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第18章 繁殖の罪業

「……繁殖魔母の特殊個体が出現。個体名、孕みし罪胎(ザ・マザー)。あいつは【魔王】と同格の魔獣だよ。全員、最高警戒態勢に入って!一般の村人は後方支援に回るだけでいい。孕みし罪胎は、私たちオペレーターで対処する」


「全員、昨夜話し合った計画通りに動いてください!唯、あなたは最前線へ行って、あの大物を食い止めて。フローラは、高等サキュバスたちの浄化と治療をお願いします。彼女たちにも、一働きしてもらう必要があります」


ラミリスが『解析』によって、あの超大型の怪物の名を突き止めると、彼女とナセフィンはすぐさま、すでに恐慌状態に陥りかけていた現場の全員へ冷静に指示を飛ばし始めた。


「おう!あいつを足止めすればいいんだな?問題ない。任せておけ」


その後、唯さんは異空間から銀白色の大盾を取り出し、孕みし罪胎の進路上に、村全体を覆うほどの巨大な障壁を展開した。


孕みし罪胎は最初、異変に気づいていなかった。


ただ本能のままに、巨大で鈍重な身体をゆっくりと引きずりながら前へ進んでいた。


――唯さんの張った障壁にぶつかるまでは。


「ギィィィィィィィィィィッ!?」


そいつは甲高い悲鳴を上げながら、細長い指先から伸びる黒い鉤爪で目の前の障壁を掻きむしり、素手で引き裂こうとした。


だが、どれだけ力を込めても、障壁はびくともせず戦場にそびえ立ち、俺たち全員を守り続けていた。


……まさか、彼女たちはこうなることまで予想していたのか?


「私の狙撃で敵の指揮官を仕留めきれなかった時点で、私たちは苦戦する可能性も想定していたわ」


クロエはそばで片膝をついたまま、自分の狙撃銃を拭いていた。


俺が何を考えているのか見抜いたらしく、彼女は苦笑しながらそう説明してくれた。


「事前に最悪の事態を想定しておけば、実際に想定外のことが起きた時にも対応しやすくなりますから。これも、私たちがこれまでの戦いで学んできた経験です」


ミアは巨竜と化した海竜の背から……


……いや、元の大きさに戻った海竜の背から、軽やかに飛び降りた。


「物事がすべて、私たちの想定通りにうまく進むとは限りません。だからこそ、私たちは最悪の状況にも最速で対応できるように、できる限り多くの案を用意しておく必要があるんです」


彼女はクロエのそばへやって来ると、【群星の守護者】がこれまで取ってきた戦い方を俺たちに教えてくれた。


そしてそのまま、美しい旋律を紡ぐように歌い始める。


歌声は瞬く間に、戦場の隅々へと広がっていった。


「アルカディア小隊の皆さんには、母体から溢れ出てくる魔獣の群れを処理してもらいます。ミアの『人魚の哀歌』は、味方全体の身体能力を大幅に引き上げることができます。ですから、皆さんでもある程度は正面から魔獣と戦えるはずです。ただし、油断はしないでください。魔獣はあくまで魔獣です。普通の魔物よりもずっと強力な存在なのですから」


ナセフィンは杖の先で地面を軽く叩いた。


すると、俺たちの足元に赤い魔法術式が浮かび上がる。


「これは『硬化魔法』です。念のため、もう一つ保険をかけておきました。そうでもしないと、帰ったあと、皆さんのご両親に顔向けできませんからね。魔獣の方は、よろしくお願いします」


