第5章『虚構こそ真実なり』
「さあ。
君たちの価値を証明してみせろ。
異世界の英雄たちよ」
グシャッ――
「ああ……ママ!!!」
「ぐっ……」
「思った通りだ。お前まで裏切りを選ぶか。つまらない……あまりにもつまらない。もう少し新しい発想はできないのか?たとえば……俺の命令に従って、あいつらを全員殺すとか?」
なぜか、リリスのお母様の『言霊』は発動しなかった。
それどころか、彼女自身がトレイズの腕で胸を貫かれていた。
トレイズは腕を引き抜くと、そのまま彼女を無造作に地面へ投げ捨てた。
リリスのお母様の胸から流れ出した血が地面を赤く染め、彼女の頭上に浮かんでいた黒い王冠もゆっくりと消えていく……
――そして次の瞬間、その王冠はリリスの頭上に再び現れた。
「王冠が、どうして……?」
「はは、お前以外のバンシーが全員死に絶えたことも知らないのか?なら、王冠がお前を次のバンシーの女王として選ぶのは当然だろう?」
「“雷電よ、我が敵を貫け”!!!」
リリスは『言霊』を使い、雷電を自分の手元に集めて一本の雷槍を作り出すと、それを力いっぱいトレイズへ投げつけた。
「あなた……!“狂風よ、すべてを粉砕しろ”、“雨粒よ、刃となれ”!」
リリスは雷槍を投げたばかりだというのに、今度はさまざまな天候を操り、トレイズのいる場所へ次々と叩き込み、周囲に土煙を巻き上げた。
「あなたは今日、絶対にここで死ぬ!『空気・真空の檻』!『空気・爆発』!!!」
「リリス、もう十分だ!エスギルがめちゃくちゃになってる!」
「あ……」
俺に腕を掴まれたことで、リリスは怒りの中から我に返った。
そこでようやく彼女は気づいた。
エスギルは、さまざまな異常気象に蹂躙され、もはや街並みの面影すら分からないほどになっていた。
そして、俺たちがさっき救い出したエスギル人たちは皆、恐怖に満ちた目でリリスを見つめている。
「エミール、私……」
「俺たちも一緒にトレイズと向き合う。だから、全部一人で背負い込もうとするな。いいな?」
「うぅ……」
他の女の子たちも次々とリリスのそばへ集まってきた。
リンとアイリーンは彼女を強く抱きしめ、少しでも早く落ち着かせようとしている。
リリスもただ静かに俯き、自分の感情を必死に落ち着かせようとしていた。
「けど、今一番急がなきゃいけないのは……」
リリスのお母様を助けることだ。
ただ、ここはもう【群星の守護者】に頼るしかない。
「で、でも……この傷だと、使わなければならないのは……」
「細かいことは考えるな、フローラ。使え。少なくとも、今は彼女を救うことが最優先だ。命を落としたばかりで、まだ魂は肉体から離れきっていない。今なら、まだ助けられるはずだ」
「……分かりました。『復元』」
フローラはひどく迷っていた。
それでも最後には、唯さんの指示に従ってスキルを発動した。
優しい光がリリスのお母様の体を包み込み、胸に空いていた大穴が瞬く間に塞がっていく。
つい先ほど受けた致命傷など、まるで最初から存在しなかったかのように……
けれど、どうしてもリリスのお母様は意識を取り戻さなかった。
「彼女の魂は先ほど衝撃を受けたばかりだから、しばらくは目を覚まさないわ。でも、魂も肉体もすでに危険な状態からは脱している。あなたたちは、ひとまず彼女のことを心配しなくても大丈夫よ」
「……ありがとうございます!皆さんにどう感謝すればいいのか、私には本当に……!」
「感謝したいなら、戦いに勝って、あなたたちの地球へ帰ってからにしなさい。今はそういう話をしている場合じゃないわ、リリス」
瞳に淡い金色の光を宿したラミリスは、一歩ずつ俺たちの前へ進み出ると、怒りを滲ませながらトレイズを睨みつけた。
「彼女が死に損なったのは実に惜しいな……だが、これで【聖女】はもう、あの治療スキルを一人では発動できないはずだろう?君たちの切り札が、また一枚減ってしまったね?」
トレイズは無傷のまま土煙の中から歩み出てきた。
その顔には、邪悪な笑みが浮かんでいる。
リリスが先ほど操った気象による全力攻撃は、彼の服を汚すことすらできなかった。
「こいつは、フローラの『復元』が大量の魔力を消費することを知っている。だから次の戦いで、彼女はもう一人では『復元』を使えない」
ラミリスは土塊を凝縮して数十本の鋭い刃を作り出し、それらを自分の周囲に浮かべながら、トレイズの一挙手一投足を警戒していた。
……トレイズは、わざと俺たちの目の前でリリスのお母様を殺したんだ。
フローラに、代償の大きいあのスキルを使わせて治療させるために。
唯さんが、彼女の死を黙って見過ごせるはずがないと分かっていたから、彼は唯さんの優しさを利用した。
