第7章『世界は我がために敷かれる』
「……って、そうじゃないよ!この空間、いったいどうなってるの?うぷっ……ごめん、もう吐きそう……」
リンは突然腰を折り、口元を押さえながら、必死に吐き気を堪えていた。
一方、意外にも適応力の高いリリスは、心配そうに彼女の背中をさすり、少しでも楽にしてあげようとしている。
それも無理はない。
目の前の空間は、まるで本来の重力を失ってしまったかのように、空中に浮かぶ地塊の一つ一つが、それぞれ異なる重力方向を持っていた。
そのせいで、俺たちの目の前に広がる景色は、まるで天地がぐるぐると回っているかのように見え、見ているだけでひどく気分が悪くなる。
「おそらく、あの獏のような【魔王】か、あるいは夢境の神ルミナス本人の仕業でしょう。彼女たちは周囲を夢境へと変え、戦場を自分に有利な環境へ作り替えて戦うことを得意としています。ただ、皆さんはまだ生きている……本当に、よかった……」
ミアは主戦場にいる他の仲間たちがまだ生きていることを確認すると、思わず安堵の息を漏らした。
「今の最優先は、早くクロエに治療を受けさせることです」
「そうですね。腕が少し痛みます……次からは、やはり銃床で殴ることにしましょうか」
「ええ……行きましょう。私が皆さんを浮かせます。“引力は緩み、すべての者はゆっくりと宙へ浮かび上がる”」
リリスは俺以外の全員に浮遊系の『言霊』をかけ、皆をゆっくりと空へ浮かび上がらせた。
「『羽毛の抱擁』。まずはあの地塊に着地して、それから他の地塊へ向かう方法を考えよう……ん!?」
俺が一番近くにある地塊へ足を下ろした、その瞬間。
地面はまるで水面のように沈み込んだ。
待て、これ地面じゃないのか!?
地面から無数の黒い手が伸び、俺の足を掴み、そのまま地塊の中へ引きずり込もうとしてくる。
バァン――!
「くっ……早く飛んでください!」
クロエは苦しげに片手で狙撃銃を持ち上げ、最も太い黒い手を一発の弾丸で正確に撃ち抜き、俺が反応するためのわずかな時間を稼いでくれた。
「悪い、助かった!」
「どうやら、適当に地塊を選んで着地するわけにはいかないようですね……それらは重力を失っているだけではありません。見たところ、地塊一つ一つに適用されているルールまで違います。次に踏み込んだ足場で何が起きるかなんて、誰にも分かりません……」
リリスは俺たちの斜め上を指さした。
唯さんは、獅子みたいな【魔王】が振るってきた鎌のような尾を避けた直後、その地塊から忽然と姿を消してしまった。
そこには、呆然とした姫川さんとラミリスだけが取り残されている。
次の瞬間、唯さんはシェラさんと鋭い牙を持つ獏型の【魔王】が戦っている別の地塊に現れ、忌々しげに舌打ちした。
空中には、全身を白い羽毛で覆われた白竜がいて、碧緑の結晶竜と高空で激しく渡り合っていた。
時折、凄まじい威力の竜の息吹まで空から降り注いでくる……
うわぁ、ここは本当に冗談じゃ済まない場所だ。
「……もしかすると、私の『言霊』で地塊のルールを強引に書き換えれば、私たちをフローラさんのいる地塊まで直接送れるかもしれません」
「試してみよう。先陣は俺に任せてくれ。そのほうが、みんなにとっても安全だ」
「すみません、エミール。本当は、あなたに危険な役目をさせたくないのですが……」
「大丈夫、大丈夫。どうせ俺は死ねないんだ。この命をできるだけ利用して、少しでも多くの有利を作るのは当然だろ」
「では、あの地塊にしましょう。あそこには他の敵がいませんし、私たちが着地する場所としてもちょうどいいはずです。“すべての生き物は、この地塊へ足を踏み入れた瞬間……あそこへ転移する”!」
その地塊には特に目立った変化は起きなかった。
だが、フローラさんのいる地塊を転移先として指定した後、リリスは俺に向かって小さく頷き、『言霊』が成功したことを示してくれた。
ふぅ……
行くぞ。
どうか、大凶みたいなことになりませんように。
トン——
俺が片足を地塊へ踏み入れた直後、目の前の景色が一瞬で切り替わった。
気づけば、俺はフローラさんの背後に立っていた。
「……!」
「うわああああ!待って待って、俺だ!エミールだ!」
フローラさんはまるで条件反射のように、握りしめた右拳を一瞬で俺の目の前へ突き出してきた。
幸い、彼女は俺が誰なのかに気づいてくれたらしく、その拳は俺の鼻先から三センチもない位置でぴたりと止まった。
……ただし、拳から爆発するように放たれた風圧だけで、俺の髪はぐしゃぐしゃに乱されてしまった。
漏らすかと思っただろ!
