第11章 で、襲撃は……?
「リリス」
「分かってる、エミール。ただ……この件だけは、私はどうしても譲れない。あなたには、人を殺した罪を背負ってこれからの日々を過ごすのではなく、胸を張って生きてほしい」
「俺だって、エスギルが地球へ侵攻してきた戦争の中で、エスギル人を大勢殺した」
「殺さざるを得なかったのと、自分から殺すのは違う」
その揺るぎない眼差しを見れば、分かった。
これが彼女の譲れない一線なのだ。
彼女は俺を守るために、ここまでしようとしている。
はぁ……
「お前さ……いくらなんでも過保護すぎないか?」
「先生として、小隊の中で最年長の者として、当然のこと」
「ありがとう。でも、もう一度だけ言わせてくれ。俺はもう子どもじゃない。自分の下した決断に責任を持つことくらいできる。分かったか?」
「うん」
まったく。
リリスの出発点が俺のためだと分かっている以上、俺も何も言えないじゃないか。
ともあれ、俺たちはこの世界で一週間を過ごした末に、ようやくすべての元凶を打ち倒した。
もちろん……
「……」
俺たちのこの異世界の旅にも、犠牲者は出てしまった。
唯さんは、手のひらの上でぴょんぴょん跳ねる小さな球を呆然と見つめたまま、まだ立ち直れていないようだった。
「ふぅ……よし。行こう」
「大丈夫ですか、唯さん?」
「大丈夫……なわけないよな。仲間を一人失ったんだ。心が痛まないはずがない。けど、忘れるな。すべてが終わったわけじゃない」
彼は深呼吸をして、自分の気持ちを整えた。
そして、星々が瞬く夜空を指差して言った。
「俺たちには、まだ解決しなきゃならないことがある。行こう。フロシアの努力を無駄にするな。俺は、ほかの世界のことが心配だ」
トレイズは戦いが始まる前、自分が魔獣の大軍を差し向け、俺たち全員の世界を攻めさせていると言っていた。
だから俺たちは今、できるだけ早く自分たちの世界へ戻り、みんなが無事かどうかを確かめなければならない。
——————
「逃げる……?ここは俺たちの家なんですよ!村長、本当にこのまま俺たちの故郷を捨てるつもりなんですか!?」
「故郷は失っても、また作り直すことができます。でも、この先あなたたちがあの未知の脅威に抹殺されれば、すべては二度とやり直せません。今の私たちには、逃げる以外に、あんなものに対抗する手段はもう残されていません。あなたたちも先ほど、あの理不尽な存在を見たでしょう?」
「……」
俺たちと一緒に地球へ向かうのか。
それとも、自分たちの言う“故郷”のために、ここに残って死を待つのか。
それが、アクィーナさんが村人たちに突きつけた単純な選択肢だった。
村に戻ったあと、【群星の守護者】とアクィーナさんはすぐにすべての村人と生存者を集め、今の事態がどれほど深刻なのかを説明した。
ピシッ――
夜空に、細い蒼い亀裂が走った。
つまり、村人たちに考える時間はもう残されていないということだ。
彼らは今この場で、自分たちの未来を選ばなければならない。
「ふぅ……息が切れて死ぬかと思った……」
事態を説明したあと、またすぐに姿を消していた唯さんが戻ってきた。
彼が肩に担いでいるのは、エスギルのあの虚ろな宮殿で、最後に残っていた、魔道具によって自我を失ったメイドだった。
「おや?男の人にとって、美人を運ぶのはご褒美じゃないの?」
「お前も一度、あの馬鹿みたいに広い宮殿の中で、生存者を探すために全速力で走り回ってみろ。しかも、それを三十分で三十七回も繰り返すんだぞ!そのあとで、それがご褒美なのか拷問なのか教えてくれ……」
唯さんは魔王リリカのからかいに、息も絶え絶えになりながらそう返した。
「先にジュースでも飲んで、少し休んでください」
「ありがとう、ミア。やっと水分補給ができる……」
その後、彼はミアから渡されたジュースを受け取り、一気に飲み干した。
……
「ごほっ!酸っぱっ!またパチジュースか!?」
「あははは。これ、村に残っていた最後の数個のパチの実を搾ったものなんですよ?」
だが、すぐにそのジュースの酸味にむせてしまった。
唯さんが今こうして半分虚脱したような状態になっている理由は、ついさっき彼がふと思い出したいくつかのことにあった。
三十分前、彼は『空間転移』を使って、一時的に村を離れていた。
道中、唯さんはナセフィンとリリスのお母様の会話を耳にしたことで、まだ数人のメイドが宮殿に取り残されていることを思い出したらしく、すぐに一人で向かったのだ。
その結果が、今のこれだ。