「もちろんだ。これもすべて、ホーンズがオロマートから持ち帰ってくれた情報のおかげだ。彼はもう死んでしまったが、この情報は大切に使わせてもらうさ」
「俺たちの目の前で人の命を弄んだ以上、こちらも遠慮はしない」
唯さん、シェラさん、姫川さん、そしてアンナの四人が、それぞれの武器を抜き放ち、同時にトレイズへ向かって駆け出した。
だが、彼らの武器はすべてトレイズの体をすり抜けてしまった。
「「「「……!?」」」」
トレイズの姿は少しずつぼやけていき、最後には幻影のように戦場から消えた。
「逃げた!?あいつ、逃げやがったの!?このクソ腰抜け!」
「おやおや、高貴なる魔王様は本当に口が悪いな。俺は逃げたわけじゃない。ただ観客席に戻っただけだ」
トレイズの姿はすでにこの場にはなかった。
それでも、周囲には彼の声が響いている。
いや、正確には、彼の声が直接俺たちの頭の中に響いていた。
「何しろ、ゲーム・ツーもそろそろ始まるからな。俺はソファに腰掛けて、君たちがこれから下す素晴らしい決断の一つ一つを、心地よく見物したいんだよ。夜では見えにくいから、いっそ空を黄昏時のまま固定しておこうか」
周囲の景色が歪み始めた。
夜に近づいていたはずの空が、今では黄昏の色に染まっている。
あれは、ミカエルと同じ種類の結界型スキル……?
「『空間支配』!」
「無駄だよ、ラミリス。君の『空間支配』は、今回は思いどおりには働かないさ」
「待って、これどういうこと!?どうしてこの空間を支配できないの?まさか、空が黄昏になったのはトレイズのスキル効果じゃないの?」
ラミリスは眉をひそめ、遠くの空に掛かる夕日を見上げた。
「さて、ゲーム・ツーだが……そうだな。【生者の障壁】とでも名づけようか」
「そんなバラエティ番組みたいなゲームをやって、いったい何の意味がある!?度胸があるなら、こっちへ出てこい!」
「今から君たちは、あのお荷物たちを守りながら、数日前に救ったあの小さな村まで徒歩で戻る必要がある。これこそ、君たち英雄が大好きなロールプレイングゲーム……だろう?」
トレイズは俺の挑発を無視し、平然と話を続けた。
「もちろん、救援任務に敵がいないわけにはいかない。敵がいなければ、このゲームは盛り上がらないからな。たとえば、君たちが過去に遭遇した強敵が何体か現れたら……ね?」
パチン――
指を鳴らす音とともに、俺たちの目の前の地面に、いくつもの灰黒色の瘴気が凝集し始めた。
そして瘴気が晴れた時、【群星の守護者】だけでなく、俺たち全員が言葉を失った。
「グルルルル……ガァァァァァッ!!」
少し離れた場所に、獅子のような怪物が姿を現した。
全身は漆黒に染まり、鋭い前脚と三対の血のように赤い目を持ち、背には無数の棘が突き出ている。
そいつは口元をわずかに歪め、不揃いに並んだ獰猛な牙を覗かせていた。
さらに背後には、鎌のように湾曲した鋭い尾が何本も伸びている。
「ブモォォォォォ……!」
そいつの上空には、鋭い牙を生やした一匹の獏のような怪物まで浮かんでいた。
その体躯も、あの怪物に負けないほど巨大だ。
「ゴアアアアアアアアッ!!!」
それだけじゃない。
戦場には、全身を碧緑の結晶に覆われた巨竜まで現れた。
「「「「……」」」」
そして、さらに四つの人影がその場に静かに佇んでいた。
その中には、かつて俺たちを散々苦しめた奴らまで含まれている。
――【物語】に呑み込まれ、怪物の姿へと成り果てたグリックとアズライルだ。
「お、おいおいおい!なんだよ、これ!?」
そいつらはどいつもこいつも、凄まじい威圧感と殺気を放っていた。
危機感知が警鐘のように俺の中で鳴り響き、身体が本能のままに警告を発し続ける。
グリックとアズライル以外の敵については、俺たちは誰一人として知らない。
けれど、あいつらのどれもが、とても簡単にどうこうできる相手じゃないことだけははっきり分かった。
その直後、すでに原初魔獣と化したミカエルとデボラまでもが、俺たちの前に姿を現した。
「ははっ……こんなBossの超豪華詰め合わせ、さすがに笑えねえっての……」
シェラさんの頬を、一筋の冷や汗が伝っていった。
あれだけ好戦的な性格をしている彼女でさえ、目の前のあまりにも理不尽な光景には、さすがに動揺を隠せなかった。
「うむうむ、だいたいこんなところかな。懐かしいだろう?昔馴染みたちとまた再会できたんだからな」
「唯さん、あの人たちと怪物たちは……?」
「単独で世界を滅ぼし得る【魔王】が二体、破滅の神ロロック、そして彼の恐ろしい恋人であり、夢境の神でもあるルミナスだ。ちなみに、あの結晶竜は、体を覆っている碧緑の結晶体こそが敵の本体だ」
唯さんは表情を強張らせながら、あの怪物たちを指さして言った。
待て、あの二人は神様なのか!?
