終章 怨念
※本話には、流血および暴力的な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
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時は少し遡る
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「つまり……お前、またまたまた彼女ができたってことか?くそったれハーレム王め、今すぐ爆発しろ!いっそ保健室から戻ってくるな!」
「ぷぷ〜、独り身が無様にキレてるよ?聞こえた、アイリーンっち?」
「ぷぷ〜、私にも聞こえたよ、リンリン!」
「ああああ、腹立つ!俺にほかの知り合いがいないことを、今ほど恨んだことはねえよ。そうじゃなきゃ、こんなところでお前らの引き立て役なんか続けてねえ!」
リンとアイリーンが俺の様子を見に来てくれた時には、もう昼休みがかなり近づいていた。
だから俺たちはリヤに別れを告げたあと、一足先に教室へ戻って授業を受けた。
そして今、戻ってきた俺たち三人はコリンと一緒に、四人で食堂の席に座り、昼食を食べている。
「ずずっ〜、ふぅ……食堂のうどん、うめぇ。俺の傷ついた心を癒やしてくれるのは、もううどんだけだ……」
「信じてくれ、コリン兄……女の子にもう少し優しくできれば、彼女を作ること自体はそこまで難しくないと思うぞ?」
「なんだよ?俺、もう十分うまくやってるだろ?普段だって、お前らに何か奢ってやったりしてるじゃねえか」
「はぁ、そういうことじゃなくて……もっと気遣いができるようになれって話だよ。たとえば相手の好みを知ろうとするとか、相手が困っている時に手を差し伸べるとか。そうすれば、女の子からの評価もかなり上がるはずだ」
あとは余計なことをあまり言わないこと。
これだけで、もともと顔立ちは悪くないし、髪型を少し変えれば見た目の点数もかなり上がりそうなコリンにとっては、十分な加点になるはずだ。
だけど……あいつが自分の口を制御できるとは思えない。
だから、その点には触れないでおいた。
「へぇ……それだけかよ?」
「何がそれだけだよ!?まだまだ山ほどあるって……一番大事なのは、やっぱり相手を尊重することで……」
その時、近くにいた生徒たちの雑談が俺たちの耳に入ってきた。
どうやら、その話題はちょうど俺たちの注意を引く内容だったらしい。
「おいおい、校門のところで特撮ドラマの撮影やってるっぽいぞ!」
「おっ?俺も見に行く!」
「「「「……?」」」」
特撮ドラマ?
こんな時に、誰が校門で特撮ドラマなんか撮るんだよ?
「校門のところに何かあるの?」
リンはそこで何か面白いことが起きていると思ったのか、すぐに雑談していた男子生徒たちへ声をかけに行った。
「キャ……キャロリン!?あ、さっき特撮ドラマの悪役みたいな格好をしたやつが、校門のところをうろついてたんだよ?」
いや、そこ照れるところかよ……
まったく。
とはいえ、どう考えてもおかしいだろ?
わざわざ学校まで来て特撮ドラマを撮影するスタッフなんているわけがない。
ましてや、今日は普通に授業日だ。
「だからさ!うちの学校、もしかしたら有名になるかもしれないぞ!」
たぶん、それはお前らの考えすぎだと思うぞ……
ガシャァァァァン——————!
食堂と校門の距離はそれほど離れていないため、校門のほうから響いてきた金属同士が激しくぶつかり合う音も、俺たちの耳にはっきりと届いた。
続いて聞こえてきたのは……
「きゃああああ——————!」
校門のほうから響く、女性教師らしき悲鳴だった。
……
おかしい……
「リン、アイリーン、コリン、行くぞ!」
「「「うん!」」」
◇
タタタッ——
「皆さん、緊急事態です。全員、戦闘準備を!」
向かってくる生徒たちの群れをかき分けながら進んだ俺たちは、校門の前で、職員室から同じように駆けつけてきた指導者さんと合流した。
フェンスのそばには、青い髭を生やし、全身から暗い青色の光の粒を漂わせる、不気味な人型の怪物が立っていた。
全身の至るところで触手が蠢き、その身には物語でよく見かけるような領主服までまとっている。
そしてその傍らでは、フェンスが激しい衝撃を受けたかのように大きくへこみ、周囲には何人もの生徒が倒れていた。
「待って……あいつの首にある暗い青色の紋章、グリックの身体にあった紋章じゃないの!?」
「……ロ……リン————」
どうしてグリックがこんな姿になっているんだ!?
