【Side:マリー■】二人で一緒に
「たとえ犠牲が避けられないのだとしたら、私はどんな選択をするのでしょうか?
私は今でも、どうしてご主人様が……どうして皆が、他人のために自分を犠牲にできるのか分かりません。
“もしこの世に、本当に誰も犠牲にならずに済む、すべてを救える結末があるのなら”
私は、そう祈りました。
……
ご主人様。
私は本当に……本当に、本当に、あなたと……そしてママと一緒に歩んでいきたかったのです……」
「……『魂鎖幻域』!」
目の前にいる原初魔獣たちは、私たちと共に、まるで高塔の中へ強引に引きずり込まれたかのようでした。
金色の銘文と童謡の譜面が輝く半透明の石壁が、私たちを取り囲んでいます。
それは、セレイアの新しいスキルでした。
彼女の髪は、【武装化】した時の金髪ではなく、元の髪色へと戻っています。
ある意味で、私はセレイアと、彼女が紡いだ【長髪姫(Rapunzel)】がさらに深い段階でつながり、物語本来の力をより完全に引き出せるようになったのだと感じました。
「す……すごい……!」
あの物怖じしないマナでさえ、目の前の光景に驚いた表情を浮かべています。
セレイアは、私たちが少し目を離している間に、また強くなっていました。
これまでと同じように、突然、大人さえ感嘆するほど優美な剣術を振るえるようになり、毎日厳しい剣術訓練を続けながら、学年一位という眩しい成績まで収めてしまう。
それが、セレイア。
――三拍子揃った、完璧超人。
「マリー……?」
マナと私は、もともと一心同体の存在です。
だから、この時の私の色々な考えにも、彼女は気づいてしまったのでしょう。
「何でもないよ、マナ。少しだけ、セレイアが羨ましくなっただけ」
「羨ましい……その気持ち、アタシにも分かるよ」
そうです。
私は、羨ましかった。
彼女はあんなにも眩しくて、あんなにも強い。
だからこそ、胸を張って皆の前に立ち、皆を守ることができるのです。
それは、誰にでもできることではありません。
ましてや、彼女はまだ十六歳の高校生なのですから。
「キュオオオオオオオオオオオオオオ――――ン!」
「まずい!みんな、避けて!」
「大丈夫です、イヴ!私が皆を傷つけさせません!」
リヴァイアサンは再び、急速な老化を引き起こすあの光線を私たちへ放ちました。
けれど、イヴでさえ慌てているその時、セレイアは自信に満ちた笑みを浮かべ、彼女を安心させるように言いました。
そして、彼女は自分の剣を掲げ、真正面から迫り来る光線へ切っ先を向けました。
直後、私たちの正面に巨大な金色の銘文が現れ、本来なら防げるはずのない光を強引に受け止めます。
さらに塔の各所から無数の太い荊棘が伸び出し、リヴァイアサンの身体の至る所を貫きました。
「……!好機だ!『剛力』、『力の爆発』、『闘士本能』!はあああああああっ!!!」
スキルの補助を受けたカズの全身から、凄まじい闘気が噴き上がりました。
彼は力強く地面を蹴り、荊棘に拘束された空中のリヴァイアサンへ向かって、一気に飛び込んでいきます。
空中で身を翻した彼は、そのままリヴァイアサンの頭頂部へ踵落としを叩き込み、すでに弱りきっていたリヴァイアサンを一撃で地面へ叩き落としました。
「助かりました、カズ。ようやく完全に捕まえましたよ、リヴァイアサン」
「キュオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!」
続けて、女王様はリヴァイアサンへ向けて拳を握りしめ、その身に絡みついた荊棘を一気に締め上げました。
荊棘はまるでリヴァイアサンを生きたまま引き裂こうとしているかのように食い込み、震えるほどの絶叫を上げさせます。
リヴァイアサンは必死にもがこうとしましたが、荊棘の束縛はさらに強く締めつけていきました。
そして、最後には……
グシャリ――
セレイアは、圧倒的な力で、リヴァイアサンを完全に引き裂いてしまいました。
「げほっ、げほっ……!」
「おい、セレイア!大丈夫か!?」
「セレイア!?」
だが、残念ながら。
この新しいスキルも、私が想像していたほど完璧なものではなさそうでした。