俺はこの厄介事に首を突っ込んだことを後悔した……
「どうせ君たちは、かつてそいつらを殺したことがあるんだろう?今回は、そこに加えてあのお荷物たちが村まで逃げ帰るのを援護すればいいだけだ。そんな簡単なこと、万能なる英雄様方にとっては朝飯前のはずだろう?彼らが生き残れるかどうかは、君たちの働き次第だ。もちろん、彼らを見捨てて村まで逃げ帰るという選択をしてもいい。その場合でも、俺としては君たちの勝ちにしてやらないこともないがね?」
「お、お願いします……私たちを見捨てないでください!私たち、誰もここで死にたくないんです!あなたたちは、私たちを守ってくれるんですよね?ねえ?お願いします!」
トレイズはわざとエスギル人たちの感情を煽り、彼ら全員を恐慌状態へと陥れた。
自分たちが勝ち目のないゲームに巻き込まれたことを理解した彼らは、必死に俺たちの体にすがりつき、助けを求めてきた。
……おい!
俺の服を引っ張るな!
くそ。
これで俺たちは、この人たちに動きを制限される形になってしまった。
「トレイズ、お前が俺たちにロロックを殺す力があると知っているなら、この後俺たちが何をするつもりなのかも分かっているはずだよな?」
「ん?たとえば……俺を殺すつもりか?くはははは!面白い考えだな。できるものなら、好きに試してみるといい。もっとも、その前に君たちがゲーム・ツーを生き残れれば、の話だがな」
「ちっ……『空間転移』!」
「おやおや、ズルはいけないな?ここは俺が支配する空間だ。プレイヤーの不正行為を、俺が見逃すはずがないだろう?」
「……!」
シュン――
唯さんが開いたばかりの転移門は、すぐさまトレイズによって強制的に閉じられてしまった。
「ルールはもう説明したはずだ。君たちは数日前に救ったあの小さな村まで、徒歩で戻らなければならない。だから『空間転移』の使用は禁止だよ」
「ラミ、この空間はいったいどうなってる?」
「分からない!今の私にできるのは、私たちの周囲の空間を制御することだけ。唯、これはまずい。本当にかなりまずいわ!創造神の権能を使っても、あいつから空間の主導権を奪い返せない!」
ラミリスは青ざめた顔で、俺たちがどれほど危険な状況に置かれているのかを唯さんに説明しながら、目の前に浮かぶ半透明のウィンドウを絶えず操作していた。
もはや、ラミリスの創造神としての権能に驚いている余裕など、誰にもなかった。
目の前の敵たちは、すでに一歩、また一歩とこちらへ迫り始めている。
「それでは、ここに宣言しよう!ゲーム開始だ!諸君、せいぜい頑張ってくれたまえ~」
トレイズが“ゲーム開始”を告げた瞬間、敵たちは一気に速度を上げ、俺たちへ向かって猛然と突っ込んできた。
「走れ、早く走れ!イヴ、お前はアルカディア小隊と一緒にエスギル人たちを指揮しろ!昨夜の作戦どおり、俺が渡したあの地図に沿って走ればいい!」
「俺がリリスのお母様を背負います!」
「助かる、エミール!残りの者は、俺たちと一緒に迎撃だ!」
唯さんは他の【群星の守護者】のメンバーを率いて、俺たちの殿を務めるべく動き出した。
そう言うや否や、彼らはすぐさま俺たちとは反対方向へ駆け出していった。
◇
背後の戦況を振り返るだけで、俺たちとあの敵たちとの間にある実力差が、あまりにも大きすぎることは分かった。
ゴォォォン――
空間が歪み、爆発音があちこちで響き、空の半分はミカエルのスキルによって夜の星空へと変わっていた。
時間が経つにつれて、俺たちの背後に広がる戦場はどんどん激しさを増していく。
今では爆発によって生まれた衝撃波さえ、こちらまで届き始めていた。
……みんなが心配だ。
たとえ【群星の守護者】がどれほど強くても、あの人数であれだけの強敵たちを相手にするのは、さすがに無茶がありすぎる……
考えろ、エミール。
何とかして、あの人たちを助ける方法を考えないと……
……
いや……!
