第12章 未来の可能性
「ふあぁ……やっぱり、自分の部屋のベッドで寝るのが一番気持ちいいな〜」
もぞもぞ――
ん?
朝起きると、布団の中で何かがもぞもぞ動いていることに気づいた……
「すぅ……」
「ア……アイリーン!?どうして俺のベッドで寝てるんだ!?」
「ん……あと五分だけ……」
昨夜、母さんはアイリーンの返事を聞いたあと、すぐに上機嫌で彼女を俺たちが一時的に暮らしているアパートへ連れて帰った。
アイリーンの部屋は俺の隣にあるはずなのに、なぜか彼女は俺の部屋で寝ていた。
しかも、俺はちゃんと鍵をかけていたはずだよな?
彼女はいったいどうやって入ってきたんだ!?
「アイリーン……おーい、起きろ〜」
「どうしたんですか、エミール……?」
「どうして君が俺の布団の中で寝ているんだ?」
「ん?昨夜、夜中にホットミルクを飲みに出たら、お母さんと偶然会ったんです。そうしたら、私に許可をくれただけじゃなくて、あなたと一緒に寝てもいいと言って、部屋の扉まで開けてくれました。お母さんが同意してくれたなら、問題ありませんよね?」
問題しかないだろ、おい!
つまり俺は、母さんにはめられたってことか!
はぁ……まあいい。
エスギルでも同じ部屋で寝たことはあるし、これ以上ツッコまないことにしよう……
「次からは俺にも一声かけてくれよ?何も言わずに俺の部屋へ忍び込むのはやめてくれ。考えてみろ。もし目が覚めた時、俺が君の上に覆いかぶさっていたら、君はどう思うんだ?」
「素敵です。毎日そうしてくれてもいいですよ」
「アイリーンんんん!!!」
どうしてそんな純真な顔で、そういうことを言えるんだ!?
卑怯すぎる!
「まずは起きて、準備しよう」
「起きられません〜。抱っこして起こしてください〜」
アイリーンは俺に向かって両手を広げ、抱き起こしてほしいと訴えてきた。
まだ眠そうなその顔も、寝起きのせいで胸元の寝間着が少し乱れているところも…
時々、彼女はこうして俺に甘えてくる。
ものすごく可愛い。
「よいしょ……行こうか、お姫様。準備しに行くぞ?」
「着替えも手伝ってください〜」
「いやいやいや、それはさすがにやりすぎだろ!?」
朝っぱらからそんな刺激を与えられたら、俺が耐えられない!
「エミールなら、私は構いません……よ?」
「俺が構うんだよ!君たちと一緒に寝ていると、たまに体に触れてしまうだけでも、俺の理性にはかなりの試練なんだぞ!」
「私は嫌じゃないので、大丈夫です。むしろ、あなたの体温を感じられると安心します」
頑張れ、俺の理性。
この先はまだ長いんだ……
——————
俺たち二人は身支度を整えたあと、下の食堂へ行って簡単な朝食を取っていた。
すると、そのタイミングで二人のスマホが鳴った。
リリスがグループにメッセージを送ってきたらしい。
「ん?一時間後に、指揮室に集合だって?」
「どうせこのあとは特に予定もありませんし、朝食を食べ終わったら、一緒に外へ散歩に行きませんか?それから時間になったら指揮室へ行きましょう」
「おお、いいな。ちょっとしたデートってことで」
「えへへ……はい、デートです」
◇
「ん?エミール、アイリーン?二人とも、おはよう」
「リリス、おはよう」
「おはようございます、リリスちゃん!」
俺たち二人が異世界人たちの一時居住区へやって来ると、ちょうどリリスと出会った。
「誰かを探しに来たのか?」