もしこの聖女様の拳を正面から食らっていたら、俺の頭はその場で弾け飛んでいたかもしれない。
寸前で止めてくれて、本当に助かった……
「エミール!?」
「先にクロエを治療してください。左腕を骨折しています」
「もう、あの子はいったい何をしているんですか……」
残りの四人も俺の背後へ転移してくると、フローラさんはそれ以上何も言わず、すぐに心配そうな表情でクロエの治療を始めた。
「あははは……OK、これで私も戦闘に復帰できます。ありがとう、フローラ」
「ちゃんと気をつけてくださいね」
「はいはい。心配してくれてありがとう~」
クロエは治ったばかりの左腕を軽く振ると、すぐに狙撃銃を担ぎ直し、他の仲間たちの戦闘を援護し始めた。
別の地塊で戦っていたオペレーターたちも俺たちの姿に気づいたのか、その動きは明らかに鋭さを増していった。
「“地塊に敷かれた異常なルールは、私たちには無効となる”。皆さん、一気に反撃に移りましょう!」
リリスは空間が俺たちへ及ぼす影響そのものを消し去った。
そのおかげで、他の人たちも今はより大胆に攻撃へ移れるようになっている。
次の瞬間、足元の地塊で何が起きるのかを、いちいち気にする必要がなくなったからだ。
「……?」
宙に浮かんでいたあの男――ロロックが、俺たちを一瞥した。
いや、正確には、リリスを一瞥したのだ。
気づかれた。
「『崩解視界』」
「……!『空間支配』!」
その視界に入った場所が、崩れ、瓦解し始める。
ラミリスはロロックが俺たちに危害を加えようとしていることに気づくと、すぐさまスキルで邪神に支配された空間を一時的に押さえ込み、俺たちが反応するための数秒を稼いでくれた。
「海竜様、もう少しだけ頑張ってくださいね」
「おう!」
ミアが鋭くロロックを睨みつけた。
水で形作られた数本の触手も、彼女と同時にロロックの方向へ急襲を仕掛ける。
そのうちの一本が、ロロックがラミリスの『空間支配』によって押さえ込まれている隙を突き、その腰に巻きついた。
そして、そのままロロックを別の地塊へ向けて力いっぱい投げ飛ばす。
「神殺しの弾丸を装填します!ロロックを押さえ込んでください!」
クロエはポケットから漆黒の弾丸を一発取り出し、狙撃銃の内蔵弾倉へ押し込んだ。
続けて彼女はボルトを引き、流れるような動作で装填を完了させる。
「私が空間を完全に安定させます!“不安定なるルールは、私の言葉の下に安定へと戻る”」
「少しだけ動きを止めればいいんだよね?『時間・夢境定格』!」
リリスの補助を受けたことで、ロロックは体勢を立て直す間もなく、その背後に砕けた時計の光輪を出現させられた。
そして、その動きは、ちょうど起き上がろうとした一瞬のまま完全に固定される。
「助かりました、キャロリン、リリス!これだけ動きを止めてくれれば十分です!」
バァン――!