頭部なんて真っ二つに裂けていて、もう明らかに人間じゃない!
「来ます!『空気の壁』!」
「——————!……邪……魔……!」
俺たちが反応するよりも早く、グリックはリンのほうへ向かって地面を蹴り、ものすごい速さで一直線に突っ込んできた。
指導者さんが素早く反応し、リンの前に空気の壁を作ってくれたおかげで、グリックはそこへ激突し、どうにかその猛烈な突進を一時的に止めることができた。
だが、あいつのそばにはまだ、腰を抜かして動けなくなっている生徒たちが何人もいる!
「武器を抜きなさい。周囲の生徒の保護を最優先に!」
「おいおい、【仙境】の外で使うのは……」
「無駄口を叩いている場合ではありません、コリン!今ここで武器を抜かなければ、私たちは全員ここで死にます!責任は私が取ります。編織者のスキルを使って戦いなさい!」
ちっ……
「リン!」
「うん、任せて!『時間・加速』!」
「『交換』!」
リンが飛び出したあと、俺も続けてグリックに一番近い女子生徒を選び、スキルを発動して自分と彼女の位置を入れ替えた。
そして俺はリンと連携しながら、倒れている生徒たちを一人、また一人と抱え起こし、全員を俺たちの後方へと運んでいった。
「クリス先生、早く俺の手を……」
「エ——ミ——ル—————————!『残……虐なる……殺人鬼』!」
それまで指導者さんにばかり意識を向けていたグリックが、突然振り返り、俺のほうを見た。
次の瞬間、あいつは不意に右手の触手を刃のような形へと変え、数十本もの鋭い触手を一斉に俺へ向けて襲いかからせてきた。
嘘だろ?
なんでいきなり標的が俺に変わったんだよ!?
俺は今、お前の担任を助け起こそうとしてただけだぞ!
ザシュッ——————
「エ……エミールさん!?」
「ぐっ……」
あいつの攻撃を避けるわけにはいかなかった。
そうしなければ、俺の背後にいるクリス先生が間違いなく肉片にされてしまう。
だから俺は、無理やりその攻撃を身体で受け止め、すぐに【武装化】を発動してクリス先生を守った。
けれど、その瞬間に俺の右腕と左脚は斬り落とされ、そのまま後ろにいたクリス先生もろとも地面に倒れ込んでしまった。
まずい……
身体が完全に再生するまで、あと数秒はかかる……!
だめだ、時間がまったく足りない!
この数秒だけでも、あいつが俺を何度も切り刻み、クリス先生を殺すには十分すぎる!
「アイリーン、頼む!コリン、俺はクリス先生の手を握ってる。早く彼女を“盗め”!」
せめて……
まだ、片手だけは動く!
「『睡眠』!!!」
「『強奪』!」
次の攻撃が俺とクリス先生を殺すよりも先に、アイリーンはグリックの全身に睡眠の状態異常を付与した。
どうやらグリック本体には効いていないようだったが、あいつの身体から生えた触手はすべて動きを止めた!
とはいえ、触手の数があまりにも多すぎる。
アイリーンは一本一本に狙いを定めて動きを止めなければならず、今はもう手一杯で、攻撃に巻き込まれないよう常に回避にも気を配らなければならなかった。
一方で、コリンのスキルの発動条件はすでに満たされている。
あいつは俺が“所持”しているクリス先生を自分の手元へ“盗み”、無事に彼女を安全な場所まで連れていくことに成功した。
「指導者ちゃん、これは……」
「よく聞きなさい、クリス。あなたは立派な教師なのでしょう?今すぐ後ろの生徒たちを安全な場所へ連れていきなさい!」
「あなたたちはどうするんですか!?エミールさんはもう重傷なんですよ!」
「自分の責任を果たしなさい!ここは私たちで持ちこたえます。援軍も、もうすぐ来るはずです」
タタタッ——
「指導者さん!私たちも加勢します!」
リヤたちがここに駆けつけて俺たちと合流すると、それぞれの武器を抜き、戦闘態勢に入った。
よかった、あいつらも来てくれた!
