第2章 試験・開始
今日は日曜日。俺たちが編織者考核を受ける日でもある。
「エミール、昨日あなたたちに渡した資料は読み終わりましたか?」
同じ食卓で一緒に朝食を取っていた指導者さんが、突然そう尋ねてきた。
「うん。読んだことは読んだけど、本当に役に立つのか?編織者考核って学校の試験とは全然違うし、数日勉強しただけで答えがわかるようなものじゃないだろ?」
「あとで試験用紙を開けばわかります。あなたは私に感謝することになりますよ」
……?
まさか、この人……
「時間です。行きましょう。そうだ、今日はアイリーンも呼んであります。彼女は少し人見知りなので、あとであなたが少し気にかけてあげてください」
「あなた、先生じゃないのか……?なんで俺なんだ?」
「私には余裕がありません。考核に参加しなければならない上に、あなたたち四人の手続きもしなければならないのです。ずっと彼女のそばについていられるはずがないでしょう?それに、コリンに任せるよりはマシでしょう」
それもそうだ。
——————
「あの子がアイリーンです。ん?どうやら、新しいお友達も何人か連れてきたようですね」
通りの向こう側では、茶色のショートヘアの女の子が、怯えた様子で壁際に寄りかかり、肩をすくめて俯いていた。
大学生らしき男子たちが数人、彼女の周りを囲み、荒っぽい態度で詰め寄りながら、逃げ場を塞ぐようにしつこく声をかけ続けている。
「どう見ても不良に絡まれてるだろ……アイリーン、ごめん、遅くなった!」
「……!」
アイリーンは俺の声を聞くと、こちらを振り向いた。
そして指導者さんの姿を見るなり、まるで希望を見つけたかのように、すぐに彼女の後ろへ駆け込んで隠れた。
「おい、坊主。俺たちの邪魔をする気か?痛い目に遭いたいみたいだ……な!」
言い終える前に、その一見すると物腰の柔らかそうな男子は、突然拳を振り上げ、俺の顔めがけて殴りかかってきた。
「“動くな”」
「うっ……!?何だこれ?なんで動けねえんだ?おい、お前らも早く手を貸せ。まずこの女を痛い目に遭わせてから、あの男をぶちのめすぞ!」
「「「「おう!」」」」
あれは……指導者さんのスキル!?
残りの男子四人が俺たち三人を囲み、同時に襲いかかろうとしてきた。
「“跪け”」
「「「「……!」」」」
四人の膝は、まるで見えない重りを吊るされたかのように、同時に地面へ叩きつけられた。
そこでようやく、自分たちが喧嘩を売る相手を間違えたのだと気づいたのか、一人、また一人と額に冷や汗を浮かべ始める。
「誰が私の生徒に手を出していいと言いましたか?“ここで跪いていなさい。明日の朝まで”」
「このクソババ……」
「“黙れ”」
……
俺が構えを取ったばかりだというのに、指導者さんは一歩も動かないまま、あっさりとこの事態を解決してしまった。
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。
これが彼女の言っていた“小細工”なのだろう。
「先生……」
「すみません、アイリーン。遅くなりました。怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。こちらの方は……?」
まだ俺の名前を知らないアイリーンは、おずおずと顔を上げて俺を見つめ、自分が俺をどう呼べばいいのか知りたがっているようだった。
「俺はエミール。隣のクラスの生徒で、指……先生が担当している生徒の一人だよ」
「わ、わかりました。先ほどは助けてくださって、ありがとうございました。エミールさん……」
「気にしなくていいよ。俺たちは同じ組の仲間なんだから。ところで先生、編織者が【仙境】の外でスキルを使うのって違法なんじゃないのか?」
「そんなこと、誰が気にしますか?そもそもこれはスキルではありません。違法かどうかは、私が決めます」
あれは編織者スキルじゃない……?
