第8章 兎の穴(掘ったやつ)に落ちて
「誰かそこにいるのか?」
「やばっ……!走れ!」
「うわああ、ちょっと待って……!」
◇
「はぁ……はぁ……え?ごめん!反射的に、君を子供の頃の遊び相手だと思って手を引いて走ってた……」
俺たちが見つからないように森の奥深くまで逃げ込んだところで、俺はようやく我に返った。
さっきの俺は、キャロリンを子供の頃のリヤと勘違いして、そのまま彼女の手を引いてここまで逃げてきてしまった。
それに気づいた俺は、慌てて手を離した。
「私は別に気にしてないけど、さっきのあなた、まるで私を汚いものみたいに振り払ったから、ちょっと本気で傷ついたんだけど?」
「いや、そういう意味じゃなくて、ただ君が嫌がるかもしれないと思って……」
「ふふふ、ちょっとした冗談よ。そんなに緊張しなくていいわ。怒ってないから、安心して」
ただ俺で遊んでるだけだろ……
「それじゃ、本題に入りましょう。エミールさん、あなたはどうやってここに来たの?」
「はぁ、話してもいいけど、絶対に秘密にするって約束してくれ。いいか?」
「うん……!」
キャロリンは人差し指を唇に当てて口止めの仕草をすると、続けて何度も頷き、俺に約束すると示してくれた。
さすがギャルだ。仕草の一つ一つが可愛すぎる……
「俺はまだ編織者に覚醒してない。ただ父さんの許可証を持って、こっそり入り込んで戦闘を体験してみようとしただけなんだ。このことは絶対に他の人に言わないでくれよ?もしバレたら、俺は間違いなく学校から処分される……」
「もちろんわかってるわよ。私があなたを困らせるわけないでしょ……!あなたが話してくれたんだし、私もどうしてここにいるのか教えるね。そのほうが、あなたに対しても公平だと思うし……」
俺が先に話さなかったら、お前、そのまま黙っているつもりだったんじゃないか……?
「実は、うちは少し貧しくて……だから私は時々、自分の編織者スキルを使って、こっそり他の編織者について【仙境】へ入り、ちょっとした小遣い稼ぎをして家計の足しにしているの。そうすれば、少しはパパとママの負担を減らせるから……」
意外と、しっかり者というか……
なんて親孝行な子なんだ……
「もちろん、このことを知っているのはあなただけだから、他の人には言わないでね?特に私のパパとママには。表向きは、外でアルバイトしているって伝えているだけで、【仙境】にこっそり潜って探索しているわけじゃないから……」
「安心してくれ。君の事情もわかるよ。心配するな。俺は、他人の秘密を簡単に売るような人間じゃない」
「ふふ、あなたって結構話がわかる人なのね〜。改めて自己紹介するわ。私はキャロリン。これからクラスでもよろしくね、エミールさん!」
俺の返事に満足したのか、キャロリンは軽く俺の肩を叩き、それから眩しいくらいに明るい笑顔を向けてきた。
うわぁ……
全身から眩い光を放っているみたいだ……
これがギャルってやつなのか?
「ところで、ここってどこなんだ?そろそろ帰りたくなってきたんだけど……」
「え?ここがどこかわからないの?」
「わかるわけないだろ。俺、今日初めて【仙境】に入ったんだぞ。さっきだって、歩いてきた先生たちから隠れるために、君を連れて奥のほうへ逃げてきただけだし……」
「……」
そこまで聞いたキャロリンは、黙り込んでしまった。
「いや、なんで急に黙るんだよ?怖がらせるなって。君、ベテランなんだろ?帰り道くらいわかるよな?」
「私たち二人は今……絶賛迷子中だよ?この第一層の森の中で!」
やっぱりそうなのかあああああ!
第一層で詰むなんて、さすがに恥ずかしすぎるだろ?
あと、なんでそんなに楽しそうに笑ってるんだよ!?
