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第6章『記憶は永遠に閉幕せず』

「【仙境】で【武装化】の実験をしたあの日を除けば、前に【仙境】から逃げ帰って以来、俺たちがこうして三人で行動するのは本当に久しぶりだな」


「そうだね!そう言われると、ちょっと懐かしいかも!あの時、君と一緒に第十三層まで落ちた時は、本当に怖かったんだから……あの時そばに君がいてくれなかったら、私、もうとっくに死んでたかもしれない」


「私たち三人の運命が交わり始めたのも、あの時からでした。その後、私たちはどんどん多くの仲間と出会っていきましたね。はぁ……でも正直、あの時の私は、どうしてあなたたち二人はそこまで運が悪く、よりにもよって迷いウサギなんかに遭遇してしまったのだろうと思っていました。もしかすると……それも運命だったのかもしれませんね」


俺が少しだけその話題に触れると、リンとリリスも当時の出来事を思い出し始めたらしく、いつの間にか感慨深げな笑みを浮かべていた。


もちろん、俺も同じだ。


俺たちにとって、あの頃の日々は今でもずっと、かけがえのない大切な時間だった。


「あの時の小さな男の子が、今では一人前の小隊長になったんですね」


「えっ……君、ずっと俺のことを小さな男の子として見てたのか?」


「ええ。仲間を連れて【仙境】の最深部まで私を助けに来てくれた、どこかの馬鹿な人が現れるまでは、確かにそうでした」


「今は?」


「……それ、聞く必要ありますか?」


リリスも本来なら、ただ俺を少しからかうつもりだったのだろう。


だが、俺が本気で受け取ったような顔をしてみせると、彼女はすぐに呆れたような目でこちらを一瞥した。


それでも俺はわざと知らないふりを続け、期待に満ちた表情まで必死に作ってみせる。


俺は、今の彼女が俺をどう見ているのかを、彼女自身の口から聞きたかった。


へへ……


「お……」


「ん?」


「おと……」


「ほら、言ってみて」


「ああもう、面倒くさいですね!今の私は、あなたをちゃんと一人の男性として、そして伴侶として見ています!もう!」


リリスは顔を真っ赤にしていた。


そのもじもじした様子が、本当に可愛らしい。


ただ、俺に追い詰められたせいか、彼女は拗ねたようにぷいっと顔をそらし、そのまま移動に集中し始めた。


「おやおや~?リリスっち、怒っちゃった?」


「怒っていません!」


「あははは、可愛い!今が移動中じゃなかったら、絶対飛びついて抱きしめてたのに」


「それはどうもありがとうございますね!」


はははは!


リリスは苛立たしげにため息をつくと、今度は逆に彼女をからかい始めた俺たち二人を相手にしなくなった。


戻ったら、ちゃんと謝っておこう。


「……!リリス、左に避けろ!」


「……!」


何かが飛んでくるのに気づいた俺は、すぐそばにいたリンの腕を引き、右へ跳んだ。


リリスも俺の声を聞いた瞬間、即座に左へ跳ぶ。


ドォン――!


遠くから飛んできた巨大な物体が、地面に深い穴を穿った。


危なっ……


今のを避け損ねていたら、俺たちは終わっていた。


「なんだよ、これ……?」


それは漆黒の翼だった。


けれど、目の前にあるそれには、どこか見覚えがある。


「待てよ、これ……ミカエルのコウモリの翼じゃないか?」


「誰かに吹き飛ばされたみたいだね……行こう。爆発音がどんどん増えてる。あっちの戦況は、きっと相当厳しいはずだよ」


「キャロリン、エミール。あとで私は『無私奉献の(Mermaid’s)高潔なる魂(Devotion)』であなたたちを支援します。二人とも、必ず自分の身の安全にも気を配ってください。特にキャロリン、あなたです。あなたはエミールのように『超再生』を持っているわけではありません。あくまで、どこにでもいる普通の女子高生なんです。分かりましたか?」