「マナ、マリー、私は大丈夫です……ただ、これほど高負荷の領域を維持するのは、思っていた以上に精神力を使うだけですから……」
「強がってんじゃねえよ、お前!見ろよ、鼻血まで出てるじゃねえか!」
「あはは、本当ですね。どうりで鼻の下が濡れていると思いました」
マナは、意識を失いかけて倒れそうになったセレイアを慌てて支えました。
けれど彼女は鼻を拭った後、手袋についた血の跡を見つめて、乾いた笑みまで浮かべてしまったのです。
セレイアは……
昔から、一度何かをやり遂げると決めたら、どれほど無茶をしてでもそれを実現しようとする人でした。
――たとえ、自分の命を賭けることになっても。
きっと、彼女はもうとっくに覚悟を決めていたのでしょう。
……
「セレイア、早く止めて!このままだと死んじゃうよ!」
「駄目……です……私は、まだ止まれません。ここで止めたら、残りの二体の原初魔獣が……」
パシン――
「え……?」
「マ……マリー!?」
私たちのすぐ近くにいたアイリーンは、私が取った行動に驚き、思わず声を上げてしまいました。
戦っていた他の人たちもこちらへ一瞥を向けると、耳を傾けながら戦闘を続けています。
……
分かりません。
気づいた時には、私は頑なに自分の考えを曲げず、無理をしようとしていたセレイアの頬を叩いていました。
もういいです。
今は、あまり深く考えたくありません。
「あなたは昔から、そうやって一人で全部背負おうとするけど、私たちのことを何だと思っているの?」
「え……」
もしかすると、私が彼女を叱ったのはこれが初めてだったのかもしれません。
あるいは、私が初めて強い態度を見せたからなのかもしれません。
セレイアは私がしたことにすぐ反応できず、その場で呆然と立ち尽くしていました。
「アタシたちは仲間でしょ!もっとアタシたちを信じて、あんたが背負ってる責任をアタシたちにも分けてくれてもいいじゃない!どうして、あんたは何もかも自分一人で抱え込もうとするの!?」
私は……アタシは、今、心の底から怒っていました。
怒りで、身体が震えてしまうほどに。
彼女はもう死にかけているのに、それでも無理やり責任を自分の肩に背負おうとしているのです。
あんたは……私たちがあんたの力になれると信じてくれないのですか?
それとも、私たちは皆、ただの足手まといだと思っているのですか?
「ち……違います。私はただ、自分にできる限り、今の私にできることをもっとやろうとしていただけで……」
「止めて」
「分かりました。少し落ち着いてください……」
塔はゆっくりと消えていきました。
拘束を失った残り二体の原初魔獣と眷属たちは、再び私たちへ向かって殺到してきます。
「もし皆が……もしエミールくんが戻ってきた時に、あんたがスキルの使いすぎで死んでいたら、彼はどう思うの?お願いだから、彼や皆を悲しませるようなことはしないで。もっと自分のことも大事にしてよ……」
先ほどセレイアがリヴァイアサンを討ち取ってくれたうえ、ベヒモスもノクトゥナさんが抑えてくれているおかげで、今の戦況は多少なりとも持ち直していました。
それでも、前線で戦っている皆は必死に戦い続けていて、息をつく暇すらありません。
そんな中でも、彼らは私たち二人のために、ほんの少しだけ時間を作ってくれたのです。
「マリー?マナ?えっと……あなたたちの言う通りにしますから、まずは少し落ち着いてください。今のあなたたち、少し様子がおかしいですよ……?」
セレイアは戦場の方を一度振り返った後、ようやく安堵の息を吐き、私にそう言いました。
「私は冷静です。自分の状態がおかしいとも思いません」
「いえ……これを見てください」
「え……?」
私は信じられない思いで自分の頬をつねり、自分が夢を見ているのではないかと確かめようとしました。
けれど残念ながら、私は夢から覚めませんでした。
これが現実。
セレイアが差し出してくれた鏡に映っていたのは……
――私の目……正確には、私の瞳が左右で違う色に変わっている姿でした。
左目はマナの赤い瞳で、右目は私自身の灰色の瞳でした。
その時、周囲の時間がゆっくりになっていくのに気づきました。
やがて、完全に止まりました。
私は、静止した世界に閉じ込められてしまったのです。
これは敵の攻撃なの?