彼は取り残されかけていたメイドたちを全員連れ戻してきたものの、自分は汗だくになり、大の字になって地面に倒れ、荒い息を吐いていた。
「それで……決心はついたか?時間がない。大事なものをまとめて持っていけ。俺たちは撤収する。『空間転移』」
ブン――
見慣れた青い転移門だ。
これで……ようやく俺たちは帰れる。
けれど、もし扉の向こう側が魔獣だらけになっていたら……
父さんや母さん、それに皆がもう死んでいたら、俺はどうすればいいのだろう。
「私たちがこの世界へ出発する前に、本部にはあなたたちの地球の動向を注視するよう伝えてある。だから、もし本当にトレイズがそこへ魔獣を送り込んでいたとしても、本部なら待機中の小隊を派遣して、彼らを支援しているはずだ。安心して」
ラミリスは俺たちの不安そうな様子を見て、無理に笑みを浮かべながらそう慰めてくれた。
……
お前だって、自分の家がどうなっているのか心配なはずなのに……
「お……俺たちも、あんたたちと一緒に行く。ここで何の意味もなく死ぬくらいなら、あんたたちと一緒に異世界へ逃げたほうがまだいい」
死を前にして、強硬だった村人たちも最終的には折れた。
「それでいい。命は何よりも尊い。だから、その命を大切にすることこそが正しい選択だ。行くぞ。よいしょ……アンナ、ほかのメイドたちを頼めるか?」
「うん。残りの人たちは、アンナに任せて。アンナの盾の上に乗せればいい」
アンナは唯さんにうなずくと、器用に盾を組み合わせ、巨大な運搬用の台へと変形させた。
「わお。そんなに大勢乗せられるの?」
「ふふんっ♪だってアンナの【突襲武装】は世界最強だから!」
リンが思わず感嘆の声を漏らすと、アンナは誇らしげに胸を張った。
皆で、虚ろな目をしたメイドたちを台の上に乗せ、転移門の向こう側へ運んでいった。
「じゃあママ、帰ろう」
「リリス……うん!」
リリスはお母様の手を引き、彼女と一緒に転移門の中へ消えていった。
「戻ったら、絶対に雪狐小隊のみんなにこの異世界体験を話してやる!聞いたら絶対、羨ましがって死ぬほど悔しがるはずだよ」
「陽葵、あなた、大半の時間は雑兵を掃除していただけでしょう?それって、そんなに自慢できることでもないんじゃない?“狂犬”のあだ名が“チワワ”になっちゃうよ?」
「あだ名が“チワワ”になっても、アタシは別に構わないけど。ん?違う違う……千夏、この野郎!アタシは“狂犬”じゃないって、何回言わせる気!?」
「あはははは、チワワちゃん!華恋、それからみんな、私たちは先に戻るね!」
雪狐小隊の二人組は、いつも通り騒がしく言い合いながら、転移門へ足を踏み入れ、俺たちより先に去っていった。
「本当に、手に汗握る旅でしたね」
「どうして少し寂しそうなんだ?」
「そう見えますか?皆さん、急に強くなったみたいで、戦いの中でも一緒に活躍していました。私はというと、自分一人で【湮滅異構体】を一体倒すだけでも、かなり苦労してしまいましたから……」
華恋は、さっき自分が【湮滅異構体】と戦っていた時のことを思い出し、思わずため息をついた。
「分かるぞ、華恋!しかも最後の最後で、俺なんてまたリリスに守られたし……」
「もう、二人とも!そんなに落ち込まないでよ!私にとっては、みんなが生きて一緒に帰れるだけで、これ以上ない幸せなんだから」
リンは突然、俺たちの背後から駆け寄って二人の間に割り込むと、そのまま両腕で俺たちの腰をぎゅっと抱きしめた。
そう言う彼女の目元は、少し潤んでいた。
「それも、リンが俺たちのために奇跡を起こしてくれたおかげだな」
「えへへ、すごいでしょ?私、本当に頑張ったんだよ!」
彼女のきらきらした眼差しは、まるで俺に“早く褒めて!”と言っているみたいだった。
いつだって、リンは元気いっぱいな姿を見せてくれる。
彼女の笑顔は、小隊を支える柱だと言っても過言ではない。
とはいえ、彼女がこんなに期待している以上……
頑張った美少女には、なでなでのご褒美を授けるとしよう〜
「さて、私たちも帰りましょう。トレイズが地球をどんな状態にしたのか分かりませんし……少なくとも、戦闘の準備だけはしておきましょう」
リヤの言う通りだな……
気を引き締めて、帰ろう。
——————
とはいえ……
「この予想外すぎる光景は何なんだよ!?」
出発する前、俺たちは確かにボロボロの廃墟の中で野営していたはずだ。
それなのに、戻ってきた地球には魔獣の影すらなく、むしろアルカディアの周辺はすっかり都市としての本来の姿を取り戻していた。
いや……
俺たち、まだ一週間くらいしか離れてなかったよな!?
