出ない様子だった。
聞いた話だと、彼女はマリーちゃんの背中を押したこともあるらしい。
なのに、自分こそがマリーちゃんをためらわせていた原因だとは、まったく気づいていなかったみたい。
「家に帰ったら、絶対に彼女とちゃんと話すわ……あの子も本当にもう。どうして自分の幸せを犠牲にしようとするのかしら。ひと言相談してくれれば、私だって頷いたのに」
「マリーっちはたぶん、そうすると横から奪うみたいな罪悪感があるんじゃないかな」
リンリンは苦笑しながら、すっかり動揺しているセレイアちゃんを、どうにか慰めようとしていた。
「それじゃあ、私は罪悪感のない悪い女ってことになるじゃない」
「あ、リンリンがそう言うなら、私もそうかも?」
「ぷっ、あはははは!二人とも、そこで真面目に受け取らないでよ!ただのたとえ話だってば♪」
「むぅ……わざとそう言ったでしょ?」
「言ってないって……あははははは!腰をくすぐらないで、アイリーンっち。くすぐったいって!」
こっそり私を皮肉った人には、くすぐりの極刑です!
「二人とも、じゃれ合うのはほどほどにしておきなさい。シェフィおばさまの邪魔にならないようにね?」
「「はーい」」
あとは、セレイアちゃんがどう動くか見ものだね。
えへへ、面白くなってきた。