まずい……
一瞬とはいえ警戒を怠って、敵の罠にはまってしまったの!?
「お姉ちゃんたち、すっごく面白いね~」
突然、七歳くらいにしか見えない小さな女の子が私の視界に現れて、私は思わず警戒しました。
でも、どういうわけかその子には……まるでずっと前から知っていたような感覚があって、しかもその顔立ちは幼い頃の私にそっくりでした。
あの赤いフードに、リンゴの入ったかご……
まさか……
「もしかして、あなたは【赤ずきん(Little Red Hood)】なの!?」
「そうだよ!私、ずーっとお姉ちゃんたちが戦ってる姿を見てたんだけど、すっごくかっこよかったよ!」
うそでしょ!?
本当に赤ずきんなの?
「むぅ……!もうっ!私がわざわざ嘘をつく必要なんてないでしょ?」
「きゃっ!い、今、私の心の声まで聞こえてたの!?」
「うん。だって、私の世界はずーっと前からお姉ちゃんの中に刻まれてるんだもん。だから核である私が、お姉ちゃんの心の声を聞けるのも当然だよ。あ、でもお姉ちゃんのプライバシーは見てないからね?たとえば皆が寝静まったあとに、こっそり日記帳を出して毎日のことを書いてるのも、私は見てないからね!」
「きゃあああっ!!!それ、もう全部知ってるってことじゃないの!?」
「私、いい子だからちゃんと目を閉じてたもん。本当に覗いてないよ!」
赤ずきん……ちゃん?
彼女はまるで近所の人懐っこい妹みたいに、甘えるように小さな拳で私の太ももをぽこぽこ叩いてきました。
もちろん、まったく痛くはありませんでした。
「あの……どうして周囲の時間が止まっているんですか?これは、あなたがやったことなのですか?」
「おお!それはね、お姉ちゃんの意識が偶然、心の奥深くまで来ちゃったから、外の時間が止まっているように見えているだけだよ。実際には、ここで過ごす時間は外だと一秒にも満たないんだから!」
心の奥深く……?
「それで、私に何の用でしょうか?赤ずきんちゃん?」
「正確に言うと、用があるのはお姉ちゃんたち二人なんだけどね」
パチン――
彼女が指を鳴らした瞬間、私の身体から何かが剥がれ落ちたような感覚がありました。
え?
「マナ……?」
「マリー!?」
どうしてマナが突然ここに!?
それに、彼女は霊体の姿ではなく、私と同じように実体を持っていました。
「ふふふ……」
「「……!」」
私たち二人が驚いて顔を見合わせていると、赤ずきんちゃんは怪しげな笑みを浮かべながらこちらへ歩いてきました。
そのせいで、私たちは一気に警戒心を最大まで引き上げます。
マナに至っては、手のひらに火球を作り出し、私を背後に庇ってくれました。
「あんた、何をするつもり?言っておくけど、これ以上アタシたちに近づいたら、ただじゃ済まさないよ!」
「あらら……お姉ちゃんたち、どうしてそんなに私を警戒するの?そんなことされたら、私、悲しくなっちゃうよ……」
そう言いながら、彼女は両手で顔を覆い、今にも泣き出しそうな表情を作りました。
けれど、次の瞬間……
「へへっ!嘘だよー☆」
彼女は口元をつり上げ、マナの警告などまったく気にする様子もなく、逆に私たち二人へ向かって素早く駆け出してきました。
「マリー、下がって!」
「分かった、私が援護する!『人畜無害のサプライズ』!」
マナが赤ずきんちゃんへ向けて火炎弾を数発投げ放った後、私も彼女に合わせてリンゴ爆弾をいくつか投げつけました。
ドォン――
「あいつ、いったい何なんだよ……?」
「マナ、気をつけて!」
「何っ!?」
爆発で巻き起こった煙の中を、一筋の炎光が走り抜けました。
私が反応した時には、その炎光……赤ずきんちゃんは、すでにマナの背後まで回り込んでいました。
彼女の身体には、狼の耳、狼の尻尾、狼の爪にも似た炎が現れていて、動きも異常なほど速くなっています。
「お姉ちゃん、反応が遅いね……」
「かはっ……!」
炎の狼爪が、マナのお腹を貫きました。
その直後、マナは赤ずきんちゃんにそのまま投げ飛ばされてしまいます。
「マナ!!!『リンゴ療法』!」
「げほっ、げほっ……痛ってぇな……あの小さい化け物、見た目のわりに力が強いじゃねえか。油断するなよ、マリー」
「今は喋らないで。傷を治すから!」
その時、一本の短剣が私の前に投げられました。
「お姉ちゃん、早く拾って」
どうして彼女が短剣を投げてよこしたのかは分かりません。
けれど、今の私にとってはちょうど身を守る武器になります。
私は短剣を握り、左手で『リンゴ療法』を維持してマナの傷を癒やしながら、赤ずきんちゃんと向かい合いました。
「今、その子を殺して」
……?
