【Side:キャロリン】愛と希望、奇跡を鍛えて
「すべての可能性が完全にゼロへ戻ってしまった後でも、それでもなお、諦めようとしない者がいる。
彼らはすべてを賭けてでも、絶望の中から、たった一筋の活路を切り開こうとする。
もしかすると……
――それこそが、英雄というものなのかもしれない。
たとえ次に死へ踏み込むのが自分であっても、それでも我先にと、自分の身を役立てようとする。
……
何もかも放っておけば、もしかしたら生き延びられたかもしれないのに……
それでもあなたたちは、どうして残ることを選んだのですか?
エリシア、サリオンさん、シルヴァークさん、ヘレムさん。
あの時のあなたたちは……
いったいどんな想いで、ご主人様に、自分たちをあの場所へ残させたのですか?
特に、あなたです、エリシア。
あと一歩で、あなたはご主人様のそばで幸せになれたはずなのに。
どれほど長い時を経ても、私はきっと、英雄の心を理解できないのでしょう……」
「『願い咲き誇る星夢』!」
アイリーンっちが突然前に出て、いつも最後まで温存している切り札を発動した。
けれど、彼女が発動したスキルの名前は……もう『願い叶う美しき夢』ではなかった。
『極光聖域』を侵食していた瘴気が、まるで突然力を失ったかのように、一気に押し返されていく。
「ここまでが限界かな……?でも、この範囲なら、皆をちゃんと守るには十分なはず」
広がってくる瘴気を完全に消し去ることはできなかったけれど、アイリーンっちはそれでも、私たち全員が安心して戦えるだけの空間を強引に作り出してくれた。
そして、上空にあった隕石の破片が突然すべて軌道を変え、トレイズへ向かって撃ち出されていく。
続けて、地面には、私たちが【アーク】艦で見たことのある艦砲がいくつも現れ、一斉にトレイズ一人へ砲口を向けて火を噴いた。
「ルールだろうと概念だろうと、ここでは全部、私が決める!これは私の夢境だから、誰一人として傷つけさせない!」
「ほう……?あの娘、なかなか面白いことをしているじゃないか?」
突如として起きた異変は、トレイズの注意も引いた。
彼は自分へ飛んでくる隕石の破片をすかさずかわし、瘴気で数発の砲撃を受け止めると、そのままアイリーンっちの方へ近づこうとする。
けれど、そんな絶好の隙を、【群星の守護者】が見逃すはずがない。
「ねえ、あなた、どこを見ているのかしら?」
バン――!
それは、ここへ向かう途中で、唯さんがクロエに託した最後の予備の神殺しの弾丸だった。
一瞬の油断によって、トレイズの右脚は確かに、クロエが放った漆黒の実弾を受けた。
続けて彼の脚には、いくつもの碧い亀裂が走り、そこから大量の瘴気が漏れ出してくる。
それでも、彼の顔に浮かんでいたのは、まるで何も気にしていないかのような表情だった。
そして、クロエに向かって不気味な笑みを浮かべる。
まさか、あいつ……
痛みを感じていないの?
その姿は、私たちにとってあまりにも気味が悪くて、誰もが内心の警戒を最大まで引き上げた。
「ごめんごめん、面白いものが見えたから、つい気を取られてしまったよ~。こんなおもちゃの弾丸で、俺を傷つけられるわけがないだろう?」
その光景に、クロエが珍しく舌打ちした。
「ちっ……神殺しの弾丸を受けても、実質的な傷にはならないというのですか!?」
傷口は瘴気に覆われ、トレイズの脚はさっきルミナスに命中した時のように、その場で吹き飛ぶことはなかった。
それどころか、彼は何事もなかったかのように平然と動き回り、最前線にいる仲間たちへ、さらに激しい瘴気の攻撃を仕掛けてくる。
「当然だろう?“脚本”の中にいるお前たちが、物語を綴る“作者”を傷つけられるはずがないじゃないか」
「まさか、あいつがさっき発動したスキルは、周囲を自分の領域に変えるものだったの!?どうりで、私の『空間支配』が夜空の半分しか制御できないわけだわ!」
……!?