「もう……分かったよ、リリスママ~」


「先生です!」


     ◇


「海龍様!」


「グオオオオオオオオオオオッ!!!」


巨大な姿となった海龍様の口元に膨大な魔力が集まり、空中を逃げ回るミカエルへ向けて放たれた。


その一撃はミカエルを撃ち抜き、地面へと叩き落とす。


「ミア、海龍様!加勢に来ました!リリス、リン!」


「“大地よ、束縛となれ”!」


「『時間・停止』、『幻光砲撃』!」


地面から無数の鋭い棘が伸び、ミカエルの身体を貫いた。


その直後、棘の先端が素早く後ろへ折れ曲がり、ミカエルの身体を地面にがっちりと固定する。


続けて、リンがミカエルの動きを一時的に停止させた後、その正面に向けて光の砲撃を放ち、一撃で頭部を吹き飛ばした。


だが、ミカエルの死体が倒れた直後、頭部を失った部分から無数の肉瘤が生え始める。


これは、肉体が高速で修復されている証だ。


早く処理しなければ、ミカエルは再び復活してしまう可能性が高い。


「リリス、あいつの肉体再生を止める方法はあるか?」


「簡単です。傷口を炭化させればいいだけです。“火炎の蛇よ、血肉を喰らえ”!」


全身に炎を纏った大蛇が、何もない空間から姿を現した。


それはミカエルの残骸を喰らい尽くす勢いで締め上げ、瞬く間にその表層を完全に炭へと変えていく。


空の半分に高く掛かっていた夜も、ミカエルが活動を停止すると同時に消え去り、再び黄昏の景色へと戻った。


「これで、もう再生はできません」


「リリス、君の『言霊』、強くなったのか?」


「おそらく、この王冠のおかげでしょう。ここから、とても純粋な魔力を感じます。たぶん、無意識のうちに王冠の魔力を『言霊』の増幅に使っていたのだと思います」


リリスは頭上に浮かぶ黒い王冠にそっと触れ、口元をわずかにほころばせた。


もし本当にそうなら、このタイミングはあまりにもありがたい。


今の俺たちには、強力な戦力が必要だ。


「ミア、俺たちも一緒に他の人たちを支援しに行こう」


「えっ……でも、唯はあなたたちを巻き込みたくないって……」


「何言ってるんだ?俺たちはもう、とっくに無関係ではいられなくなってる。行こう。残りの敵も全部片づけに行くぞ」


「彼に怒られても、私は知らないからね?でも、ありがとう~」


ミアは最後まで俺たちが前線へ戻るのを止めようとしていた。


けれど、俺があまりにも頑固だったせいで、最後には諦めてくれた。


どうやら、彼らはそれぞれ自分が受け持つ敵を引き離して戦っているらしい。


そのせいで、ミアの体には今、あちこちに傷が刻まれているうえ、フローラの治療も受けられない状態だった。


さっきも彼女は、腹をくくって一人でミカエルと戦うしかなかったのだ。


「まずはクロエと合流しましょう。彼女が担当している標的は、あの青髭の怪物と人狼です」


「うわ……彼女、一人で二体を相手にしてるのか?」


以前の俺たちは、グリックとアズライルを倒すだけでもかなり苦労した。


彼女一人で、本当に大丈夫なのか?


「案内を頼む。というか、彼女って狙撃手だよな?あの二人はどちらも、かなり強力な近接攻撃型の敵だぞ?」


「クロエなら大丈夫です。彼女は距離の管理がいつも正確ですから、予想外の変数さえなければ、敵に接近されることはまずありません」


バァン――!