彼女はいったい、何を言っているの?
「何をふざけたことを言っているの?どうしてマナを殺さなきゃいけない?今はあなたこそが私たちの敵でしょう!」
「ふふ……本当にそうかな?私はね、マリーお姉ちゃんを助けてあげているんだよ~」
「……?」
「この世界に、二人のあなたが存在しているべきじゃないんだよ。もう少ししたら、弱い方は必ず、より強いもう一方に呑み込まれる。そして最後には、一人の完全な【あなた】になるの。でもね、呑み込まれた方はもう記憶を保てず、この世界から完全に消えてしまう。これで事の重大さ、分かったかな?マリーお姉ちゃん?」
え……?
私はマナに……呑み込まれるの?
私は、この世界から完全に消えてしまうの?
「デタラメ言ってんじゃねえ!アタシがそんなこと、絶対にさせるわけないだろ!」
「マナお姉ちゃん……ううん、存在してはいけないマナお姉ちゃん。お姉ちゃんたち二人の人格は、もう少ししたら一つに統合される。これはマリーお姉ちゃんが、過去の傷から少しずつ立ち直ってきた結果なんだよ?ほら、さっきマリーお姉ちゃんは無意識のうちに、あの身体の主導権を取り戻せたでしょ。逆に言えば、あなたにも同じことができる。あなたにその気さえあれば、いつでも身体の主導権を奪い取って、その身体の主人になれるんだよ?」
……!?
「自分がどうしてこの世に顕現できたと思っているの、マナお姉ちゃん?マリーお姉ちゃんが【赤ずきん(Little Red Hood)】に覚醒するよりずっと前から、私は存在していたんだよ。もし『双生の魂』がなかったら、あなたがここに現れられるはずないでしょ?」
「は?何……?アタシは……アタシは……」
「マナ、落ち着いて!まず深呼吸して……!」
“アタシはただ、マリーを守るために、この身体が作り出したもう一つの人格”
マナは、自分が身体によって作り出されたもう一つの人格であることを、よく理解していました。
けれど、このまま進めば、彼女の人格が私を呑み込み、完全な【マリー】になってしまう。
それは、マナ自身が定めていた自分の存在理由と、完全に矛盾していました。
彼女は苦しそうに胸を押さえ、赤ずきんちゃんから告げられた事実に押し潰されるように、息ができなくなっていました。
「だからね、マリーお姉ちゃんがマナお姉ちゃんに呑み込まれてしまう前に、私がひと助けしてあげようってわけ☆」
助けてあげる、ですって……
「普通に考えて、マリーお姉ちゃんが全盛期のマナお姉ちゃんに勝てるわけないでしょ?私はマリーお姉ちゃんの味方なんだよ」
赤ずきんちゃんは、まるで自分こそが私の味方だと言わんばかりに、何度も私を誘い続けます。
「マナお姉ちゃんの傷が治ったら、もう手遅れになっちゃうかもしれないよ?」
そのうえ勝手に、マナを私の敵だと決めつけて……
「ふふ、ようやく傷が治ったみたいだね……」
「マナ……?」
マナは、私を力任せに押しのけました。
そして、苦しそうに起き上がった後、すぐさま自分の傍らに炎の矢を召喚し、私へ狙いを定めます。
マナ、いったい何を考えているの……
「ああ……あのクソガキさえいなければ、誰にも気づかれないうちにあんたと入れ替わって、本当の【マリー】になれたかもしれないのにね……」
炎の矢が私へ向かって放たれ、赤ずきんちゃんもすぐに私の前へ飛び出し、マナの攻撃を受け止めてくれました。
「マナ!まずは話し合おう、ね?」
「話し合い?アタシがあんたと話すことなんて、もう何もないでしょ?」
「きゃっ……!」
続けて、彼女は炎を一振りの大剣へと集め、私の頭めがけて振り下ろしてきました。
