【Side:リリス】四十六億年の約束
「あの壁を越えてください。
あなたたちがこれ以上成長できなければ、あの存在の前に立つことすらできません。
だから、お願いします……
強くなってください。
探してください。
そして、英雄としての本質を持つ仲間を、もっと集めてください」
「マリーナ、あなたたち二人の人格が統合されたの?それに、このスキルはいったいどういうこと?」
私たちが戻ってきてから、マリー……マリーナはすでに、炎狼の召喚を主力にし、自分は後方支援に回る戦闘スタイルへと切り替えていた。
彼女の赤いコートからは、炎でできた狼耳まで生えている。
マリーナが一編の童話を語ると、炎狼たちも物語の進行に合わせて、次々と私たちの敵へ噛みついていった。
炎狼たちの身体は炎に覆われており、その炎は何体もの【湮滅異構体】にまで燃え移っていた。
【湮滅異構体】たちは凄惨な咆哮を上げながら、高温の中で少しずつ溶けていくことしかできない。
彼女はこれまで、こんなスキルを使ったことがなかった。
だからこそ、私は気になっていた。
彼女はいったい、何がきっかけでこんなふうに変わったのか。
マリーナだけじゃない。
アイリーンの【武装化】スキルの強度までもが、以前より明らかに上がっている。
エミールとセレイアに至っては、新しいスキルまで手に入れていた……
だから、私の中には一つの仮説が生まれていた。
彼女たちは何かしらの出来事を経験し、その結果として強くなった。
でも……
```
私たちが離れていた時間は、ほんの二時間にも満たない。
```
皆、強くなるスピードが、少し速すぎない?
「うん。少し話し合ったあと、勢いで合体しちゃった」
「あの……冗談じゃないわよね?勢いだけで、どうして人格が一つになれるの……」
「あははは……たぶん、“今なら絶対できる!”って感じだったのかな。それで、私たち二人は一つになって、マリーとマナが共に存在する究極形態――マリーナになったの。ちなみに、この新しい【武装化】スキルは『未完の残章』っていうんだよ?」
人格が統合されてから、マリーナは以前よりもよく喋るようになった。
それに……少し、吹っ切れた?
けれど、どう聞いてもやっぱり信じがたい……
「そうだ!」
「どうしたの?まだ何かあったの?」
「さっき一瞬だけ、私の周りの時間が完全に止まったみたいになって、マナも実体を持ったみたいに、同時に現れたの。その後、止まった世界の中に一人の小さな女の子が現れて、私たちに話しかけてきたんだけど、その子の姿が幼い頃の私にすごく似ていたんだ」
「それで……彼女はあなたに何か言ったの?」
まさか、疲れすぎて幻覚でも見たんじゃないでしょうね?
とにかく、周囲の戦闘が今以上に激しくなる前に、もう少しだけ聞いておこう。
「彼女は、自分の名前は赤ずきんだって言ってた。それから……自分の世界はもうずっと前から、マリーの人格の魂に刻印されているから、童話の核である赤ずきんは当然、私のすべてをよく知っているんだって。彼女は、未来でマリーの人格がマナの人格に呑み込まれないように守るため、マナの人格と戦っていた。でも、私たちが互いに納得して一つになった後、ようやく手を止めてくれたの」
赤ずきんって、童話の主人公じゃなかったの?
現実に、実体を持った赤ずきんが現れるなんて、あり得るの?
……
違う。
エミールも前に、自分はカエル王子と会ったのだと、ずっと言い張っていた……
「その子は、私の心が成長したから、今の私は物語そのものの力をもっと引き出せるようになったって言っていたの。新しいスキルの名前を教えてくれた後、そのまま去っていった」
【編織者システム】は、物語を編織者の紋章として具現化し、適格者の身体へ刻み込むことができる。
なら、存在しないはずの物語が、どうして紋章として具現化できるの?
マリーナの話によれば、まるでその物語自体が、実在する一つの世界であるかのようだった……
私たちはずっと、童話の主人公を主軸として、つまり物語の核を基にして、物語全体を具現化してきた。
その点も、マリーナの言っていることと完全に一致している。
ラミリスも言っていた。【編織者システム】は、この世に存在してはいけない発明だと。
なぜなら、それは世界のシステムに干渉できるから。
もし【編織者システム】の干渉対象が、私たちの世界だけではなかったとしたら?
