第2章 準備は整った
「シーッ!みんな、しばらく喋らないで!」
「むぐむぐ!」
リヤと話していたアイリーンは、リンに注意されるとすぐに口を押さえ、大人しくこくこくと頷いた。
そして二人は、改めて俺たちの前方へ視線を戻した。
お前ら二人、いったい何をやってるんだ?
土曜日の朝、俺たち四人は一緒にデパートへ遊びに来ていた。
……
ただ、今の俺たちは柱の陰に隠れている。
なぜかって?
「……」
「……」
もちろん、少し離れたところにいる、デート中だというのに一言も喋らない男女のせいである。
「「「「はぁぁぁ……」」」」
あまりにも厳しい状況に、俺たち四人は思わず揃ってため息をついた。
「そもそも、今日は俺たち四人のデートのはずだよな?どうして歩いているうちに、あいつらを尾行する流れになってるんだ?俺たち、ちょっとストーカーみたいになってないか……?」
「考えすぎよ、エミ。私たちは友達の幸せを見守っているだけだから♪」
……
今回、デートで回る場所を選んだのはリヤだった。
だから俺は、彼女が最初から二人のあとをつけて観戦するつもりだったのではないかと疑っている。
「それはともかく、お前が俺たちを連れてきてくれたのは正解だったな……なんだこれ?もうデートが始まって一時間も経ってるのに、俺が聞いた会話って『えっ』『ああ……』『ありがとう』『どういたしまして』くらいしかないんだけど」
「初々しいカップルなんだから、恥ずかしがってるだけだよ。ダーリンのほうが特別なんだって」
そうなのか?
「たぶん、お前たちと一緒にいると、俺も居心地がよくて楽しいから、つい話しかけたくなるんだろうな」
「今の言葉、好き!好感度がまた大幅アップだよ、エミール!」
すっかり機嫌をよくしたアイリーンは俺の前まで来ると、小さな頭を俺の胸に預けるようにそっと寄りかかり、下から俺を見上げながら、嬉しそうにくすくすと笑った。
「あ、二人が動いたみたいだ。俺たちもついていこう」
「あの方向は……ショッピングモールのゲームセンター?これ、絶対コリンの提案だよね」
「ゲームセンターも、選択肢としては悪くないと思うけどね、アイリーンっち。ほら、少なくともゲームって誰でも遊べるものだし」
アイリーンと初めてデートした時、俺はまず彼女を服屋へ連れていき、そのあとレストランで昼食を取ってから、一緒に遊園地へ遊びに行った。
だから彼女には、コリンの選択が少し……理解しがたいのかもしれない。
リンの言うことも間違ってはいない。
ゲームなんて、誰だって一度くらいは遊んでみたくなるものだ。
けれど……
「私の記憶が正しければ、レイはあまりゲームをしない子だったと思うわ」
リヤはそう言った。
「「「……」」」
コリン。
どうしてお前の一歩一歩は、ことごとく地雷を踏みにいっているように見えるんだ?
——————
「えいっ!あ、負けちゃった……」
結果は、俺の予想通りだった。
コリンは自分が一番得意なレースゲームを選び、初めて触るレイはそのせいで、ほとんどゲームを楽しむ余裕もなかった。
少し離れたところから見ていると、コリンと一緒にレースゲームで遊んでいるレイは、ほかのプレイヤーから何度もアイテムをぶつけられ、順位を一気に落としてしまったようだった。
最後には、うっかり逆方向へ走ってしまったせいで、同じコースの同じ場所を何度もやり直す羽目になった。
そして、文句なしの最下位を取ってしまった。
【エミール:早くレイをあっちのアーケードシューティングゲームに連れていけ】
ブブッ――
あ、すぐに返信が来た。
【コリン:嘘だろ、お前……まさか俺たちの近くで尾行してるんじゃねぇだろうな!?】
……!
俺が慌ててほかの三人を引っ張って物陰に隠れたおかげで、突然振り返って周囲を見回し始めたコリンに、俺たちの姿を見られずに済んだ。
【エミール:たまたまここに来ていただけだ。俺はもうすぐ行く。上の空みたいな顔してないで、早く俺が言ったあのアーケードゲーム機に連れていけ】
レイが使う武器は銃だ。
いくら彼女がゲーム初心者とはいえ、銃ならきっと問題ない……はずだ。
【コリン:親友に自分のデートを見られてるってのは、ちょっと変な感じだけど……アドバイスは助かる】
少し離れたところでコリンがスマホをしまうと、俺たちは彼が動き出すのを確認した。
彼は少し照れくさそうにレイへ何かを話しかけ、それからレイは彼について、俺が言ったあのゲーム機のほうへ歩いていった。
「エミール、さっきコリンに何を送ってたの?」
あ、アイリーンに俺がコリンとメッセージをやり取りしていたことを気づかれた。
「レイは、あのガンシューティングゲームのほうが得意かもしれないと思ってな。だからコリンに、あれを遊ばせてみろって伝えたんだ」
「なるほど……彼女の武器も銃だということを考えれば、たしかにちょうどいいかもしれないわね」
リヤも納得したように頷き、俺の提案に賛成してくれた。
ほらな?