けれど赤ずきんちゃんは、私を助けるために両手の狼爪で必死にマナの斬撃を受け止め、そのまま体重をかけられて地面へ押し倒されてしまいます。
その後、マナはすぐさま赤ずきんちゃんを蹴り飛ばし、炎で形作った大剣を手に、私へ向かって突進してきました。
「マリーお姉ちゃん!!!」
「ふふ、もらった!」
「うっ……」
私は短剣なんて使ったことがありません。
それでも、自分の身を守るために、それを掲げました。
ガキィン――!
「……?」
けれど、私はなぜかマナの手にあった大剣を弾き飛ばしてしまいました。
どうしてそうなったのか、自分でも分かりません。
今の一撃には、剣を受け止めたという手応えがまったくありませんでした。
まるで大剣が短剣に触れた瞬間、そのまま逆方向へ弾き返されたかのようだったのです。
形勢は逆転しました。
今度は私が、マナを地面へ押さえつける番でした。
「今だよ、マリーお姉ちゃん!早くその手の短剣で、彼女を殺して!」
……
本当に、私はマナを殺さなきゃいけないの……?
その時、これまで私とマナが一緒に過ごしてきた日々が、次々と頭の中に浮かび上がってきました。
マナは私を守るために、【仙境】でアズライルを退けてくれました。
偽りの空が割れてからは、私たちはずっとエスギルの兵士たちと戦い続け、必死に生き残る方法を探してきました。
その後、危機的な状況で【群星の守護者】が現れ、皆を救ってくれたこともありました……
私たちは、たくさんのことを一緒に経験してきました。
仲間として、ある意味では姉妹であり、家族であり、そして同じ人を好きになった親友として……
普段、眠る前には、私はマナとよく話をしていました。
エミールくんのことを話している時、彼女は時々、素直になれない一面を見せることもありました。
彼女が私のそばにいることを、私はもうとっくに当たり前のように感じていたのです。
「……」
彼女は抵抗しませんでした。
ただ目を閉じて、私が自分の命を奪うのを静かに待っていました。
……
「できない……」
「ふざけないでよ、マリーお姉ちゃん!」
「できないよ!!!マナとこんなに長い時間を一緒に過ごしてきたのに、今さら私に彼女を殺せって言うの?そんなこと、できるわけないじゃない!彼女は、私が苦しんでいた時にずっとそばにいてくれた人なんだよ?マナ、教えて。あなたは本当は、どう思っているの?さっき、本当に私を殺そうとしたの?本当に、この身体の主導権を奪いたかったの?」
「……!」
もしかすると、私の言葉が痛いところを突いてしまったのかもしれません。
マナは目を真っ赤にし、手で顔を覆って声を上げて泣き出しました。
分かっているよ、マナ。
「さっき……あなたは私を襲おうとしているふりをして、大剣が短剣に触れた瞬間、自然に手放したんだよね。全部、私にあなたを殺す決心をさせるためだった。そうでしょう?」
「うぅ……」
「はぁ……あなたも本当に馬鹿なんだから」
「ふえっ……!?」
「マリーお姉ちゃん……!何をしているの!?」
私も手にしていた短剣を投げ捨て、仰向けに倒れていたマナを抱きしめました。
そのせいで、そばで必死に起き上がろうとしていた赤ずきんちゃんは、顔を真っ青にしてしまいます。
「教えて、マナ。あなたもエミールくんのことが好きなんだよね?」
「うん……」
「私に取って代わって、たった一人の【マリー】としてエミールくんのそばにいたいと思う?」
「アタシは……アタシはそんなことしない!でも、本当にアタシたち二人のどちらか一人しか生き残れないなら、その機会はあんたに譲りたい……」
