【Side:マリー】この想いは、心の奥に静かに葬ります。
幼稚園の頃、私は少し内向的な性格だったせいで、元気いっぱいなクラスの中では、ひときわ浮いていた。
あの年頃の子どもたちは、みんな外へ駆け出すのが好きだった。
彼らが一番好きな時間といえば、外で思いきり身体を動かせる体育の時間だったと思う。
けれど、私は違った。
私は本が好きだった。
こうして木陰の下で、素敵な物語を読む時間が好きだった。
汗だくになって走り回るよりも、色とりどりの物語の中身のほうが、私にはずっと魅力的だった。
「マリー、僕たちと一緒にボール遊びしない?」
「ううん、私は先に、買ったばかりのこの絵本を読み終えたいの……誘ってくれてありがとう」
「え~。そっか。じゃあ、僕たちだけで遊んでくるね……」
やがて、昔のように私を遊びに誘いに来る子は、いなくなっていった。
そうなることは私も予想していたから、自分が選んだことに後悔はしていない。
ただ……
ほんの少しだけ、寂しかった。
——————
「みんな、二人一組になって、パートナーと一緒に今回の運動会を楽しんでくださいね!」
ある日、先生は私たちにそう言った。
他のみんなは、そのあとすぐに自分のパートナーになる相手を見つけていった。
もちろん、私以外は。
普段からクラスの子たちとあまり交流していなかった私は、当然のように誰からも組もうとは言われず、そのせいで先生を困らせてしまった。
「先生、僕が彼女と組みます」
その時、突然一人の黒髪の少年が手を上げて、先生にそう告げた。
彼は同情心から、わざわざ私と組んでくれたのだろうか。
そう疑っていた、その時……
「ん?だって、君はいつも面白そうな物語を一人で読んでいるでしょ?僕もちょうど、その物語のことを知りたいと思っていたんだ。だから、君と友達になりに来たんだよ」
彼は純粋な表情で、そう私に言った。
もう……
相手をちゃんと知る前から、心の中で疑ってしまった自分が、少し恥ずかしくなった。
「本当に……?あなたはどんな物語が好きなの?私、たくさん物語を読んできたし、家にもいろいろな絵本があるの。もし読みたいなら、貸してあげるよ!」
「おお?貸してくれるの?僕は英雄とか、戦いが出てくる話が好きかな。君の家にも、そういう物語の本ってある?」
「うん……他の種類ほど多くはないけれど、家にも少しならあるよ。明日、持ってきてあげようか?」
「うん!」
ふふ……
たぶん、物語にこんなにも興味を持ってくれた人が初めてだったから、私もつい嬉しくなってしまったのだと思う。
今でも、あの時の自分がどれほど嬉しかったのか、はっきり覚えている。
「そうだ。私はマリー!あなたの名前、聞いてもいい?」
「僕はエミール!よろしくね!」
——————
室内派の私にとって、運動会の練習はほとんど拷問だった。
「はぁ……はぁ……ごめんなさい!さっき、私が歩調を合わせられなかったせいで、あなたを転ばせてしまって……本当にごめんなさい。先生を呼んでくるね!うぅ……」
運動音痴な私は、そのせいでエミール君まで巻き込んで転ばせてしまい、彼の膝を擦りむかせてしまった。
できることなら、怪我をしたのがエミール君ではなく、私だったらよかったのに……
「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ただのちょっとした擦り傷だから。家に帰ってシャワーを浴びれば、明日には治ってるって」
私が焦って泣き出してしまうと、彼は慌てて私を慰めてくれた。そして、自分は平気だという顔をして、どうにか私を安心させようとしてくれた。
「でも、傷が……」
「大丈夫大丈夫。水で洗えばいいだけだから……あおおおおおおおおおおお!」
水道の水が彼の膝にかかった瞬間、彼の顔はまるでレモンでもかじったみたいに、ぎゅっと歪んだ。
「本当に大丈夫なの!?やっぱり先生を……」
「ふぅ……最初は本当に痛かったけど、今はだいぶマシになったよ。ほら、血ももう出てないだろ?」
「でも、水の中には、私たちの目には見えない悪いものがたくさんいるって聞いたことがあるよ。やっぱり先生に見てもらったほうがいいと思う」
