【Side:ノクトゥナ】母親
バンッ――!
「ひっ……!」
「起きろ!メイドたちにはもう準備をさせてある。あとであいつらに身なりを整えさせたら、お前には俺と一緒に賓客たちに会ってもらう」
トレイズはいきなり、“家”の、廃材でどうにか組み上げただけの“扉”を乱暴に蹴り開けた。
そのせいで、私がやっと直した扉がまた壊れてしまった……
「痛い……」
「痛いかどうかなんて聞いてねえんだよ、この汚い雌豚が!俺の大事な客人たちを待たせるな!それにしても……お前、臭すぎるだろ!?」
「うぅ……」
どうして私は、急にまたこんな目に遭わなければならないの……
少しくらい、ちゃんと眠らせてくれてもいいのに。
彼は苛立った様子で私の髪を掴み、“家”の外へと引きずり出した。
その後、私はすぐに、あの目に光のない可哀想な犠牲者たちに取り囲まれ、そのまま浴場へ連れていかれた。
私は人形のように、トレイズの思うがままにされることしかできない。
私の体も、私の人生も……
私のすべてを決める権利は、私の手にはなかった。
……
くそ。
——————
首輪で支配された数人のメイドたちは、手早く私の身なりを整えると、機械のように、私にこの上なく豪華な晩餐用のドレスを着せた。
「……」
鏡を覗き込んで、私はようやく気づいた。
鏡の中に映る自分は、老人よりもずっと憔悴していて、痩せ細った顔には濃い隈まで浮かんでいた。
メイドたちは続けて、私の顔に厚く化粧品を塗り重ねた。
そうしてようやく、鏡の中のその顔は、少なくとも人間らしく見えるようになった。
「奥様のご準備が整いました、トレイズ様」
「よし。いいか、よく聞け。あとで俺の許可なく、勝手に発言することも、返事をすることも禁じる。分かったな?」
「はい……」
簡単に言えば、私はただの飾り物でしかない。
私には本当に分からなかった。
私の存在がそこまで必要のないものなら、どうして彼はわざわざ私を自分の隣に座らせようとするのだろう。
もちろん、その疑問の答えは、貴賓室に着いた瞬間、すぐに分かってしまった。
◇
大広間に入って、私はようやく、トレイズの言う賓客たちが何者なのかを知った。
さまざまな種族で構成された賓客たちが、まっすぐに私を見つめている。
私が大広間に入ると、彼らは一人残らず、この場に似つかわしくない私という存在を品定めし始めた。
……!?
賓客たちの中に、私は自分とよく似た顔立ちをした、白い髪と一対の黒い角を持つ少女を見つけてしまった。
まさか、あれは……十数年前のある日、突然姿を消したあいつなの!?
あいつは……戦場で死んだはずじゃなかったの?
間違いない……
私は確信していた。あれは絶対に、十数年前に私が産んだあの汚いものだ……!
これが、トレイズが私を連れて賓客を迎えさせた理由なの?
でも、今さらどうして、あいつはあの人たちと一緒にここへ戻ってきたの?
まさか……!
私に復讐しに来たの?
きっと、昔の私があいつにどれだけ酷い態度を取っていたのか、今でも恨んでいるから、こうして私に復讐しに来たんだ……
「ママ……」
……!
あいつは暗い顔で唇を噛みしめながら、憐れむような目で私を見ていた!!!
やめて……
そんな目で私を見ないで!
「リリス」
「……!」
「忘れるな。俺も、みんなも、お前の味方だ。少し肩の力を抜け」
「うん。ありがとう……」
彼女のそばにいた、若く、角のない黒髪の人間が、彼女の左手を取った。
その時になって、あいつの表情はようやく少しだけ和らいだ……
どうして……
どうしてあなたは、そんな安心しきった、幸せそうな顔をすることができるの?
私はこの何年も、毎日飢えと寒さに苦しみながら生きてきたのに……
あなたが私より幸せに生きているなんて、どうして許されるの!?