「ふふ……やっぱり、あなたならそう言うと思っていたよ。私の知っているマナは、自分のために私を殺そうとするような悪い人じゃないもの」
「うわああ……ごめん、ほんとにごめん……アタシだって、さっき本当はあんたを攻撃したくなかったんだ。ただ、このまま時間をかけていたら、あんたが本当にこの世界から消えてしまうんじゃないかって怖かった。そうなったら……アタシ、あんたの家族にも、エミールにも、何て言えばいいのか分からないんだよ!」
マナは私の腕の中で何度も謝り続け、ようやく自分の本音を口にしてくれました。
私たちは、同じなのです。
好きなものや欲しいものを、つい相手に譲ってしまう悪い癖まで同じ。
だって……
私たち二人は、一つなのですから。
「それなら、なおさら自分が生き残るためにあなたを殺すなんてできないよ。そんなことをしたら、私たちの恋人が悲しんじゃうもの」
「でも……!」
「マリーお姉ちゃん、そんなのは自分の未来を諦めているだけだよ!うぅ……!」
赤ずきんちゃんは私たちへ向かって駆け出し、私の代わりにマナを殺そうと、狼爪を振り上げました。
けれど私は、自分の身体でマナを強く抱きしめるように庇い、その狼爪を寸前で止めさせました。
彼女は、自分の物語が私が覚醒する前から存在していたと言っていました。
つまり、物語が刻まれているのは私であって、マナではない。
だからこそ、彼女はあれほど迷いなくマナを殺そうとしたのでしょう。
なら、もし彼女が今、誤って私を殺してしまったら、彼女の世界はどうなるのでしょうか?
もしかすると、危険に晒されるのではないでしょうか?
私が賭けたのは、まさにその一点でした。
そして彼女も、どうやらそのせいで私に手を下せないようでした。
「あなたの目には、マナは余分な存在で、切り離されたもう一人の、必要のない存在に見えているんでしょう?」
「そんなの当たり前でしょ?私の世界は【マリー】の魂に刻まれているのであって、【マナ】という魂に刻まれているわけじゃないんだから。もう少ししたら、彼女は元の人格であるあなたを呑み込んでしまう。そうなったら、私の世界まで危険に晒されるかもしれないでしょ?」
「でもね、赤ずきんちゃん。マナも私の一部なんだよ。どうして私が、自分自身を否定しなきゃいけないの?」
腕の中にいるマナは、涙に濡れた瞳で私を見上げました。
私はそんな彼女の頭をそっと撫で、安心させるように微笑みかけました。
「ああああ!私には本当に、マリーお姉ちゃんが何を考えているのか分からないよ!自分が消えるのが怖くないの!?」
「もちろん怖いよ。ただ、マナを私が生き残るための生贄にしたくないだけ」
「過去の影から抜け出す時、あなたたち二人のうち強い方がもう一方を呑み込み、人格を統合する!これは避けられないことなの!」
「これは私のこと。私が決める」
「はぁ……どうして神様って、こんなに頑固なんだろうね……」
赤ずきんちゃんには、あの子なりの事情があるのでしょう。
けれど、私には私の考えがあります。
マナの幸せのために、私は絶対に譲りません。
「私は、マナと一緒に生きていく」
「だ・か・ら!」
「できるよ」
「マリーお姉ちゃん、何を言ってるの?もしかして、頭でも打ったの?」
あははは……
赤ずきんちゃんって、本当に口が悪いですね。
「マナは私で、私も……マナなんだよ。彼女が私の身体から分かれて生まれた存在なら、もう一度一つに戻ればいいんじゃない?」
「???」
赤ずきんちゃんは訝しげな顔で私を見つめ、まるで呆れたようにため息をつきました。
「マリー……」