「くっ……援軍って、まさかこの子たちのことだったんですか!?あなたたち、誰一人死んではだめです。必ず無事に戻ってきなさい!皆さん、早く私についてきてください!ここで彼らの邪魔にならないようにします!」
クリス先生は悔しそうにしながらも、俺たちに必ず無事に戻るよう告げると、自ら生徒たちを指揮して現場から離れさせ始めた。
「指導者さん、作戦はありますか?」
「まずはクリスとあの生徒たちが全員離れるまで、グリックを足止めします」
今はそれしかないのか……
まあいい。
どうせ俺の身体はもう再生し終わっているし、ひとまずそれでいくしかない!
「「「「「「「了解!」」」」」」」
「死ねえええええ!!!エ——ミ——ル————!」
お前、俺に何の恨みが…
待てよ、普通に恨みはあるか!?
今のあいつの意識は、俺が『挑発』を発動するまでもなく、すでに俺へがっちり固定されていた。
うわぁ……
あの殺気、もう俺を八つ裂きにしたくてたまらないって感じだ。
今の俺はまるで歩く避雷針みたいに、あいつの注意を全部こっちへ引き寄せてしまっている。
まったく笑えない。
「『火魔法・炎爆』!」
「精鋭クラスのゴミが……邪魔をするな!」
マリーが攻撃を仕掛けようとした瞬間、あいつはすぐに彼女を新たな標的へと切り替えた。
「『挑発』」
「なんでお前みたいな雑魚が、何度も何度も何度も僕の邪魔をするんだあああああ!!!」
結局、俺は『挑発』を使うことになった。
この狂犬、どうやら誰かが自分を攻撃しようとしていると気づいた瞬間、そいつに噛みつく性質らしいな?
「先にリンへつきまとったのはお前だろ。普通なら、彼女の分まで一発殴ってやりたくなるに決まってるだろ!?」
ガキィィィィン——————!
硬っ!
あいつの右肩へ叩きつけた俺の大剣が、まるでびくともしなかった。
この硬さ、本当に布の領主服なのか?
鎧じゃないのか!?
嘘だろ!
「そうだよ!私だって、嫌だって言ったよね?『光魔法・閃撃』、『光魔法・重槌』!」
リンは紫紅色の流星と化し、一瞬でグリックの背後へ回り込んだ。
そして次の瞬間、突進の勢いをそのまま乗せて、『光魔法』で巨大な光の槌を作り出し、容赦なくグリックの頭上へ叩きつけた。
直後、凄まじい轟音とともに、地面には巨大な穴が穿たれる。
「どうして君は、僕の想いを拒むんだ……」
「あなたの独りよがりな想いを、私に押しつけないで!私はこの先ずっと、ダーリンだけを愛してるの!」
「違う違う違う!そんなの押しつけなんかじゃない……僕たちは愛し合っているんだ——」
「それは愛なんかじゃないって言ってるでしょ!何回言わせるのよ、このキモ男!今から、前にダーリンへ手を出した分もまとめて清算してあげる。全部、あなたの自業自得だからね!」
「ぐっ——!?」
数歩後ろへ下がったあと、リンは完全に怒りに火がついたように、光の短剣を次々と作り出し、グリックへ投げつけた。
続けて、彼女は自分の速度を活かし、あらゆる角度から接近と刺突を繰り返す。
最後にはさらに『光魔法』を使い、あいつへ向けて怒涛の連続砲撃を浴びせた。
「前回の教訓だけでは足りなかったのかしら?あなたが死にたいと言うのなら、今度こそ私が叶えてあげるわ!【武装化】!『荊棘・罪業穿刺』!」
リヤの口元が、怒りでわずかに引きつっていた。
そして彼女も戦闘に復帰し、リンとともにグリックへ激しい攻勢を仕掛けた。
罪人と断じた相手ほど、荊棘は深く穿つ。
さらに【武装化】によって『荊棘魔法』そのものも強化され、リヤの荊棘は、グリックの馬鹿みたいに硬い領主服さえ貫いていた。
……
グリック。
女の子を怒らせた代償は、かなり重いんだぞ?
パンパンパン——!