くそ……
どうしてよ!
どうして運命は、私にだけこんなにも厳しいの?
私だって、幸せになりたいのに……
うぅ……
私は目に滲んだ涙を必死に堪えながら、俯いて胸の内の悔しさを隠すことしかできなかった。
その後、トレイズは全員に席へ着くよう促した。
◇
「それでは、今日の我々の出会いに乾杯!」
リリス。
それが、あいつの今の名前なの?
やっぱり、あいつは私を嘲笑うために戻ってきたのでしょう?
まるで、自分には私が持っていないものがあるのだと見せつけるように、あいつはトレイズと伊藤唯さんが話している間、ずっとエミールという男の子と指を絡めて手を繋いでいた。
はは。
いいなぁ。
あなたの勝ちね。
今の私のこんな惨めな姿を見て、あなたはきっと楽しくて、満たされているのでしょう?
「それにしても、長年行方知れずだった私の娘が、ここまで美しく成長しているとは思わなかったよ……君が姿を消してから、私は随分多くの者を使って、あちこち捜させたのだがね」
嘘ばかり。
彼はただ、あいつにまだ利用価値があると思ったから、ひとまず何人かに行方を捜させただけだ。
それなのに、たった一週間が過ぎただけで、トレイズは部下たちに捜索の打ち切りを命じた。
理由は……
軍の経費を無駄にしたくなかったから。
なんて滑稽なのだろう。
今になって彼は、私がこれまで一度も見たことのない表情を浮かべ、厚かましくも伊藤唯さんの前で、立派な父親のふりをしている……
その姿は、本当に吐き気がするほど気持ち悪かった。
「今さら、良い父親のふりをするつもり?たくさんの人間を使って私を捜した?どうせ、私の『言霊』が必要だったからでしょう?昔、私とママは毎日お腹を空かせて過ごしていた。あなたは私たちに何をくれた?カビの生えたパンを二つ?」
あいつ……リリスはトレイズの言葉を聞いた途端、怒りに任せて席から身を乗り出し、トレイズを指さして責め立てた。
でも……え?
「私がお前たちに負い目があることは分かっている。だが、それは父に向けるべき態度ではない」
「はっ、父?あなたがしたことなんて、私とママを利用して、私を戦場へ送り込んだことだけじゃない。そんな人間のどこに、父親を名乗る資格があるの?私の人生に、“父親”なんて役割は最初から存在しなかった!いったいどの面を下げて、今さら私に説教しているわけ?」
あの子は……私のために、私の悔しさを口にしてくれているの?
……ありえない!
あの子が私の味方をしてくれるはずがない。
昔の私は、あの子にあれほど酷いことをしたのだから、きっと心の底では私を憎んでいるはずだ。
けれど……リリスのあの真剣で、怒りに満ちた姿を見ていると、私の心には別の考えが浮かんでしまった。
たとえば……
“ああ、あの子は本当に、私が長年受けてきた仕打ちに怒ってくれているの?”
“もしかして、あの子は私に復讐しに来たわけではないの?”
それどころか、私の胸の奥には、本来抱いてはいけないはずの期待さえ芽生えてしまった。
――あの子は、まだ私をママだと認めてくれているの?
……なんて。
違う!
違う違う違う!
私は今、あの子がまだ私を母親だと思ってくれていることに期待しているの!?
ありえないでしょう?
私は、そんな汚いものに……!
……
でも、あの子の様子は、どう見ても演技には見えない……
ま……まさか……
あの子は本当に、私のことを心配しているの?
……
…………
その後、トレイズと賓客たちは、それぞれ激しい舌戦を繰り広げていた。
私は?