リヤが頷いてくれるなら、問題ないってことだ。
「おおおっ!これ、すごく楽しい!」
「うわ……敵が飛び出してくる前に倒されてるんだけど……」
「ふふん、これが私の反射神経ってやつだよ♪」
「うわっ……!」
「大丈夫大丈夫、私が援護するから!」
レイは驚くほど速い反応速度で、画面に現れる怪物たちを次々と殲滅していった。
その速さと正確さは、レイとコリンが遊んでいる様子を見ようと、背後に大勢の見物人が集まってくるほどだった。
「元気を取り戻したみたいね」
「これなら大丈夫そうだな。二人の距離も、少しは縮まったみたいだし」
「ええ。私たちもそろそろ行きましょう。親としての責任は、もう十分果たしたわ」
「何を言ってるんだ、リヤ?あの子は俺が一から育てたんだぞ?」
【エミール:俺たちはもう行く。頑張れよ。うまくいくことを祈ってる】
あとは、お前の腕次第だ。
簡単にメッセージを残したあと、俺は彼女たちと一緒に、ようやく本来のデートへ戻ることにした。
——————
「ダーリン、このミニスカートはどう思う?」
「うーん……黄色も悪くないけど、俺なら黒を選ぶかな。黒のほうがミステリアスで大人っぽく見えるし!」
「ふーん……ダーリンって、本当に白黒グレーの三色が好きだよね。どうりでクローゼットの中も、そのあたりの色の服ばっかりなわけだ」
「あははは……だって、その三色ってシンプルで格好いいだろ?」
「まあ、いいけどね。私も暗めの色の服はあまり持ってないし、ちょっと試してみるよ」
そう言って、リンは俺が選んだミニスカートを手に取り、さっきの試着室へ戻っていった。
カーテンを閉める前に、彼女はいたずらっぽく俺に舌を出してみせる。
シャッ――
すると次に、彼女の隣の試着室のカーテンが細く開き、アイリーンが中からひょこっと顔を覗かせた。
「エミール……」
「どうした、アイリーン?」
「後ろのファスナーが引っかかっちゃって、このワンピースが脱げないの……手伝ってくれる?」
……
今、俺の理性が試されているというわけか?
……行け、エミール。
ここで変に意識したら、それこそ負けだ。
「わかった」
「よかった!」
そう言うと、彼女は素早くカーテンをさらに開き、俺に早く入るよう促してきた。
「ここなの……」
俺がカーテンをきちんと閉め直すと、アイリーンはようやく背中を向けて、後ろのファスナーを見せてきた。
すぅっ……
肌、めちゃくちゃ白いな。
いやいやいや!
「あ……えっと……脱がせるの、手伝うな」
待て。
今の言い方、ものすごくまずく聞こえなかったか!?
俺はファスナーの位置を少し整えてから、そっと一番下まで下ろしていくと……
ん?
「お、おおおお前、中に何も着てないのか!?」
「さ、さっきうっかり忘れて、下着まで一緒に脱いじゃって……最近、また少し大きくなった気がするから、ついでに新しい下着も買おうと思って……」
俺の理性あああああ!
なんでそんなに詳しく説明するんだよ!
男にそこまで話すなって!
俺は慌てて視線を天井へ逃がした。
「エミ、服屋の中で変なことをしちゃダメよ?」
服を選び終えて試着しに来たリヤは、俺たち二人の会話を聞いたのか、カーテンの隙間からひょこっと顔を覗かせてきた。
「い……言われなくてもわかってる!というか、顔を覗かせるな!アイリーンのプライバシーを尊重しろ!」
「二人が変なことをしていないか、確認したかっただけよ」
「念のために聞くけど……もし本当に変なことをしていたら?」
「私も混ざるわ」
「即答するな!もういいもういい、今の質問はなかったことにしてくれ!俺の理性はもう限界寸前なんだよ!」
俺はリヤを試着室の外へ押し出し、そのまま自分も逃げるように外へ出た。
まったく……
彼女たちと一緒にいると、本当に一瞬たりとも気が抜けない。
いつも天然なアイリーンはともかく、最近のリヤは俺への攻勢が少し激しくなっている気がする。
そのせいなのか、リンまで彼女の影響を受けて、同じように積極的になってきたようだった。
「大好きな人と、いろんなことを一通り経験しておきたいの。だって……」
「リヤ……あまり悲観的になるな。俺はそんなこと、絶対に起こさせないから。な?」
彼女はいつも、世界が滅びる光景を見ている。
だからこそ、後悔を残したくないのだろう。
指導者さんを探すために【仙境】へ向かう前、リヤは一度、俺にだけこっそり教えてくれた。
この休息を終えたあとの次の【仙境】攻略が、俺たちにとって最後の冒険になるのだと。
そのあと、世界は崩壊し、【仙境】も存在しなくなる。
あらゆる場所が、地獄へと変わってしまう。
はは……
時間が経つのは、本当に早い。
気づけばもう、リヤが言っていたその時が、すぐそこまで近づいてきていた。
「二人とも、なんでそんなに顔色が悪いの?何かあった?」
黒いミニスカートに着替えて出てきたリンは、俺たち二人の顔色が悪いことに気づき、心配そうに声をかけてきた。
「はは、なんでもないよ……ただ、もし未来がうまくいったら、みんなと……それから指導者さんとも一緒に、どこかへ出かけたいなって思ってただけだ」
「何言ってるの?指導者さんを見つけたら、時間なんていくらでもあるでしょ」
……その通りだ、リン。
俺たちはきっと大丈夫だ。
ピンポーン――♪
【コリン:親友、本当にありがとう!レイの機嫌、めちゃくちゃよくなったぞ!今から一緒にスイーツを食べに行くところだ】
ふふ……
どうやら、あっちも順調に進んでいるみたいだな。
それなら問題ない。
俺は、この時間を俺たちの最後の思い出になんて、絶対にさせてたまるか。




