第3章 波乱に次ぐ波乱
さらに数分待っていると、みんなも次々と入口へ戻ってきた。
さっきの光景があまりにも恐ろしかったせいで、俺はすぐにみんなに愚痴をぶちまけた。
「ちょっと聞いてくれよ……さっきマジでヤバかったんだ。周りにいた全員が突然一斉にこっちを向いて睨んできたんだぞ。あの時、俺がどれだけ焦ったか分かるか?目なんて今にも飛び出しそうなくらい見開いてて、マジで死ぬほど怖かった……」
「うわぁ……いったい何したの?」
「分からないんだよ。俺はただ、自分が昔戦争を経験したことがあるって話して、それからあのおばあさんに何となく“ここは戦争を経験したことがないんですか”って聞いただけだ」
さっきの光景を思い出しただけで、思わずまた身体が震えた。
「そしたら次の瞬間、通りにいたほとんど全員が一斉に俺を睨んできたんだ」
「ひぃぃぃ……それ、怖すぎるよぉ!?」
最初、アイリーンは俺がすっかり怯えているのを見て、からかおうとしていた。
けれど、俺の話を最後まで聞くと、本人まで怖くなってしまったらしい。
「たぶん……あの人たちは“戦争”って言葉に何か強い反応を示してるんじゃないかな。さっきアタシもあなたのレコーダー映像をずっと見てたけど、あのおばあさんもそのあと何度も“ここは安全”とか、『誰にもあなたの暮らしを邪魔されることはない』とか強調してたでしょ?」
お?
ニコさん、さっき俺のレコーダー映像も見てたのか?
よかった……
これで、怖がってたのは俺一人じゃないはずだ。
「とにかく、“戦争”って言葉は今から禁句ね。童話小隊のみんな、うっかり口にしないように気をつけて?もっと激しい反応を示される可能性もあるから」
「でも、あのおばあさんが、まるでここでは戦争なんて起きていないかのように話していたのはどういうこと?私が実際に経験した歴史とは、まったく違うわ」
リリスが核心を突いた。
あのおばあさんは、まるで自分たちが戦争を経験していないかのように話していた。
けれど、リリスは実際にその戦争へ参加していた。
俺たちが知っている歴史と食い違っている。
「……そこは今のところ分からないね。まあ、ひとまず置いておこう。童話小隊、ほかに何か情報は得られた?少しでも気になったことがあれば何でも言って。使える情報かどうか、みんなで話し合ってみよう」
今ここでいくら考えても答えが出そうにないから、ニコさんもひとまずこの件は脇に置くことにしたらしい。
今の俺たちが最優先でするべきことは、情報共有だ。
「私とセレイアから先に報告するわ」
その時、マリーナが真っ先に手を挙げた。
どうやら、二人は何か使えそうな情報を持ち帰ってきたらしい……
「街中には、よくある生活用品がたくさんあるでしょう?私たちが調べてみたところ、ここの物はどれも、水を使って動いていたの。それで近くにいた人たちに聞いてみたら、この街の生活用品は、どれも海水と関係しているって分かったわ」
「それと、みんな気づいているか分からないけど……この街の奥には、海があるわ。ここの住民にも聞いてみたけれど、彼らの認識では、ここはもともとヴィズホーンみたいな海沿いの街らしいの。でも……ここは東京都心部よ?いったいどこから海が出てきたの?さすがにおかしすぎるでしょう?」
続いて、リヤもマリーナが触れていなかったもう一つの情報を補足した。
たしかに……
街を覆う膜の外側から見た限りでは、街の中にも、その周辺にも、海なんて存在できるような場所はまったくなかった。
その時、俺はあることに気づいた。
「……唯さんは、これだけ巨大な街を転移させるには莫大なエネルギーが必要だって言ってた。でも、もしここの最も一般的なエネルギー源が海水で、しかもここには異常なほど巨大な海まであるなら……全部つじつまが合うんじゃないか?」
「いい着眼点だね、オペレーター・エミール。これで、どうやって転移を実現したのかについては、ひとまず大まかな説明がつきそうだね。あとは、誰がやったのかと、なぜやったのかがまだ分からない。でも、これだけでもかなり大きな進展だよ。オペレーター・マリーナ、オペレーター・セレイア、よくやったね!」
画面の中で、革張りの椅子に座っていたニコさんが頷いた。
それから手にしていた陶器のカップを置くと、ものすごい速さでキーボードを叩き始め、マリーナとリヤが持ち帰った新しい情報を任務資料へ書き加えていった。
ブブッ――
来た。
資料が更新された。
「次は私たちが報告するね~」
次の組は、リンとリリスだ。
二人はさっき、周囲の環境を調査しに行っていた。
「さっき『言霊』で私たち二人の気配と存在感を消して、その隙に街の境界を調べてきたわ」
「私もついでに、現地の物をちょっとだけ“借りて”きたの。調査の役に立つかもしれないし。先に私が“借りて”きた物から話してもいい?」
「好きにすれば。どうせ最後には私も報告するんだし、どっちが先でも同じよ」
リン……
それ、盗んできたんじゃないか?
