第17章 魔王城をぶらりと一巡り
朝起きて身支度を済ませたあと、下の階がなにやら賑やかなことに気づいた俺は、先に下りて様子を見に行くことにした。
どうやら唯さんの家に、四人の客が来ているらしい。
そのうち一人は女性の精霊族のようで、残りの三人は人間、魔族、そして腕に鱗のある人間……男性?
それだけではなく、俺はその鱗のある男性の手に、俺たちと同じ青いオペレーター用の指輪がはめられていることにも気づいた。
四人ともかなり華やかな服装をしていて、見るからに上流階級の人たちのようだった。
今、その人たちはリビングで唯さんや、彼のほかの奥さんたちと一緒に何かを話し合っている。
すると、俺がまだ彼らを観察している最中に、シェラさんが真っ先に俺の気配に気づき、突然こちらを振り向いた。
続いて、ほかの人たちも一斉にこちらを見てくる。
……
お願いだからやめてくれ。
緊張するから……
「ん?おはよう、エミール。悪い、もしかして俺たちが起こしちゃったか?」
「おはようございます、唯さん。俺は普通に目が覚めただけです。ところで、こちらの方々は……?」
「ああ、紹介しておこうか。こちらは聖都のエスティ女王陛下、前魔王ジル陛下、前竜王ランバート陛下、そしてケンドラ王国のレイモンド国王陛下だ」
「……!?あ、あの……自分はエミールと申します。どうぞよろしくお願いいたします!」
全員、一国の君主じゃないか!?
どうしてそんな人たちが、朝っぱらから唯さんの家に集まってるんだよ!
というか、今の俺の返事、問題なかったよな?
不敬罪で捕まって処刑されたりしないよな!?
いや……
俺、たしか首を刎ねられても死なないんだったっけ?
とにかく怖いものは怖い!
処刑だけは、どうか勘弁してください……
「あら、礼儀正しい子ですね。彼が先ほど話していた新人オペレーターの一人ですか?」
「はい。彼のほかにも、二十数名の新人オペレーターと三名のハンドラーが加わりました。ですから今後、ほかの世界で何か異常が起きたとしても、以前より余裕を持って対応できるようになるはずです」
精霊女王、エスティ陛下は優雅に微笑むと、そのまま唯さんとの会話を続けた。
「ということは、この少年はなかなか強いのか?ほう……なら、ひとつ手合わせしてみるか?今すぐ庭へ行って一戦やろう。少し腕を動かしたい」
「ランバート、その好戦的な性格をいい加減直さないと、家に帰ったあと、またグレイシー伯母さんに叱られるかもしれませんよ。外でのあなたの行動は、全部報告するように言われていますからね?」
「おい、唯!?お前は私の婿だろう!?義父が家に帰ってから叱られるような真似をするな!あいつが怒ると、私の可愛い娘と同じくらい恐ろしいんだぞ!」
唯さんは相手が前竜王であることなど気にせず、冗談めかして声をかけ、俺への決闘の誘いを止めてくれた。
二人の愉快なやり取りに、ほかの君主たちも楽しそうに笑っている。
まあ……
俺はあまり笑う勇気がないけど……
「エミール、見ての通り、この前竜王も古参オペレーターの一人だ。もし彼にいじめられたら、俺に言うんだぞ?」
「だから、新人をいじめたりはしないと言っているだろう!私はただ、少し手合わせしてみたいだけだ」
「あははは……はい。お気遣いありがとうございます、唯さん……」
俺は乾いた笑いを返すことしかできなかった。
今すぐこのまま振り向いて逃げたいぃぃぃ!!!