「ロロック様あああああ!!!」
「くそっ……おい!あのイカれ女がそっちに突っ込んでいったぞ!」
シェラさんが大声で俺たちに警告してくれた。
だが、その時にはもう、クロエの神殺しの弾丸は撃ち出されていた。
もう一柱の敵対神――ルミナスは、ロロックが殺されそうになっていることに気づくと、自分の身の安全など一切顧みず、彼の前へ直接転移した。
そして、自らの身体でロロックへの一撃を受け止めたのだ。
「ぐああああ……!ロロック……様……!あなたが無事で、よかった……あなたを殺していいのは、私だけなのですからね、あがはははは!!!」
ピシリ。
ルミナスは狂気と苦痛に満ちた笑い声を上げながら、全身に眩い碧色の亀裂を走らせていった。
その身体が、俺たち全員の目の前で裂けていく。
正確に言えば、内側から粉々に爆ぜたのだ。
こうして……
夢境の神・ルミナスは、愛する者を守るために、墜ちた。
「チッ」
「少なくとも、一柱の神は倒せたんだ。悪くはないんじゃないか?」
「いいえ、あの狂った女神はロロックよりずっと対処しやすい相手です。本当に厄介なのは、ロロックのほうなんです。今、なぜかラミリスは創造神の権能を発動できない。もし私たちがこのまま彼を押さえ込めなければ、ロロックはここにいるどの敵よりも、遥かに面倒な存在になります」
マジかよ……
クロエは珍しく舌打ちすると、自分のポケットを探り始めた。
だが、その顔色はさらに悪くなっていく。
「さっきのが最後の神殺しの弾丸でした……あなたたちの世界へ来る前に、念のため一発だけ持ってきていたのです。まさか、神が二柱も同時に現れるなんて、夢にも思いませんでした……」
「大丈夫ですよ、クロエ。これはあなたのせいではありません。また皆で一緒に方法を考えればいいんです」
「……分かりました」
クロエはフローラさんに慰められ、再び気を取り直した。
だがその時、俺はふと、ロロックの姿が見えなくなっていることに気づいた。
「待ってください、ロロックはどこへ行ったんですか?」
「俺を探しているのか?」
背筋が凍るような声が、突然フローラさんの背後から響いた。
「フローラ、後ろ!!!」
ロロックが突然フローラさんへ襲いかかり、上空で【魔王】と戦っていた唯さんが、喉が裂けんばかりの叫び声を上げた。
「はあっ!」
「ほう……?」
ロロックは、仲間を治療できる唯一の存在であるフローラさんを殺せると思っていたのだろう。
だが、彼の拳はフローラさんに素手で受け止められていた。
……
は?
彼女は邪神の拳を、素手で受け止めたのか???
灰黒色の魔力がフローラさんの周囲の大地を侵食し、地面すら崩壊させ、粉々に砕いていく。
それでもロロックは、どうしてもフローラさんを殺すことができなかった。
「あなたが私を狙ってくることくらい、最初から分かっていました。だから私はずっと、あなたがいつ私を奇襲してくるのか警戒していたんです」
「いいぞ、女。ますますお前が屈服する顔を見たくなってきた」
「できるものなら、やってみなさい!」
フローラさんは『浄化』を纏わせた左手を掲げ、自分の腕とロロックの拳の間に小型の障壁をいくつも生成し、正面から迫ってきた次の一撃を受け止めた。
続けて彼女は凄まじい速度でロロックの顎にアッパーを叩き込み、そのまま後方へ吹き飛ばされたロロックへ向かって駆け出す。
「面白い!強いな、女!」
「私は少し、格闘術の心得があるだけです」
ロロックの全身から灰黒色の瘴気が噴き上がり、次の瞬間、彼の拳には瘴気から変じた黒い炎が纏わりついた。
フローラさんはしなやかに身体を横へ逸らし、ロロックの次の一撃を回避する。
さらにその拳の勢いに合わせて手首を掴み、自分のほうへと引き寄せた。
ロロックはフローラさんが自ら懐へ踏み込んでくるとはまったく予想していなかったらしく、拳を深く突き込みすぎた結果、身体の重心までフローラさんのほうへ傾いてしまう。
フローラさんは素早く右肘を相手の脇腹へ叩き込み、『浄化』でロロックの黒い炎を打ち消した。
直後、彼女はロロックの手首を離し、腰の回転を利用して回し蹴りを放つ。
その一撃は、ロロックの喉元を容赦なく薙ぎ払った。
速すぎる……!
二人はどちらも肉眼では捉えきれない速度で、素手同士の攻防を繰り広げていた。
俺はフローラさんのことを、仲間たちを治療する役目を担う【聖女】だとばかり思っていた。
けれど、まさか彼女が格闘術まで極めているなんて……
唯さん、あなたの起源小隊、どうして強さが限界突破した怪物みたいな人ばかりなんですか!?
「げほっ……くはははは!そうこなくてはな!」
「人の妻に勝手に欲情してんじゃねえ、野郎!」
ガキィン――!