彼女は小さく笑うと、そのまま自分の小隊へ戻っていった。


その場に残されたのは、俺たちアルカディア小隊だけだった。


「エミール、今回は無茶しちゃだめだからね?私だけじゃなくて、マリーも、マナも、それにセレイアも心配していたんだから」


「い、いや、ちょっと待ってよ、アイリーン!?アタシは別に、こんな奴の心配なんかしてないし!」


マナ、そんなことを言われると、俺はけっこう傷つくんだけど。


すると、俺が本当に落ち込んでいるように見えたのか、マナはすぐに態度を変え、こっそり俺の手を引いて慰めてくれた。


「ごめん、みんな……もう二度とこんなことはしない。今回は本当に、無茶はしないから」


「うんうん~ちゃんと反省しているみたいだから、この私が寛大な心で許してあげるね~」


「寛大なお許し、ありがとうございます……って、待て。どこでそんなお嬢様みたいな喋り方を覚えたんだ?前はそんな口調じゃなかっただろ?」


「リリカに教えてもらったの。こうすると、ちょっと高貴に聞こえるんだって。えへへ、リリカって本当に面白い人だから、この数日、よく遊びに行ってるんだ。それにそれに、魔法少女とか、お嬢様が主人公の漫画もたくさんおすすめしてくれたんだよ」


魔王様は、この数日でいったいアイリーンに何を教え込んだんだ……


「君たち、ずいぶん余裕そうだね……唯さんと奥さんたちがここにいるから?」


「ええ、日向さん。安心感がすごいですからね」


「日向か千夏でいいってば。もう何日も一緒に肩を並べて戦ってるんだし、その呼び方だとさすがに他人行儀すぎない?」


「あははは、そうですね……分かりました、日向」


「うんうん、それでよし。陽葵に対しても同じだから、みんな、そんなに堅くならなくていいよ」


日向と星野も、俺たちと合流するために駆けつけてきた。


というか、あなたたちだって、数日前に影の森でかなりはしゃいでいなかったか!?


「ふっ……壮観だね。まさかアタシが、いつかこんな数の怪物を相手にすることになるなんて思わなかった。でも……」


星野は不意に口角を吊り上げ、真正面から俺たちへ押し寄せてくる魔獣の海へ視線を向けた。


「これは燃えてくるね!!!」


終わった。


また一人、シェラさんそっくりになってしまった。


【群星の守護者】は、すでに二人も見事にそっちの道へ引きずり込んでしまった。


では、次は誰なんだろうか?


「手助けが必要なら、いつでも声をかけてください。リリス、アイリーン、後方支援は任せた」


「『無私奉献の(Mermaid’s)高潔なる魂(Devotion)』も問題なく発動しているわ。あなたたちが重傷を負わない限り、この戦いはきっと大丈夫よ」


リリスは俺に小さく頷くと、アイリーンと一緒に押し寄せてくる魔獣の群れへの妨害を始めた。


魔獣たちもまさか、何もないはずの場所から高速で走る電車が突然飛び出してきて、自分たちをまとめて粉砕することになるとは思っていなかっただろう。


しかも、それだけではない。


周囲でまだ生き残っていた魔獣たちの身体が、突然、制御を失ったようにその電車へ向かって飛んでいった。


「“電車に負の磁性を付与、魔獣に正の磁性を付与”」


リリスは言葉で自らのルールを紡ぎ、電車の車体が持つ物質特性を、無理やり磁石と同じ性質へと作り変えた。


ほどなくして、魔獣の海の中央を走るその電車には、びっしりと魔獣たちが張りついていた。


続けてマナが電車に沿って炎を走らせ、張りついた魔獣たちを生きたまま黒焦げに焼き尽くした。


「リヤ、俺を全力で魔獣の群れの中へ投げ込んでくれ。俺があいつらの注意を引きつける。その間に、みんなは俺に合わせて攻撃してくれ」


「本気なの?」


「話は聞いているだろ?今の俺なら、たとえ魔獣たちに囲まれても、安全に包囲網から出てこられる自信がある。信じてくれ。今の俺なら絶対にできる」


「はぁ……無茶はしないって約束したばかりなのに、さっそく無茶をするのね。死ぬことも、怪我をすることも禁止よ。聞こえた?」


「はは、死のうと思っても死ねないよ。約束する。ちゃんと無事に戻ってくる」


口ではそう言いながらも、リヤは俺の指示に従い、荊棘を優しく俺の腰へ巻きつけて、そのまま俺を持ち上げた。


そして彼女は、野球のピッチャーのように慎重に狙いを定めてから、勢いよく俺を投げ飛ばした。


だけど、うわああああああ!