「こほん、話がそれたな。エミール、先に伝えておくぞ。俺たちは、童話小隊をEarth-001へ派遣して、調査を任せることになるかもしれない。その時はハンドラーから改めて連絡が行くはずだ。今回の旅行が終わったら、いつでも出発できるよう準備しておいてくれるか?」
「ん?はい、もちろん問題ありません」
「ありがとう。正直なところ、君たちのような実力のある小隊が加わってくれて、本当に助かっているんだ。今回の調査任務にどの小隊を派遣するべきか、ちょうど悩んでいたところだったからな」
まさか、こんなに早く新しい任務が入るとは思わなかった。
楽しみだな……
「ところで、リリカから聞いたんだが、君たちは今日、魔王城とメルヴォス聖都へ観光に行く予定なんだよな?」
「本当か?それなら、私がもてなそう。どうせ魔王の座をリリカに譲ってからというもの、普段は家で書類とにらめっこしてばかりで、退屈していたところなのだ」
ジル陛下はそれを聞くなり、すぐに自ら案内役を買って出た。
いやいやいや……
前魔王自ら俺たちをもてなしてくれるなんて、さすがに恐れ多すぎる。
でも、ジル陛下はやる気満々みたいだし……
「ジルよ、我々のような上に立つ者が若者たちのそばについて回っては、かえって息苦しくさせてしまうだけじゃろう……こういうことは、同年代の者たちに任せたほうがよい」
「「ふえぇー!」」
「ああ、すまんすまん。腹が減ったのじゃな?ほれ、じいじがミルクを飲ませてやろう」
「「――♪」」
レイモンド陛下は両手に一本ずつ哺乳瓶を持ち、慣れた手つきで腕の中の孫たちにミルクを飲ませていた。
唯さんに紹介されていなければ、彼はただの優しいおじいちゃんにしか見えない。
腕に抱いた孫たちを見つめる彼は、終始にこにこと笑っていた。
「はあ……いいのう……私も孫を抱きたいものだ」
「お、お父様、お客様がいらっしゃるんですよ!」
「ふふ、レイモンドのあの姿を見ていると、私も少しうずうずしてしまってな」
ジル陛下の視線は何度も唯さんのほうへ向けられ、そのたびに意味ありげな目配せをしていた。
そのせいで、唯さんの膝の上でスマホをいじっていたリリカは頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに小声でジル陛下をたしなめた。
パチン――
リリカが恥ずかしがっている様子を見たエスティ陛下は、わざと手を叩き、強引にこの話題を終わらせた。
おかげでリリカはほっとしたように息をつき、何度も彼女にうなずいて礼を伝えていた。
「ともかく、この話はいったんここまでにしましょう。エミール、私の次女に魔王城と聖都であなたたちの案内役を任せるというのはどうですか?あの子は仕事の都合で、よく魔王城へ調査に行っています。ですから、魔王城にもかなり詳しいんです」
次女ということは、クロエの妹ということだろうか?
それなら、前魔王様に案内してもらうよりは、ずっとよさそうに聞こえる。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「ふふ、それならよかったわ。あとであの子にも知らせておきましょう。最近、あの子はずっと仕事を頑張っていますから、母としても、どこかでしっかり休ませてあげたいと思っていたんです。あなたたちと一緒に出かけて町を見て回るなら、休暇代わりとしてもちょうどよさそうですしね」
「はい、ありがとうございます!」
こうして、今日の予定と案内役はあっさり決まった。
そして俺は、この世界の上に立つ人たちが、意外と話の分かる人たちなのだと知ることになった。
——————
「うわあ……!あれが結晶山脈なのか!?すごく綺麗だ!」
碧色の結晶山脈は、太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。
俺たちは今、魔王城の中にいるというのに、その輝きをはっきりと見ることができる。
女子組もその絶景を目の当たりにして、すっかり見入っていた。
以前、魔王城の裏山で試験を受けた時は、周囲に生い茂る木々のせいで視界が遮られていた。
だから、いわゆる結晶山脈をこうしてちゃんと見るのは、これが皆にとって初めてだった。
「クララさんはどこでしょう……?周りに精霊族らしき方も見当たりませんね」
華恋は周囲を見回しながら、俺たちの案内役を探していた。
「見つけました。エミール、あちらの方でしょうか?」
少し離れた通りに、尖った耳を持ち、クロエとそっくりな金色の髪をポニーテールにまとめ、さらに黒縁眼鏡をかけた精霊族が立っていた。
その外見は、エスティ女王陛下から聞いていた特徴とまったく同じだった。
「こんにちは。あなたがクララさんでしょうか?」
「そうそう、私がクララ!君たちはエミールくんと童話小隊の皆さんで合ってるよね?今日はよろしくね〜」
「こちらこそ。もしかして、もうかなり待たせてしまいましたか?」
「私も着いたばかりだよ。正確に言うと、七分五十四秒前にここへ着いたところ」
ん……?