「ごめん、ごめん!本当に申し訳ない。さっき道をちゃんと見ていなかった俺のせいだ!」
「気にしなくていいよ。私のスキルなら、すぐにエレベーターの位置を見つけられるから、心配しないで〜」
「びっくりした……今度こそ俺がサバイバル生活を始める番かと思ったぞ」
「あはははは!ウケる、何それ……まあ、せっかくここまで来たんだし、帰る方法もあるわけだから、先に二人でこの辺りを少し見て回らない?こういう人目につかない場所なら、もしかしたら何か値打ちのある掘り出し物が見つかるかもしれないし」
「俺はただの非力な普通人なんだけど、本当に大丈夫か……?」
「平気平気〜。第一層くらい、私一人でも余裕だし。あ……」
キャロリンは格好つけるように自分の短剣を取り出し、手の中でくるくると何度か回してみせたが、うっかり手を滑らせて地面に落としてしまった。
……ちょっと心配になってきた。
「エミールさん、見て見て!あそこ、可愛い小ウサギがいっぱいいるよ!」
次の瞬間、彼女は森の少し先にいる白い小ウサギの群れに視線を奪われ、俺を一人置き去りにして、そのまま彼らの方へ駆けていった。
この時になってようやく、白い小ウサギたちの中の一匹が、黒い礼服を身にまとい、シルクハットをかぶり、ふわふわした小さな手に懐中時計まで握っていることに気づいた。
「待て、キャロリン!その礼服を着たウサギに気をつけろ!」
「———!」
懐中時計が金色の光を放ち、次の瞬間、キャロリンの足元に底の見えない穴が現れた。
「え?きゃあああ!!!」
キャロリンは反応する間もなく、そのまま穴の中へ滑り落ちていった。
まずい。
あれは迷子兎だ。
【仙境】に出現する、穴を通して編織者を別の階層へ転送する超希少な破劇者。
「チッ……」
仕方ない。
最後は、俺もその穴の中へ飛び込むしかなかった。
もしキャロリンが一人で、どの階層かもわからない場所へ転送されたままになったら、危険な目に遭うかもしれない。
俺はただの普通人だけど……それでも、彼女を放っておくことなんてできなかった。
——————
「そそそそ……その、先に私の上からどいてくれる?」
キャロリンは顔を真っ赤にしながら俺を見上げ、明らかに動揺した声でそう言った。
最悪だ。
穴を滑り落ちた後、俺はちょうどキャロリンの上に落ちてしまったらしい……
でも、彼女の反応は意外と純情だった。
「ごめん!」
「ふぅ、大丈夫……でもエミールさん、どうしてあなたまでついてきたの!?ここがどこなのかもわかっていないのに、危ないよ!」
「君が心配だったんだ!俺は【仙境】についての本をたくさん読んできた。たとえ身体能力では編織者に劣っていても、知識の面ならきっと君の役に立てるはずだ。だから俺も、穴を滑り降りて追いかけてきたんだ」
「もう、こんな状況でまで格好つけるなんて……ありがとう、本当に。さっき一人でここにいた時は、正直かなり慌てていたから……」
想像はつく。
何しろ彼女は専門の編織者ではない。深層での経験なんてあるはずもないし、慌ててしまうのも当然だった。
「それと、ごめん……私が気を抜いたせいで……」
自分の失敗を思い出したキャロリンは、すぐにしょんぼりと肩を落とし、今にも泣き出しそうな顔で俯いた。
「ストップ。さっき俺も君を引っ張って森の中へ走り込んだ結果、迷子になっただろ。これでお互い様ってことにしよう。な?そんなことは気にしなくていい。まずは、どうやって生きて帰るかを考えよう」
「うん……」
よし、彼女はまた元気を取り戻してくれた。
次は……
「キャロリン、君の編織者能力とスキルを教えてくれるか?」
「もちろん。私の編織者能力名は【アリス(Alice)】。スキルは『時間魔法』と『大きさ変化』だよ」
「えっと、もう一つのスキルは?もしかして、言いにくいスキルなのか?」
「ううん。私、スキルは二つしかないの……」
???
編織者は必ず三つのスキルを持っている。
古来より、それは変わらないはずだ。
それなのに、どうしてキャロリンにはスキルが二つしかないんだ……?
「わかった。キャロリン、これから俺の指示通りに動いてくれるか?周囲は岩壁だらけ……この様子だと、たぶん十一層から二十層あたりにいるはずだ。ここにどんな種類の破劇者が出るのか、それからそいつらの弱点も、だいたいはわかる。けど、俺は戦えない。だから……」
「私がスキルを二つしか持っていないって、嘘をついているとは疑わないの?」
「前例はないけど、さっきの君の目は、俺を騙そうとしているようには見えなかった。だから、俺は君を信じたい」
「もう……そんなに簡単に人を信じていたら、いつか痛い目を見るよ?よし!戦闘は私に任せて。あなたは遠慮なく指示を出して。私の命、あなたに預けるから」
そう言って、キャロリンは俺に向かって拳を突き出し、グータッチを求めてきた。
安心してくれ。
俺たちは絶対に、生きて【仙境】から出てみせる。
【キャロリン – プロフィール更新】
キャロリン
紡がれた物語 - アリス(Alice)*New!
編織者スキル
——————
『時間魔法』*New!
『大きさ変化』*New!
【武装化】発動条件 - Error code 0xd000d322: file 'Carolyn.Cond.Data' not found




