第15章 手の届く理想
その後、天谷研究所にしばらく残ることになったユリと静さんを除き、ほかのみんなはそれぞれ帰っていった。
今は俺たち小隊の面々と、リリスのお母様、そしてシリカが一緒に領主邸のほうへ歩いている。
ところがその途中で、俺たち一行はとある屋台のおじさんに呼び止められた。
「ん?見ない顔だな。そこのオペレーターの兄ちゃんたちは、ほかの異世界の住民かい?」
「はい。俺たちはEarth-003から来た新人オペレーターです。ついさっき【群星の守護者】に加入したばかりなんです」
聞いた話によると、俺たちの地球は、現在【群星の守護者】が発見している三つ目の並行世界の地球らしい。
そのため、本部は俺たちの地球をEarth-003と名づけたそうだ。
意味もそのまま、三番目の地球ということだ。
「いやぁ〜、どうりで見たことがないと思ったよ。ほら、これは俺からの奢りだ。友達になった印ってことで受け取ってくれ。任務が終わったあとは、うちの小さな店にも顔を出してくれよ!俺はゼロス。昔は一応冒険者だったんだが、今は別の町からここに招かれて、串焼きを売っているだけの普通のおっさんだ」
「うわ……ありがとうございます!この串焼き、すごくいい匂いですね。見ているだけで食欲が湧いてきます!俺は童話小隊の隊長、オペレーター・エミールです。これからもよろしくお願いします、ゼロスおじさん」
さっき本部を出る前に、俺は皆で相談して決めていた小隊名をエリーナさんに伝えておいた。
ただ、自分の身分をほかの人に面と向かって名乗るのは、思ったより緊張するな……
「童話小隊か?可愛い隊名だな。覚えたぜ、オペレーター・エミール」
俺たちがこの通りへ出てからというもの、地元の人たちは次々と声をかけてくれたし、多くの店主たちも親切に食べ物を振る舞ってくれた。
この一見すると少し近寄りがたい、けれど実際にはとても気のいい筋骨隆々のおじさんも、その一人だった。
この町の住民たちは、俺たちが手につけているオペレーター用の指輪と、胸に下げているオペレーター許可証を見ると、さらに熱心に話しかけてくるようになった。
もしかして……
この世界では、オペレーターって実はかなり人気があるのか?
「ゼロスおじさん、どうしてこの通りの皆さんは、俺たちのオペレーター許可証を見ると、さっきより親切にしてくれるんですか?オペレーターになるって、そんなに特別なことなんですか?」
「特別なのはオペレーターそのものじゃなくて、お前さんたちの背後にある組織のほうだな。お前さんたちも、【群星の守護者】が伊藤唯とその奥さんたちによって創設された異世界対策組織だってことは知ってるだろ?」
「はい。それは俺たちもちゃんと知っています」
「まず、唯はこの世界がまだ混沌としていた頃、精霊族、魔族、半獣人、そして人間の国々が協力するための架け橋になっただけじゃなく、この世界を一度救ったこともあるんだ」
その話なら、俺も唯さんから聞いたことがある。
彼は、自分がかつて惨敗したのだと言っていた。
失ったさまざまなものをもう一度守り抜くために、彼はすべてを懸けたのだと。
「このヴィズホーンは、唯が命懸けで救った町なんだ。当時の彼は、自分の命と引き換えに、全員が生き残る未来を取り戻した。幸い、最後にはラミリス様によって復活したがな。だから、唯が設立した【群星の守護者】の一員であるお前さんたちが、ここで歓迎されるのも当然ってわけだ」
嘘だろ……
あの人、一度死んだことがあるのか?
当時の彼はそのことを軽く流すように話していたから、まさかそこまでひどい状況だったなんて思わなかった。
どうりで、アトラ大陸の英雄として見られているわけだ……
「それに、オペレーターになる条件も決して軽くはない。並外れた実力を持っているだけじゃなく、オペレーターには品行の良さも求められる。そうでなければ、唯とその奥さんたちに直接招かれるしかない。まあ、直接招かれた人間も、当然その条件を満たしているってことだがな」
「そうだったんですね……」
「教えてやるよ。アトラ大陸には、オペレーターになりたいと思っている奴なんて星の数ほどいる。だが、すべての試験を突破して、本当に輝く星になれる奴は、ほんの一握りしかいないんだ」
……思い返してみれば、ゼロスおじさんの言う通りなのかもしれない。
俺たちは物語がもたらしてくれた力を持っているから、さっきのテストにも余裕を持って対応できただけなのだろう。
もしかすると……
ほかの人たちにとっては、あのテストはかなり難しいものなのかもしれない。
「その許可証の重み、少しは感じたか?」
「はい。この許可証には、本当にたくさんの人の期待と希望が込められているんですね」
「だからオペレーター・エミール。これからも、しっかり頑張ってくれよ。期待してるぜ、新人オペレーターのみんな!」
皆で美味しくて肉汁たっぷりの串焼きを食べ終え、ゼロスおじさんに礼を言ってから、俺たちは再び領主邸へ向かって歩き出した。
◇
「「「……」」」
「着いたよ、エミールくん。ノクトゥナおば様もシリカちゃんも、どうして三人そろって固まってるの?」
嘘だろ、マリーナ……
これが唯さんの家だって?
