第4章 未知への恐怖
救援対象が最後に連絡を試みたのは、もう四日前……?
……
くそっ、それってつまり、俺たちはもう手遅れなんじゃ……
いや、落ち着け。
まだ任務中に死亡したと確認されたわけじゃない。
生き残っている可能性はゼロじゃない!
でも、残されている時間はもうあまりないかもしれない……
「みんな、急だけど予定を変更してもいいか?持ち出そうとした物も全部消えたし、いったん救援対象の捜索に集中したい」
「また異常区域に戻ることになるから、さっき外へ出たのが少し無駄になった気はするけど……今は救援が最優先ね。あなたの考えで進めればいいわ。私たちは隊長の指示に従うから」
「俺はただ、みんなが疲れてないか心配なだけだよ。本当に疲れた時は、絶対に言ってくれよ?よし、行こう。もう一度あの膜の中に入る。今度の行動目標は、行方不明者の痕跡を探すことだ」
「自分たちの限界くらい分かってるわ。毎回そんなに心配しなくてもいいの。行きましょう」
リリス……
その台詞、お前の口から言われると、なぜか欠片も説得力がないんだけど……
「ハンドラー・ニコ。異常区域から持ち出そうとしたサンプルが消失したため、俺たちはこれからもう一度異常区域へ戻ります。以降は、行方不明者の捜索を優先します」
「了解。童話小隊のみんな、お願いね。こっちでも引き続き行方不明者との通信を試してみる。何か分かったら、すぐにみんなに連絡するよ。それと五時間後、アタシがほかのハンドラーと交代する頃に、状況を見てオペレーター・ラミリスか鈴奈所長のどちらか一人を現場へ派遣する予定だよ。みんなと合流したあと、そのまま一緒に異常区域へ入ってもらうね。現地の環境や技術体系を解析して、この世界の【テーマ】を推測する手助けをしてもらうつもり」
「おおお、それは本当に助かります!物を外へ持ち出せないの、めちゃくちゃ厄介だったんで。ありがとうございます!」
そのあと俺は通信を切り、仲間たちと一緒に再び異常区域へ入り、調査を再開した。
——————
「ねえ。人探しについて、何かいい案ある?この異常区域、外から見るとただの球体だけど、中の空間は実際かなり広いみたいだよね」
「地道に何周か歩き回って探すしかないんじゃないか……?」
「現地の人に直接聞いてみるのはダメなの?ほら、タブレットにヴァージル教官の写真もあるよ」
リンはタブレットを操作して、青い髪をしたおっさんの証明写真をみんなに見せた。
アイデア自体は悪くないけど、俺はあまり上手くいくとは思えないんだよな。
「さっき言っただろ?あの住民たち、一斉に俺を睨んできたんだぞ。あの感覚がすごく気持ち悪くてさ……“ここでは俺たち以外、全員敵なんじゃないか”って錯覚までしたんだ」
「……もしかしたら、それは錯覚じゃないかもしれないわ。私は以前、人間の姿に擬態できる怪物を見たことがある。さっきあなたが経験したことも考えると、この“現地住民”たちは全員、潜在的な敵だと考えて行動したほうが安全だと思う。どうしても話す必要があるなら、せめて……みんな、絶対に警戒を解かないで。私もあの人たちの動きを見ておくわ」
前に人狼族が影の森で遭遇した、あの擬態する怪物のことか?