頭の中には、さっきリリスが見せた、今にも泣き出しそうな表情がずっと焼きついていた。
初めてだった。
私は初めて、自分の……娘が、いったいどんな表情をしているのかを、ちゃんと見つめた。
この世界に生まれてくることは、あの子が選んだことではなかったのに。
暴力と穢れの象徴として、この世界に生まれたいなど、あの子は一度だって望んでいなかったのに……
私は今さらになってようやく気づいた。
私はこれまでずっと、あの子ときちんと向き合うことも、大切にすることもしてこなかったのだ。
私は、自分にとって唯一の、何の罪もない娘を、怒りをぶつけるためのはけ口として酷く扱ってきた。
それでも、あの子は今でも私のことを“ママ”と呼んでくれる。
……
私はずっと間違っていた。
それも、取り返しのつかないほどに。
今さら母親であることを思い出すなんて、あまりにも遅すぎるでしょう……
リリス……
……私は本当に、あなたにそこまでしてもらう価値があるの?
もしあの時、私が勇気を振り絞って自分の運命に抗おうとしていたら、今とは違う結末になっていたのだろうか。
私は臆病で、何かを試そうとすることすらできなかった。
だから、バンシーの子供たちは皆、戦争の中で都合のいい道具へと成り下がってしまった。
もし私が、本気でこの地獄から逃げ出す方法を探していたなら……
私とあなたも、どこにでもいる家族のように……
――普通の母娘になれたのだろうか?
すべての過ちは、私の心の弱さから始まった。
私は自分の民たちを酷い目に遭わせ、自分と、皆の子供たちまで不幸にしてしまった。
どうして私は、いつも間違った選択ばかりしてしまうの……
「どうせ……エスギルは、もうこんな有様なんだ。お前が欲しいなら、持っていっても構わない」
パチン――
指を鳴らす音が、私の意識を食卓へと引き戻した。
けれど、床から天井まで届く大きな窓の外には、私の予想もしなかった光景が広がっていた。
エスギルには、さまざまな原初魔獣と、トレイズが異世界から持ち帰ってきた機械兵器が溢れている。
かつて穏やかだったエスギルは、今や完全に凄惨な戦場へと変わり果てていた。
これ……
エスギルは、いったいいつの間にこんなことになっていたの!?
◇
「おや?ホーンズ、君の右腕は、私の旧友が使った『加速』に似たスキルで斬り落とされたのかな?」
「はい……不甲斐ないことに、彼はあの時、生物が反応できる速度を超えて、突然私の背後に現れました。私が気づいた時には、すでに右腕は斬り落とされておりました……」
片腕の首なし騎士は、トレイズのソファの前に片膝をつき、自責の滲む声でトレイズの問いに答えていた。
伊藤唯さんやリリスたちが市街地へ人命救助に向かった後、トレイズはメイドたちに命じ、自分のためにソファを運ばせていた。
そして彼は片手に赤ワインのグラスを持ち、足を組んだまま、床まで届く大きな窓から、必死に命を救おうとしているあの人々を見下ろしていた。
彼はあの人たちが何かしらのスキルを放つたびに、ホーンズへ自分の見解を語り、そのスキルの練度を何度も称賛していた。
……
彼はすべての民の命を犠牲にして、ただあの人たちがどんなスキルを持っているのかを探ろうとしているの……?
彼らはあなたの民でしょう、トレイズ!
私はこれまで、彼に優しく扱われたことなど一度もなかった。
けれど、今の誰にも知られていない彼の姿は、私の心の底から恐怖を呼び起こした。
彼が人々の前で見せてきた、あのいくつもの顔……
そのうち、いったいどれが本当の彼なの?