耳をつんざくような銃声が前方から響いた。


「実弾に切り替えた……?急ぎましょう。彼女がそれを使うのは、戦況がかなり厳しい時だけです」


「それじゃあリリス、少し失礼するぞ」


「何をするつもりですか?きゃああああ!」


状況は切迫している。


俺は迷うことなくリリスをお姫様抱っこで抱き上げると、背中に翼を広げ、一気に空へ飛び上がった。


「ミア、俺たちは君の後ろについていく。だから、俺たちのことは気にしなくていい。君は全速力で先に進んでくれ」


「そう言ってもらえると、本当に助かります」


ミアは何もない空間から、数階建ての建物ほどの高さがある大津波を呼び出した。


続けて彼女の両脚は徐々に人魚のものへと変化し、そのまま水の中へ飛び込むと、波に乗って一足先に進んでいった。


「リン、俺たちも行こう」


「……あとで私にもやってね」


「は?」


「お姫様抱っこのことだよ!リリスだけお姫様抱っこしてもらうなんて、ずるすぎるもん!私もしてほしい!」


「君が気にするの、そこなんだな……」


俺の背中に生えたこの小さな翼で、人を抱えたまま飛ぶのは、実のところかなりきつい。


それでも、俺は何とかミアの後ろにぴったりとついていくことができていた。


華恋が自分のスキルを俺に共有してくれたおかげだ。


まさか、こんなにも早く使うことになるとは……


「は、恥ずかしすぎます……」


リリスは顔を俺の胸元に埋めているため、今の表情までは見えない。


けれど、真っ赤に染まった彼女の耳が、今の彼女の心情を十分すぎるほど物語っていた。


「ふぅ~」


「ひゃあっ!?エミール、命が惜しくないんですか!?私で遊ばないでください!」


彼女の耳にそっと息を吹きかけたら、怒られてしまった。


うぅぅ……


     ◇


バァン――!


バンバンバン――――――!


銃口から放たれた弾丸が、グリックのそばに投げ込まれていた小型の結晶体に命中した。


その直後、弾丸はすぐさま弾道を変え、別の結晶体へと跳ね返る。


弾丸は、宙に浮かぶ結晶体によって構成された檻の中で、何度も、何度も、何度も跳ね返り続けた。


たった一発の弾丸だけで、グリックの全身に無数の風穴が穿たれていく。


そして、ぼろぼろに崩れたその身体は黒灰色の瘴気へと変わり、戦場から消え去った。


「ふん!」


「グルァァァァァッ!」


続けて、クロエは銃床を背後へ叩きつけるように振り抜き、アズライルの爪撃を受け止めた。


それだけではない。


彼女は自分の狙撃銃がアズライルに掴まれたと分かるや否や、迷うことなく手の中の狙撃銃を手放し、反転しながらアズライルの喉元へ蹴りを叩き込んだ。


その一撃で、アズライルの身体は大きく吹き飛ばされる。


「クロエ、大丈夫!?左腕はどうしたの?」


「あははは……さっき、少し油断してしまいました。あいつが腕を伝って凄まじい衝撃波を放ってくるなんて思わなくて……拳を片手で受け止めたせいで、逆に骨を何本か折られてしまいました……」


「そんな……」


クロエは苦しそうに地面へ落ちていた狙撃銃を拾い上げると、それを指輪の中へ収納した。


それから彼女は唇を噛みしめ、腕を押さえながら、ふらふらとこちらへ近づいてくる。


「ここからは私たちに任せて。クロエ、あなたは先に休んでいて」


「ん?どうしてその三人がここにいるのですか?」


「私たちを助けるために、戻って参戦してくれたの」


ミアは俺たちを止められなかったと言いたげに、苦笑を漏らした。


「でも、彼らがいてくれて助かりました。おかげで、私たちも少し息をつけます。海竜様、私は『浄海神依』を使います!」


「承知した!」


小さくなった海竜様が、ミアの身体へと飛び込んだ。


その直後、半人魚だったミアの姿に、さらに新たな変化が生じる。


――今の彼女の頭には竜の角が生え、その手には青い宝石が嵌め込まれた、いかにも高価そうな三叉槍が握られていた。


「皆さん、行きます!『超級水魔法・水鏡』!」


ミアの周囲を漂う霧状の水気が、無数の分身を映し出した。


次の瞬間、すべての分身と彼女自身が、肉眼では捉えきれないほどの速度で一斉にアズライルへ突撃し、あらゆる角度から絶え間ない連撃を叩き込んでいく。


彼女は霧状の水気で自らの姿を歪ませ、まるで彼女たちが戦場のあちこちを瞬間移動し続けているかのような錯覚を、俺たち全員に抱かせていた。


そのせいで、彼女の本体がどこにいるのかまったく判断できない。


あれが、ミアの全力……!


強い!


「俺たちも負けていられないな。リン、リリス!」


「一曲踊ろうよ、ダーリン!」


「私は『言霊』であなたたちを援護します。思いきり行ってください!」


よし!


「グルァァァァァッ!『■……身』」


アズライルはミアの攻撃の隙を捉えると、すぐさまいくつもの分身を作り出し、自分に向けられた攻勢を分散させた。


「“偽りの分身は消え去る”」


「……!」


生み出されたばかりの分身がすべて突然消え失せ、アズライルは思わず動きを止めた。


捕まえた……!