も……もし、その本当の機能が、別の世界へ干渉し、それを概念化して一つの紋章として私たちの身に刻みつけるものだったとしたら……
――そして、私たちはただ偶然、自分たちの理論で、本来創られてはいけなかった機械を完成させてしまっただけだとしたら?
万が一、私たちに何かあった時、あの物語たちに何が起きるのか、想像することさえ怖かった。
……
あ……
過去に死んでいった私の仲間たちにも、物語が刻印されていた……
ああ……
まずい。
「リリス?顔色が少し悪いみたいだけど、大丈夫?」
「私は……大丈夫。待って、後ろに気をつけて!」
「……!?」
「――――――……ッ!」
地中から現れた一体の【湮滅異構体】が隙を突き、背後からマリーナへ襲いかかった。
私の警告を聞いたマリーナは、すぐに振り返って身構える。
彼女の周囲に浮かぶ泡の一つが、間一髪でその爪撃を受け止めた。
続けて彼女が指を上へ向けると、虚空から現れた炎の爪撃が、目の前の【湮滅異構体】を吹き飛ばした。
「『空気・圧縮』!」
パキン。
空中へ弾き飛ばされたその【湮滅異構体】は、私が生み出した真空空間の中で押し潰され、粉々に砕け散った。
「ふう……あなたの泡があって助かった。ありがとう、リリス」
「地中から現れる暗殺者型の新個体か……ごめんなさい。話しかけるタイミングを間違えたわ。やっぱり戦場では、もう少し集中していた方がよさそうね」
「今は皆の状態も回復してるし、援軍もあんなにたくさん来てくれてるんだから、少しくらい気が緩むのも仕方ないよ。あまり自分を追い詰めすぎないで、少し肩の力を抜いて」
「……分かってる」
戦場で気を抜くべきではない、と言いたくはなったけれど……やめておこう。
皆に口うるさいと思われるのは嫌だ。
ギィン――!
星の川のような光が、空を横切った。
直後、その光は連続して爆発し、あいつの幽青色の炎をまとった長槍を手元から弾き飛ばした。
唯さんたちが創造主と呼んでいる人型の怪物は、星空のような身体から、さらに一本の腕を伸ばした。
その腕は不気味なほど長く伸び続け、最後には宙を舞っていたその【神器】を確かに掴み取った。
「無数の世界が生まれ、滅びていった果てで、私はずっと待っていた……」
幽青色の炎をまとった長槍を受け止めた創造主は、すぐさまそれを逆にトレイズへ突き返した。
「ずっと期待していた……この手で、私の最愛のご主人様と皆の仇を討てる日を。今……ようやくその時が来た。ふふふ……今度こそ、逃がさない」
「【神器】を一本奪った程度で、調子に乗るんじゃない!?まだ終わりじゃない!」
トレイズは赤色の盾でその一撃を受け止め、創造主の攻撃をすべて弾き返した。
「さあ、殺し合いを続けよう。もっと必死に足掻け……!お前のすべての罪を、ここで……残らず償え!」
「星空スライムごときが、そんな言葉まで覚えたのかい?そういえば、お前のご主人様も死ぬ前に、俺に似たようなことを言っていたねぇ」
創造主に押し潰されそうなほど追い詰められているにもかかわらず、トレイズはなおも叫び続けていた。
「“いつか必ず、お前に代償を払わせる”……だったかな?ぷっ……」
その笑い声には、あまりにも露骨な軽蔑と悪意が滲んでいた。
「結果はどうだ?あいつは先に死んだ。記憶まで失って、角もない役立たずの人間に転生したんだぞ?お前はそんなに長く待ち続けて、こんな空っぽの結末しか手に入れられなかったのか?」
瘴気が一本の戦斧へと収束し、死角から創造主へ重く叩きつけられる。
創造主は振り返り、その一撃を受け止めるしかなかった。
「最も無能な神と、お前のような最弱の魔獣……やっぱりお似合いだ」
「————……」
その瞬間、創造主の動きが止まった。
「貴様……ご主人様を侮辱するな!死ねえええええ!」
トレイズの挑発が効いた。
創造主は完全に激昂し、私たちにまで伝わるほどの圧迫感を全身から爆発させた。
あの方の攻勢はたちまちさらに凶暴さを増し、あいつに一瞬たりとも息をつかせなかった。
「ほら見ろ、隙だらけじゃないか。実に哀れだ……」
「しまっ……!」