「あなた、見て!うちの息子がやっと帰ってきたわ!」
「凱旋ってやつか、エミール?」
母さんと父さんだ。
ここにいるのは二人だけじゃない。仲間たちの家族まで、転移門の近くで俺たちを待っていた。
え……え?
待て、魔獣の襲撃は?
襲われていないのはいいことだけど……どうして?
まさかトレイズは唯さんを焦らせるために、あの話をでっち上げたのか?
「父さん、母さん、ただいま。というか……こっちは無事なのか?どうしてこんな短時間で、ここまでとんでもない変化が起きているんだ?」
「さっき、確かにたくさんの怪物が灰黒色の転移門から次々に現れて、ここを襲ってきたわ。でも、ちょうど鈴奈さんもここにいたの。だから彼女が急いで本部へ連絡して、大勢の人を支援に回してもらったのよ」
母さんは俺が訳も分からずにいる様子を見て、すぐに苦笑しながら、さっき起きたことを説明してくれた。
「それに、支援が到着する前から、コボルトや人狼族の人たちが新しい装備を手に、私たち編織者と一緒に前線で戦ってくれていたわ。最後は皆が倒れそうになったところで、異世界からの支援部隊もちょうど到着してくれたの。そうじゃなかったら、本当に危なかったわね」
「鈴奈さん……?ああ、思い出した!唯さんの、俺たちと一緒に来なかった奥さんか!彼女もここにいるのか?」
確か唯さんから、彼女のフルネームは天谷鈴奈だと聞いていた。
もともと彼女は科学者で、今は自分の研究所で技術開発の仕事をしているらしい。
俺たちが異世界で使っていた魔法の小型常夜灯も、彼女の研究所が開発した魔道具だった。
「彼女は、コボルトや人狼族の人たちに自分の新しく開発した装備を試してもらいながら、都市の修復を進めるつもりで、数日前からここに来ていたの。都市の修復作業があそこまで早く進んだのも、その新装備と獣人たちの努力のおかげなのよ」
確かに。
俺たちはさっき、何人かのコボルトや人狼族が、離れた場所から重い物を持ち上げられる小型銃器で建材を運んでいるところも見たし、青いレーザーを照射する工具で鉄筋を簡単に切断している人も見た。
……作業効率は、従来の建築工具とは比べものにならないほど高そうだ。
ここへ戻ってきた時、マリーナとアイリーンもその新しい道具に目を奪われていた。
そして今、俺がこうして尋ねてみて、ようやくあれが鈴奈さんの持ち込んだ新装備だったことが分かった。
何と言えばいいのだろう……
短い数日の間に都市をここまで修復できたのは、編織者の作業員、異世界の獣人たち、そして鈴奈さんの装備。
その三者がうまく噛み合ったからこそ、成し遂げられたことなのだろう。
とにかく、この件はいまだに信じがたいものがあった。
カチャカチャ――
ん?
長い茶髪の、無口で無表情な少女が、アンナのように空中を行き来しながら建材を運んでいた。
彼女のあの装備、どう見ても機天使みたいなんだけど?
「父さん、彼女は……?」
「彼女はオペレーター・シア。【群星の守護者】から来た支援者の一人だ。それから、あそこにいるのが彼女の相棒のオペレーター・カルストンだ。彼は修理したものをアンナに返したかったらしくてな。だからシアちゃんも、しばらく彼に付き添う形でここに残り、手伝ってくれていたんだ」
父さんは少し離れた場所で、アンナと話している黒髪の少年を指さしながら言った。
彼がさっきアンナに返していたのは、【ネメシス】殲星砲の構成部品だった。
どうやら、砲身が溶け落ちていたあの殲星砲は、もう修理されたらしい。
あの少年が、【ネメシス】を設計して造り上げた開発者だったのか!
