終章 傷ついた心
※本話には、流血・負傷描写および心理的に重い描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「エミール君、エミール君……!」
「うっ……」
マリーに呼ばれ、俺は勢いよく目を開けた。
そこでようやく気づく。
俺たちと、さっきアイリーンのクラスにいた生徒たちは、全員どこか真っ暗な空間へ引きずり込まれていた。
少し離れた場所からは、何人もの怒鳴り声が次々と聞こえてくる。
ああ……
さっきのサイドテールの女子を中心としたグループは、今や皆の怒りをぶつけられる対象になっていた。
多くの生徒が、言葉で彼女たちへ怒りをぶつけている。中には我慢できなくなったのか、手を出して彼女たちの髪を掴み上げる者までいた。
「お前たちのせいだ!アイリーンが編織者だって知っていたくせに、どうしてわざわざいじめたりしたんだよ?」
「そうよ!ほら、こんなことになったじゃない。これからどうするの?あなたたち、責任取れるの?」
「「「「うぅぅ……」」」」
人間とは、そういう生き物だ。
物事が自分たちの手に負えなくなった時、何とかして責任を他人へ押しつけようとする。
最後に相手をすべての元凶に仕立て上げれば、自分たちは負うべき責任から逃げられるのだから。
ちっ……
俺は、そういうやり方が本当に気に入らない。
「自分たちだって、あの四人の女子を止めようとしなかったくせに、今さらどうして、すべての罪を彼女たちだけに背負わせようとしてるんだよ……」
こいつら、本当に偽善者だ。
「エミール君……大丈夫?」
「ああ。最初は少しふらついたけど、今はだいぶマシになった。悪い、俺はあの生徒たちが彼女たちへ暴力を振るうのを止めに行きたい」
「私も一緒に行くよ。手伝うから」
ありがとう、マリー。
そうだ……
たしかに、あの四人の女子が他の生徒たちに責められているのを見た時、俺も彼女たちは自業自得だと思った。
けれど、他の連中はどうなんだ?
いじめを見て見ぬふりしていた彼らにも、非はある。
あいつらに、あの四人の女子へ私刑を加える資格なんてない。
言い換えれば、お前たちは全員、同じように罰を受けるべきなんだ!
「おい、お前たち、やめろ!」
「やめろ?君たちはアイリーンの友達なんだろ?彼女たちはアイリーンにひどいことをしたんだぞ?」
一人の男子生徒が、正義の味方を気取ったような顔で、当然のことのように俺へそう問い返してきた。
「それなら、お前たちは彼女たちがアイリーンにひどいことをしていると知っていたんだろ?どうしてその時、アイリーンを助けなかったんだ?」
「うっ……」
ほらな。
何も言えないだろ?
「お前たち全員に責任があるはずだ。なのに、すべての罪をこの四人の女子だけに押しつけるのは違うんじゃないのか?」
「「「「「「……」」」」」」
「うぅ……ありがとうございます……あなたは隣のクラスのエミールさんですよね?本当に、私たちを助けてくれてありがとうございます!」
ようやく皆からの私刑から解放された四人の女子は、すぐに俺とマリーの前へ媚びるように近づいてきた。
さっきアイリーンにひどいことをしたサイドテールの女子を筆頭に、四人は何度も何度も俺に礼を言っている。
ちっ……
「俺に礼を言うより、まずはアイリーンに謝りに行け。お前たちが一番深く傷つけた女の子へ、心から懺悔したらどうだ?」
「「「「うぅ……」」」」
ここで一番泣く資格がないのは、お前たち四人だ。
鬱陶しい……
「エミール君、これからどうするの?先生たちが助けに来てくれるのを待つべきかな?」
「……たぶん、それは無理だと思う。先生たちが外から救援できるとは思えない。マリー、俺はどれくらい気を失ってた?」
「もうすぐ二十分くらい……」
マリーは左手につけた腕時計を一度見て、それからまた心配そうな表情を浮かべた。
……
もし本当に外から内部へ干渉できるのなら、指導者さんやリンたちはとっくに俺たちを助けに来ているはずだ。
けれど、現実にはそれができていない。
「もうそれだけ時間が経っているなら、救援は期待しないほうがいいと思う」
「そんな……」
「まさか、俺たちここで死ぬのか?」
「嫌だあああ!!!」
「ママ、帰りたい……」
「ごめんなさい……アイリーンさん、本当にごめんなさい……」
俺がそう言った途端、周囲の生徒たちは一気に恐慌状態に陥った。
中には、ここが本当にそこまで最悪な状況なのかを何度も俺に確認してくる者もいれば、ただ嘆き続ける者、アイリーンへ懺悔を始める者もいた。
くそっ。
この連中、本当に苛立たしいな……
「ヴゥゥゥゥ……」
……!?