この大豪邸は何なんだ?
やたらと広い塀の中には一面の青々とした芝生が広がっており、その芝生のど真ん中に、豪華な三階建ての屋敷がそびえ立っていた。
屋敷の裏手には現代的なプールがあるだけでなく、その隣には一目で丁寧に手入れされていると分かる庭まである。
さらに庭の中央には、お茶会を開くための白い東屋まで建っていた。
「うわぁ、金持ちだ!」
「何言ってるの……あの人、領主なのよ?お金がないわけないでしょ。行くわよ」
リリスは呆れたように俺へそうツッコミを入れると、門の前まで歩いていき、呼び鈴を押した。
するとすぐに、そっくりな顔をした茶髪のメイド姉妹が二人、俺たちを迎えに走ってきた。
「こんにちは、ヴィクトリア、ヴェロニカ。今日は唯さんのお家に一晩泊めてもらいに来たの」
「わあ、二日ぶりなのです、キャロリンちゃん!どうぞお入りください。フローラから話は聞いているのです!」
リンが言っていたところによると、今彼女に挨拶している短髪のメイドが姉のヴィクトリア。
そして、その後ろについてきている長髪のメイド、ヴェロニカが妹らしい。
実際、二人の生まれた時間はほんの数分しか違わない、双子の姉妹なのだという。
「こちらが皆さんの恋人さんなのですか?皆さんととってもお似合いなのです!」
「あははは……褒めてくれてありがとうございます、ヴェロニカ」
ヴェロニカは前へ出てくると、親しげに俺へ挨拶してくれた。
いきなり褒められると、なんだか照れるな……
「ヴェロニカ、まずはお客様を中へお通しするのです。外は暑いのです!」
「あ、お姉ちゃんの言う通りなのです……皆さん、どうぞ中へお入りください。お荷物は私たちにお任せください……なのです!」
なんて可愛い双子のメイドさんたちなんだ。
その後、ヴィクトリアは魔法で俺たちの荷物の下にある芝生を操り、そのまま荷物を屋敷の入口へ運んでくれた。
俺たちが玄関まで来ると、そこには眼鏡をかけた茶髪の年配メイドが立っており、俺たちへ挨拶してくれた。
「ようこそ領主邸へ、お客様方。私はメイド長のマーガレットと申します。どうぞこちらへ。皆様のお部屋はすでにご用意しております。お荷物は後ほどヴィクトリアとヴェロニカがお部屋までお運びいたしますので、まずは私が皆様をそれぞれのお部屋へご案内いたします」
マーガレットさんは、俺とリリスのお母様、そしてシリカという三人の見慣れない顔に気づいたのだろう。
細やかな気配りで、改めて皆に自己紹介してくれた。
さすがはメイド長だ。
「よろしくお願いします、マーガレットさん」
「いえ。これが私の務めですので」
◇
「それでは、皆様。ほかに何かお手伝いできることがございましたら、どうぞ遠慮なく私どもにお申しつけください」
マーガレットさんは必要なことをすべて伝え終えると、先に自分の仕事へ戻っていった。
広すぎる。
客室なのに、俺たちの世界でいう主寝室くらいの広さがある。
それだけじゃない。
ここのベッド……
試しに寝転がってみたら、俺はそのまま全身が沈み込んでしまった。
快適すぎるだろ!?
メイド姉妹が部屋まで運んできてくれた荷物を整理し終えたあと、俺は先に階下のリビングへ向かった。
なぜかって?