リヤ!!!


全力で頼むとは言ったけど、本当に全力で投げるやつがあるかよ!?


周囲の景色は、あまりの速度でまともに見えなくなっていた。


ようやく俺が反応できた時には、すでに地面まであと数メートルという距離まで迫っていた。


幸い、その時、俺の目の前にはこちらに気づいていない牛型の魔獣がいた。


「アロハ、ブサイクども!元気……デスかァ!『挑発』!」


俺は空中で身体をひねり、そのまま勢いを利用して、哀れな牛型の魔獣の脇腹へ蹴りを叩き込んだ。


足先に伝わってくる柔らかい感触が、ものすごく気持ち悪い……


特に、自分の蹴りでそいつの骨を砕いた感触まではっきり分かったし、ゴキゴキという音まで聞こえてきた。


『挑発』を発動したことで、周囲の魔獣たちは一斉に俺へ注意を向け、我先にとこちらへ突っ込んできた。


だが、何体もの魔獣が前脚を跳ね上げた瞬間、地面から飛び出した荊棘に絡め取られ、そのまま地面へ叩きつけられた。


リヤはやはり心配で仕方なかったらしく、俺を魔獣の群れの中心へ投げ込んだあとも、一瞬たりとも俺から視線を外していなかった。


「本当に安心できるな。さて、それじゃあ今度は新しいスキルを試してみるか。『呪蝕』!」


これはさっき、ラミリスが離れる前に教えてくれたことだ。


どうやら俺の身体には、また新しいスキルが三つ増えているらしい。


そしてそのうちの一つが、この『呪蝕』だった。


効果はまだ分からないけれど、見たところ攻撃系のスキルらしいし、きっと役に立つはずだ。


紫色の魔法術式が、俺の手のひらの前に展開された。


次の瞬間、紫色の炎をまとった無数の骸骨がそこから湧き出し、周囲の魔獣たちへ向かって飛んでいった。


「……?」


「「「「「「「「「グルル……?」」」」」」」」」


待て、効果なし?


それはさすがに気まずいぞ、おい!


てっきり、少なくとも何体かの魔獣くらいは倒せると思っていたのに……


まったく効果がないのは、さすがに予想外だった。


魔獣たちも困惑したように、髑髏が張りついて消えた部位をじっと見つめていた。


そして何も起きないと分かると、再び俺へ向かって突っ込んできた。


「……!?」


その時、一体のフクロウ型の魔獣の身体に、大きな黒い髑髏の紋章が浮かび上がった。


続けて、紫色の炎をまとった髑髏に触れられた他の魔獣たちの身体にも、同じ印が現れ始める。


その直後、そいつらは苦しげに天を仰ぎ、咆哮を上げた。


「これは……」


刹那、そいつらは次々と倒れ込み、塵となって崩れ去った。


さらに、紫炎をまとった髑髏に触れていなかった周囲の魔獣たちの身体にも、まったく同じ紋章が浮かび上がり始める。


うわ……


このスキル、まるで疫病みたいだ。


髑髏の紋章は魔獣たちの命を狂ったように蝕み、病的な速度で周囲へと広がっていく。


孕みし罪胎が新たな魔獣を産み落とせば産み落とすほど、『呪蝕』はその真価を発揮していく。


一方は誤った命を孕み、もう一方はそれをことごとく喰らい尽くす。


「このスキル、なんかやばくないか!?」


やりすぎだ。


ほんの一瞬で、周囲の魔獣がごっそり死んでしまった……


このスキルは絶対に封印した方がいい気がする。


効果が怖すぎるだろ?