「やっほ~、エミールっち、指導者さん……じゃなくて、何この状況!?」
ちょうどそこへやって来たキャロリンは、俺たちのそばで跪いている大学生五人を見た途端、困惑した声を上げた。
「おお、これらですか?気にしなくて構いません。ただ絡んできた愚か者たちです」
指導者さんは彼らを冷ややかに一瞥したあと、さらに呆れたように目を細めた。
「えっと……そうなの?でも、なんで跪いてるの?」
「さあ?この軟弱者どもは、エミールに怯えて、立ち上がる力もなくなったのでは?」
そう言い終えると、指導者さんはさらに彼らを睨みつけた。
あなたが命令したから跪いているんだろ……
でも、怖くて立ち上がれないと言われると、それも間違ってはいない気がする……
あの大学生たちは、指導者さんが何をしたせいで自分たちが街中で強制的に跪かされているのか、まったく理解できていなかった。
だから今の彼らにできることは、全身を震わせながら地面に跪き、心の底から恐怖することだけだった。
あ、あの数人、股間のあたりが濡れてるみたいだ。
かわいそうに……
「それで、コリンはどこですか?もう集合時間だというのに、姿が見えませんが」
「寝坊したらしい。すぐに探索委員会のほうへ向かって、俺たちと合流するって」
ちょうどスマホにコリンからのメッセージが届いたので、俺はそのまま指導者さんに伝えた。
「はぁ……まあ、いいでしょう。行きますよ」
指導者さんはため息をつき、そのまま俺たちを連れて、近くにある探索委員会へ向かって歩き出した。
けれど先頭を歩く彼女の背中からは、凄まじい殺気のようなものが漂っている気がする……
そのせいで、後ろをついていく俺たち三人は、息をするのもためらうほどだった。
……
あとで誰かさん、ひどい目に遭いそうだ。
——————
「こんにちは。先日、自分と生徒たちの試験への申し込みをした指導者です。確認をお願いします」
「はい、少々お待ちください……指導者さん、エミールさん、コリンさん、キャロリンさん、それからアイリーンさんですね?」
「その通りです。ただし、コリンという名の怠け者は寝坊しました。彼には連絡済みなので、自分で手続きをしに来るでしょう」
「あははは……承知しました。それでは、今から受験証を用意いたします」
人当たりのいい金髪の受付嬢は、指導者さんに短く確認を取ったあと、奥の部屋へ向かい、俺たちの受験証と関連書類を取りに行った。
「よく聞いてください。このあと、まず私たちは試験会場に入って筆記試験を受けます。次にスキルテスト、最後に模擬戦です。あなたたちは普段通りにやれば構いません。昨日私が渡した資料を読んでいれば、筆記試験は間違いなく満点を取れます。私が保証します。残りの項目についても、自分の実力を発揮すればいいだけです。基本的に合格は確実でしょう」
「ああ、色々気を回してくれてありがとう」
「わかりました……ありがとうございます、先生」
「……」
キャロリン……?
どうして一言も話さないんだ?
「昨日、私……こっそり小遣い稼ぎに行ってて、その……」
まさか?
本当に読んでないのか?
「はぁ、あなたならそうすると思っていました……」
「えへへ~ごめんなさい、先生……」
キャロリンは気まずそうに頬をかきながら、申し訳なさそうに両手を合わせて指導者さんに謝った。
「構いません。あなたにはすでに実戦経験と探索経験があります。残りの二つで高得点を取ればいいだけです」
「本当?なら大丈夫だね」
そうだといいけどな……
幸い、遅刻していたコリンは入場時間の最後の数分で試験会場に到着し、どうにか受験資格を失わずに済んだ。
俺たちが筆記試験の問題用紙を開いた、その瞬間……
俺とコリン、そしてアイリーンは揃って絶句した。
これ、試験用のノートどころじゃない……
完全に同じ問題用紙だ。設問の並びまで一字一句そのままだった!