「はああっ!」


「『硬……■』」


俺は手にした大剣をそいつの腹部へ振るった。


だが、アズライルはあれほど短い一瞬で反応し、自らの腹部に局所的な硬化を施して、俺の一撃を受け止めてみせた。


「まずい!反動を利用して距離を取られた!」


「追撃は私に任せて!『光魔法・閃撃』☆」


リンが光の矢のように、俺のそばから撃ち出された。


瞬きする間もなく、彼女はすでにアズライルのそばまで追いついている。


「私たちは、数か月前の私たちとはもう違うんだよ……っと!」


リンの短剣の先端から眩い光が放たれ、紫紅色の光で形作られた閉鎖式の玻璃庭がアズライルを内側へと拘束した。


「『玻璃庭の終宴』!」


パキン――


次の瞬間、玻璃庭に次々と大きな亀裂が走り始めた。


そして最後には、内部にあるものすべてを巻き込んで砕け散り、爆ぜる。


アズライルは歪んだ姿のまま、全身を血に染めて地面へ倒れ伏した。


それでもなお、そいつはぼろぼろになった両腕で身体を支え、俺たちとの戦いを続けようとしている。


「大人しく寝てろ!」


俺はリンと位置を入れ替え、大剣でアズライルの心臓を貫いた。


「グルァァァァァッ!!!『二■……目の機……」


「“あなたの次のスキルは発動しない”。今回は、もう二度とあなたに機会を与えません」


「■――■――ス――――――!」


「『空気・真空の檻』」


「ガッ……」


『二度目の機会』は、発動しなかった。


アズライルは血走った目で、怪しく、聞き取りにくい咆哮をリリスへぶつけることしかできない。


だが次の瞬間、周囲の酸素をリリスに奪われたことで、そいつは苦しそうに自分の首を掻きむしり、口から白い泡を吐き始めた。


「ここまでです。『寂潮の重圧』」


ミアが腕をわずかに持ち上げると、それに合わせて潮水が空へと這い上がり、集束していく。


やがて渦巻く潮水は、凄まじい圧迫感を放つ大波となり、アズライルへ向かって押し寄せた。


その波は、もはや津波と呼んでも差し支えないほど巨大なものだった。


……アズライルを相手にするためとはいえ、ここまでの技を持ち出すのは、さすがに少しやりすぎなんじゃないかと思ってしまうほどに。


ゴォォォォォォォォン――――――――――!


大波が地面へ叩きつけられると同時に、大地までもが震えた。


やがて波が完全に周囲へ散っていくと、アズライルのいた場所には、ゆっくりと消えゆく黒灰色の瘴気だけが残されていた。


「行きましょう。すぐに次の仲間の支援へ向かいます!」


ミアはクロエを引き起こすと、すぐさま彼女と一緒に次の戦場へ向かった。


彼女たちが次に向かった先では、爆発音が頻繁に鳴り響き、時折、恐ろしくもどこか聞き覚えのある怪物の叫び声が聞こえてくる。


「デボラはリリカが一人で受け持っています。私たちは、彼女が短時間だけでも手を空けられるようにすれば十分です」


「なら……」


周囲の時間の流れが、少しずつ遅くなっていく。


そして最後には、再び時間が停止した。


俺と瓜二つの姿をした男が、俺の背後に姿を現す。


「お前のほうから俺を呼び出せるようになるとはな……今回は、俺がお前を精神世界へ引きずり込んだわけじゃないんだね」


「ただ思ったんだよ……お前が俺の身体の中にいるなら、第二人格みたいなものなんじゃないかって。だったら、俺が意識を集中すれば、もう一度お前と会えるかもしれない。そう考えたら、本当に成功した。すごいだろ?」


「ああ。まさか、お前がこれほど短い時間で精神世界に慣れ、しかも自分から精神世界へ入れるようになるとは思わなかった……さて、雑談はここまでだ。エミール、お前は今回、何をしに来た?」