それに、なんとなく俺の身体能力がどんどん強くなっている気がする。


たぶん、これは気のせいじゃない。


まさか、死んだ魔獣たちの力が俺の中へ流れ込んできているのか?


まずは試してみるか。


俺は身を低くして力強く地面を蹴った――が、勢いを制御できず、そのままさらに奥の魔獣の群れへ突っ込んでしまった。


「うわっ!まずい!」


どうにか反応した俺は、大剣を振り上げ、魔獣たちへ叩きつけた。


だが、ただ一振りしただけで、大量の魔獣が剣から放たれた斬撃によって斬り裂かれた。


「何だこれ?俺、完全に戦場で無双してないか!?」


何なんだ、この規格外の力は?


突然手に入ってしまったあまりにも異常な力に、俺は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。


「エミール、ぼうっとしないでください!」


「待って、華恋!?どうしてここにいるんだ?早く戻って、みんなを手伝ってくれ!」


「みんな、あなたが奥へ突っ込みすぎたことを心配していました。だから私も、目の前の魔獣を片づけてから急いで駆けつけたんです。……それで、これはいったい何なんですか?」


彼女は、突然倒れていく魔獣がどんどん増えていく光景を唖然と見つめ、その場で言葉を失ってしまった。


まあ、そうだよな。


誰だってこんな光景を見れば、驚くに決まっている。


「俺のスキルなんだ……やっぱり、これは封印した方が……」


「うっ……!?」


「華恋!?」


彼女は突然ふらつき、苦しげに胸を押さえながら後ろへ倒れかけた。


俺はすぐさま駆け寄って彼女を支えたが、その時になって、華恋の呼吸がどんどん荒くなり、表情も苦痛に歪んでいることに気づいた。


「どうしたんだ、華恋?……え?」


何気なく彼女の胸元へ視線を落とした俺は、心臓のあたりに黒い髑髏の紋章が浮かび上がっていることに気づいた。


まずい!


このスキル、まさか味方にまで感染するのか!?


「『生命の支配者』として自らの運命を掌握し、他者の生殺与奪すら握った王……それが俺、【カエル王子(Frog Prince)】だ」


「……!」


周囲の時間が、またしても停止した。


俺と同じ顔をしたあの少年が、再び俺の前に現れた。


「お前は俺の物語を知っているんだろう?呪いを受けた哀れな者、運命に従うしかなかった哀れな人形。そして……最後には王女の善良さによって救われた無垢な王子。そうだろう?」


彼は深い眼差しで俺を見つめながら、【カエル王子(Frog Prince)】という童話の内容を、一方的に語り始めた。


「お前の童話は、確かにそういう物語として語られている」


「ああ……そういう物語(・・)だ。だが、その後に何が起きたのかは、童話には記されていないはずだろう?」


「……」


「幸福を手に入れ、王となったあと、俺は故郷を探し始めた」


「その結果、見つかったのか?」


俺の問いに、彼は自嘲するように笑った。


「俺が故郷を見つけた時、そこはすでに見る影もない荒城と化していた。俺の故郷は簒奪者に奪われ、国は内戦によって荒れ果てていた。そして最終的には、卑劣な新王の杜撰で軽率な統治によって、完全に衰退し、滅び去っていた」


彼は顔を覆った。


まるで、故郷へ帰り着いたあの瞬間の絶望を思い出しているかのように。


「気づいた時には、俺はすでに数十年ものあいだ閉じ込められていた。笑えるだろう?これが童話では語られなかった部分――俺の人生(・・・・)だ」


……?


これは、いったいどういう意味なんだ?


童話は人間によって作られた物語(・・)にすぎないはずだ。


なのに、まるで……


この物語そのものに命が宿り、登場人物に思考が生まれ、童話には記されていなかった続きの物語まで存在しているみたいじゃないか?