さっき玄関から入った時、リビングに妙なものが置かれているのを見つけたからだ。
「これ、一体何なんだ?」
今、俺はリビングでそれを観察している。
それは、扉枠のついた木製のドアだった。
リビングの隅に、ただ静かに立っている。
見た感じ、なんだか不思議な道具っぽい妙な雰囲気があるな……
「エミールくん、何してるの?」
「見てるだけだよ。入ってきた時に見つけてさ。何なのか気になって、ちょっと確認しに来ただけ」
勝手に人の家のものに触るのもよくないので、俺はただここで眺めているだけだった。
すると、ちょうど階下へ降りてきたマリーナが俺を見つけ、こちらへ近づいてきた。
「これが何か分かる?」
「分からないなぁ……一昨日、私たちが唯さんの家に来た時も、このドアは閉まってたよ」
「これが何の道具なのか、教えてもらわなかったのか?」
「それもなかったなぁ……」
俺たちが頭を悩ませて考えていると……
カチャ――
俺たちは手も触れていないのに、ドアが勝手に開いた。
「「ひゃああああ!!!」」
「……?」
ドアの向こうから、部屋着姿の黒髪の少女が出てきた。
見たところ、俺たちより数歳年上くらいだろうか。
俺たち二人は、まさかこのドアから女の子が出てくるとは思っておらず、驚きのあまり抱き合って叫んでしまった。
相手も、震えている俺たち二人を不思議そうな顔で見つめている。
「あなたたち二人、誰?」
「えっと……この家の主人に招かれて、この世界へ遊びに来た客……みたいなものですかね?」
「なるほど。ごめんね、驚かせちゃって。このドア、私の家につながってるから、私も時々こうして直接こっちに来て、うちの兄の奥さんたちと遊んでるんだ」
うちの兄?
「もしかして、あなたは唯さんの妹さんですか?」
「そうだよ。初めまして、伊藤美空です。よろしくね。二人は適当にくつろいでて。私は先にリリカと遊んでくるから」
そう言うと、彼女はそのまま三階へ向かって走っていき、階段の先へ消えていった。
「エミール、マリーナ。さっき、あなたたちの悲鳴が聞こえたような気がしたのだけれど……何かあったの?」
手に哺乳瓶を持ったフローラさんが、キッチンのほうからリビングへ様子を見に来てくれた。
恥ずかしすぎる!
俺たちの悲鳴、フローラさんに聞かれていたのか……
「あははは……さっきこのドアを見ていたら、ちょうど唯さんの妹さんがリリカに会いに来たんです。それで、突然現れた彼女に俺たち二人とも驚いてしまっただけで……」
「あら〜。そのドアは、別の地球にある唯さんのご実家につながっているんです。ですから、美空ちゃんは時間がある時、直接こちらへ遊びに来ることがあるんですよ。何も起きていないのなら、私は先に戻って赤ちゃんにミルクをあげてきますね。何か手伝ってほしいことがあれば、キッチンまで呼びに来てください」
「すみません、お手数をおかけしました」
「ふふ、小さなことですから。気にしないでくださいね〜」
見つけたのがフローラさんでよかった。
彼女は他人の失敗談をあちこちで言いふらすような人ではなさそうだし、俺たち二人の面目も、どうにか保たれた……はずだ。
◇
「それじゃあ、俺たちは先に町を少し見て回ってきますね」
「はーい、お客様方、いってらっしゃ〜い。ふあぁ……それじゃ、私は先に少し寝てくるね。ばいばーい」
俺たち一行がリビングに集まり、出かける準備をしていると、ちょうどラミリスが眠そうな顔で二階から降りてきた。
ヴェロニカによると、ラミリスは明け方から今までずっと配信を続けていて、ついさっき配信を終えたばかりらしい。
……
いや、話には聞いていたけど、どうして元創造神が配信者なんてやってるんだ?
さすがにめちゃくちゃすぎるだろ……
そんなこんなで、俺たちはその後、再びヴィズホーンの町へ繰り出した。
今日はオペレーター許可証を身につけていないにもかかわらず、オペレーター用の指輪に気づいた地元の人たちは、やはり熱心に近づいてきて、俺たちに声をかけてくれた。
俺たちが新人オペレーターだと知ると、彼らは次から次へと食べ物を差し入れてくれるようになった。
今、俺たちは町へ出てからまだ三十分も経っていないのに、すでに手で持ちきれないほどの食べ物を抱えている。
それ以上に、俺たちの腹にこれ以上入るのかどうかも怪しくなってきた……
そうだ!
「いっそ、食べきれない分はオペレーター用の指輪に収納しておかないか?」
「名案だよ!私のお腹がようやく救われた!」
リンはさっきから、次々と渡される異世界グルメで、もうお腹がはち切れそうになっていた。
“こんなに美味しいし、地元の人たちの厚意でもあるんだから、絶対に全部食べきる!”