「お前が俺なら、俺の考えていることも分かっているはずだろ?この厳しい戦況を強引にひっくり返すための、あの考えをさ」


「はぁ……」


カエル王子はきっと、俺が何を考えているのか分かっている。


だが、俺が考えていることは決してまともなものではなかったため、彼は思わずため息をついた。


「お前は、俺に『呪蝕』の拡散を制御させたいんだな?」


「その通りだ。そうすれば、俺は広範囲にいる敵を一気にまとめて片づけられる。もしかすると、デボラにも重傷を負わせられるかもしれない」


「だが、お前が戦っている最中に俺が『呪蝕』を制御するには、今の俺が持っている身体の支配権だけでは足りない。呪いを制御しようと思えば、俺たちはさらに多くの意識をそちらへ割かなければならないんだぞ……」


「なら、俺の身体の支配権を半分、お前に渡せばいい」


「正気か?もし身体を【物語】に乗っ取られれば、お前は堕ちた者になるんだぞ。お前……本当に頭は大丈夫か?」


失礼だな……


俺だってちゃんと考えたうえで、この結論に辿り着いたんだ。


「それは、【物語】が編織者の身体の主導権を無理やり奪うから、編織者が暴走して堕ちた者になるんだろ……アズライルは、その分かりやすい例だ。あいつは自分の編み出した【物語】と共鳴し、両者が同時に一つの身体を操ることで、自我を保ったまま、【編織者】と【堕ちた者】の状態を行き来できていた。違うか?」


「……どうしてお前がそれに気づいた?」


「リリスが言っていた。普通の編織者が発揮できる【物語】の力は五十パーセントまでで、【武装化】すれば七十パーセントまで届く。でも、アズライルは違った。あいつが発揮していた力は、【武装化】した俺たちよりも遥かに強かった」


前からずっと、おかしいとは思っていた。


どうして俺たちは【武装化】しても、アズライルに辛うじて勝てる程度だったのか。


だから俺は、一つの結論に辿り着いた。


「ですが、残る可能性は一つだけだ。あいつは七十パーセント以上の【物語】の力を引き出していた。もちろん、今の俺の状態から考えると、俺も普通に【武装化】した編織者よりは、ずっと上の力を引き出せているはずだけどな」


「……鋭すぎるというのも、考えものだな。確かに、お前は今すでに九十パーセント近い【物語】の力を引き出している。だが……本当に自分の身体の主導権を俺に渡していいのか?もしかすると、主導権を得た俺は【大き(Big)な悪(Bad)い狼(Wolf)】のように暴れ回るかもしれないぞ?」


「いや、お前はそんなことをしないって信じてる。そうやって俺に警告してくれる奴が、どうして俺の身体で好き勝手するんだ?」


俺の答えを聞いたカエル王子は、まるで空気の抜けた風船みたいに深いため息をつき、心底呆れたような顔をした。


「はぁ……そんなことを言われたら、まるで俺が独りよがりの馬鹿みたいじゃないか。いいだろう。俺はお前が『呪蝕』を制御できるように補助してやる。お前がこのスキルを完全に掌握できるようにな。だが、俺はお前を堕ちた者にはしないし、お前の身体を操るつもりもない」


「え?身体は操らないのか?」


「そんな悪趣味は持ち合わせていない。精神的にかなり抵抗があるし、気持ち悪いんだよ。お前が俺に心を開き、完全に信頼してくれた時点で、俺はもう『呪蝕』の制御を手伝える状態になっていた」


「なら、ここからは頼んだぞ。相棒?」


「ふっ……相棒、か。こういう互いに信頼し合う感覚も、悪くはないな」


カエル王子が手を伸ばし、俺と軽く拳を突き合わせた直後、時間が再びゆっくりと動き始めた。


この戦いをすぐに終わらせて、残りの仲間たちの支援へ向かう時だ。


「魔王リリカが一時的に手を空けられればいいんだろ?それくらいなら簡単だ。俺に任せろ!『羽毛の抱擁』!」


「エミール、何をするつもりですか?」


「もちろん、邪魔な原初魔獣たちを全部倒しに行くんだよ。ここからは見ていてくれ、リリス。俺はもう、以前みたいに何もできない新人編織者じゃないってことを、君たちに証明してみせる」