「さっきセレイアが、左の瞳が赤くなっているって教えてくれたの」
「もしかして、それってさっきアタシがあんたと一つになったからなの!?」
「たぶん、そうだと思う。あなたは気づかなかったの?」
「気づいてない……あの時、アタシがセレイアにビンタした時のことを言ってるの?」
どうやら、私の予想は当たっていたようです。
彼女自身も、私たち二人が無意識のうちに一つになっていたことに気づいていませんでした。
「私からすると、さっきのあれも自分の意思で決めたことだったんだよ?だったらそれは、私たち二人の思考が同時にこの身体に表れて、一緒に彼女にビンタをすることを決めた証拠にもなるんじゃないかな?ふふ……」
まさか、私たち二人が初めて一緒にこの身体を動かした理由が、セレイアにビンタするためだったなんて……
笑ってしまいます。
ごめんね、セレイア……
「「ぷっ……」」
マナも私の言いたいことを理解したのか、私と同じように吹っ切れた笑みをこぼしました。
「マリー、アタシはどうすれば、もう一度あんたと一つになれるの?」
「任せて。さっきの感覚は、何となく覚えているから」
私はマナの両手を握り、自分の額を彼女の額にそっと重ねました。
「マナ」
「ん?」
「エミールくんも、あなたのことが好きなんだよ。もちろん、私も。だから、あなたは決して必要のない存在なんかじゃない」
「うん……!」
炎が私たちの周囲から立ち上り、私たちを完全に呑み込んでいきました。
けれど、それは少しも熱くなくて、むしろとても温かく感じました。
これからも……
一緒に頑張ろうね、マナ。
◇
「……」
「どう?見た目、変じゃないかな?」
「うわぁ、本当に一つになっちゃった。神様って、ほんっと変な存在だね……それで、私は今、何て呼べばいいの?マリーお姉ちゃん?それともマナお姉ちゃん?それとも……?」
「うーん……私も“そのままマリーって呼んで!”って言いたいところだけどね。でも、せっかく私たち二人が一つになったんだから……うん、決めた!これからは私のこと、マリーナって呼んで!」
あとで皆やエミールくん、それにおばあちゃんにも、少し説明しなきゃいけませんね……
ふふ。
私の身に起きた変化で、皆が驚きすぎなければいいのですが。
「はぁ……まあいいや。マリーナお姉ちゃん、人格の問題が解決したなら、次の件に進もうか」
「あなたは、人格の問題を解決するためだけに現れたわけじゃなかったの?」
「そうだよ。あとでちゃんと私に感謝してね?私、ものすごーく頑張ってあんたを助けてるんだから」
あなた、自分の物語を守るために、あんなことをしたんでしょう……
「えへへ……半分半分かな~」
その悪い笑い方を見る限り、絶対に半分半分なんかじゃないですね……
まあいいです。
「それで、次は何の話?」
「あなたが私の前まで来られたということは、それだけあなたの心がまた成長したということなんだよ。だから、あなたはもう、物語がもたらすさらなる力にも耐えられるようになったの」
おお……?
もしかして!
「そのもしかしてだよ!今この瞬間から、あなたの『双生の魂』は正式に『未完の残章』へ置き換わるよ~。これが、私の物語があなたに与える最後の超強力なスキルなんだから!」
本当に新しいスキルだ!
えっと……
「でも、この新しい【武装化】スキルはどうやって使えばいいの?発動方法すら分からないんだけど」
「今、頭の中に短い物語が浮かんでいるはずだよ?」
「……!」
それは……!
子供の頃、エミールくんが私を励ますために、わざわざ書いてくれた短い物語でした!