「うん。各異世界人グループの代表者に、あとで指揮室で会議を開くことを伝えに来た」
「それなら、俺たちも一緒に行くよ。悪いな、アイリーン。食後のデートはここまでだ」
「大丈夫です。一緒に暮らすようになったら、あなたと過ごせる時間はまだまだたくさんありますから」
いい子だな、アイリーン。
こういう時、彼女が不機嫌になる心配はまったくないし、いつも俺の行動に合わせてくれる。
よし。
あとで家に帰ったら、ちゃんと時間を作って彼女に付き合おう。
「ふふ。行こう。まずはアイヴィさんを訪ねる。彼女の住まいは、ここからかなり近いから」
リリスは俺たち二人のやり取りを見て、思わず小さく口元を緩めた。
その後、彼女は俺たち二人を連れて、アイヴィさんのところへ向かった。
異世界人たちは、【群星の守護者】が用意した仮設テントで生活している。
ただ、今はまだ時間が早いこともあり、起きているのは朝に強いピクシー族と、数人の人狼族くらいで、ほかの人たちはまだテントの中でぐっすり眠っていた。
リリスがアイヴィさんとアクィーナさんに用件を伝えたあと、俺たちはそのまま彼女について行き、吸血鬼族のテントでヴィクトルさんとその奥さんを見つけた。
最後に、俺たちは人狼族のテントの外へやって来た。
「カズ、起きてるか?」
「ん?エミールか?どうした?リリスとアイリーンもいるのか?」
どうやら、カズも早起き組の一人らしい。
彼はテントのファスナーを開け、中から顔を覗かせた。
「このあと指揮室でいくつか話し合うことがあるから、代表者たちに知らせて回っているんだ」
「おお、分かった。痛っ……!」
その時、カズが突然びくっと跳ねた。
まるで足の裏に何かが刺さったみたいだった。
「ぶはははは!あの【アーク】をひと蹴りでぶっ壊したカズがそんな顔をするなんて、笑うしかないだろ」
「笑うなよ……」
「ところで、何してたんだ?」
「これをやってたんだよ」
彼はテントの中から、針と糸、それから不格好に縫われたぬいぐるみを取り出した。
「……エスギルから持ち帰った、あのぬいぐるみですか?」
「ああ。こいつをちゃんと直したくてな。昨夜、わざわざゼナに縫い方を教えてもらったんだ。けど、俺はまだ初心者だから、縫い目がひどくてな……」
「何事も最初が一番難しいですから。落ち込まないでください。縫い物を始めたばかりなら、それが普通ですよ。ところで、縫い物に興味があるんですか?」
「いやいや、俺はただ、このぬいぐるみを直すために縫い物を覚えただけだ。直し終わったら、それで終わりだろ。だいたい、俺みたいな大の男が針仕事なんて、似合わなさすぎる」
「そんなことありません」
アイリーンは首を横に振り、カズの言葉を否定した。
「趣味に似合うとか似合わないとかはありません。本当に興味があるなら、ちゃんと学べばいいんです。何かを頑張って身につけようとしている人を、否定する資格なんて誰にもないと思います。だって、時間をかけて学ぼうとしている時点で、もう十分すごいことなんですから!」
「アイリーン……ああ、ありがとう。少し考えてみる」
「すみません、お話の途中ですけど、そろそろ時間です。行きましょう」
「分かった。先にこの針と糸を片づけさせてくれ。昨夜、俺が適当に脇へ置いておいただけで、ゼナにものすごく怒られたんだ。正直、あいつは怖い……」
俺は、ゼナのほうが絶対に正しいと思うぞ?