ここ、急に人が増えたな……
見慣れない顔ぶれの中には、輝光小隊のメンバーもいた。
輝光小隊の弓使いであるニフィアさんは、俺たちが戻ってきたのを見ると、手を振りながらこちらへ駆け寄ってきた。
「みんな、おかえり〜。もう全部終わったの?先生たちと、ほかの人たちは?」
「現地の住民の移住を手伝っている。もうすぐ戻ってくるはずだ。転移門は商店街のほうにある」
「おお!じゃあ、私もそっちへ迎えに行ってくるね。ありがと、エミールくん!」
そう言うと、彼女はまた慌ただしく走り去っていった。
まるで一陣の風のように。
◇
皆はひとまず、それぞれの家族と一緒に家へ帰っていった。
マリーナのおばあさんは、彼女の目と髪を見た時、一瞬、自分の孫娘に何かあったのではないかと心配していた。
けれど、俺とマリーナが一緒に事情を説明すると、どうにか俺たちの説明を受け入れてくれた……と思う。
今は彼女もマリーナを連れて家へ帰り、この場に残っているのはアイリーンと華恋の二人だけだった。
「華恋、静さんのところへ行かなくていいのか?」
「ママは、魔獣の包囲戦の後処理をしているみたいですから、後で会いに行っても大丈夫です」
「じゃあ、アイリーンは?」
「私は……」
口に出してから、俺は自分が失言したことに気づいた。
アイリーンは家に帰るにしても、帰れる場所は昔彼女を受け入れてくれた孤児院くらいしかない。
うん……
よくないことを聞いてしまったな。
「ごめん……」
「……アイリーンちゃん、いっそ私たちと一緒に暮らさない?」
「「!?」」
母さん、何を言い出してるんだ!?
「つまり、私たちがアイリーンちゃんを養女として迎えて、うちで一緒に暮らすということだ。君たちが異世界へ向かってから、俺と母さんはこっそりこの件について話し合っていたんだよ。どうだい、アイリーンちゃん?エミールや俺たちと一緒に暮らしてみないか?」
「……!本当にいいんですか!?ふつつか者ですが、どうかよろしくお願いします!」
うわ……
まさかの即答!?
「アイリーン、何も考えずに父さんの提案を受け入れて、本当に大丈夫なのか!?」
「あなたと一緒に暮らせるんですよ?考える必要なんてありません。むしろ、こちらからお願いしたいくらいです」
「おやおや、エミール?アイリーンちゃんをここまで夢中にさせるなんて、なかなかやるじゃないか」
父さん、そこで俺をからかわないでくれ!
「いいじゃない?どうせあなたたちは遅かれ早かれ同棲するんだから、私たちはその進展を少し早めただけよ。形の上ではうちの養女になるけど、あなたたち二人の関係は今まで通りだからね?」
いや、母さん!
俺たちの家は再建されたとしても、そこまで広いわけじゃないんだぞ。
勢いでアイリーンをうちに住まわせる流れにしないでくれ……
もちろん、俺もかなり期待しているけど……!
それはそうなんだけど、言わせてほしい。
この進展、少しどころじゃなく早すぎないか!?
というか、どうして俺は今、自分の両親にまでツッコミを入れる立場になっているんだ!?
「はぁ……もういい、もういい。ツッコミを入れるのも面倒になってきた。そうだ、父さん、母さん。実は……今回の旅で、俺は華恋とも付き合うことになった」
「……!はい!お父様、お母様、これからどうかよろしくお願いいたします」
華恋と父さんたちもここにいるので、俺はついでにそのことも伝えた。
「おお?エミール、華恋ちゃんまで射止めたのか?さすがは俺の息子だ!それで、華恋ちゃんも一緒にうちへ引っ越してくるのかな?」
どうしてすぐ華恋まで誘うんだよ!?
頼むから。
お願いだから、少しは大人しくしてくれないか?
「お気遣いありがとうございます、エミールくんのお父様。ですが、私はこのままママと一緒に暮らしたいと思っています。ママはよく仕事で夜更かしをしてしまうので、できるだけそばにいて、体調を支えてあげたいんです」
「なんて親孝行な子なの……エミール、華恋ちゃんも早くお嫁さんにもらいなさい。こんなにいい子なんだから、絶対に手放しちゃだめよ?」
「母さん、頼むから落ち着いてくれ……華恋がすごく親孝行なのは分かるけど、俺たちはまだ十六歳なんだぞ!十六歳!結婚なんて、俺たちには早すぎるだろ!」
「つまり、年齢さえ問題なければ、とっくにみんなをお嫁さんにもらいたかったってことね?分かる分かる。どうせ今の地球はもうボロボロなんだし、旧時代の面倒なしきたりなんて気にする必要もないもの」
その次の瞬間、母さんの口からまた別の問題発言が飛び出した。
「「……!」」
今日の二人はやけにテンションが高く、時々、普段なら口にしないような妙なことを言い出すせいで、アイリーンと華恋は二人とも恥ずかしさでたまらない様子だった。
「俺のことはもういいから、せめて彼女たちは勘弁してやってくれ……二人とも恥ずかしすぎて、今にもその場で爆発しそうなんだぞ。本人たちの前で結婚の話で大盛り上がりする親がどこにいるんだよ!?」
「あはははは!私も父さんも、あなたたちが無事に帰ってきたのを見て、嬉しくなりすぎちゃっただけよ〜。それじゃあ、今度は少し真面目にね。エミール、華恋ちゃん、アイリーンちゃん、おかえりなさい。それから……よく頑張った!」
「「「……ただいま!」」」