それもそうだな……
リリスの言う通り、慎重に行こう。
「分かった。そうだ、リリス。さっきリンと一緒に、この街を一周したのか?」
「まだよ。入口から続く道を、そのまま突き当たりまで進んだだけ。反対側に海が見えたところで、引き返してきたわ」
「じゃあ昼飯までに、みんなで一周してみよう。みんな、隅々までしっかり確認して、何か情報を見落とさないようにな?」
プシュッ――
少しでも頭をしゃきっとさせるために、俺は指輪から、出発前に買っておいたエナジードリンクを一本取り出し、一気に飲み干した。
「ぷはっ……これで少しは目が覚めるはずだ。エナジードリンクが欲しかったら俺に言ってくれよ?まだ五本あるから」
「それなら、一本もらえるかしら」
「いいよ~。毎度あり~」
どうやらリヤも寝不足のせいで、任務中になかなか集中できなかったらしい。
俺と同じようにエナジードリンクを飲み干すと、少し楽になったように見えた。
「確か、この辺りに軍事基地があったよな?まずはそこを目的地にしよう。リリス、念のため、みんなの存在感を薄めてもらえるか?効果はそこまで強くなくていい。無理のない程度で頼む」
「何かあったら、すぐに『言霊』の強度を上げるわ。“私たちの存在を隠し、皆を背景の一部としましょう”」
見たところ、みんなには特に何の変化も起きていないように見える。
けれどリリスによると、互いにはぐれないようにするため、仲間同士には効果が及ばないよう意図的に調整したらしい。
さすがリリスだ。
——————
通りでは、人々がそれぞれの日常を送っていた。
道端では誰かが楽しそうに笑い、露店では客が店主と値段交渉をしている姿も見かける。
何もかも、俺たちが知っている“日常”そのものだった。
――さっきあんなことが起きてなかったら、俺もとっくに信じてただろうな。
「……エミール」
リヤが俺のそばへ寄ってきて、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で話しかけてきた。
「あそこを見て。店の中の時計……」
「時計がどうかしたのか?」
「針が動いてないわ」
「壊れてるだけじゃないか?」
「私も最初はそう思ったの。でも、ほかの店に掛かっている時計も同じなのよ」
俺はリヤの指差した先にある、別の家具店へ目を向けた。
壁に掛けられた時計は、確かに彼女の言う通り、針が二時五十分を指したまま微動だにしていない。
……一応、写真に残しておこう。
こういう異常は、あまりにも目立たない。
でも、よく考えてみると明らかにおかしくて、妙に背筋がざわつく。
カシャッ――
あ、マナーモードにするの忘れてた。
普段はスマホを指輪の中に入れてるから、音なんて聞こえてこない。
そのせいで、すっかり忘れてた。
「待っ……!」
そこで俺は、写真に偶然写り込んでいた客たちに気づいた。
――全員、カメラを見ている。
慌てて顔を上げると、そいつらは全員、まっすぐ俺を見つめていた。
「リリス、認識阻害を強めてくれ!俺たち、気づかれたかもしれない!」
「何ですって!?“我らの痕跡を削ぎ、他者の視線を断ち、あらゆる知覚より我らの存在を隠せ”!」
リリスが慌てて俺たちにかけていた『言霊』を強化すると、人々は目標を見失ったかのように視線を逸らし、また何事もなかったように自分たちの行動へ戻っていった。
「エミールくん、どういうこと?なんで急に気づかれたの?」
「さっき店の時計を撮ったんだけど、スマホをマナーモードにするのを忘れてたんだ。それで写真を確認したら、写り込んでた住民が全員カメラを見てた」
「ひぃっ……!ここ、不気味すぎない!?しかも、みんなちゃんと顔を見てみてよ。通りを歩いてる人たちは笑ってるのに、目は全然笑ってないし、笑顔もすごくぎこちないよ……」
そう言ううちに、マリーナはどんどん怖くなってきたらしく、俺の服の裾をぎゅっと掴んだ。
唯さん……
オペレーターの任務で、こんなホラーみたいな目に遭うなんて聞いてないぞ!
帰ったら絶対、思いっきり文句言ってやる。
今ならハンドラー・マリアンの気持ちがよく分かる……
タタタッ――
その時、銀白色の髪をした少女が俺たちの横を駆け抜け、少し先を歩いていた赤髪の外套姿の女性のもとへ向かっていった。
……!
「あ……あれ、子供の頃のリリスちゃんじゃない?二人、まるで瓜二つだよ……!」
アイリーンは一度リリスのほうを振り返り、それからもう一度、小さなリリスへ視線を戻した。
以前、俺たちは【仙境】で、リリスが昔の仲間たちと一緒に写っている写真を一枚拾ったことがある。
あの時に写っていたリリスの姿は、今目の前にいる少女とほとんど同じだった。
間違いない。
あれは、幼い頃のリリスだ。
だとしたら、あの子が駆け寄っていった相手は……?
「テレサ」
「彼女って……」
「ええ。もう死んでるわ。それも、私がこの手で殺した……だから、ここにいるはずがないの。それに、姿も十年以上前とまったく変わってない。そんなこと、あり得ないわ」
“テレサさん”は幼いリリスの手を握り、二人で楽しそうに話しながら街を歩いていった。
その光景は……
まるで、本当の母娘みたいだった。
それをじっと見つめていたリリスは、スカートの裾を強く握りしめ、悲しそうに唇を噛んでいた。
……
きっと、あれはリリスがずっと望んでいた日常なんだろう。
「……調査を続けましょう。どうでもいいことに、これ以上時間を使う必要はないわ」
リリスは明らかにつらそうだった。
それでも俺たちを心配させたくないのか、無理やり何でもないような顔を作っている。
だから俺は、反射的に彼女の手を握った。
俺はずっと、お前のそばにいる。
そう伝えたかった。
もちろん、みんなだって同じだ。
「……ありがとう」
俺の伝えたかったことに気づいたのか、リリスも俺の手を強く握り返した。
それから気持ちを切り替えるように、そっと息を吐いた。
——————
そのあと、リリスに案内されて、俺たちは軍事基地の区域までやって来た。
でも、ここは俺の知っている軍事基地とは少し違っていた。
兵士たちは慌ただしく走り回っているのに、実際には何もしていない。
「気にしなくていいわ。行きましょう」
リリスはそのまま、奇妙な行動を繰り返す兵士たちの間を抜け、基地の奥へまっすぐ進んでいった。
「ここ、かなり広いな。それに、見たことない銃や車両もいっぱいある」
宙に浮かぶ車両や、独特な形をした銃を見ていると、異世界の技術には思わず感心してしまう。
「それなら全部見たことがあるわ。ノヴァリスで標準配備されていた軍用車両と軍用銃器よ。ここも私の記憶と同じで、特に変わったところはない。でも……いえ、私の記憶違いかもしれないわね」
「すごいデザインだね?ここの物って、どれもすごく未来っぽい感じがする。ん?中に書類みたいなのもあるよ」
リンはノヴァリスの軍用車両を眺めている途中、車内に一枚の書類が置かれていることに気づいた。
そして誰にも見つからないのをいいことに、勝手に手に取って読み始めた。
……この子、案外本当に盗賊向きなんじゃないか?