「心配しすぎだって……わっ、引っ張らないでよ!行く、行くから!」
私に半ば強引に引っ張られて、彼はようやく不本意そうに先生のところへ行ってくれた。
あとになって知ったことだけれど、エミール君は先生に見せると病院へ連れていかれるかもしれないと心配して、どうにか私に先生のところへ連れていかれまいとしていたらしい。
ぷっ……
——————
エミール君が何度も励ましてくれたおかげで、私は運動会当日、恥ずかしい成績を残さずに済んだ。
そしてそのおかげで、私は運動の楽しさも知ることができた。
運動は本とは違うけれど、汗を流す感覚も、思っていた以上に気持ちのいいものだった。
「三位……マリー、けっこうすごいじゃないか。あんなに運動が苦手だったのに、そんなにいい順位を取れるなんて。本当に頑張ったね」
「もう……私のそばには、練習を見張ってくれる鬼教官がいたんだよ?」
よかった……
少なくとも、彼の足を引っ張らずに済んだ。
「ほら、クラスのみんなも君を見る目が変わってるよ。みんな、今までマリーは運動が嫌いだから、自分たちと遊ばないんだと思っていたみたいだから」
エミール君の小さな指が指す先へ視線を向けると、クラスの何人かの子たちが……特に、以前私を誘ってくれたのに、私が断ってしまった子たちが、きらきらした目で私を見つめていた。
「三位だよ……!マリー、すごい!」
「次も私たちと一緒に遊ぼうよ!そんなに動けるのに、一緒に遊ばないなんてもったいないよ!」
彼らはもう一度、私を誘ってくれた。
「うん!次は一緒に遊ぼう!」
今度の私は、その誘いに頷いた。
私がそう答えると、たくさんの友達を作るきっかけをくれた最大の功労者は、ただそばで笑いながら、私に親指を立ててくれた。
ありがとう、エミール君。
運動を好きにさせてくれてありがとう。
それから、たくさんの友達を作るきっかけをくれて、本当にありがとう。
◇
けれど、楽しい時間は長く続かなかった。
小学校へ上がった時、私はどのクラスの名簿を探しても、エミール君の名前を見つけることができなかった。
つまり……
私とエミール君は、それぞれ別の小学校へ進学してしまったのだ。
もう一度、彼とお話ししたい……
あの時、連絡先を聞いておかなかったことを、本当に後悔した。
私はずっと、小学校に上がっても、中学校に進んでも……それこそ大学生になっても、彼と一緒にいられるものだと思っていた。
はぁ……
——————
やがて、中学校へ上がった時。
私は人混みの中に、見覚えのある姿を見つけた。
エミール君だ!!!
私、彼と同じ中学校に進学できたんだ!
これなら、また彼と同じクラスに――
「嘘でしょう……どうして彼が普通クラスに……」
もちろん、現実はそう都合よくはいかなかった。
普通クラスと精鋭クラスの校舎は、二棟分も離れている。
彼に会いに行きたい。
でも、もし私がわざわざ普通クラスの校舎まで行って彼に声をかけたのに、彼が私のことを覚えていなかったら、私はどうすればいいのだろう?
もう六年も経っている。
もしかすると、彼はもう私のことを忘れてしまっているかもしれない……
彼に本当に忘れられていたらと思うと怖かった。
それ以上に、彼とただの他人に戻ってしまうのが怖かった。
結局、私はどうしてもその一歩を踏み出せず、彼に会いに行けないままだった。
◇
気づけば時間はあっという間に過ぎ、三年もの月日が経っていた。それでも私は、エミール君に会いに行く勇気を出せないままだった。
そんなある日、私はセレイアという、少し近寄りがたい雰囲気を持つ隣の席の女の子と知り合った。
「はぁ……」
「どうしたの、セレイア?朝からずっとため息をついているように見えたけれど」
「また幼なじみに怒ってしまったのよ……本当はあんなひどい態度を取りたくなんてないのに、事情があって、どうしてもああするしかなくて……」
彼女は、とても不思議な女の子だった。
ただ近寄りがたいだけではなく、すべての男性を拒絶するような雰囲気まで纏っている。
そんな彼女が、私の前では普通の女の子みたいに、無防備な表情を見せてくれる。
それに、困った時には指先で髪をいじる癖まである!