「ふっ、続きの物語?違うな。少なくとも俺の視点では、俺は自分が作られた存在であることをはっきりと理解している。だが同時に、俺には俺自身の人生があった。そして人生の果てに、童話の主人公となった。最後に俺は物語の名を与えられ、お前の知る【カエル王子(Frog Prince)】になったんだ」


続けて、彼は俺を指差しながら言った。


「俺の世界に生きるすべての者にとって、この物語を作り出したお前たちは、俺たちの神様なんだよ」


“私の知る限り、どの世界にも、その世界を形作る一つの【テーマ】が存在している。けれど、この世界のシステムには『世界を書き綴る』以外に、『物語の具現化』という新しいテーマまで追加されていたの。だから、それがいったい何なのか気になってね”


俺はふと、ラミリスが俺とリリスに話していた言葉を思い出した。


『世界を書き綴る』?


まさか、一つの物語世界が十分に複雑で、十分に完成されていれば……


それはただの虚構ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()になるというのか!?


「察しがいい。その通りだ。こほん、少し話が逸れたな。要するに、俺は最後になって、いくつかのことを考えるようになった。たとえば、“もしあの時、自分の力で呪いから抜け出せる能力を持っていたら、故郷を救うことができたのではないか?”とか」


カエル王子は深く息を吸い込むと、空を見上げた。


「あるいは、“もし……俺たちの神様が、自ら創り出した世界にもう少し優しくしてくれていたら、皆は救われていたのではないか?”とか、そういうことだ」


彼の表情は、ひどく複雑に見えた。


「その結果、俺のもとからすべてが去っていった時になって、俺はようやく運命を支配し、生命を統べる力に目覚めた。もしかすると、どこかの名もなき神様が、その筆先で俺に新たな可能性を与えてくれたのかもしれない。だが……本当に皮肉な話だ」


「お前は神を憎んでいるのか……俺たちを憎んでいるのか?」


「……憎んでいる、というほどではない。ただ、面倒な王が宿主と昔話をしたくなっただけだ。エミール、お前は幸運だ。すべてが手遅れになる前に、俺は縁あってお前の身体に宿り、お前の一部となった。この日々の中で、お前はずっと成長してきた。そして今、お前の心もまた、物語()の力を完全に発揮できる段階に至った。だから、俺はお前に力を貸してやりたい」


「本当にいいのか……?お前は本当に、俺たちをまったく憎んでいないのか?」


「はぁ……まあ、そうだな。まったく憎んでいないと言えば、さすがに嘘になる。だが、それに何の意味がある?人は生きているのなら、過去に縛られるのではなく、前を向くべきだろう?俺はただ、お前が必死に足掻いている姿を見て、かつての不甲斐ない自分を思い出し、少し感傷的になっているだけだ」


彼は頬をかきながら、苦笑した。


「まずは『呪蝕』について話そう。このスキルは……今後、できるだけ使わない方がいい。なぜなら、これは敵味方の区別なく相手の生命を蝕むものだからだ。そもそも過去の呪いが残した副産物にすぎなかったものが、まさか今になってスキルとして具現化されるとはな……」


はは、まあ、そうだよな……


このスキルは、どの角度から見ても危険すぎる。


まさに制御不能なスキルそのものだ。


「どうすればこのスキルを消せる?華恋にまで広がったみたいなんだ」


「呪いの拡散は俺に任せろ。俺なら広がりを抑え込める。お前の腕の中にいる小娘については……簡単だ。口づけ一つでいい」


「は?」


「接吻、KISS、口と口での粘膜接触だ。分かったか?」


「分かったけど分からないんだよ!どうして数ある呪いの解除方法の中で、よりにもよってキスなんて、一見まったく関係なさそうな解決方法を選んだんだ!?」


「それは、俺を“王女の口づけ一つで元の姿へ戻った王子”として作り上げた神様(お前たち自身)を恨むんだな。正直に言えば、この世のどこの娘が、喋る怪しいカエルと接吻するんだ……?あとになって、俺もよく考えたものだ。あいつは善良すぎる変わり者だったのではないか、とな……」