「えっと……第九巡回小隊の出動記録。記録時刻は十四時五十分。あとはほとんど出動者の名簿ね。全員勤務中、それから異常なし……」
ん?
今、なんて言った?
「リン、今その出動記録、何時って言った?」
「十四時五十分。どうしたの?」
「さっき俺とリヤが見つけた街中の店の時計も、全部二時五十分で止まってたんだ。ここでも同じ時刻が出てくるって……正直、かなり気になる……」
十四時五十分を十二時間表記に直せば、午後二時五十分だ。
一応、記録しておこう……
その時、さっき街で見かけた“テレサさん”が戻ってきた。
「彼女がここにいるってことは、今でもこの基地の最高指揮官ってことになる。でも、ここは異星からの侵略に対抗するために改修された場所なの。異世界から侵略されていないのに、どうしてこの基地が今も存在しているの?彼女を少し尾行してみたいわ。何か手がかりを掴めるかもしれない……」
俺たちは息を潜め、彼女がすぐ近くにあった半開きの扉の向こうへ入っていくのを待った。
それからリリスが、俺たちに“テレサさん”を追うよう合図した。
もちろん、そこには少しくらい彼女自身の個人的な思いも混じっているのかもしれない。
それでも、俺はリリスの判断を信じていた。
「室内の通路は狭いかもしれない。大人数だと動きづらいだろうし、リリス、俺だけ一緒に行く。ほかのみんなはここに残って周囲を警戒してくれ」
「「「「「了解」」」」」
「……それでもいいわ」
そのあと、俺たち二人は足音を殺しながら、その扉の中へ忍び込んだ。
そこは【群星の守護者】本部にあるような作戦室だった。
室内はかなり広く、コンピューターらしき装置も何台も並んでいる。
俺たちとテレサ以外、この部屋には誰もいなかった。
「はぁ~、疲れた。毎日、何も知らないふりをするなんて、面倒すぎるでしょ……?」
テレサは革張りの椅子へ気だるそうに身体を預けると、突然独り言のように愚痴をこぼした。
でも、そのあと彼女は何かするわけでもなく、ただ静かに椅子へ身体を預けたまま休んでいた。
「充電完了~。じゃあ、また頑張りますか。今じゃ、リリスちゃんと一緒にいる時くらいしか、この退屈な毎日の中で心が癒やされることもないし。うぅぅ……あの子、今どうしてるのかな?ちゃんと生きててくれるといいんだけど。できれば、自分なりの幸せも見つけてくれてたら、もっと嬉しいな……」
「……!?」
その言葉を聞いた瞬間、リリスは目を大きく見開き、信じられないものを見るような表情を浮かべた。
「間違いないわ。目の前にいるテレサは、さっき街で会った人たちとは違う。彼女が言った“リリスちゃん”と、今のあの子は別人を指してる。つまり、さっき街で会った“小さなリリス”が、本当のリリスじゃないって、彼女には分かってるのよ!」
「話しかけてみるか?」
「……いいえ。今はまだ、その危険を冒すべきじゃないわ。認めたくはないけど……今の彼女が私たちの敵である可能性はゼロじゃない。一瞬の油断で、みんなまで危険に巻き込みたくないの。まずはここを離れて、ニコさんに新しく得た情報を共有しましょう。そのあと、本部からの支援を待つべきよ」
テレサさんに会いたいという気持ちは、きっとあったはずだ。
それでもリリスは理性でその期待を押さえ込み、一つずつ、できる限り安全な方法を選びながら任務に向き合っていた。
……仕方ない。
俺にも、リリスが警戒する理由はよく分かる。
そのあと、二人で扉の外へ戻り、仲間たちと合流すると、すぐに来た道を引き返し、異常区域の外まで撤退した。