『言霊』で自分の気配と存在感が消えているのをいいことに、リンは現地の果物を一つと、卓上ランプみたいな機器、それから……
拳銃?
なんで武器まであるんだよ!?
まさか、銃身が淡い青色に輝く拳銃まで盗んできていた。
……これ、絶対怒られるだろ?
「物を盗むのはよくないぞ?」
「ちょっとだけ“借りた”だけだって!調査が終わったら、私が責任を持ってちゃんと返しに行くから!それと……なぜか分からないけど、持ってきた物は全部指輪に入らなかったの。だから手で抱えて持って帰ってきたんだよ」
また言い換えて誤魔化してる!
ぷっ……
たまに思うけど、リンって言い訳するの苦手だよな。
毎回出してくる理由が、なんか可愛い。
「この果物はともかく、こっちの機器と拳銃の中には、どっちも光ってる水が入ってるね」
華恋はリンが持っていた拳銃へ顔を近づけると、考え込むようにそう言った。
どう見ても明らかだ。
どちらも同じ種類のエネルギーを使っている。
――海水。
でも……
なんで海水が光ってるんだ?
そこまでは、俺たちにも分からなかった。
「窃盗は決して推奨できる行為じゃないけど、これなら鈴奈所長かオペレーター・ラミリスに調べてもらって、この街の生態や物質の性質から、この世界の【テーマ】を推測できそうだね。よくやったよ、オペレーター・キャロリン」
「褒めてくれるのは嬉しいけど、だから盗んだんじゃないってば……」
世界の【テーマ】。
すべての世界には、それぞれ固有のテーマが存在している。
星の数ほど存在するさまざまな世界の中で、Earth-001――つまり、俺たちが今いるこの地球だけは、最も特殊な例外だ。
Earth-001には、それ自体に固有のテーマが存在しない。
だからこそ、Earth-001は最も純粋な世界であり、同時に、ほかの世界のテーマから最も影響を受けやすい。
まるで真っ白な布が、簡単に埃で汚れてしまうみたいに。
俺たちのEarth-003は“物語を紡ぐ世界”、アトラは“剣と魔法が交わる世界”だ。
過去には【群星の守護者】も、召喚獣、機械、万能エネルギーといった、さまざまなテーマを持つ異世界を発見してきた。
個人的な研究を除けば、鈴奈さんの研究所は主に、オペレーターたちの新装備の開発と、【群星の守護者】に対する異世界のテーマ解析や推測の支援を担当している。
つまり、俺たちがこの街の物を鈴奈さんの研究所へ持ち帰れば、研究員たちがこの世界のテーマを推測できるってわけだ。
「街の周囲については、ここを円形の区域だと考えてもらえばいいわ。半分が陸地で、もう半分が海。私の昔の記憶では、この先にもさらに陸地が続いていたはずなのに、今はその先が切り取られたみたいに途切れてる……セレイアが持ち帰った情報と合わせて考えると、あの膜も含めた、この球状の異常区域そのものが、一つの独立した空間になっている可能性が高いと思う。もしかしたら……大きさが数キロ程度しかない、小さな惑星なのかもしれないわ……」
「リリス、どうしてここが小さな惑星かもしれないって思ったんだ?」
「気づかなかった?ここ、太陽が二つあるのよ?一つはEarth-001の太陽。もう一つは、本来存在しないはずのものよ」
「……!?」
「太陽を直接見上げちゃダメよ。目を焼かれるから。自分の影と、光が差してくる方向を少し観察するだけでも、それくらいは推測できるわ」
リリスは空を指差したあと、今度は俺たちの足元を指した。
本当だ!