最初はそう言っていたものの、しばらくすると彼女はあっさり白旗を上げた。
彼女がようやくサンドイッチ一箱を食べ終えたと思った次の瞬間には、今度は肉を挟んだパンのような食べ物を手に押しつけられていたのだ。
さまざまな異世界の美味しいものが、次から次へと俺たちの手元に流れ込んでくる。
その増えていく速度は、俺たちが食べる速度を完全に上回っていた。
この指輪に物を保存できる機能が付いていて、本当に助かった。
本来、このオペレーター用の指輪は任務中に使うためのものなのに、最初に収納するものが異世界グルメになるなんて……
その時、視界の端に、見覚えのある顔が映り込んだ。
「あれって、アンナじゃないか?」
よく目を凝らしてみると、店先の看板に描かれていたのは、アンナの姿を模した、肉餡入りの小さな焼き物だった。
「アンナ焼き???」
は?
何だ、その不思議すぎる食べ物は?
「いらっしゃいませ、お客さん〜。ここ二年ずっと大好評のアンナ焼きが、ちょうど焼き上がったところですよ。どれもほかほかで、とても美味しいよ!お客さんもいかがですか?」
俺が店先を眺めていると、愛想のいい狐人族のお姉さんがすぐにやってきて、俺たちに声をかけてくれた。
「ん……?」
けれど、彼女はふと俺たちの指にはめられているオペレーター用の指輪に気づいたらしい。
「もしかして……さっき町で噂になっていた新人オペレーターって、あなたたちですか?」
「はい。少し前に、俺たちはオペレーターとして登録したばかりなんです。ただ、俺たち以外にも一緒にオペレーターになった人たちはいますけど」
「わあ……羨ましいですね」
「店員のお姉さんも、試しに試験を受けてみたらどうですか?もしかしたら、俺たちと同じように加入できるかもしれませんよ?」
「本当ですか?えへへへ……もしそうなったら、これからはあなたたちを羨ましがらなくて済むし、アンナ様を近くで観察する理由ももっと増えるじゃないですか!えへへへへへへ……」
待て待て、羨ましい理由ってそこなのか!?
動機が不純すぎるだろ!
アンナは昔、一体何をやらかしたんだ!?
どうやら、この店員のお姉さんはアンナにかなり執着しているらしい。
なんだか少し様子がおかしいぞ……
彼女、アンナを神格化しているどころか、もはや自分の信仰そのものにしてないか!?
唯さんは、この店員のお姉さんがアンナをこんなふうに見ていることを知っているのか?
いや……
アンナ焼きがここで二年も売られている以上、領主である唯さんが知らないわけがないか……
「すみません、お客様。うちの店主は竜王のことになると、少々、その……感情が高ぶってしまうんです。どうかあまり気にしないでください……」
ごほっ、ごほっ!
というか、このお姉さん、店主だったのか!
どうりでアンナ焼きなんてものがあるわけだ。店主自ら売り出した商品だったのか。
もう一人の狐人族の店員は、彼女が怪しげな表情を浮かべていることに気づくと、厨房の奥からものすごい速さで俺たちの前まで駆けつけ、謝罪と説明をしてくれた。
「直人、このオペレーターさんが、私にもオペレーター許可証を取れる可能性があるって言ってくれたの!店番お願い!私、今から試験に申し込んでくる!」
「待ってくださいよ、店主!何を武器に試験を受けるつもりなんですか?アンナ焼きですか?エリーナさんが通してくれるわけないでしょう!」
「もう私を止めないで、直人!これ以上止めるなら給料を減らすわよ!毎日アンナ様に会いに行ける口実を作る機会が、すぐそこまで来ているのよおおおおおお!」
「減らすなら減らしてください!頼みますから、店主。新人オペレーターの前でそんな痴態を晒さないでください!」
「離しなさい!オペレーター様、ここに変態店員がいます!私を人気のないところへ連れ込んで、いかがわしいことをしようとしています!助けてええええ!」
こほん……
オペレーター?
オペレーターなんて、どこにいるんだ?
「……華恋、ここにオペレーターなんていたか?あの人、誰を呼んでるんだ?」
「さあ?人違いではないでしょうか?」
店主さんは両目から血の涙でも流しているかのような勢いで、必死に俺たちへ手を伸ばし、助けを求めていた。
けれど、おやつ屋の勇者様にがっちり押さえつけられ、壁際から一歩も動けなくなっている。
その結果、俺たちは自分たちが彼女の言うオペレーターではないふりをして、店主さんを直人さんに任せたまま、逃げるように【和松屋】をあとにした。
「私を見捨てないでください!オペレーター様あああああ!!」
ひぃ……!
ある程度距離を取ってからも、背後からは店主さんの叫び声が途切れ途切れに聞こえてきた……
【和松屋】。
すごいおやつ屋だ。
覚えておこう……