トレイズは、私たちを一瞬で動けなくしたあの蔓の杖を引き抜くと、創造主が幽青色の炎をまとった長槍で放った突きを半身でかわし、そのまま蔓の杖をあの方の腹部へ押しつけた。
彼は勝敗がすでに決したとでも言いたげに、得意げな含み笑いを漏らしている。
「だが、あの方は一人で戦っているわけじゃないぞ、トレイズ。お前とは違って、あの方には仲間がいる」
唯さんはいつの間にか、トレイズの目の前まで来ていた。
彼は間一髪であの純白の盾を使って蔓の杖を弾き、さらに身を翻しながら、あいつの頭へ向けて魔力弾を一発撃ち込んだ。
「ちっ……ヘドロみたいにしつこくまとわりつきやがって、お前たち主従は本当にうっとうしいな!」
トレイズは顔を横に逸らし、魔力弾をかわした。
けれど、魔力弾はそれでも彼の頬に浅い傷を刻んだ。
「よう、創造主。こいつは小賢しい小細工をいくつも使ってくるから、あまり油断するなよ。ここからは俺たち二人で行こう」
「……!ありがとうございます、イソ……」
唯さんが自分を守ってくれたのを見て、創造主は安心したような、あるいは嬉しそうとも言える声を漏らし、彼に向かって頷いた。
けれど、最後にその名を呼ぼうとした瞬間、あの方は明らかに言葉を詰まらせた。
「隙あり!」
「ないぞ」
「ああああ、鬱陶しい!」
あいつは青いサイコロで創造主を不意打ちしようとしたけれど、それに気づいた唯さんが、すぐにあの方の代わりに受け止めた。
「……!ご主人様、あの術理媒介に気をつけて!!!」
「なっ……!?」
トレイズはまた、見たことのない【神器】を取り出していた。
槌のような形をした【神器】が唯さんの盾に触れた瞬間、大盾は鉱石の塊へと還元され、さらに残った余波が彼を後方へ吹き飛ばした。
幸い、創造主はすぐさま唯さんに追いつき、手を伸ばして彼を受け止めたため、唯さんは地面に叩きつけられて重傷を負わずに済んだ。
「うわ、俺の盾が砕けた?」
「あれは、鍛造と炎の神、ヘレムさんの【巨鍛の槌】です。叩いた物質の形状を作り替えたり、物品を原材料へ分解したりすることができます」
「少し厄介そうだな……」
「問題ありません。今度こそ、私が必ずご主人様をお守りします。心配なさらず、思いきり行ってください」
「ああ。頼んだぞ、相棒!」
「相棒……ですか?うん!」
唯さんは異空間から自分の剣を引き抜き、再び素早く攻撃を仕掛けた。
その後ろに続く創造主は、自らの身体から無数の触手を伸ばし、【湮滅異構体】の包囲から唯さんを守りながら、トレイズへ向かう道を切り開いていく。
二人はまるで長年の戦友のように、互いの背中を預け合いながら、それぞれの動きに合わせて入れ替わるように連携し、あいつへ食らいついて離れなかった。
「狙いは【巨鍛の槌】だ、創造……いや、フロシア!」
「……はい!」
創造主を初めて見る私でさえ、あの方の一挙一動から、その感情が伝わってくる。
あの方は今、本当に嬉しいのだ。
唯さんがあの方の隣に立ってから、創造主の一撃一撃はさらに鋭く、速く、そして正確になっていた。
「さっき、私のご主人様を役立たずと言ったな?教えてやる、ヴァリエン。私のご主人様は……」
創造主は勢いよく両腕を地面へ突き刺した。
直後、無数の鋭い触手が地中から飛び出し、トレイズはあの方の攻撃をかわすことに追われ、受け身に回るしかなくなった。
「この世で最も強く、最も素晴らしく、最も優しいご主人様だ!!!」
トレイズが唯さんの攻撃への対処に追われている隙に、一本の触手が突然、トレイズのもう片方の手に握られていた蔓の杖へ絡みつき、そのまま彼の手から奪い取った。
身を守るための【神器】を失ったことで、鋭い触手と唯さんの刃が次々と彼の身体へ叩き込まれ、いくつもの傷を刻み、無数の穴を穿っていく。
「お前の魂は、もう私が固定した。二度と転生などできない。今日、お前はここで必ず死ぬ!ヴァリエン!!!」
「くそっ……貴様ら、本当にやってくれたな!!!」
トレイズの傷口を中心に、巨大な淡青色の魔法術式が浮かび上がり、彼はヒステリックな表情を露わにした。
けれど、その時だった……
バキィッ——————————!