何の音だ!?
何かが低く唸っている!
「ひっ……!怪物!怪物がいる!」
背後から、一人の女子生徒の叫び声が聞こえた。
皆がそちらへ振り向いた瞬間、すぐに息を呑む。
そこには、全身から黒い煙を立ち昇らせる人型の生物が数体いた。
中でも一番猟奇的なのは、その全身に、血走った目と鋭い牙の並んだ口がびっしりと生えていることだった。
「マリー、時間がない!俺は【武装化】を発動する!」
「ごめんね、エミール君……『火魔法・火炎の矢』!」
「うああああ……!【武装化】!マジで助かった、ありがとう!」
こうなった以上、俺はマリーに、致命傷になり得る『火炎の矢』を撃ってもらうことにした。
炎に焼かれる中で【武装化】の発動条件を満たした俺は、激痛をこらえながら【武装化】を発動した。
【武装化】のおかげで、今の俺は大剣を呼び出せる。
そうでなければ、あんな怪物と素手で殴り合うことになって、俺は華麗に何度も死んでいただろう。
「食らえ!」
シュッ――
ん?
今、手応えがなかったような……?
「エミール君、気をつけて!」
「うっ……!」
俺に真っ二つにされた黒い影の身体から、無数の棘が飛び出した。そのうち何本かが、俺の身体のあちこちを直接貫いた。
痛ええええ!
「こいつら、いったい何なんだ……!?」
「きゃあああああ!!!エミールさん、助けてえええ!!!」
俺とマリーだけでは手が回らなくなってきた、その時。
例のサイドテールの女子の声が、俺たちの後ろから聞こえてきた。
振り返ると、彼女はすでに黒い影の一体に左脚を掴まれていた。
そのまま転ばされた彼女は黒い影に押さえつけられ、さらにその影は口から棘を伸ばし、ゆっくりと彼女の胸元へ近づけていた。
あの黒い影は、おそらくアイリーンが召喚したものだ。
つまり……
「お前に人殺しなんてさせないぞ、アイリーン。『交換』!」
俺は激痛をこらえながら、身体に刺さった棘を強引に引き抜いた。
そして黒い影を一蹴りで吹き飛ばすと、すぐにあのサイドテールの女子と位置を交換した。
これで、あの女子生徒は安全だ。
その代わり、今度は俺が危機に陥る番だ。
「マリー!手を貸してくれ!俺ごと攻撃しても構わない!」
「うぅ……ごめんね……『人畜無害のサプライズ』!」
マリーは仲間を傷つけることに強い抵抗を覚えているようだった。
けれど、今の状況では一瞬でも迷えば、取り返しのつかない結果になりかねないことも、彼女はわかってくれている。
彼女は赤いリンゴを、俺の目の前にいる黒い影の怪物の顔へ真っ直ぐ投げつけた。
次の瞬間……
ドォォォォン――――!
「うわっ!熱っ!」
このリンゴ、スキル名と威力が完全に逆じゃないか!?
熱波が俺と黒い影をまとめて吹き飛ばし、突然襲ってきた激痛で、俺は危うく意識を失いかけた。
幸い、俺には『超再生』がある。
焼けただれ、炭化しかけた皮膚はすぐに修復され、俺はどうにか立ち上がり、再び戦闘へ加わることができた。
「エミール君!ごめんなさい……!」
「大丈夫だ。俺には『超再生』がある。死にはしない。今は残りの黒い影を片づけるぞ!」
「うん!『火魔法・火竜巻』!」
マリーは涙を拭うと、俺に合わせて残りの黒い影を掃討してくれた。
結局、戦闘が終わるまでには、さらに十数分ほどかかってしまった。
「はぁ……はぁ……」
「息が切れる……!二人だけであれだけの黒い影を相手にするなんて、きつすぎるだろ?どこの地獄難度のゲームだよ……」
正直、俺はもうへとへとだった。
マリーも俺と同じように、肩で息をしていた。
「あの……ありがとうございます、エミールさん!さっき私を助けてくれて、本当にありがとうございました……」
戦闘が終わると、あのサイドテールの女子はすぐに俺とマリーのそばへ寄ってきた。
他の生徒たちも、俺たち二人が戦えるとわかったからか、無言でこちらへ下がってきて、俺たちのそばに身を寄せている。
「はいはい、もういい。頼むから、今は少し離れてくれ。休ませてくれ……」
彼女が心から感謝を伝えていることはわかる。
けれど今は、その顔を見るだけで腹が立ってしまう。
「はい……」
彼女自身も、俺がどうしてこんな態度を取っているのかわかっているのだろう。少し傷ついたような顔で、静かに後ろへ下がった。
「お前たち……他に編織者として覚醒しているやつはいるか?」
「「「「「「……」」」」」」
はい、終わった。
その場にいた全員が、同時に首を横へ振った。
今の状況は、おそらく……
十数人ほどの集団を、俺とマリーの二人だけで守らなければならないということだ。
この先、何が出てくるのかはわからない。
もしさらに多くの怪物が現れたら、その時点で詰む……
俺はともかく、マリーの体力もそろそろ限界に近い。
今の彼女は足元すらおぼつかず、ふらふらしていて、見ているだけでかなり心配になる……
「マリー、まだ持ちこたえられるか?」
「うん、今のところは、まだ大丈夫……」
今のところ……か。
その“今のところ”がどれくらい続くのかは、もう神様に祈るしかない。
————♪————————♪
歌声……?