一方の指導者さんはというと、当然のように会場最速のスピードで解答を終え、そのまま試験会場を出て、次の試験会場へ向かっていった。
そのせいで、試験会場にいた他の参加者たちはもちろん、試験官まで彼女に驚きの視線を向けている。
うわぁ……
この人、もう取り繕う気すらないんだな……
◇
「ふぅ、書き終わった~。アイリーン、試験はどうだった?」
試験会場を出たところで、俺はほぼ同じタイミングで答案を提出したアイリーンと偶然一緒になった。
もっとも、彼女のほうが俺より数歩早く会場を出ていただけだけど。
「え?エミールさん……?はい、先生のおかげで、とても順調に書き終えられました……」
彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら、「できました!」と言いたげなポーズを取った。
めちゃくちゃ可愛いな……
「よかったら、一緒にスキルテストの会場へ行きませんか……?先生なら、もうとっくにテストを終えて、どこかで私たちを待っている気がします……」
「それもそうだな。あの人だし……」
「あ、あの……!」
「ん?どうした?」
「先生から聞いたのですが、エミールさんも最近になって編織者能力に覚醒したばかりなんですよね?スキルテスト、不安じゃないんですか……?」
“も”?
なるほど、彼女も俺と同じなのか。
自分の出来を心配しているのだろう。
「心配しなくていいよ。きっと合格できる。気楽にいけばいい」
「そう……でしょうか?ふぅ……そうだと、いいですね……」
もしかすると、彼女の性格には少しだけ悲観的なところもあるのかもしれない。
——————
その後、俺たちがテスト会場に到着すると、俺は二番目の参加者として一つの部屋へ呼ばれ、能力をテストされた。
当然、得られた評価は普通。
はぁ……
だから言ったじゃないか……
「その……私、一人で他の人と同じ部屋にいるのが少し怖くて。だからエミールさん、スキルテストの時だけ、部屋に残って待っていてもらえませんか……?」
俺の次に並んでいたアイリーンの番になった時、生まれつき臆病で人前に出るのが苦手な彼女は、スキルテストが終わるまで部屋に残って一緒にいてほしいと俺に頼んできた。
そこで俺が代わりに試験官へ一言伝えると、部屋に残ることを許可された。
「アイリーンさん、あなたの編織者能力は【眠り姫(Sleeping Beauty)】、そしてスキルは『睡眠』、『幸運』、『目覚め』で間違いありませんね?」
「はい……何か問題があるのでしょうか……?」
試験官に自分のスキルを読み上げられた瞬間、アイリーンはまるで世界の終わりみたいな表情を浮かべた。
いやいや、自信を持って!
隣で見ている俺まで緊張してきたんだけど。
「どれも、はっきりと実演できるタイプのスキルではありませんね……“あれ”を持ってきてください」
「承知しました」
試験官が背後にいた三つ編みの女性委員会スタッフに合図を送ると、しばらくして彼女は鉄の檻を押して部屋へ戻ってきた。
「ウサ耳スライム……?」
「おや?エミールさん、よくご存じですね。その通りです。これは【仙境】でもっともよく見られる、最弱の破劇者です。では、アイリーンさんのスキルテストは、このウサ耳スライムを使って行いましょう」
ウサ耳スライムは、まるで実験用のモルモットみたいな扱いをされている。
それなのに、俺は当時、こんな程度の相手に殺されかけたのか……
穴があったら入りたい……
「うぅ……」
「アイリーンさん、落ち着いてください。ウサ耳スライムは突き詰めれば、ただの[[rb:石 > 核心]]を半固体状の液体で包んでいるだけの存在です。痛覚を感じる器官はありませんので、安心してあなたのスキルを使ってください」
「わかりました……『睡眠』」
「「「……?」」」
アイリーンの太もものあたりから橙色の光が浮かび上がると、さっきまでぴょんぴょん跳ね回っていたウサ耳スライムは一気に活力を失い、その場でぴたりと動きを止めた。
強制睡眠!?
「すごい……この制御系スキルの発動速度は、私がこれまで見てきた中でも間違いなく最速です!しかも見てください。ウサ耳スライムの外層の液体まで同時に“眠り”に落ちて、流動しなくなっています!」
目の前で起きた不思議な光景に、試験官さんまで思わずその場で解説を始めてしまった。
マジか……
生物以外のものまで、強制的に活動停止させられるのか?