まるで空そのものが引き裂かれたかのように、天を横断する巨大な裂け目が突如として広がっていく。
裂け目の向こうから、あまりにも巨大で理解すら追いつかないほどの、真紅の目がゆっくりと姿を現した。
しかも、その目の表層には、まるで激しく燃え続けているかのような蒼い炎の痕まで刻まれている。
――あの裂け目の向こうから、とてつもない巨躯を持つ何かが、頭上から静かに私たちを見下ろしていた。
「ふふ……ふははははは!どうやら、そうとも限らないみたいだな、フロシアよ!今回はまだ、俺の勝ちみたいじゃないか!」
「まずい!ご主人様、早く皆を連れて逃げてください!この世界は、もうあれに目をつけられてしまいました!」
創造主は初めて明確な焦りを浮かべると、慌てて唯さんを自分の背後へ庇い、皆を連れて逃げるよう促した。
「待て、フロシア!君はどこへ行くつもりなんだ!?」
「わ……私は、あれを撃退しに行きます。けれど、食い止められるのはほんのしばらくの間だけです。時間が経てば、あれはもっと多くの、もっと強い【湮滅異構体】を引き連れて、文明を抹消しに来るはずです。この世界はもう助かりません」
「最高のサプライズじゃないか!我が主……L'gho'kyaarが、この世界へ直々に降臨してくださるなんて……ははは、素晴らしい!この物語は実に素晴らしい!あの眼球を見ているだけで、興奮が抑えきれない!」
トレイズは両腕を大きく広げ、それを空へ向けて高々と掲げた。
あいつの瞳には、底知れない闇と狂気が宿っている。
私たちの耳に届いたその名は、曖昧で、判別できない音の羅列としてしか認識できなかった。
聞いただけで、私たちの意識は何か異物が侵入してきたかのように激しく歪み、その場で狂気に堕ちそうになる。
あまりにも巨大すぎる。
理解不能なプレッシャーが、裂け目の向こう側から膨れ上がり続けていた。
地上に存在するあらゆる生き物もまた、本能の最奥から湧き上がる謎めいた恐怖に呑まれ、死んだような静寂に包まれている。
あの目を一目見ただけで、自分の理性が少しずつ失われていくのをはっきりと感じた。
まるで、身体の中から血液を抜き取られていくようだった。
身体から力が抜けていく。
「リ……リリス……」
「ごめんなさい、エミール。私……私も、あんなものは一度も見たことがない……」
死ぬ。
私たちも、【群星の守護者】も、創造主も、神でさえも……
誰であろうと、あの存在と相対した瞬間、絶対に死ぬ。
それだけが、私の頭の中に浮かんだ、ただ一つの考えだった。
「あれを直視するな!自分たちが何のために、誰のためにここに立っているのかを思い出せ!あれに理性を呑まれるな!」
創造主は声を振り絞るように私たちへ叫びながら、全員の前へ立ちはだかり、たった一人でその名状しがたい恐怖と向き合った。
「……ご主人様。どうか、かつてのように、衆生を別の世界へ導いてください。お願いします!この世界には、もう一秒たりとも留まってはいけません!」
あの方の身体が、深く幽かな蒼い光を放っている。
感じる。
創造主の魔力量が、急激に膨れ上がっている。
「ぐっ……!他に方法はないのか!?」
「わ……私は、すべての魔力を使って、空に開いたあの次元の裂け目を一時的に縫い合わせます。悔しいですが、その後は必ずヴァリエンを倒して……逃げてください」
最も純粋な魔力が創造主の身体から爆発し、空の裂け目へ向かって放たれた。
「まだ【最初の亀裂】に目をつけられていない世界へ逃げてください。そして、あれに対抗できる手段を見つけてください、ご主人様……」
裂け目は光に覆われ、縫い合わされた。
ぱたり。
「お……おい!どうしたんだ!?」
創造主は力なく倒れ、その身体はもう人型を維持できなくなっていた。
あの方は唯さんの腕の中に倒れ込み、溶けるようにして、ゆっくりと柔らかく崩れた液体へ変わっていく。
「うわ……本当にL'gho'kyaarが直々に開いた次元の裂け目を縫い合わせたのか!?スライムのくせに、なかなかやるじゃないか……」
「黙れ……」
重傷を負ったトレイズは、恍惚とした表情を浮かべていた。
その口は低く何かを呟き続け、まるでこの世に自分一人しか残っていないかのようだった。
彼にとって、もうすべてはどうでもよくなっていた。
たとえ自分の身体が、少しずつ感覚と力を失っていようとも、構わないのだろう。
「ついでに教えてあげよう、イソリオン。星空スライムの本体は、様々な情報によって構成されている。だから、自分自身の情報を魔力へ変換できるんだ」
彼は邪悪な笑みを浮かべ、創造主を抱きかかえている唯さんをまっすぐ見つめた。
「つまり、そいつはもう、自分に残された最後のわずかな情報まで、完全に燃やし尽くしてしまったというわけだ」
「黙れと言っている!」
ヒュン――!