ロロックは唯さんの剣が自分の首を斬り落とすよりも先に、瘴気を黒い剣の形へ変え、上から振り下ろされた唯さんの重撃を受け止めた。
だが、彼の足元の地面は深く陥没している。
それだけで、この一撃がどれほど重かったのかが分かった。
「『終焚』!」
「唯、危ない!――――!――!」
「助かった、ナセフィン!」
唯さんの身体が突然、重力を失ったかのように空中へ舞い上がり、間一髪でロロックの瘴気の炎を回避した。
標的を失った瘴気の炎は空中に浮かぶ別の地塊へ命中し、その地塊を跡形もなく粉砕した。
その時、空中に浮かんでいた地塊の一つ一つが、突然一か所へ集まり始める。
「……」
金色の光を瞳に宿した一人の女性が、今しがたフローラさんと唯さんに手を出そうとしたロロックへ、一歩ずつ迫っていた。
「……!なに!?なぜ俺の権能が突然……」
ロロックが狼狽えた。
彼は突然、神としての権能を使えなくなったのだ。
その結果、あれほど傲慢だった神は、今や人間と何も変わらない存在へと成り下がっていた。
彼には、いったい何が起きたのか理解できていない。
トン。
ラミリスが一歩彼へ近づくたびに、その足元の大地は即座に分解され、再構築され、青々とした草地へと変わっていく。
「あなた……」
トン。
真正面から迫ってくる圧倒的な威圧感に、ロロックはその場に尻餅をついた。
「私が一時的に創造神の権能を使えなくなっていただけで、自分が私と張り合えるとでも思ったの?」
「くそっ……来るな!俺はもう二度と死にたくないんだ!」
ロロックは必死に後ずさった。
だが最後には、いつの間にか背後へ漂ってきていた、直立した別の地塊に背中をぶつけてしまう。
その直後、彼の身体のあらゆる場所から、植物が狂ったように生え始めた。
この空間も、この大地に存在するすべてのルールと法則も、今はラミリスただ一人によって決定されている。
「……おい、人間!見ているんだろう?早く俺を守れ!お前は俺の使徒だろう!?おい!!!」
ロロックは焦った様子で空へ向かって叫び、誰かに助けを求めているようだった。
「おやおや、ロロック様が今にも一本の木になってしまいそうですね~」
「なら、さっさと俺を守りに来い!」
「嫌だ~」
空中に、トレイズの冷え切った声が響いた。
「あ……?」
トレイズは一切迷うことなくロロックの願いを拒み、ロロックは愕然とした様子で空を見上げた。
「くくく……あれほど強大だった君が、まさかそんな醜態を晒すとはね?はははは!素晴らしい!その歪んで苦しみに満ちた表情は、実に面白い!」
「き、貴様……この下賤な人間が!俺がお前に力を与えてやったというのに、今になって俺を見捨てるつもりか!?」
「力を与えた?何か勘違いしていないか?」
「……?」
「力を授けられた側は、君のほうだったはずだよ。親愛なるロロック様。忘れてしまったのかい?そもそも瘴気の操り方を君に教えたのは、いったい誰だったかな?」
ロロックは口を開けたまま、身体の内側から新たな若枝が突き出してくるのも構わず、呆然と空を見上げていた。
最も忠実な使徒だと思っていた相手が、自分を裏切るなど、彼は夢にも思っていなかったのだろう。
しかも今、その相手は逆に、自分の力は自分が与えたものだと告げている。
ロロックには理解できず、その思考は完全に混乱していた。
「裏切り者……!貴様には必ず神罰が下る!俺が貴様を呪ってやる!!!」
「はは。最初から、俺は君を利用して、本来俺のものだった力を取り戻そうとしていただけだ。いったい何をもって裏切り者だと言うんだ?はぁ……あんなに簡単に騙されたんだから、自分の愚かさを恨むしかないね~」
「このクズがああああああああ!」
「バイバイ、見送りはしないよ~さっきのエキシビションマッチは、なかなか楽しく見物させてもらった。ご苦労だったね?」
トレイズの声がゆっくりと遠ざかっていくのに合わせて、ロロックの身体から生え出した植物は、彼の皮膚を完全に覆い尽くしていった。
そして最後には、歪んだ人面を持つ一本の大樹へと変わる。
「『天選者』、『迅足』、『限界突破』!」
一方、獅子のような【魔王】と単独で渡り合っていた【勇者】――姫川さんもまた、いくつものスキルを一気に発動し、次の一撃で完全に勝負を決めようとしていた。
「『雷電・穿心の一撃』!」
紫色の雷電が姫川さんの手にした長槍を包み込み、それは砲弾のように【魔王】へ向かって投げ放たれた。
「グォッ!?」
【魔王】は魔法術式を展開して防御しようとした。
だが、その瞬間、そいつは突然足を滑らせて転倒した。
そのあまりにも滑稽な姿に、【魔王】自身さえ困惑したような声を漏らしている。
「足元の摩擦を失えば、スキルの発動に集中することもできないでしょう?」
ナセフィンが【魔王】の足元の摩擦を消し去ったことで、そいつは地面へ派手に叩きつけられた。
そして最後には、スキルの発動が間に合わなかった【魔王】は、身体に突き刺さった雷槍によって黒焦げに焼き尽くされた。
「はぁ……残っているのは、アタシとアンナの相手だけか?よし、ゲームは終わりだ。『永凍の白銀世界』」
「ブモォォォォォォォォォッ!?」
シェラさんの足元が凍土へと変わった。
氷霜はもう一体の獏型の【魔王】へ向かって凄まじい勢いで奔流し、もともと動きの遅かったそいつを一瞬で氷像へと変えてしまう。
ドゴォォォン――!