物語の中で、彼は本当にそうやって呪いを解いたのだ。


しかも、この王様、自分の妻にまでツッコミを入れてきた。


彼の物語が具現化された以上、俺も物語に記されている通りの方法で呪いを解くしかない……


もっとも……現実と物語では、状況が完全に逆になっているけれど。


【カエル王子(Frog Prince)】の世界では、王子にかけられた呪いは、王女が与えた口づけによって解かれた。


だからこそ、呪いを解除するための必要条件は【口づけ】になっている。


「なら、ひとまずここまでだな。俺はこれからもお前の成長を見守っていてやる。もっと俺を驚かせてみせろ。幸運を祈っているぞ。ついでに幸福もな、善良な神様」


時間が再び動き出し、華恋の苦しげなうめき声が、俺の意識を現実へ引き戻した。


ああ、もう!


これは医療行為なんだ!


「……!?」


唇が触れたその瞬間、華恋の顔色はみるみる和らいでいった。


そのあと、自分が俺にキスされていることに気づいたのか、顔を真っ赤にした彼女は、慌てたように俺を突き飛ばした。


「待ってくれ、先に説明を聞いてくれ!」


「あなた……今、私にキスしましたか!?」


「これは呪いを解くために必要な行為だったんだ!ごめん。俺だって、君に嫌な思い出を残したくはなかった……」


「そんなことはどうでもいいです。私は気にしていません。むしろ、今は少し嬉しいくらいで……いえ!これでようやくスキルが使えます!」


……?


少し嬉しいって……?


「『永遠に変(Consort)わらぬ愛(Embrace)』!」


「うわっ……!お、俺……翼が生えた?カエルって空を飛べたのかよ!?」


華恋の背にあるものとまったく同じ翼が、一対、俺の背中にも大きく広がった。


ただし、比べてみると、華恋の翼のほうが明らかにひと回り大きく、なおかつ、よりいっそう銀白色の輝きを放っているように見えた。


「わわわ……!すごいです!」


「華恋、これはどういうことだ?」


「これは私の【武装化】スキル、『永遠に変(Consort)わらぬ愛(Embrace)』です。このスキルには前提条件があって、もう一人と口づけを交わして繋がりを結ぶ必要があります。そして一度繋がりを結んだ相手は、今後二度と変更できません。その条件を満たして、ようやく私はこのスキルを使えるようになります。このスキルを使用すると、私の他のスキルは強化されますし、私たちはお互いの生命力とすべてのスキルを共有できるようになります」


何なんだ、そのめちゃくちゃなスキルは!?


俺の『呪蝕』より、よっぽど規格外なんじゃないか?


「えへへ……そうでもありませんよ。あなたが強くなったあとの身体能力ほど、無茶苦茶ではなさそうですし」


「お、お前……今、俺が何を考えていたか分かったのか?」


「スキルを発動すると、思考も共有できるみたいです。今、あなたの心の声が聞こえました」


“おーい、エミール、聞こえていますか?”


本当に聞こえるのかよ!?


華恋の声が突然、俺の頭の中に響いた。


どうやら、彼女の言う思考の共有は本当らしい。


「とにかく、今は戦いましょう!」


彼女は羽毛を集め、俺が持っている大剣に近い形の武器を作り出すと、再び周囲から押し寄せてくる魔獣へ向かって突撃した。


彼女はこれまでとは比べものにならない速度で魔獣の群れの中を駆け抜け、たった一人で無数の魔獣を討ち取っていく。


「飛行速度もすごく上がっています!羽毛の数も増えました!」


華恋は身体を回転させ、自分の翼で猿型の魔獣の腕を切り裂いた。


続けて、彼女はこれまでよりも多くの羽毛を操り、弾丸のように周囲の魔獣たちへ撃ち込んだ。


「そうだ!スキルまで共有されたのなら、私もあなたのスキルを試してみます。『呪……」


「待て待て待て!そのスキルは使うな、華恋!あれは敵味方の区別がない恐ろしいスキルで、さっきだって危うく君の命を奪うところだったんだ。だから絶対にもう使わないでくれ!」