ラミリスがようやく気づいたような表情を見せると、トレイズはすぐに醜い笑みを浮かべた。
「そうそう~。今さら気づくなんて遅すぎるよ、ラミリス?お前は今でこそずいぶん弱くなっているけれど、俺たちは昔、一応は同格で、同じように人々から神と見なされていた存在なんだからさ~。こんなの、当然じゃないか」
「うっ……!」
言い終わるやいなや、彼はラミリスへの圧力をさらに強めた。
そのせいで、もともとラミリスが支配していたもう半分の夜空までもが、ゆっくりと黄昏の色に染まり始める。
「……」
「ダーリン、どうしたの?まさか、怪我したの?」
ダーリンは突然足を止め、空中にいるトレイズをじっと見つめていた。
「違うんだ、リン。少し聞きたいんだけど、何か違和感を覚えなかったか?」
「違和感?」
「ああ。たとえば、トレイズが急にまた一段と強くなったように見えたところとか」
急に強くなった?
「最初から本気を出していなかっただけじゃないの?さっき、少し本気になっただけでしょ?」
「……その可能性もあるかもしれない。でも、やっぱりどこかおかしい気がするんだ」
……?
あ。
そうだ。
「強いて言うなら、ラミリスと話し終わった後に、急にまた強くなったように見えたかも」
「そう!それだ!」
ダーリンは突然、何かに気づいたかのように、目を輝かせて私を見た。
ん?
もしかして、本当に何かに気づいたの?
「さっきクロエの弾丸を受けた時、あいつの脚は本来なら吹き飛んでいるはずだった。けど、クロエと言葉を交わした後、脚の亀裂が瘴気に覆われて、その後、傷口そのものが消えたんだ」
「うんうん……?たしかに、そうだったかも」
「よく考えてみてくれ。トレイズって、何度も会話の中で、わざと何かを強調していなかったか?たとえば、“こんなおもちゃの弾丸で俺を傷つけられるわけがない”とか」
「それって普通じゃない?彼女たちを挑発するためでしょ?」
「よく分からない。でも、やっぱりどこか引っかかるんだ……なら、こうしよう。少し試してみる」
ダーリンは、それでもその違和感を見逃すつもりはないみたいだった。
よし。
彼の正妻として、最後まで付き合ってあげようじゃない!
「まず、トレイズに向かって『幻光砲撃』を一発撃ってくれ。あいつの注意を引いてほしい」
「それだけでいいの?了解!『幻光砲撃』!」
当然のように、トレイズはすぐに瘴気で壁を作り出し、私の一撃を受け止めた。
それどころか、私の方を一瞥することすらしない。
……ちょっと面白くない。
「君の攻撃なんて眼中にない、か……?大丈夫だ。リン、もう一発だ!」
「え……?『幻光砲撃』!」
私の攻撃は、やっぱり効果がなかった……
けれど不思議なことに、ダーリンの目には、少しも落ち込んだ色がなかった。
「無駄な力を使うな、虫けら。何度試せば、俺の防御を貫けるとでも思っているのかい?」
人を見下したその態度、本当に腹が立つ!
「ふふ、ようやく君に気づいたみたいだな」
「でも、私の攻撃は効いてないよ……?」
「大丈夫だ。これは想定通りなんだ」
トレイズの態度には腹が立ったけれど、ダーリンはむしろ満足そうに笑みを浮かべていた。
想定通り……?
「これで条件は満たされた。同時に、現時点では君の攻撃が瘴気の壁を貫けないことも確認できた。リン、次に最後の『幻光砲撃』を撃ってほしい。ただし、その前に……」
「わっ……!」
ダーリンが突然、私の目の前まで顔を近づけてきたせいで、私は思わず慌ててしまった。
「俺の目を見てくれ」
「は、はいはい……はい?」
「俺を信じてくれるか、リン?」
「もちろん信じてるよ!私の信頼ランキングでは、家族やリリスたちと並んで堂々の一位なんだから。それに……自分の恋人を信じないで、他に誰を信じろっていうの?」
「あははは……ありがとう。でも、俺が聞きたいのはそこじゃないんだ。ただ、君が心の底から俺を信じてくれているかを確かめたかっただけだ。そうしないと、次の段階に進めない」
あわわ……
勢いで、ものすごく恥ずかしいことを言っちゃった……
ああああ、恥ずかしすぎる!!!
「それならリン。“あの瘴気の壁は私の魔法で貫ける”って思いながら、最後の『幻光砲撃』を撃ってくれ。俺の言葉を信じてほしい。今度こそ、君は必ず突破できる。あの瘴気の壁は、君が思っているほど絶対的なものじゃない」
「……?そこまで言うなら、最後まで付き合ってあげる!『幻光砲撃』!」
ダーリンは私に嘘をつかない。
彼が私を信じてくれているのなら、私はきっとできる!