「ちっ……私の銃じゃ効かない……なら、あいつの動きは私が止める!『針糸・足止め罠』!」
グリックは数人がかりの連続攻撃を受けても、ほとんど堪えていないかのように、異様なほど興奮していた。
あいつは触手を次々と生み出して皆の攻撃に対応しながら、戦場を好き勝手に暴れ回っている。
「え……?まずい!レイ、下がって!何か来るわ!」
その時、リヤはレイにグリックの身体から飛び散った血が付着しているのを見て、急に慌てた様子で彼女へ退くよう呼びかけた。
けれど、戦場があまりにも騒がしかったせいで、罠の設置に集中していたレイには、どうやらその声がうまく届いていなかったらしい。
「……『鮮……血開花』」
「え?」
突然、レイの全身の肌という肌、毛穴という毛穴から、鮮血が弾けるように噴き出した。
「チビ助!」
「あなた、レイに何をしたの!?」
リヤはすぐに最悪の事態を悟り、急いで棘だらけの蔓をグリックの喉へ巻きつけ、あいつが再びほかの誰かに未知のスキルを発動しないよう封じ込めた。
ぱたり。
レイはそのまま血だまりの中に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。
手に握っていた二丁拳銃も、彼女のそばに落ちている。
嘘だろ……
「おい!チビ助、そんな冗談やめろ!全然笑えねえんだよ!」
コリンは慌てて彼女のそばへ駆け寄り、震える手で首筋に触れた。
「脈が……ねえ……」
「「「「「「……」」」」」」
……は?
まだこれからいくらでも青春を謳歌できるはずだった女の子が、こんなにもあっさりと……死んだのか?
「うっ……!どうして……」
まずい!
仲間の死が、指導者さんの過去のトラウマを刺激してしまったのか、彼女はその場に立ち尽くしたまま、完全に戦意を失っていた。
マリーも恐怖のあまり口元を押さえ、その場に膝をついている。
唇は小刻みに震えているのに、声ひとつ出せていない。
彼女たちだけじゃない。
ほかの皆も同じだった。
……
レイの死は、俺たち全員に深すぎる衝撃を与えていた。
「はは……ははははははははははははははははは!!!」
目の前の惨状を見たグリックは、完全に狂気に飲まれたかのように、顔から伸びた触手で身体に絡みついていた荊棘を無理やり引き裂き、高らかに笑い出した。
それはまるで、俺たちの失敗を嘲笑っているかのようで……
「うひひ……これが……僕の……邪魔をした……末路だ……」
「まだ……笑うの……!」
リヤは再びあいつの首を締め上げ、しかもその力はどんどん強くなっていった。
横でリンが止めていなければ、彼女は本当にその首を引き千切っていたかもしれない。
「俺は認めねえ……」
コリンは右手をレイの額に置き、全身から凄まじい黄緑色の光を爆発させた。
【武装化】だ。
コリンが【武装化】を発動した。
だけど、あいつはいったい何をするつもりなんだ?
「こんなクソみたいな現実、俺は絶対に認めねえんだよ!『強奪』!」
概念を奪うつもりか!?
パキィィィン——————!
地面に広がっていた鮮血が、まるで時間を巻き戻すかのように、毛穴を伝ってレイの体内へ逆流していった。
その代わりに、コリンはさっきのレイと同じように、全身から無数の血飛沫を弾けさせ、力を失ったように地面へ倒れ込んだ。
え……?
何が起きたんだ?
さっきのダメージを、全部コリンが引き受けたのか!?
「ぷはっ……!今の一瞬で、いったい何が起きたの!?私、本当に死んでた……の……?」
次の瞬間、レイが勢いよく目を開いた。
彼女は地面から身体を起こすと、荒い息を何度も吐いた。
けれど、そばの血だまりの中に倒れているコリンの姿を見た途端、その顔からゆっくりと血の気が引いていく。
「レイ……」
「待って……私がまだ生きてるってことは、もしかして……」
「コリンはさっき、お前の身に起きた“死”という結果を盗んだんだ。だからあいつがその“結果”の所有者になって、耐えきれずにそのまま……」
「嘘でしょ……起きて、また私と喧嘩しなさいよ!ねえ、寝てないでよ!ううっ……うぅ……」
「「「「「「………」」」」」」
「はははははははははははは!馬鹿すぎる!あの腰巾着、まさか自分の命を差し出してまで、他人の命を救う道を選んだのかい?」
あいつ……
やっぱり、ここで完全に終わらせなきゃいけない。
「お前、まだ笑っていられるのか!?『不屈の誓約』!」
俺は迷うことなく大剣を掲げ、自分の心臓へ突き刺した。
激痛が全身を貫いた瞬間、俺は歯を食いしばりながら、自分の【武装化】スキルを発動する。
今の俺が有効なダメージを与えられないというのなら、何度死んででも、お前を地獄へ引きずり落としてやる!