分からない。
本当に、分からない。
「おおおお、あの超大型魔法……!彼らは残っていた魔獣を一気に殲滅したのか!?なんということだ……やはり、あの赤髪ツインテールの人間はシロティの転生体なのかな?」
「陛下、恐れながらお尋ねしてもよろしいでしょうか……」
「許す」
「先ほど陛下がおっしゃったシロティとは、いったい何者なのでしょうか?」
「ああ。彼女かい?ふふ、彼女にはどうやら、いろいろな称号があったようだね。たとえば、救世の聖女、予言の子、神に選ばれし伴侶……などなど。そうだ、彼女にはもう一つ、実に滑稽な称号もあった。聖潔なる獣、とね」
トレイズは一本一本指を立てながら、ホーンズの問いに丁寧に答えた。
「聖潔なる……獣?彼女は聖女ではないのですか?」
「ははははは……そうだよ。彼女はこの世で最初の聖女でありながら、同時に一頭の怪物でもあったのさ」
トレイズは過去の記憶を味わうように、ゆっくりと目を閉じて思い返した。
――そして、口元を押さえながら笑い声を漏らした。
「ふふ……いずれにせよ、彼女の物語は、人間にふさわしい哀れな結末だった。少なくとも私にとっては、なかなか悪くない暇つぶしだったよ」
「……」
彼は口にしたその聖女を、隠そうともせず嘲笑っていた。
一方、ホーンズは静かに頭を垂れていた。
「よし、どうやら彼らの救援活動は終わったようだ。行こうか」
「きゃっ……!」
彼は勢いよくソファから立ち上がると、ついでのように私の首輪につながれた鎖を引き、まだその場で呆然と立ち尽くしていた私を、大広間の扉の方へと引きずっていった。
痛い……
誰か、私を助けて……
——————
「おやおや、なかなかよくやってくれたじゃないか?」
「アタシの剣に貫かれたくなければ、今すぐそこで止まりな」
「そんなに警戒しないでくれたまえ」
白髪の狐人の女性は、背後にいるエスギルの難民たちを庇いながら、トレイズへ細剣を向けた。
難民たちは驚いたように彼女を見つめ、それから、悠然と私の首輪につながれた鎖を引き、自分のそばへ引き寄せているトレイズへと視線を移した。
彼らの認識では、たった今自分たちを救ってくれた者たちが、自分たちの王へ刃を向けていることになる。
「皆さん、下がってください。俺たちが守ります」
「あの……先ほど私たちを救ってくださったことには感謝しています。ですが、我が王に武器を向けることを見過ごすわけにはいきません……!あまりにも無礼です!」
先ほどトレイズの前に立ちはだかり、リリスを庇ったエミール。
その背後には、濃紺のエプロンを身につけた人間の女性がいた。
彼女はそっと彼の袖を引き、手にした大剣を下ろさせようとしている。
「あの魔獣たちを放ったのが誰なのか、当ててみるか?ついでに、さっきエスギルの城門が全部閉ざされていた理由もな」
「……!?」
彼の言葉を聞いた瞬間、その人間の女性と、周囲にいた他のエスギルの人々は一斉に言葉を失った……
「そ……そんなことを軽々しく口にするな!王を陥れるなど、死罪だぞ!」
すると、髭を生やした一人の人間の男性が立ち上がり、怒りを露わにして彼を責めた。
……この無知な姿は、本当に哀れだった。
「唯さん、だから私はずっと、あなたたちがエスギル人を救うことに反対していたのです。この人たちは、もう手の施しようがないほど洗脳されています」
リリスがその男性を睨みつけると、彼は怯えたようによろめきながら数歩後ずさった。
かつて私がずっと認めようとしなかった、あの痩せ細った小さな女の子は、今ではこんなにも凛々しい姿へと成長していた。
彼女は仲間と、愛する相手と共に私の前へ戻ってきて、私とは正反対の立場に立っている。
……
本当に、羨ましい。
「はははは!なかなか新鮮な気分だろう、英雄ども?命懸けで救った相手に、今度は手のひらを返したように責められる。そうそう味わえるものじゃない、実に貴重な体験じゃないか?だから俺は前から言っているんだ。人間という生き物は、どうしようもなく愚かだとな。欲しがるものを少し与えてやるだけで、尻尾を振る犬みたいに、健気にこちらを庇ってくれる。まったく、笑わせてくれるよ!」