なんて悲しい歌なんだ……
それなのに、背筋が凍るほど不気味でもある。
「マリー!」
「うん!」
俺たち二人はどうにか身体を起こし、丸腰の生徒たちの前に立って、周囲を警戒した。
けれど、暴走したアイリーンは俺たちへ追撃を仕掛けてくることなく、ただ闇の奥に身を潜めたまま、静かに歌い続けているだけだった。
「あ……!全員、耳を塞いで!この歌声は聞いちゃ駄目!」
マリーは突然何かに気づいたのか、すぐに俺たちへ警告した。
「何かわかったのか?」
――♪――――――♪
「昔見た童話劇には、歌で自分の感情を表現する場面がよく出てきたの。こういう憂鬱で格調高い前半部分が終わると……」
――——♪
「たいてい曲は、別のもっと激しいパートへ移る。そして物語の中では、悪者たちが一気に追い詰められるの!」
――――――♪―――――――――――――――――――――――♪
「うわああああ!」
「うぅぅ……」
脳髄まで直接響いてくるような、耳をつんざく歌声。
他の生徒たちもそれぞれ耳を塞いでいたけれど、それでも歌声の影響からは逃れられず、一人、また一人と地面に倒れていく。
まずいな……
何人かの生徒はすでに口から泡を吹き、衝撃で意識を失いかけていた。
もしアイリーンが物語の主人公なら、今の俺たちが演じている役割は、当然物語の中の悪者ということになる。
これが、アイリーンによる俺たち全員への二度目の攻撃だ!
「頭が……痛えええええ!」
「エミ……ール……君……耐えて……」
——————♪
————♪
——……
ようやく終わった……
俺とマリーは、どうにか耐え切った。
いや、他のやつらは!?
俺は慌てて振り返った。
すると、耐性の高かった数人を除いて、普通の生徒たちはほとんど全員、歌声の衝撃に耐えきれず、すでに意識を失っていた。
「ごめんなさい……アイリーン、ごめんなさい……」
あのサイドテールの女子はまだ意識を失っていなかったが、もう立ち上がることもできないようだった。
彼女はそのまま地面に倒れ、身体を痙攣させながら、何度もアイリーンに懺悔し続けている。
「状況……かなり悪いね……」
「お前が耳を塞げって言ってくれなかったら、たぶん全員死んでただろうな……」
「とはいえ、私たち二人だけで、いつまで持ちこたえればいいの……」
「治療系のスキルはあるか?」
「あるよ。他人を治せるスキルなら、一つ持ってる」
「それなら、まずは危険な状態のやつらを治療してくれ」
「あなたはどうするの?」
「どうするも何も、しばらくは歯を食いしばって、一人で耐えるしかないだろ。どうせ俺は何があっても死なないし、大丈夫だ。うん……きっと大丈夫だ。だから安心してくれ……」
正直に言えば。
自分のどこからそんな勇気が湧いてきたのか、俺にもわからなかった。
それでも、一つだけはっきりしていることがある。
こんな絶望的な状況だからこそ、誰か一人が前に出て、他の皆の心の支えにならなければならない。
ふぅ。
俺は絶対に大丈夫だ。
リンに会いに帰らないといけない。だから……
「アイリーン!!!」
頼む。
「お前が今、すごく悲しくて、自分には誰も頼れる人がいないって思っているのはわかる!」
どうか、答えてくれ……
「でも、お前はいつだって俺たちを頼っていいんだ!苦しいなら、いつでも俺たちの前で思いきり泣いて、全部吐き出せばいい!」
俺の知っているアイリーンは、とても優しい人なんだ!
「俺たちは、ここでお前が戻ってくるのを待ってる!」
ザァァァァァ――――――――!