俺たちの足元には、二つの影が重なるように伸びている。
しかも、少し注意して見てみると、頭上から差し込む光も左右二方向から来ていて、そのせいで足元の影が細くなっていた。
「独立した空間か、それとも小さな惑星……か。ハンドラー・ニコ、神様って、本当に一つの空間の中にこんな小さな世界を作れるんですか?」
俺がそう尋ねると、ニコさんも当然、俺の言う“神様”が誰を指しているのか分かっていた。
「無理だよ。たとえ彼女でも、地面と太陽みたいな恒星を、たった数キロ程度の空間の中に押し込めることなんてできない。それに、本当にそこへ太陽が一つ増えたなら、東京が無事で済むと思う?東京どころか、地球そのものが溶けちゃうよ。だからアタシは、みんなの頭上にある“太陽”は人工的な光源なんじゃないかって考えてる」
「……一気に情報が増えすぎて、逆に頭がこんがらがってきました」
「大丈夫です、オペレーター・エミール。大量の情報が一気に入ってきたら、混乱するのは普通だから。情報を整理するのは、アタシとハンドラー・アマンダに任せて。今ここでいくら考えても結論が出ないなら、それより先にオペレーター・アイリーンとオペレーター・華恋の報告も聞いてみない?」
「いいですね。あとで一度まとめて整理しましょう」
「実は……」
突然ニコさんに名前を呼ばれた華恋は、なぜか少し言いにくそうに口ごもった。
アイリーンも同じで、気まずそうに視線を逸らし、俺たちと目を合わせようとしない。
「どうしたんだ?」
「実は、私たちのほうは……ほとんど役に立ちそうな情報を見つけられなかったの」
「うん……私と華恋ちゃん、さっき街で自転車にぶつけられて転んじゃったおじいさんを助けたあと、そのまま街の中をぐるっと回ってみたんだけど……特に変わったものは見つからなかったの。あっ……強いて言えば、鈴の音がする花を見かけたくらいかな」
なるほど。
役に立つ情報を持ち帰れなかったから、二人とも少し申し訳なさそうにしてたのか。
「気にしなくていいって。何も見つからない中、わざわざ一周してくれたんだろ?お疲れさま。ありがとな。よしよし~」
「「うん!」」
頭を撫でられるのが好きな二人は、それだけですぐに元気を取り戻した。
さて。
リンもすでに、いくつかの物を持ってきてくれてる。
だったら、まずはそれを研究所の人たちに渡したほうがよさそうだな。
「ハンドラー・ニコ、俺たち、一度ヴィズホーンへ戻ってもいいですか?このまま物を手に持っていても調査の邪魔になるので、先に全部研究所へ届けておきたいんです」
「もちろん問題ないよ、オペレーター・エミール。今回の任務では、次にどう動くかもみんなの判断に任せてるから、わざわざアタシに許可を取らなくても大丈夫」
「はは……そうだったんですね。分かりました。それじゃあ、一度ヴィズホーンへ戻ります。行こう、みんな」
◇
俺たちが異常区域から出ようとした、その時だった。
「待って、私が持ってきた物、どこ行ったの……!?」
「……?」
リンが膜の外へ出た時、その両手には何も残っていなかった。
さっきまで胸の前で抱えていた物が、跡形もなく消えている。
待て、どういうことだ?
「落としたのか?」
「そんなわけないでしょ?さっきまでずっと胸の前でしっかり抱えてたんだよ?なのに膜の外へ出たら、全部なくなってたの……」
リン自身も混乱していた。
少なくとも、自分で落としたわけではないことだけは本人にもはっきり分かっている。
でも……
実際、物は全部消えてしまっている。
「いいえ。あれは勝手に消えたのよ。さっきキャロリンが膜を通り抜けた瞬間、持っていた物が薄い水色の光を放って、それから溶けた液体みたいに少しずつ消えていくのが見えたわ」
「まさか、異常区域の中にある物は外へ持ち出せない……?」
リヤの話を聞いたリリスは、思わず俯いて考え込んだ。
「たぶん、そういうことなんでしょうね……厄介だわ。これだと調査にもかなり支障が出そうね」
ブブブッ――
「童話小隊!聞こえる?童話小隊!」
「ちょうどよかった、ハンドラー・ニコ!さっきリンが異常区域から持ち出そうとした物が、全部消えました!」
「消えた?ああ、その件はひとまず置いておいて!先に共有しないといけない緊急の情報があるの!」
「えええっ!?解析用の物が消えたことより緊急なんですか!?」
「そう。ヴァージル教官と予備小隊から、緊急支援要請が出てたの!みんながアンテナを設置したおかげで、ようやくそのメッセージがこっちに届いたんだけど……」
画面の中で、ニコさんは一度言葉を止めた。
「でも、そのメッセージ……四日前に送られたものだったの!」