「証明なんて、必要ありませんよ……あなたは私の……私たちの中では、もうとっくに最高の編織者(英雄)です」


「ありがとう、リリス。すぐ戻る。君とリン、それにミアは、怪我をしたクロエのことを頼む」


もちろん、出発する前に自分の力を俺へ託してくれた華恋にも、心から感謝している。


今の俺は、自分に自信があった。


今度こそ、この重なり合った力で、みんなを守ってみせる。


俺は背中の翼を羽ばたかせ、その場に残る皆より一足先に、前方へと飛び出した。


     ◇


「キィィィィィィィィィッ!」


「ちっ……魔獣を産み出す速度が速すぎるんだよ、この醜い怪物!」


「支援に来ました、魔王リリカ!五分だけ時間を稼ぐ!」


「エミール!?何をするつもりなの!?」


「もちろん……こうするんだ!『羽の舞』、『呪蝕』!」


俺はまず『呪蝕』の呪いを周囲の羽に纏わせ、それから羽を一斉に撃ち出した。


頼んだぞ、相棒!


この怪物の海の中で、呪いを好きなだけ蔓延させてくれ!


「ギャアアアアア……!ガ、ァ……」


生まれたばかりの魔獣たちは苦しげに悲鳴を上げた。


それでも、そいつらには『呪蝕』が自分たちの身体を侵食していくのを止めることはできない。


それだけではない。


そいつらはもがき苦しむたびに、周囲の魔獣たちへぶつかってしまう。


そのせいで、呪いは身体同士の接触を通じて、さらに速く他の魔獣へと伝染していった。


あっという間に、広範囲の魔獣たちが次々と死に絶え、戦況はかなり楽になっていく。


「ほう?まさか、そんなスキルまで持っていたとはね」


「早く切り札の準備をお願いしますよ!これだけ広範囲に『呪蝕』を使うの、思ったより体力を持っていかれる……!」


「はいはい~あとでちゃんと踏ん張っておきなさいよ?衝撃波で吹き飛ばされないようにね?」


魔法術式から溢れ出す魔力の密度が、周囲の大気を震わせていた。


魔王リリカは、幾重にも重なる色鮮やかな魔法術式を次々と重ね合わせていき、怪物の海の最後方にいる超大型の原初魔獣――孕みし罪胎、つまり魔獣化したデボラへ狙いを定めた。


魔王リリカが魔力を蓄え始めたことに気づくと、そいつはすぐさま幾重もの障壁を展開し、前回と同じように正面から魔王リリカの攻撃を受け止めようとする。


「魔法☆少女の全力の一撃は、かなり強烈なんだからね!『全元素虹彩砲撃』!」


『合奏魔法・星海綻歌』が広範囲への精密打撃に適した殲滅魔法だとするなら、『全元素虹彩砲撃』はその単体向けの瞬間火力特化版だ。


極限まで圧縮された各属性の魔法が混ざり合い、最後には虹のような光となって、孕みし罪胎へ向けて撃ち放たれた。


「私もリリカを補助するよ!『透過』!」


「おお……!キャロリン、あなたたちも来てくれたの?助かるわ!」


遅れて皆と一緒に現場へ到着したリンも、孕みし罪胎の障壁に少しだけ手を加えた。


魔王リリカの砲撃は、前方に立ちはだかっていた障壁をまるで存在しないもののように透過し、そのまま一撃で孕みし罪胎の上半身を吹き飛ばした。


孕みし罪胎の身体が徐々に黒灰色の瘴気へと変わっていくのに合わせて、そいつが産み落とした魔獣の幼体たちも、同じように次々と消えていった。


「今回は前よりずっと早かったな」


「ふふん、当然よ。この魔王様が本気を出せば、この程度の魔獣なんて取るに足らないんだから~」


魔王リリカは誇らしげに胸を張り、自信満々に俺の言葉へ乗ってきた。


「そうだ。早く残りの人たちの支援に行きましょう。あの二体の【魔王】、結晶竜、それからあの忌々しい二柱の神が、結局合流してしまったの。他の皆は苦戦しているかもしれないわ……」


うわぁ……


あの大物五体が、まさか一か所に集まったのか?


あんな連中を相手にした時、俺のスキルがどれだけ通用するのかは分からない。


それでも、何があっても、俺たちは全員で必ず帰るんだ。


一人だって欠けさせない。


「分かった。行こう」

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