たとえ不可能に見えることでも、私は絶対に奇跡を起こしてみせる!
「ぐあっ……!何だと!?」
「え?」
今度は、私の魔法が確かに瘴気の壁を貫いた。
そして、私の攻撃は壁の向こうにいたトレイズに命中し、そのまま彼の身体を吹き飛ばした。
初めてだった。
トレイズが初めて、意外そうな、そして驚愕した表情を浮かべた。
「下賤な無角の人間どもが、俺に手を出すとはね?いいだろう……そんなに死にたいなら、こちらも容赦しない!」
「『障壁』!」
フローラがすかさず障壁を張り、私たち二人に向かって吹きつけられたトレイズの瘴気の嵐を防いでくれた。
それはともかく、私……私、今さっき瘴気の壁を撃ち抜いたの!?
どうして?
「やっぱりそうだ!はははははは……!俺の直感は正しかった!」
「エミール、あなたたち、今何をしたの!?どうしてキャロリンが、あの瘴気の壁を撃ち抜けたの!?」
さっきから私たちを静かに観察していたナセフィンが、希望を見つけたかのように、弾んだ声でダーリンに声をかけた。
「あいつは傷口を瘴気で覆い、そのうえで会話を通じて、クロエに“自分の弾丸は効かない”と信じさせた。その結果、瘴気が消えた後、傷口そのものも跡形もなく消えたんだ」
「あ……?」
あまりにも突拍子もない推論に、ナセフィンは一瞬、その場で言葉を失ってしまった。
「ラミリスの時も同じだ。あいつはラミリスが弱くなったと言ったうえで、自分とラミリスは同格、同位階の神だと強調した。ラミリスの『空間支配』がトレイズの何らかの力で拮抗させられたことで、彼女は相手の方が自分より強いという錯覚を抱かされたんだ」
「……!対象に自ら想像させ、その想像を現実に変える概念型スキル……!だから彼のスキル名は『虚構こそ真実なり』なのですね!素晴らしいです、エミール!よくやりました。まさか、その点に気づくなんて!」
ナセフィンの目が輝いた。
ダーリンの推論を聞いて、彼女もまた、トレイズのスキルの正体に気づいたのだ。
「ラミリス、聞いてください!あなたはトレイズより大きく劣っているわけではありません。むしろ、あなたの方が強い可能性すらあります!ただ、彼は何らかの手段であなたを誘導し、錯覚を抱かせただけです!それからクロエ、あなたがさっき撃った神殺しの弾丸は、本来なら彼の脚を一本吹き飛ばせていました!」
続けて、彼女はすぐに皆へ新たな指示を出した。
さすがは起源小隊の副指揮官だ。
「フローラ、あなたの『浄化』は瘴気にも有効です。私を信じてください!これはエミールがたった今見抜いた、『虚構こそ真実なり』の正体です!」
それだけじゃない。
ナセフィンは、フローラもまた他の二人と同じように、トレイズの言葉に誘導されていたのだと気づいた。
三人とも、スキルによって認識を歪められ、その結果、『浄化』の効果を弱められていたのだ。
「「「……!」」」
「ちっ……」
トレイズはその言葉を聞いた途端、顔から笑みを消し、一気に険しい表情になった。
本当に当たってたみたい!
ダーリン、すごい!
「うちの副指揮官はこう言っているけど、トレイズ?」
「……たとえ本当にそうだとして、それがどうした?お前は俺には勝てない、ラミリス」
「私たちの誰か一人でもあなたを倒せるなら、それが私じゃなくても別に構わないわ」
「人間に頼るとはね……お前には神としての誇りがないのか?」
「これは助け合いっていうのよ。友達と呼べる存在が一人もいない、あなたみたいな負け犬には分からないでしょうけど」
ナセフィンが皆にかかっていた錯覚の影響を正した後、トレイズは攻撃を避け始め、戦いの流れも少しずつラミリスたちの側へ傾いていった。
「『浄化』!ああ、本当にナセフィンの言った通りです!」
フローラは『浄化』で、唯さんとシェラの身体にまとわりついていた瘴気まで綺麗に取り払った。
「そういうことだったのか!?よくやった、エミール!今回ばかりは本当に助かったぞ!」
「アタシをなめた真似しやがって……てめぇはもう死んだ!『限界突破』!」
「あ……!シェラ、待て!」
シェラは、トレイズの軽薄な態度とそのやり方に完全に腹を立てていた。
フローラに治してもらったばかりだというのに、すぐに立ち上がり、周囲に無数の氷の剣を召喚して、唯さんを置き去りにしたまま再び戦場を駆け抜けていく。
その後、彼女は真っ先にカズと共に奇襲を仕掛け、絶え間なく続く攻撃で、トレイズに息をつく暇さえ与えず、ただ防戦一方に追い込んでいった。
どうやら、戦況は完全にひっくり返ったみたい。
あ……
その時、私はようやく気づいた。
トレイズが左手をさりげなく背中の後ろへ隠し、何かを取り出そうとしているように見える。
「皆、左手に気をつけて!あいつに近づいちゃ駄目!」
あの、暗紫色の荊棘が絡みついた蔓……
違う!