一発の魔力弾が、トレイズの肩を撃ち抜いた。
「……ぐっ!」
彼は肉体に走る激痛に耐えきれず、そのまま地面へ倒れ込んで黙り込んだ。
「――ソ―――」
「……俺はここにいる、フロシア」
「ああ……よかった。もう一度、あなたに会えて、本当によかった……」
……
創造主……フロシアは、力なく腕を持ち上げた。
あの方はそっと唯さんの頬を撫で、目鼻のないその顔に、かすかな弧を描いた。
――あの方は笑った。
「私は無数の並行世界を創り出し、その中を何度も渡り歩いてきました。ただ、すべての世界にいるあなたを探すために」
「……」
「そして今、私はようやく見つけました。かつてと同じように、高潔で美しい魂を持つあなたを」
「まるで、もう二度と会えないみたいな言い方をするなよ!そんなの、寂しすぎるだろ……おい!」
フローラに治せるのは肉体だけで、すでに焼き尽くされた情報までは補えない。
唯さんも、そのことをよく分かっていた。
これは、フローラでさえ修復できない傷だった。
「ごめんなさい、ご主人様……私はもう、すべての情報を魔力に変えてしまいました。でも……それでも、あなたのために少しだけ備えを残してあります」
フロシアの両足は、すでに完全に溶けていた。
それでもあの方は、残された力をすべて振り絞ってでも、まだ自分の主人に触れていたかった。
たとえ、一秒でも長く。
「後で、これをラミリスに渡してください。その中には、本来ラミリスのものだった【創造】の権能のもう半分と、エリシアの【具現化】の権能、それから私が整理したいくつかの情報が封じられています。これらが……いつか、あなたたちの力になりますように」
フロシアの身体から、内側に燦然とした星空を瞬かせる小さな球が分かれ、唯さんの手の中へ落ちた。
「ご主人様、もう一つだけ……聞きたいことがあります」
「ああ、聞いてる。何でも言ってくれ」
「私は、私たちの約束を……ちゃんと果たせましたか?」
「……」
唯さんは一瞬、言葉を失った。
明らかに、彼には前世の記憶が残っていない。
それでも最後に、唯さんはフロシアへたった一つの嘘をつくことを選んだ。
「ああ、お前は本当によくやったよ。フロシア……お前は間違いなく、この世で一番強くて、一番すごい使い魔だ!」
「よかった……」
フロシアは救われたように微笑み、そのまま一たまりの液体へと変わった。
その場にいた誰もが、しばらく言葉を失った。
……
「ううっ……なんて感動的な主従関係なんだ。実に惜しいねぇ……」
少し離れた場所から、皆の怒りを逆撫でする声が聞こえてきた。
「唯さん、残りは俺にやらせてください」
あいつは本当に空気が読めない。
そのせいで、エミールまで彼の態度に怒りを覚えていた。
もちろん、私も、皆も同じだった。
エミールは唯さんを【群星の守護者】に預けると、まだ嘘泣きをしている血まみれのトレイズへ向かって歩き出した。
そして、彼はトレイズの前で大剣を持ち上げた。
……
やっぱり、私はエミールに人を殺させたくない。
「“止まりなさい、エミール”」
「……!リリス、何をしているんだ!?」
「エミール、こういうことは私に任せて。この一連のくだらない因縁は、私が終わらせるのが一番ふさわしい」
『言霊』でエミールの動きを止めた後、私は彼の手から大剣を借り受けた。
……本当に重い。
「娘が父親に剣を向けるとはね……自分が親不孝だとは思わないのかい?」
「私はあなたを家族だと認めたことなんて、一度もない。まして、父親だなんて思っていない。私の家族は、ママだけ」