針と糸を使い終わったあと、その辺に放っておくのは普通に危ないし……
——————
指揮室には、俺たちや異世界人の代表者たち以外にも、父さん、母さん、クレモンおじさん、エイデンさん、【アーク】組のみんな、そしてユリまで呼ばれていた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私たちから、いくつか相談したいことがあります」
予想外だったのは、今、前に立って話しているのがリリスではなく、ラミリスだったことだ。
さらに、彼女の後ろには鈴奈さんと唯さんも立っていた。
今回の会議はラミリスが主導するらしく、二人はあくまで彼女を補佐するために立っているようだった。
「全部で三つ、皆の意見を聞きたいことがある。エスギル側のみんなは覚えておいて。あなたたちはこれから、それぞれの部族や種族を代表して意見を述べることになる。だから、きちんと考えてから答えてね」
「はい」
「分かりました」
「問題ない」
アイヴィさん、アクィーナさん、カズの三人は、それぞれ順番に返事をした。
「僕も“分かりました”と言いたいところなんですが……本当に僕が吸血鬼族を代表してもいいんですか?」
ただ、吸血鬼族の代表であるヴィクトルさんだけは、少し慌てた様子だった。
「大丈夫。事前にほかの吸血鬼たちにも聞いておいたけど、誰が代表になってもまったく気にしないって言っていたから、私があなたを代表に指定しただけ」
「そうなんですか?はぁ……吸血鬼族のみんながわりと自由なのは知っていますけど、さすがに自由すぎませんか……」
結局、彼はぎこちない様子のまま、突然自分に降ってきたその役目を引き受けるしかなかった。
「それじゃあ、まず一つ目の議題から話し合おう。静さん、昨夜急にお願いしたアンケート調査のほうはどうなった?」
「地球側の皆さんから、あなたが必要としていた資料はすでに集め終えました。こちらがアンケート調査の結果です」
「ありがとう、静さん。おお、これは良い知らせみたいだね?」
華恋によると、静さんは昨夜、資料を集め終えたあと、そのまま徹夜で整理作業に入ったらしい。
その結果、今に至るまで、彼女は一時間ほどしか仮眠を取っていないそうだ。
さっき華恋は重いため息をつきながら、“ほら、だから私はママと一緒に暮らすって言ったんです”と言っていた。
その言葉には、静さんも苦笑するしかなかった。
地球で毎日必死に研究していた頃の習慣は、もう体に染みついているのだろう。
そう簡単には直らなさそうだ。
「一つ目の議題は、あなたたち異世界人がこのまま地球に残ってもいいのか、ということについてだよ。静さんが地球側の住民たちから集めてくれた資料によると、八十三パーセントの住民が、あなたたちがこの世界に定住しても特に問題はないと考えているみたい。残りの反対票の内訳は、えっと……九パーセントが外見の異なる異世界人を怖がっている。六パーセントが、まだ異世界人を許せない。そして最後の二パーセントは……え、何これ?」
彼女は手元の資料に目を通しながら、そこに書かれている内容を一つずつ読み上げていたが、最後の項目で少し言葉を詰まらせた。
「“ケモナーじゃないので反対票を入れました”……?どこの馬鹿がこんな理由で反対票を入れたの!?あとでそいつらの手をへし折りに……」
「落ち着け、ラミ。ゲーム内の殺伐としたノリを現実に持ち込むなよ?」
「分かってるよ!」
唯さんが冗談交じりにそう言ってくれたおかげで、ラミリスはぴくぴくと引きつっていた口元をどうにか落ち着かせた。
……
待て。
今の、冗談だよな?
「とにかく、最後の二パーセントの馬鹿はひとまず置いておくとして、ここの住民たちの多くは、あなたたちがここに住み続けることを歓迎している。憎しみから反対票を入れた人たちについても、あなたたちが残りたいのなら、こちらで双方の話し合いを手伝うことはできる。だから、話し合いで解決できる問題ではあると思う……」
ラミリスはその場にいる、異世界から来た各種族の代表者たちを見回し、片眉を上げた。
「どう?あなたたちはこの世界に残りたい?それとも、私たちの領地へ移住したい?唯は領主だし、うちの世界の諸王ともたまたま友達だから。私たちと一緒に来たいなら、それはそれで方法を考えてあげられるよ」
いやいやいや、うちの世界の諸王ともたまたま友達って何だよ?
聞いただけでとんでもない話を、さらっと流さないでくれ!
「……俺たち人狼族は残る。俺たちはかつて、自分たちの手でこの世界を壊した。だから俺は、この街をもう一度、昔の姿に戻したい。それが少しでも罪滅ぼしになるならな」
「私と村の者たちも残ります。最初から、そう話し合っていましたから」
「高等サキュバスのみんなも同じです」
「ええ、吸血鬼族も同じです。はぁ……胃が痛い……」
ヴィクトルさん、今は少しだけ我慢してください……
彼はコルベスさんから渡された小さな錠剤を飲むと、少しずつ顔色がすっきりしていった。
あれは、たしか胃薬だったか?