俺には確かに、あの敵たちを殺せる切り札がまだ一つある!
その切り札があの二柱の神に通用するかどうかは分からない。
けれど、少なくとも原初魔獣なら殺せるはずだ。
「……リン」
「私も一緒に戻って、あの人たちを支援するよ」
「本気か?あっちは危険だぞ」
「私にも、戦局をひっくり返せる必殺技があるのを忘れたの?」
リンは白い歯を見せながら、自信満々に笑った。
そうだ!
まだ手詰まりになったわけじゃない!
俺たちには、まだ戦況をひっくり返せる可能性が残っている。
「二人だけで行かせるのは不安です。私も一緒に行きます」
「でも、リリスのお母様はどうするんだ?」
「女王は俺に任せろ」
「「……」」
リリスも俺たちと一緒に戻り、唯さんたちを支援したいと言い出した時、カズが自ら名乗り出て、まだ意識の戻らないリリスのお母様を護送する役目を引き受けた。
「少なくとも今だけは、俺を信じてくれ。お前たちが俺を認めたくないなら、それでも構わない。だが、俺は間違いなくお前たちの仲間だ」
カズ……か。
「……事態は一刻を争います。今回だけ、あなたを信じます」
「……!」
「ですが、もし途中でママに傷を負わせるようなことがあれば、必ず代償を払わせます。たとえ地の果てまで追いかけることになっても、地獄の底まで追い詰めることになっても、私はあなたを後悔させます」
「分かっている。“バンシーは軽々しく誓いを立てない。なぜなら、彼女たちの言葉には強大な魔力が宿っているからだ。ゆえに、彼女たちは必ず自らの誓いを果たす”……そんな話なら、俺も子供の頃から嫌というほど聞かされてきた。だから、そんな馬鹿な真似はしねえよ」
カズは俺の手からリリスのお母様を受け取ると、すぐにイヴたちの隊列の後方へ追いついていった。
「これからは、あなたの指揮に従います、エミール」
リリスはお母様をカズに託した後、俺のそばへと戻ってきた。
「うん!リリスがいてくれると、本当に心強い」
「あなたたちがもう決めたのなら……『永遠に変わらぬ愛』!」
華恋は、俺たちが出発する直前に俺へ口づけをした。
彼女は【武装化】のスキルを発動し、自分のスキルを俺と共有してくれた。
「道中、気をつけてくださいね。私のスキルが、あなたたちの助けになることを願っています」
もしかすると、彼女は俺たちが残ることを最初から予想していたのかもしれない。
華恋は少しも驚いた様子を見せず、ただ微笑みながら俺に手を振ると、そのまま走り去っていった。
「そっちも気をつけろ!リリスのお母様のことは頼んだ!」
「はぁ……あなたたちも、必ず無事に帰ってきてくださいね?」
「了解!」
俺の返事を聞いて、リヤはようやく村へ戻る隊列を追って走り出した。
よし。
それじゃあ、俺たちも自分たちのやるべきことをやりに行こう。
【リリス – プロフィール更新】
リリス【戴冠者】*New!
紡がれた物語 - 人魚姫(The Mermaid)
編織者スキル
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『等価交換』
『催眠術』
『空気魔法』
追加スキル -『言霊』
【武装化】発動条件 - 心の底から誰かを信じること
【武装化】スキル - 『無私奉献の高潔なる魂(Mermaid’s Devotion)』
【武装化】スキルの効果 - 領域を展開し、泡を生成する。生成された泡は使用者が仲間と認識した対象に付着し、泡一つにつき、対象が受けるダメージを一度だけ肩代わりする。