死に際になってまで、よくそんな減らず口を叩けるものね……
ザンッ――
この一撃は、唯さんと創造主のために……
そして、かつてあなたのせいで苦しみ抜き、死んでいった人たちのために振るったものだった。
「ごほっ!やめろ、本当に死ぬだろうが!お前……お前は何が欲しい?名声か、富か……それとも世界か?望むものなら何でもくれてやる!だから、少しだけ待ってくれないか?」
一太刀をあいつの身体に叩き込んだ途端、彼はついに恐怖の表情を浮かべ始めた。
なんて哀れな。
ザンッ――
この一撃は、ママのために。
「この親不孝娘が!ごほっ……!おい!ノクトゥナ、お前は何をしている!?早くお前の娘を止めろ!」
そんなこと、できるはずがない。
今のママは、もうあなたに操られる人形ではない。
「私はもう言ったはず。あなたは今日、絶対にここで死ぬ」
「や……やめろっ!」
「“バンシーは軽々しく誓いを立てない”。今、その誓いを私が果たしてあげる」
この最後の一太刀は、私自身のために。
私はあいつの首を狙い、最後の一撃を振り下ろした。
ザンッ――
さようなら、人間のクズ。
すべてが、ようやく終わった。
【設定や用語の概要】
——————————
L'gho'kyaar
かつて過去の文明によって【最初の亀裂】と呼ばれていた、異常かつ未知の存在。
その名は、ただの音節の羅列にすぎない。
だが、その名を口にするだけで、知的生命体は狂気に陥る。
戦ってはならない。
そもそも、戦うことなどできない。
目を合わせてはならない。
理性を失うからだ。
そして、消滅させることもできない。
宇宙の始まりから存在していた、宇宙の癌とも呼ぶべき存在。
現時点では、その行動目的は不明。
追加情報:瘴気の発生源である可能性がある。
また、その存在自体が【湮滅異構体】を創り出し、宇宙の中で文明が一定段階まで発展した星々を抹消している。※重要
【巨鍛の槌】
鍛造と炎を司る神が、さまざまな器具や人工術理媒介を造り出すために用いていた【神器】。
叩いた物質の形状を作り替えるだけでなく、物品を原材料へ分解することもできる。
【戦歌の槍】と【栄光の盾】
戦争と栄光を司る神が所持していた、対となる【神器】。
幽青色の戦火を燃やす【戦歌の槍】は、破壊的な衝撃を放ち、さらに対象へ永遠に燃え続ける蒼い炎を付与することができる。
その力は、恐れを知らぬ勇気を象徴する。
獅子の頭部が刻まれた堅牢無比の深紅の中盾である【栄光の盾】は、栄光を象徴し、同時に一種類の攻撃を反射することができる。
ただし、物理攻撃を受け止めた後、短時間のうちに魔法攻撃を反射することはできないという弱点を持つ。
術理媒介
神々の持つ道具が【神器】と呼ばれるようになる以前に、それらへ与えられていた本来の呼称。
創造主
原初時代から取り残された、孤独な獣。
その獣は家族の死を受け入れられず、広大な宇宙をたった一人で漂い続け、やがて無数の文明の起点となった。
生命に無数の新たな未来を創り出しながら、自分自身はずっと過去に囚われ続けていた。
「そうか……あなたたちがしてきたことは、すべて【愛】から生まれたものだったのですね……
あの時、あなたたちがあの決断を下したのも、ただ心の中に、大切にしたい誰かがいたから。
自分が大切に想う人たちが死んでいく姿を、見たくなかっただけ……
ただ、その人たちに幸せに生きてほしかっただけだったのですね……」
ゆっくり休め、忠実なる獣よ。
四十六億年を越えて続いたその執着も、今こそ手放す時だ。