「うっ……私がさっきあんなに苦しかったのは、そのスキルのせいだったんですね。分かりました……」


華恋は肩をすくめると、そのスキルを軽々しく使うような真似はしないと、決意を込めて俺に頷いた。


代わりに、彼女は別のスキルを試すことにした。


「それなら……『交換』!」


目の前の景色がふっと別のものへ変わり、俺と華恋の位置が入れ替わった。


なんだか新鮮な感覚だ。


普段は俺がリンや他の人たちと位置を交換する側だけど、今回は自分が交換される側になっている。


「すごいな。本当に俺のスキルが使えるのか?なら、俺も君みたいに空を飛べるのかな?ま……うわっ!」


空を自由に飛ぶというのは、こういう感覚なのか。


けれど、これは俺にとって初めての飛行だったため、すぐに墜落してしまった。


何より呆れるべきなのは、よりにもよって俺が魔獣の群れのど真ん中へ落ちてしまったことだ……


魔獣の群れは俺が地面に落ちたのを見るなり、俺が再び飛び上がる前にこちらへ飛びかかり、生きたまま食い殺そうとしてきた。


これ、ちょっとまずいんじゃないか?


そうだ、今こそ……


華恋、助けてくれ!


「今行きます!」


シュン――


純白の翼を広げた少女が、格好よく俺の目の前へ舞い降り、剣の一振りで周囲の魔獣を撃退して、俺が立て直すための時間を稼いでくれた。


「今度は、私があなたを守ります!」


「かっこいいぞ、華恋!助かった!」


地面に落ちさえしなければ、この魔獣の群れは基本的に、俺たちにとって脅威にはならない。


俺たち二人は空中から羽毛を操るだけで、効率よくその数を削り、進軍速度まで鈍らせることができた。


その時、村の方角から激しい爆発音が響いた。


「キィィィィィィィィィィ……!」


怪物の腕の一本が魔法で吹き飛ばされ、痛みに甲高い悲鳴を上げた。


それだけではない……


腕を一本失ったということは、その巨大な身体を効率よく引きずって村へ這い進むことができなくなった、ということでもある。


間違いなく、あいつは戦場に置かれた格好の的になっていた。


今のあいつにできることは、障壁魔法で受け身に防御しながら、全力で潮のような魔獣の群れを生み出し、村を呑み込ませることだけだった。


理屈の上では、このまま消耗戦を続ければ、確かに全員を殺し切れる可能性もあるのかもしれない。


だが、その前提は……


――俺たちが、そしてみんながこの場にいない場合の話だ。


裂けた腹部から這い出てきたばかりの魔獣たちは、数歩も進まないうちに、すぐさま荊棘の穿刺、獄炎の焼却、そして閃光の砲撃に晒された。


あっという間に、そいつらは塵一つ残さず消し飛んだ。


このままなら、勝てる!


「ギィィィィィィィ……」


その時、孕みし罪胎の腹部から、何本もの太い触手が突き出した。


しかも、それぞれの触手の先端には、暗紫色の魔法術式まで浮かび上がっている。


あっ……!