ただ、即興で作った物語だったから、話は途中で途切れたままだったのですが。
「思い出した!リンゴパイを売る女の子と、三匹の小さな炎狼の物語だ!」
「なんでそんなに早く思い出せるの!?」
「ふふ、だってこれは、私とエミールくんの子供の頃の思い出だもの。だから、その短い物語のことも覚えているんだよ」
今でも、はっきり覚えています。
「まさか、その物語にお姉ちゃんたち二人の昔の思い出まで宿っていたなんて……わぁ、それってすごい偶然じゃない!?だって、それはおばあちゃんがよく寝る前に読んでくれた短いお話だったんだよ?」
赤ずきんちゃんは、きらきらと目を輝かせながら私を見つめてきました。
その様子が少し照れくさくて、私は思わず笑ってしまいます。
「ふふ……そうなんだ。もしかすると、本当にただの偶然なのかもしれないね」
不思議ですね。
「とにかく、その物語の内容を思い浮かべながら、【武装化】スキルの名前を叫べば発動できるよ~。それは攻撃型のスキルなの。実際の効果は、使ってみれば分かるから」
「ありがとうね、赤ずきんちゃん。私のことで、そこまで心配してくれて……」
「私たちも一つなんだもん~。お姉ちゃんが助けを必要としているなら、私だって最後まで全力で手伝うに決まってるよ。それじゃあ、またね~」
周囲の時間が、ゆっくりと流れを取り戻し始めました……
「マリーナお姉ちゃん」
赤ずきんちゃんは背を向けたまま、小さな声で私の名前を呼びました。
「さっきは本当にごめんなさい。前のことも……あの悪狼がお姉ちゃんの心を揺さぶらなければ、私もその影響を受けて暴走したりしなかったの。あの時は、マナお姉ちゃんのおかげで取り返しのつかないことにならずに済んだ。だから、さっき私が彼女を必要のない存在だなんて言ったこと、謝りたいの……」
「前に【仙境】で、私が危うく【堕ちた者】になりかけた時のこと?」
「うん……」
まあ……
あれも、あいつのせいでそうなってしまったのでしょう。
「赤ずきんちゃんがちゃんと謝ってくれたんだから、この件はもう水に流してあげるよ~」
「……!うん!ありがとう!」
赤ずきんちゃんは花が咲いたような笑顔を浮かべ、私に向かって手を振りました。
「頑張ってね、マリーナお姉ちゃん!」
「うん!お姉ちゃん、今から新しいスキルで敵をこてんぱんにしてくるね!」
「あははは、期待してるよ!ばいばい、また暇な時に会いに来てね!」
「ばいばい、赤ずきんちゃん」
時間が元の流れを取り戻し、セレイアが心配そうな眼差しで、私の目をじっと見つめていました。
「マリー?マリー……?」
「あっ……!」
「あなた……大丈夫ですか?」
「ごめん、さっきは叩いてしまって……今の私は少し考え事をしていて、ちょっとだけぼうっとしていただけなの」
「えっと……私は気にしていませんけど。ですが、あなたの目が……」
ドォン――!
上級サキュバスたちがベヒモスへ向けて火球を撃ち込み、激しい爆発を引き起こしました。
戦いはまだ続いています。
今は、のんびりセレイアと話している場合ではありません!
「大丈夫。これは必要な変化だから。ここからは私に任せて。『未完の残章』!」
「新しいスキル!?マリー、まさかあなたも、さっきの私と同じように……」
「たぶんね。まずは戦おう。全部終わったら、リリスも交えて話しましょう。それと、これからは私のことをマリーナって呼んでね!」
「え?は、はい……?ひとまず、そういうことにしておきましょう。頼みますよ、マリーナ……?」
「任せて!」
子供の頃の、あの未完成の物語……
今、私がその続きを書いていきましょう。
【マリー&マナ – プロフィール更新】
マリー&マナ → マリーナ *New!
紡がれた物語 - 赤ずきん(Little Red Hood)
編織者スキル
——————
『火魔法』
『リンゴ療法』
『人畜無害のサプライズ』
【武装化】発動条件 - 自分が本当に欲しいものを、もう一方的に譲らないと決める。
【武装化】スキル - 『双生の魂(Scarlet Bond)』→ 『未尽の残章(Fragments of the Unfinished Tale)』*New!
【武装化】スキルの効果 - 第二人格であるマナを、炎の化身として召喚する。マリーの人格は、使用する治療系スキルの効果を強化する。マナの人格は、攻撃系スキルの威力および攻撃性能を強化する。また、編織者であるマリーの同意がある場合に限り、双方は身体の主導権を一時的に交換することができる。
↓
治癒系スキルと攻撃系スキルを同時に強化する。さらに、性能の異なる三匹の炎狼を召喚し、連携して戦わせることができる。*New!