今になってよく見れば、それは杖だった!
「今さら気づいても、もう遅い!」
トレイズは不気味な笑みを浮かべたまま、戦闘の最中に密かに背中へ隠していた杖を抜き放ち、その先端を私たちへ向ける。
次の瞬間、蔓の杖の先端から黒い霧が噴き出し、一瞬でその場にいた全員を包み込んだ。
「シェラ、下がれ!」
「……!ちっ、あいつ、本当に手札が多いな!」
唯さんは急いでシェラのもとへ駆け寄ると、彼女を背後へ引き寄せ、すぐに障壁を展開して黒い霧を防ごうとした。
けれど……
その霧は障壁をすり抜け、どうしても防ぎ切れなかった。
その時、私たち全員の身体に異変が起きる。
げほっ……
げほっ、げほっ!
身体が燃えるみたいに熱い!
ああっ、私の手……!
左手の皮膚が、ゆっくりと崩れ始めていく。
うっ……
私は力が入らず、その場に倒れ込んだ。
ダーリンを含め、皆も次々と地面へ倒れていく。
最前線で最も多く霧を吸い込んだカズ、唯さん、シェラの三人は、とりわけ症状が深刻だった。
カズの腕は腐食によって途中から千切れ落ち、声帯までも黒い霧に侵されてしまったらしい。
胸が裂けるような激痛に襲われているはずなのに、彼はもう一言も声を出せない。
少し離れた位置にいた唯さんとシェラも、私たちより先に全身が崩れ始め、その症状もさらに重かった。
それでも二人は、自分の武器を杖代わりにしながら、強靭な精神力だけで崩れ落ちそうな身体を必死に支えていた。
その姿は、あと少し力を失えば、今にも再び倒れてしまいそうだった。
「げほっ、げほっ……!あれはいったい何なの!?状態異常が私たちに効くなんて!」
「ラミリス、ラミリス……お前たちが状態異常を無効化するスキルを持っていれば、二度と食らわないと本気で思っていたのかい?本当に愚かだね……」
「ちっ……フローラ!『連結』!」
創造神の権能を持つラミリスでさえ、黒い霧の影響を受けていた。
今のところ唯一の救いは、彼女だけは、私たちの中で最も影響が軽かったということだけ……
「げほっ、げほっ……!『広域化』、『浄……化』!ああ、また効かないのですか!?」
「【神器】が【神器】と呼ばれているのは、人間が我が主の恩恵を借りて生み出した派生スキル程度では、【神器】に干渉できないからだよ!これは一応、成体のベヒモスでさえ一度浴びれば倒れる【ナフィラの毒】だからね」
「『……浄化』!!!」
「お前たちは耳でも壊れているのかい?それとも理解力が足りないのかな?ああ、でも今は、本当に耳が壊れているのかもしれないね~」
最悪だ。
一瞬で私たちは全滅寸前に追い込まれ、かろうじて戦えるのはラミリス一人だけになってしまった。
【神器】の効果……本当に理不尽すぎる。
「仲間がいても、何も変えられないじゃないか、ラミリス?それじゃあ、楽しい殺し合いを続けようか♪」
「げほっ、げほっ……くそっ!」
ラミリスは高い土壁を築いて私たちを守りながら、地面を操って倒れた皆を戦場から離れた位置へ運んでいった。
その一方で、さらに多くの【神器】を取り出し続けるトレイズを相手に、苦しい戦いを強いられていた。
まただ……
戦局はまた、トレイズによって優勢から劣勢へと無理やりひっくり返されてしまった。
このまま長引けば、私たちは全員ここで死んでしまう!
アリス……
アリスなら、今どうするの?