碧緑の結晶竜は白竜に頭部を掴まれ、空中から地面へと叩き戻された。
そして運悪く、そのまま【魔王】の上へ墜落し、氷像となっていたそいつの身体を粉々に砕いた。
「グオオオオオオオオオオッ!」
「ガアアアアアアアアアアッ!」
二体の竜が互いに力を競い合う。
地面へ押さえつけられた結晶竜は、なおも諦めずに白竜へ向けて竜の息吹を吐き出した。
だが、白竜も即座に反応し、同じく竜の息吹でそれに応戦する。
結晶竜がどれほど必死に抗おうとも、白竜の口から放たれる竜の息吹の威力は、目に見えて高まっていった。
やがて白竜に押し負けた結晶竜は、相手の竜の息吹によって頭部を吹き飛ばされ、その巨体を力なく地面へ横たえた。
「ふぅ……アンナ、帰隊~」
白い光が走った後、白竜がいた場所にアンナの姿が現れた。
「おかえり、アンナ」
「アンナ、頑張った。だから、ご褒美になでなでがほしい」
唯さんの顔を一目見るなり、彼女はぴょんぴょん跳ねるように彼の前まで駆け寄り、報酬をねだり始めた。
「もちろん、いいぞ」
「~♪」
あれほど覇気と威厳に満ちていた白竜が、まさか今、唯さんの腕の中で目を閉じ、頭を撫でられて幸せそうにしているこの少女だなんて……
「それじゃあ、結晶竜の死骸は私に任せて。今から……焼却☆タイム~」
魔王リリカは結晶竜の死骸に火柱を絡みつかせ、その表層に残っていた活性結晶を焼き殺し、完全に後の憂いを断った。
「よくやった、みんな。ありがとう。それと、エミール……」
「……!」
まずい。
戦闘が終わって気が緩んだところで、唯さんはようやく、本来ならこの場にいるはずのない俺たち三人の存在に気づいてしまった。
真っ先に呼ばれたのは、当然、唯さんから一時的に小隊長を任されていた俺だった……
「すみません!どうしても皆さんのことが心配で、それで……」
「まずは、ありがとう。え?別に、君たちを責めるつもりはないよ。君たちが来てくれなかったら、ミアもリリカもクロエも、ここへ駆けつけるまでにもっと時間がかかっていたはずだ。その間に戦況がどう転ぶかなんて、分かったものじゃなかったからね」
「えええ?てっきり、めちゃくちゃ怒られると思ってました」
「怒らないよ。俺は理由も聞かずに、開口一番怒鳴りつけるような変人じゃない。むしろ、戻って支援してくれたことに感謝したいくらいだ。さて、片づいたなら俺たちも戻ろう。ふぅ……さすがに疲れた」
ピピピピ――
その時、唯さんのポケットから突然、着信音が鳴り響いた。
「もしもし~イヴ、どうした?……ちっ、すぐ戻る。そっちも気をつけろよ」
唯さんは電話越しにイヴからの報告を聞き終えると、すぐに俺たちに村へ戻るよう指示した。
「村が襲撃された。連戦の準備をしておけ」