「我が……王……?」
「さて、俺ももう取り繕うのはやめだ。魔獣を放ったのは確かに俺だ。城門を封鎖するよう命じたのも俺だ」
「……!?」
「そう!その顔だ!天国から地獄の底へ叩き落とされたようなその表情!本当に笑いを堪えるのが難しいな!ははははは!」
トレイズは隠すどころか、自分のしたことを皆の前で高らかに言い放った。
その瞬間、先ほどまで異世界の英雄たちを責めていたあの人間の男は、信じられないものを見るような表情を浮かべた。
ふふ……
自分たちが信じていた王こそが、この災厄を引き起こした黒幕だった。
彼らにとって、それはきっと、天が崩れ落ちるにも等しい絶望だったに違いない。
トレイズはそのまま腹を抱えて大笑いしていた。
彼の姿は、エスギルの難民たちの記憶にある王の姿とは、あまりにもかけ離れている。
もっとも、私にとっては、もうとっくに見慣れたものだったけれど……
昔からの彼の振る舞いを見ていれば分かる。
彼はそういう人なのだ。
直前まで笑顔で相手と言葉を交わしていたかと思えば、次の瞬間には背後から刃を突き立てるような、そんな人間。
「それで?これだけ多くの人を死なせて、満足したのか?」
「悪くないね。確かに、なかなかの娯楽ではあった。だが、これはまだゲーム・ワンにすぎない。俺はまだ遊び足りないんだよ?」
トレイズは軽く手を上げると、ホーンズに向かって指を曲げ、自分のそばへ来るよう示した。
私の前に立つ全員が、軽々しく動くことができず、ただ静かに警戒しながら、彼が次に何をしようとしているのかを見極めようとしていた。
「こちらに……」
「お前は、私に忠誠を誓っているか?」
彼は片膝をつき、自分に身を低くしているホーンズを冷たく見下ろしながらそう言った。
「はい。この身は、ただ我が王のものにございます」
「たとえ私がお前の命を差し出せと命じても?」
「命は王の御手に。心もまた同じく。我が王がお望みなら、どうぞお取りください」
「ははははは!その忠誠、実に気に入った!ならばこれから、お前の力を存分に使わせてもらおう!」
トレイズはホーンズの鎧の肩に手を置き、微笑みながら何度か撫でた。
「……おい!ホーンズ、逃げろ!」
カズが焦ったように、ホーンズへ向かって大声で叫んだ。
「早く止めろ!」
エミールの呼びかけに応じて、他の異世界の英雄たちも一斉にトレイズへと駆け出した。
ゴォォォォォ――――――!
だが、彼らの武器がトレイズに届きかけたその瞬間、重苦しい力が全員を後方へ吹き飛ばし、その力が生み出した暴風によって、私まで地面に倒されてしまった。
「ぐああああああああ!!!」
トレイズはホーンズの体から、大量の黒灰色のエネルギーを引きずり出していた。
ホーンズは苦痛に満ちた叫び声を上げる。
やがて、片腕の首なし騎士は全身から力を失い、その鎧にも無数の亀裂が走り、床の上に砕け散った。
「うんうん~。当時、お前に瘴気の大半を注ぎ込んで育てておいたのは、やはり正解だったようだね。お前の命を搾り取って得た瘴気、大切に使わせてもらうよ?」
トレイズは、ホーンズの生命エネルギーをすべて強引に奪い取った。
まるで、自分が彼に投資した力を、元本も利息もまとめて回収するかのように。
ホーンズの生死など、まったく気にも留めずに。
信じられない。
彼の頭の中にいったい何が詰まっていれば、こんな残酷な行いができるのか、私には理解できなかった。
「今、気が変わった。さっそく次のゲームを続けようか」
「うぅ……!」
トレイズは突然、私の服を乱暴に掴み、自分の前へ引き戻した。
彼はまた、何をするつもりなの……?
「『言霊』を使え。伊藤唯以外の全員を殺せ。俺の旧友とゲーム・ツーを続ける前に、まずはあの邪魔な連中をきれいに片づけておきたい」
「……!?」
この人たちを、殺す……?