あ……
その時、私は気づいた。
かすかな光が、私の手のひらに集まっている。
『|愛と《Alice's》希望の物語』が力を蓄えている。
それは、今の私たちが、もはやこの絶望を乗り越えるためには、奇跡の力に頼るしかないという証だった。
もう……後がないの?
私だって、童話のアリスみたいに奇跡を起こして、皆の身体に広がる腐敗と影響をすべて取り除きたい……
でも、『|愛と《Alice's》希望の物語』は、気軽に連発できるようなスキルじゃない。
それは、私が死にかけた時にだけ、強引に生き延びるための道をこじ開けてくれるものだ。
もし私が軽率に選んでしまって、奇跡を間違った方向へ導いてしまったら?
万が一、それが私だけを治して、その後もう二度と私に応えてくれなくなり、そのせいで誰かが死んでしまったら?
皆が生き残れるかどうかは、このたった一度きりの機会を、私がどう使うかにかかっている。
誰かが【ナフィラの毒】で命を落としてしまう前に、私は皆を救える奇跡を創り出さなきゃいけない。
アリスなら、どうする?
『愛と希望の物語』を皆に向けて放って、【ナフィラの毒】を祓う?
それは無理だ。
たしかにあれは奇跡を創り出せるけれど、直接、皆の身体の異常を消し去ることはできない。
あれは、あくまで“触媒”にすぎない。
奇跡を起こすための媒介がなければ、一方的に触媒作用を起こすことはできない。
じゃあ、短剣に力を集めて、皆の身体にまとわりついた【ナフィラの毒】を斬り落とすのは?
それも無理だ。
毒の影響で、私の身体はもう短剣を持ち上げることすらできない。
まして、それを振るうなんてできるはずがない。
……だからこそ、まだ方法があるはず。
考えて!
キャロリン、早く頭を働かせて!
もう、無駄にできる時間なんて残ってない!
けれど、焦れば焦るほど、私の思考はどんどん乱れていった。
気づけば、カズ、ノクトゥナさん、アクィーナさん、それに陽葵まで意識を失っていた。
それだけじゃない。
イヴの顔の半分までが完全に爛れ、血と肉がぐちゃぐちゃに混ざったような姿になってしまっている。
うう……
「ちょっとしたヒントをあげましょう、私の親愛なる編織者さん」
「……!?」
長い黒髪をした、私とほとんど同じ顔立ちの少女が、戦場の中央に現れた。
彼女は、私が【武装化】した時に身にまとう、あの淡い青色のワンピースを着ていた。
そして、いつの間にか完全に静止し、まるで時間そのものが止まってしまったかのような戦場を、ゆっくりと歩いていく。
やがて彼女は顔を上げてトレイズを見つめ、眉をひそめた。
「アリスだってね、次にどうすればいいのかを決めるために、仲間の力を借りることがあるんだよ?」
「……!」
「ふふ、もう答えに気づいたの?さすがは私の最高の編織者ね。頑張って、キャロリン!あなたが思いついた方法の通りにやってみて!その時はきっと、奇跡があなたに応えてくれるから!」
私の方へ振り返って微笑んだ後、その少女は姿を消した。
時間が再び動き出し、私はまた絶望の戦場へと戻ってくる。
そっか……
これでようやく、自分が何をすればいいのか分かった!
「フ……ローラ……」
「……?」
「もう、一度……げほっ、げほっ!『浄化』を……」
「……!」
私は全身に残った最後の力を振り絞り、そばにいたフローラの手を強く握りしめた。
そして、『愛と希望の物語』を彼女の手のひらへ送り込む。
さっきの少女……アリスが言っていたように、すべてのことを私一人で解決できるわけじゃない。
だから今の私は、そばで一緒に戦ってくれている仲間たちを頼る。
「『広……域化』、『浄……化』!」
「何だと!?」
フローラとつないだ手のひらから、強烈な紫紅色の光が爆発するように広がり、戦場にいる全員を包み込んだ。
苦しさも、身体の重さも、まるで最初から嘘だったみたいに、一瞬で跡形もなく消えていく。
それどころか、私たちの身体に残っていた傷口でさえ、もう爛れてはいなかった。
「『上級治癒』!」
皆、立ち上がって!
私たちの物語は、まだ終わってない!
これが、私たちの『愛と希望の物語』だ!
【設定や用語の概要】
——————————
【神器】
原初時代に神々が所持していた特殊な道具。
形態は一定ではなく、必ずしも武器であるとは限らない。
【ナフィラの毒】
かつて死と疫病を司っていた神が所持していた【神器】から撒き散らされた、疫病の毒。