ある偶然をきっかけに、私は彼女が洗面所で鏡に向かってぶつぶつ呟いている場面を見てしまったことがある。
その時の彼女は、見ているこちらが申し訳なくなるくらい恥ずかしがっていた。
そして、さっきの馬鹿みたいな姿――本人はそう思っているらしい――を絶対に忘れてほしいと、私に何度も頼み込んできた。
私たちはそれをきっかけに知り合い、今ではこうして親友と呼べる関係になっている。
「ふふ……またその幼なじみのこと?直接会って、ちゃんと話せばいいんじゃないかな?」
「無理よ。それが本人に言えないから、こんなに悩んでいるの……」
私が何があったのか尋ねても、彼女はいつも決して話してくれなかった。
彼女はほんの少しの情報も漏らさず、自分を何が苦しめているのか、誰にも教えようとしなかった。
「ところで、あなたはそんなにその幼なじみのことが気になるの?」
「うぅ……そんなにわかりやすい?」
「さあ、どうだろう。ただ、さっき誰かさんが憂いを帯びた乙女みたいな顔で窓の外を見つめていたから、そう言っただけだよ」
「わあああ……!」
驚いた彼女はすぐに持ち歩いている小さな鏡を取り出し、指先で頬や口元を整えながら、いつものクラスで見せている顔へ戻そうとし始めた。
あはは……
セレイアって、けっこう可愛い。
「実は私、その男の子がどんな人なのか、すごく気になっているの。いったいどれほど素敵な人なら、私たちの女王様をそこまで夢中にさせられるのかな?」
「む、夢中になんてなってないわ!私たちはただ、小さい頃から一緒に育った幼なじみというだけで……」
「じー」
「うぅ……わかったわ。明日、食堂で彼に会えたら教えるから!お願いだから、もうそんな目でじっと見ないで」
自分が私に言い返せないと悟ったのか、セレイアは不服そうにしながらも、ようやく頷いてくれた。
ふふ。親友の恋なら、もちろん最後まで応援するつもりだよ!
◇
……
え?
「彼よ……あのエミールという黒髪の男の子が、私の幼なじみなの……」
「へぇ……あの人が噂の幼なじみ君なんだ?」
セレイアが指差した先へ視線を向けると、隣で一緒に様子を見ていたレイも、半分からかうように肘でセレイアをつついた。
そのせいで、セレイアは恥ずかしそうに顔を伏せてしまう。
え???
エミール君が、セレイアの……幼なじみ!?
……
「も……もしできるなら、私だって彼と親しく話したり、一緒にお昼を食べたりしたいわ。はぁ……でも、私が彼に近づくと、物事が曖昧に揺らいでしまうの。だから、どうしても彼に近づくわけにはいかない」
嘘でしょう……
彼女が好きな人って、エミール君なの?
——————
「ありがとう、エミール君。あなたって本当に優しいのね。セレイアは内心、本当に感謝しているの。ただ、恥ずかしくて口に出せないだけなのよ」
「あははは……大したことじゃないよ。俺は別の味にすればいいだけだし、そんなに気を遣わなくていいって」
え……?
もしかして、彼は私に気づいていないの?
勇気を出して彼に話しかけたのに、彼は私のことを思い出すことなく、どこか他人行儀な口調でお礼を言っただけだった。
私が心配していた通り、彼は本当に私のことを忘れてしまったらしい。
……
そっか……
過去にどれほど仲がよかったとしても、時間の流れに洗われて、この想いも綺麗に消えてしまったのだ。
どうして、最後はこんな形になってしまったのだろう……
駄目だよ、マリー。
余計な想いは、もうしまっておこう。
あなたはもう、親友の恋を応援すると決めたのでしょう?
「そうだよ……私はもう、セレイアの想いを応援すると決めたんだから……」
なら、この大切な想いは、エミール君との過去の関係ごと……
心の奥深くに、そっと葬ることにしよう。