俺の呼びかけに応えるように、周囲の景色が美しい銀白色の花畑へと変わった。
少し離れた場所には、暗紫色の仮面をつけ、花畑の中央に膝をついて泣いている少女がいた。
その背後には、暗紫色の鬼のような影まで現れていた。
そこにいたのは、本人と瓜二つで、同じ仮面をつけた白髪のアイリーンだった。
彼女は誰だ!?
俺に対する敵意は……なさそうに見える。
「――ル……――――――うの?」
彼女が口を開いた!
「アイリーン?お前はアイリーンなのか?安心してくれ。ここにはもう、お前を傷つけるやつはいない!俺が今すぐ……え?」
「あなたまで、あの人たちを庇うのですか?」
凄まじい殺気が彼女の身体から溢れ出し、息が詰まりそうになるほど俺を圧迫した。
「違うんだ、アイリーン……俺はただ、お前に人を殺してほしくないだけで……」
「嘘……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!」
茶髪のアイリーンは、鋭い爪が自分の頬を深く切り裂くのも構わず、両手で顔を覆い、壊れてしまったかのように声を張り上げた。
ガァン――――!
「うっ!?」
瞬きする間もなく、白髪のアイリーンが俺の目の前へ瞬間移動し、伸びた爪を俺の頭へ真っ直ぐ振り下ろしてきた。
幸い、俺は手にしていた大剣を咄嗟に持ち上げ、その一撃を受け止めることができた。
そうでなければ、俺は間違いなくその場で死んでいた。
そうなれば、背後にいるマリーたちが危ない。
それにしても、この一撃、速いだけじゃなく重い……!
しかも彼女の爪……鋼鉄みたいに硬くなっている!
お前はウル◯ァリンかよ!?
「うぅぅ……どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!」
嵐のような連撃が、俺の大剣へ次々と叩き込まれる。
一撃受け止めるたびに、俺はどんどん守勢へ追い込まれていった。
やがて、俺は完全に地面へ押し倒され、彼女の狂ったような攻撃を正面から受け止めるしかなくなった。
身体のあちこちが裂け、血と肉でぐちゃぐちゃになっていた。
彼女の一撃一撃が、あまりにも重すぎる。
彼女の夢境の中では、俺はまるで反撃できなかった。
「どうして、あなたまでママみたいに私の前からいなくなろうとするの……」
どれほど時間が経ったのだろう。
俺でさえ、全身を襲う激痛に感覚が麻痺し始めていた。
ようやく彼女は俺の胸元に寄りかかり、泣き崩れた。
そして、胸の奥に溜め込んでいた感情をすべて、俺に吐き出した。
ああ……
目の前のこの子は、ずっと一人ぼっちだったんだ。
……
「アイリーン……」
「……!」
こういう時に必要なのは、きっと言葉じゃない。
温かい抱擁なのだろう。
俺がそっと抱きしめた瞬間、彼女の身体がびくりと震えた。
その反応は、まるで自分が優しくされるなんて思っていなかったみたいだった。
「俺は……ずっとお前のそばにいる。だから安心してくれ」
それから、彼女の頭をそっと撫でて、傷ついた心を慰めようとした。
これでどれほど彼女を安心させられるのかはわからない。
けれど、俺はもう指一本動かすことさえ苦しいほどだった。
今の俺にできるのは、片手を上げることだけ。
だから……
「本当……?」
「ああ、指切りして約束してもいいぞ?」
「本当に、本当にママみたいに、お守りだけ残して、急にいなくなったりしない……?」
「うん、約束する」
彼女はおそるおそる、俺の指に自分の指を絡めた。
次の瞬間、俺の上に座っていた彼女の顔の仮面に、目に見えるほどの亀裂が走った。
パキッ――
仮面は音を立てて砕け散る。
俺の目の前に現れたのは、泣き腫らした目をしながらも、安心したように優しく微笑む、可愛らしい少女だった。
「約束だよ……」
白髪のアイリーンの姿は少しずつ透けていき、ゆっくりと消えていく。
「ずっとずっと……アイリーンのそばにいてくれる……?」
「ああ、約束する」
花畑に咲く白い花びらが、吹き抜けた微風にさらわれて舞い上がった。
遠く、花畑の中央で跪いていた茶髪の少女も、その時、ゆっくりと立ち上がった。
そして、俺に向かって、何かを叫んだ。
「————————、——————……!」
最後に、周囲の景色が眩い銀白色の光に包まれ、俺たち全員を覆い尽くした。
【マリー – プロフィール更新】
マリー
紡がれた物語 - ???
編織者スキル
——————
『火魔法』*New!
『人畜無害のサプライズ』*New!
【武装化】発動条件 - Error code 0xd000d322: file 'Mary.Cond.Data' not found