秒単位???
ぐうぅ――
「ご、ごめん。危うく寝坊しそうになって、朝ごはんを食べずにそのまま飛び出してきちゃったんだ。君たちは朝ごはん、もう食べた?よかったら……先に朝食を食べに行かない?」
「俺たちもまだ食べていません。ちょうどそのつもりでした。俺たちはこの辺りのことが全然分からないので、クララさんが一番おすすめする店へ連れていってもらえませんか?」
「私のことはもっと気軽に呼んでくれていいよ。母も、君たちに美味しいものを食べさせてあげるようにって、旅費をたっぷり持たせてくれたんだ。料理のことは私に任せて〜」
その後、クララは俺たちを歴史ある肉料理の老舗へ連れていき、気前よく食事代まで払ってくれた。
俺たちは、この老舗の秘伝ソース仕立ての亜竜テールステーキ、じっくり煮込んだ雑肉粥、そしてクララが強くおすすめしていた獣肉パイを注文した。
もちろん、どれも彼女のおすすめ通り、とても美味しかった。
俺にとって一番驚かされた料理は、やはり秘伝ソース仕立ての亜竜テールステーキだった。
これは草食性の亜竜の尾肉に特製ソースを合わせ、弱火で三時間じっくり焼き上げた料理らしい。
そのステーキは肉質が柔らかく、肉汁もたっぷりなのに、まったく脂っこさを感じさせない。
朝食として食べても、胃にもたれることはなかった。
何より特徴的なのは、かすかに漂うハーブの香りだ。
その香りが、料理全体に爽やかな余韻を添えていた。
そのため、この料理は魔王城で冒険者たちの朝食としてよく食べられているらしい。
ところで、どうしても触れておきたいのは、町の治安についてだ。
漫画に出てくる異世界は、たいてい文明が遅れていたりする。
しかも、町の中には旅人を襲う犯罪者が潜んでいることも多い。
けれど、ここは違った。
犯罪者どころか、俺たちは道端にいる物乞いすら見かけなかった。
この世界での観光は、本当に安心できるな。
まあ……
料理の名前がやたら攻撃的に聞こえるのは、また別の話だけど。
たとえば、地獄大根の煮込みと、荊棘ポテトの溶岩ソース添えとか。
そんな名前をつけるなんて……
本当に注文する人がいるのだろうか?
◇
「じゃじゃーん。ここが結晶山脈だよ〜」
腹ごしらえを終えたあと、クララは俺たちを連れて、魔王城の裏手にある城門から外へ出た。
それからさらに十数分ほど馬車に揺られ、俺たちは夢のように美しい碧色の結晶山脈の前までやってきた。
「近くで見ると、この結晶の山並みはやっぱりとんでもなく大きい。クララ、これは自然にできたものなの?少し気になる」
「自然にできたものじゃないよ。リリス、結晶山脈ができた話、聞いてみたい?」
「……!ぜひ聞かせて」
不思議な現象の話になると、リリスも珍しく興味を示した。
幼い頃から科学者たちに囲まれて育った影響なのか、彼女は科学では説明できない原理に、わりと簡単に興味を引かれるらしい。
「昔、とある女神(笑)が退屈だからって、ほかの異世界へ気晴らしに行ったことがあるらしいの。その途中で、ついでに結晶花を一輪摘んで、この世界に持ち帰って植えようとしたんだけど、残念ながらどうしても根づかなかったんだって。結局、その結晶花はこの山脈に適当に捨てられて、そのまま放置されちゃったの」
……
クララの言う女神って、もしかして……
「でも、その時、神様ですら予想していなかったことが起きたの。結晶花は山脈に満ちていた濃い魔力を吸収して、生き延びただけじゃなく、強力な植物型魔物へと成長した。当時、それは山脈の最深部にあって、そこから少しずつ外へ広がり始め、周囲を自分の領域へと変えていったんだ」
そう言って、彼女は背後に広がる結晶山脈を指さした。