「ごほっ、ごほっ……!」
俺が大剣を振り下ろし、グリックの腰へ斬りつけようとしたその刹那、ひとつの咳き込みが俺の手を無理やり止めた。
「ごほっ……誰が死んだって?はは……俺様の命は、お前が思ってるよりずっとしぶといんだよ、馬鹿!」
「ふぇ……?」
コリンは乱暴にレイの小さな頭へ手のひらを置き、ぐしゃぐしゃと撫で回すと、無理やり立ち上がり、呆然としているグリックと向き合った。
「心配すんな、チビ助。俺は無事だ。ごほっ、ごほっ……」
「全然まともに立ててないじゃない!?無理して立ち上がらないでよ!」
「ひ、貧血……さっき血を噴きすぎた。頭がくらくらする……」
レイが慌てて支えていなければ、あいつはその場で盛大にすっ転んでいただろう。
一分も格好つけられないまま、すぐに情けない姿を晒してしまう。
コリンは、やっぱりコリンだった。
「ありえない!あれだけ血を噴き出したのに、どうして君がまだ生きているんだ!?」
「へっ……死に損なって悪かったな?親友ほど派手じゃねえが、俺にも命を拾うためのスキルくらいあるんだよ。『運命猶予』。このスキルは一日に一度だけ、俺自身に降りかかった致命的な結果を先延ばしにできるんだ」
「この忌々しいゴキブリどもが……!」
コリンはグリックに向かって悪戯っぽく舌を出し、変顔をしてみせた。
そのせいで怒り狂ったグリックは、マリーに治療されている最中のコリンへ向けて、触手で攻撃を仕掛けようとした。
「……!?」
突然、グリックが声を発せなくなった。
それだけではない。
あいつは苦しそうに、自分の首を何度も掻きむしっている。
あの様子……酸欠か!?
「やはり……」
「……!」
「手加減など、禍根を残すだけでした」
指導者さんは『空気魔法』でグリックの首周りの空気を圧縮し、外側から気管を押し潰していた。
そして彼女は一歩ずつグリックへ近づきながら、開いていた手のひらをゆっくりと握り込んでいく。
五本の指が少しずつ閉じられていくたびに、グリックのもがきはどんどん激しくなっていった。
「ごめ……」
死という恐怖を前に、グリックは必死に最後の息を絞り出し、指導者さんに命乞いをしようとした。
「許すのは神の役目です。これから私は、もう二度と手加減しません」
ボキリ——
けれど、もう遅かった。
骨が折れる音とともに、グリックの全身から力が抜け、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「「「「「「「……」」」」」」」
「怪我をしている人は、先に保健室で治療を受けてください」
指導者さんは、こちらを振り返ろうとしなかった。
ただ、氷のように冷え切った眼差しで、目の前で息絶えたグリックを静かに見つめているだけだった。
「ここは私が片づけます」
どうして、そんなに冷静でいられるんだ?
あなたは、人を殺したんだぞ?
怒りに頭を支配されていたさっきの俺も、人のことを言えた立場ではない。
けれど彼女は、頭が冴えきった、あまりにも冷静な状態でグリックを殺したのだ。
「二度言わせないでください。早く治療を受けに行きなさい。ここでのことは、大人に任せておけばいい」
「……くそっ!」
また、責任を自分ひとりで背負おうとしている。
俺は、あなたの重荷を少しでも分け合いたかったのに……
俺が背を向け、その場を離れようとした時、指導者さんが俺を呼び止めた。
「エミール」
「……」
「小隊のことは、あなたに任せます。私は、あのクズに落とし前をつけさせに行きます」
「は?何をするつも……」
ヒュン——————!
突然巻き上がった砂埃に、俺は思わず目を閉じた。
そして再び目を開けた時には、指導者さんの姿はもう俺の前から消えていた。
グリックの遺体ごと、彼女は現場から姿を消していた。