なんで俺の仲間たちのスキルは、どれも俺より強そうなんだ?
「はい……私のスキルは、指定した対象すべての活動を停止させることができます……あ、でも、相手の生理機能を止めることまではできませんけど……」
いや、それでも十分すぎるほど強いからな?
「なるほど。では『幸運』は……どうやら常時発動型のパッシブスキルのようですね。これはいったん飛ばしましょう。では次に、『目覚め』を見せてください」
「はい……『目覚め』!きゃっ……!」
パァン――!
「「「……!?」」」
ウサ耳スライムの身体が突然弾け飛び、部屋中に液体が飛び散った。
当然、その場にいた俺たち四人も、全身べたべたになってしまった。
「ご、ごべんなさい……わだし、やっちゃいまじだ……」
アイリーンは焦りのあまり、その場で泣き出してしまった。
「泣かないで、泣かないで。大丈夫だから。服は大した問題じゃない。問題は君のスキルのほうだよ……今の何?強すぎてウサ耳スライムがそのまま爆発するとか、どういうこと!?めちゃくちゃすごいじゃないか!」
その光景を見て、俺だけでなく、試験官とスタッフさんまで内心の興奮を隠しきれず、驚いた表情で、自分が何か失敗したと思い込んでいるアイリーンを見つめていた。
「うぅ……そうなんですか?わ、わだし、本当に失格になりまぜんか……?」
「安心してください、アイリーンさん。私たちはあなたの受験資格を取り消したりしません。ただ……少し驚きすぎただけです」
「ほら、アイリーン。試験官さんもそう言ってるだろ。だから泣かないで」
「うぅ……よかったですううううう!!!」
うわ……!
アイリーンは安心した途端に膝から力が抜けたのか、そのまま俺の胸に倒れ込んできた。
けれど彼女はそれを気にする余裕もなく、むしろさらに大きな声で泣き出してしまった。
えっと、これ俺はどうすればいいんだ?
——————
「エミールっち、さっき泣き声が聞こえたんだけど、いったい何が……うわっ、なんで二人とも全身びしょびしょでべたべたなの!?」
その後、試験官はアイリーンについて、模擬戦に参加する必要すらない、そのまま合格でいいと判断した。
そして俺に、まずアイリーンを連れて部屋から出るように言った。部屋の掃除をするためらしい。
その結果、俺たちがスキルテストの部屋から出たところで、ちょうど筆記試験を終えたキャロリンと鉢合わせた。
「ウサ耳スライムが爆発した」
「は?」
「だから……爆発したんだよ。スタッフさんも含めた俺たち四人の目の前で」
「……?ちょっとよくわかんないけど?まあいいや、もう私の番みたいだし。あとで出てきたら何があったのか聞くから、二人ともここでちょっと待っててね~」
とにかく、キャロリンがテストを受けている間に、俺は先に身体を拭いておこう。
ん?
俺たちにタオルを二枚差し出してくれた男性スタッフは、どうやらアイリーンのことを俺の妹だと勘違いしたらしく、彼女の髪も拭いてあげてくださいと言ってきた。
俺が断ろうとした時、アイリーンは顔を上げて俺を見つめ、小動物みたいに弱々しく「ダメ……ですか?」と尋ねてきた。
はいはいはい、拭いてあげますよ。
そんな可愛い表情をされたら、断れるわけないだろ?
おい、この状況を作ったスタッフさん。それから隣にいる参加者たちも、そんな生温かい目で見るんじゃない!
【アイリーン – プロフィール更新】
アイリーン
紡がれた物語 - 眠り姫(Sleeping Beauty)*New!
編織者スキル
——————
『睡眠』*New!
『幸運』*New!
『目覚め』*New!
【武装化】発動条件 - Error code 0xd000d322: file 'Ellen.Cond.Data' not found