「OK、いいね。これで一つ目の議題は解決だ。それじゃあ二つ目の議題だけど……まあ、三つ目とも関係しているから、まとめて話すね」
唯さんは異空間から一部の報告書を取り出してラミリスに渡すと、再び彼女の後ろへ下がった。
「前に、私は【編織者システム】は危険だから、すべてが終わったあとで破壊する必要があるって言ったよね?でも今は、その前言を撤回したい」
「もう破壊するつもりはないんですか?」
「うん。昨夜、フフが体内に保存していたすべての情報を『解析』したんだ」
彼女は肩の上で星明かりのように輝いていた小さな球体をテーブルの上に置き、それを初めて見る人たちの好奇の視線を集めた。
フフはたくさんの人が自分を見ていることに気づくと、すぐに活発になった。
テーブルの上でぴょんぴょん跳ね回り、その様子を見た女性たちから次々と“かわいい”という声が上がる。
「近い将来、私たちは文字通り、【最初の亀裂】と正面から戦うことになるかもしれない」
同時に鈴奈さんも、彼女たちの後ろにある投影画面に、【最初の亀裂】に関する写真をいくつも映し出した。
それは、俺たちが一度見たことのある巨大な眼球だった。
だから、俺たち数人には、多かれ少なかれあの存在に対する耐性があった。
けれど、あの時エスギルへ一緒に行っていなかった人たちは、そうとは限らない。
「……あれはいったい何なんだ?」
雪狐小隊の暗殺者――影が、愕然とした様子でそう問いかけた。
ラミリスはただ肩をすくめ、自分にもよく分からないと示すような仕草をした。
「命を落とした私たちの仲間は、あれを“原初時代からすでに存在していた宇宙の癌”と呼んでいた。もしかすると、あれが次にやって来る時は、どこかの星の文明を消し去ろうとする時なのかもしれない。とにかく、私たちは【編織者システム】を壊さずに残しておきたい。そして……この装置を【群星の守護者】の管理下に置きたい」
しかし、彼女が次の言葉を口にした時、ユリは眉をひそめた。
「ラミリス、この装置は、亡くなった私の仲間たちが作り上げた発明であり、彼らの努力の結晶でもあります。失礼な言い方になりますが、あなたたちはどういう理由で、それを無償で引き渡せと言うんですか?ましてや、あなたたちの管理下に置くなんて……」
自分の仲間たちが努力の末に生み出した結晶を、理由もなく奪われようとしている。そう受け取ったユリは、少し怒っているようだった。
「まずは俺たちの話を聞いてから、受け入れるかどうか決めてくれ。理由は二つある。まず、俺たちはこの装置を厳重に保管して、悪意ある者が危険なことに利用できないようにしたい。ただし、それは装置を直接俺たちの世界へ持ち帰って管理するという意味じゃない。俺たちはこの場所に小さな拠点を作り、装置の管理自体は引き続き君たちに任せたいと考えている」
「拠点?」
「【群星の守護者】は俺たちの本部だ。そして君たちの世界に作る小さな拠点は、本部の運営を補助する異世界対策組織になる。分かりやすく言えば、支部のようなものだと思ってくれればいい。俺たちは君たちに、いくつかのリスク評価や、任務記録映像の編集といった仕事を担ってもらいたい」
唯さんはうなずくと、続けて彼らの考えをユリに伝えた。
だが、それはユリが想像していた“管理”とはまったく違っていたため、彼女はその場で固まってしまった。
そもそも誰も、彼らがこの半壊した世界に、【群星の守護者】と同じような支部組織を本気で作ろうとしているなんて、思ってもいなかったのだ。
「エスギルの住民たちがこの大地で新しい生活を始める以上、私たちとしても、大勢の新住民や、この地球で生まれ育ったあなたたちの中から、有能な新しい仲間を迎え入れたいと思っている。そしてそれこそが、これから話す三つ目の議題に関わってくるんだ」
ラミリスは口元をつり上げ、唯さんの言葉を引き継いだ。
彼らの間では、すでに基本的な構想が固まっているのだろう。
だからこそ、あんなにも自信に満ちた表情をしているのだ。
「諸君、あなたたちはオペレーターになることに興味はあるかな?」
彼女の次の一言は、たちまち指揮室に大きなどよめきを巻き起こした。