一般の民たちまで、まとめて殺せというの!?
その言葉は全員の耳に届いていた。
だが、異世界の英雄たちは誰一人として動かなかった。
彼らは静かに私の次の行動を警戒していた。
そしてリリスも……とても苦しそうに見えたけれど、それでも歯を食いしばりながら私を見つめていた。
トレイズは、自分の娘でさえ見逃すつもりがない。
それどころか、私自身の手で彼女を殺せと言っている。
「ママ……」
彼女は祈っていた。
どうか、私が彼女の敵にならないでほしいと。
……
そんなこと、できるはずがないでしょう……?
私の心の奥深くに埋もれていた母性本能が、トレイズから下された命令を狂ったように拒絶していた。
私は、私のたった一人の娘を守りたい。
たとえ彼女の存在が、過去に私が遭った不幸を思い出させるものだったとしても……
彼女は私の娘。
紛れもなく、私の娘なのだ!!!
私の心が叫んでいる。
リリスを守れ、と。
「ごめんなさい、リリス……私は今まで、母親としての責任を何一つ果たせなかった。本当に、ごめんなさい。だから今度こそ、私は……」
「ママ、お願い……あなたと敵同士になりたくない……!」
「リリス、下がれ!彼女は『言霊』を発動するつもりだ!君たちが傷つくところなんて見たくない。もし彼女が本当に手を出すつもりなら……今回は俺が君の代わりに背負う。あの時……君が俺のために、自分の手を汚そうとしてくれたように!」
エミールはリリスを背中に庇い、命を懸けてでも彼女を守ろうとしていた。
「待って、エミールもみんなも!ママは自分の意思でやっているわけじゃないの。だからママを傷つけないで!お願い!」
けれどリリスは、それでも彼の服を何度も引っ張り、他の人たちが私へ攻撃を仕掛けることまで止めようとしていた。
……彼はあなたを大切にしてくれているのね、リリス。
「ママ、私からもお願い!こんなことしないで!」
せめて今回だけは、母親として、私の娘を守りたい。
たった一度でいい。
私は私の娘のように、変わるための第一歩を勇敢に踏み出したい!
「“あなたはこれから身体を動かす力を奪われ、呼吸もできず、心臓も止まる”!」
誰かを守るためなら、とうに凍りついていた私の心にも、温かな波紋が広がるのね。
私の『言霊』が狙ったのは、目の前にいるリリスやその仲間たちではなかった。
数え切れないほどの命を奪った、あの諸悪の根源だった。
グシャッ——
【設定や用語の概要】
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シロティ(Cheloty)
救世の聖女、予言の子、神に選ばれし伴侶。
今より遥か遠い過去において、彼女はもともと、ただの赤髪の人間の少女だった。
ある偶然から、彼女は天より降り立った“神様たち”と出会う。
その後、彼女は自分の命を救ってくれた、けれど最後まで自分に自信を持てなかった神様に恋をした。
彼女は彼と、そして他の仲間たちと互いに支え合いながら、数え切れないほどの困難を共に乗り越えていった。
しかし、予期せぬ出来事が起きてしまう。
穢れによって狂った魔獣たち、そして天の外より追いすがってきた【■■■■■】に対抗するため……
赤髪の少女は、すべての穢れを一人で引き受けることを選び、最後には一頭の魔獣へと堕ちてしまった。
けれど、神様の手で討たれるその瞬間まで、彼女はわずかに残された意識に従い、世界に存在するすべての穢れを浄化し続けていた……
「もし私が、もっと早くそのことに気づけていたなら……
もしあの時、私たちがご主人様と別行動を取っていなければ、こんなことにはならなかったのでしょうか?
ママ。
本当に、あなたに会いたいです。
どれほど長い時間がかかっても、私は必ず、あなたの魂を元の姿に戻してみせます。
次こそは、どうかご主人様と幸せに生きてください……
私はずっと……ずっと心の中で、あなたたちの幸せを祈っています」※重要