「最終的に、見ての通り、それは魔王領の大山脈全体に広がった。それどころか、古竜まで支配して地上へ向かわせ、あらゆる生き物を襲撃させるようになったの」
昨夜、俺が過去に【群星の守護者】が関わった事件記録を読み返していた時、その中にもこの事件の詳しい経緯が記されていた。
この事件は【結晶花事件】と名づけられている。
女神様――本人は名前の公表を拒否――が一時の不注意で引き起こしてしまった、滅世級の災厄。
結晶花から派生した結晶領域は、峡谷内のすべての動植物を捕食し、自らの成長に適した環境を作り出した。
事件の発端は、魔王城の裏手にある谷に、結晶に覆われた古竜が現れたことだった。
この突発的な危機に対処するため、アトラ大陸の四大国家は当代魔王の依頼と呼びかけを受け、すべての種族の力を結集し、史上初の異種族連合遠征を開始した。
しかし作戦の途中、同行していた科学者――天谷鈴奈さんが、古竜を覆っている結晶体そのものに生物としての特徴があることを偶然発見した。
そこで遠征軍は緊急で作戦方針を変更し、任務目標を古竜の討伐から、結晶峡谷の最深部の調査へと切り替えた。
そして最終的に、一行は異変を引き起こした真の元凶――暫定的に“結晶花”と呼ばれる異世界生命体を発見し、その討伐に成功した。
もしあの時、結晶花の正体を早期に見抜き、完全に消滅させることができていなかったら……
それが完全に回復した時、この世界はまた別の、より深刻な滅世級の災厄を迎えていたかもしれない。
記録には、そう書かれていた。
ちなみに、名前を明かしたがらない女神様については……
ここでは深く詮索しないでおこう。
「あの時は本当に危なかったんだよ。今思い返しても、結晶竜の耳をつんざくような咆哮は、まだはっきり覚えてる。すごく怖かったなあ」
クララはぶるりと身を震わせ、冗談めかして自分の体を抱きしめながら、心底怖がっているような仕草をしてみせた。
なるほど。
あの時、トレイズとの戦いで召喚された結晶竜は、この事件に現れた怪物だったのか……
どうりでリリカが、あの時わざわざ結晶を焼き尽くして、再生する隙を与えなかったわけだ。
「結晶山脈は、小さな結晶花が環境を作り替えたことで生まれた新しい地形……ということ?結晶花がすでに討伐されているなら、今は近くの結晶に触れても問題ないんだよね?」
「うん。ここの結晶体は、もう琥珀に近い晶状物質へ変化していて、生命反応は残っていないの。それに今では、天谷研究所の科学者たちが、この結晶体を魔力貯蔵用の道具へと加工できることを発見しているから、魔王城にとっても大きな副収入になっているんだよ」
「……生体結晶?本当に興味深い生命形態」
リリスは興味深そうに話を聞きながら、何度も小さくうなずいていた。
彼女がこんなふうに目を輝かせている姿は、なかなか珍しい。
「あははは……実際にあの光景を目の当たりにしたら、面白いなんて思えないよ。恐怖しかないから。皆で記念写真を撮る?私が撮ってあげるよ!」
クララの好意に甘えて、リンも自分のスマホを取り出し、彼女に頼んで俺たちの集合写真を何枚か撮ってもらった。
「クララっちも一緒に入って、何枚か撮ろうよ!今度は私がカメラ係やるから」
「わあ……いいの?ありがとう、キャロリン!」
俺たちが写真を撮り終えて立ち去ろうとする前に、気の利くリンが彼女も誘い、今日の旅の記念に、今度は一緒にもう何枚か集合写真を撮ることにした。
そのおかげで、クララはものすごく嬉しそうだった。
まだ二時間しか経っていないのに、リンはもうすっかりクララと打ち解けている。
さすがコミュ力お化け……
魔王城を一通り見て回ったあと、俺たちはようやくメルヴォス聖都へ向けて出発した。