「華恋!」


「きゃあ!!!」


俺は慌てて華恋の手を掴み、村に最も近い位置にいた一体の魔獣を対象に『交換』を発動した。


次の瞬間、さっきまで俺たちがいた場所は、触手の先端から放たれた光に呑み込まれた。


光は地面にいくつもの黒焦げの痕を刻みつけ、それ以外には何一つ残さなかった。


なんて凄惨な光景だ……


あと一瞬でも遅れていたら、俺たち二人ともそのまま蒸発していたかもしれない。


「ワオ、とうとうキレちゃったね?」


唯さんは大盾を構え、村の最前線で障壁を張って皆を守っているというのに、こんな状況でも冗談を言う余裕があるらしい。


障壁の外側は、すでに目も当てられない有様だった。


あちこちの地面が焼け焦げ、火花を散らしている。


すでに炭化し、ゆっくりと崩れ落ちていく魔獣たちの死骸も、そこら中に転がっていた。


今やその場には、巨大な怪物だけがそびえ立っている。


しかも、触手の先端から放たれる魔法砲撃は、いまだ一向に弱まる気配がない。


……これもまた、一種の地獄絵図だよな。


「唯さんの障壁から一歩でも出たら、俺たちは間違いなく一瞬で跡形もなく吹き飛ばされるな……」


「ええ。私の弾もずっと障壁に阻まれています。厄介ですね……」


クロエは首を横に振り、どうすることもできずに障壁の外で暴れ狂う怪物を見つめるしかなかった。


「ここは、アンナに任せて」


ガチャガチャ――


俺たちの背後から、機械の作動音が聞こえてきた。


アンナの身にまとった機動装甲が、急速に変形していく。


彼女のそばに浮かんでいた大盾と、背中の翼が再び組み上げられ、長大な砲身を持つ、いかにも科学的な巨大砲台へと姿を変えていった。


「おおっ!ついに星滅砲を使うの?前にオロマートで、カルストンが礼として取りつけてくれた新武装だよね?」


「うん。今こそ、この子の威力を試す時」


ミアもアンナのそばへやって来て、目を輝かせながら目の前の銀色の砲台を見つめた。


一方のアンナは、ただわずかに口元を上げ、砲台のグリップを優しく撫でていた。


「唯、障壁はそのまま維持して。【復讐女神(ネメシス)】は、まだ少し暖機に時間がかかる」


「問題ない。タイミングが来たら教えてくれ」


「うん」


砲身のタービンが高速で回転を始め、大量の熱によって赤く染まり、白い蒸気を噴き出し続けた。


アンナはその巨砲を調整し、照準を孕みし罪胎の胴体へ合わせる。


「ギィィィィィィィィィィッ!」


巨大な怪物、孕みし罪胎も、その砲台がエネルギーを蓄えていることに気づいたらしい。


それは慌てて四方へレーザー砲撃を放っていた触手を止め、唯さんの張った障壁へ火力を集中させた。


その後、孕みし罪胎はさらに自らの巨大な身体をまっすぐ障壁へ叩きつけた。


ズゥゥゥゥン――!


衝撃で大地が震えた。


アンナの【復讐女神(ネメシス)】が充填を終える前に、俺たちを殺そうとしているのだ。


だが、どれほど必死に唯さんの障壁を攻撃しても、障壁は微動だにせず、ひび一つ入らなかった。


「念のため、私も加わりましょう。『障壁』」


まして今は、フローラさん(聖女)が張った障壁まで追加され、防御はさらに盤石なものとなっていた。


孕みし罪胎は、自分が障壁を破壊できないと悟ると、身を翻して逃げようとした。


だが、魔獣を産み落とすためのその巨大な身体は、この時ばかりは足枷となっていた。


もう逃げられない。


ここが、孕みし罪胎(デボラ)の終着点だ。


「充填、完了。照準補正、完了。冷却コア、起動。唯、フローラ、アンナはもう準備できた」


「それじゃ、行くぞ?」


「うん」


「三、二……」


「「「一!」」」


二重の障壁が消えた瞬間、砲口から黄金色のまばゆい光が噴き出した。


孕みし罪胎は、最後の瞬間まで必死に抵抗していた。


何枚もの障壁を生み出し、自分の身体の前方へ幾重にも重ねることで、アンナの砲撃を受け止めようとした。


パキン、パキン……


一枚。


二枚。


無数の障壁は砕ける音とともに、【復讐女神(ネメシス)】によって紙切れのように容易く撃ち抜かれていく。


そしてついに、最後の障壁までもが砕け散った。


孕みし罪胎は、掠れた喉で悲鳴を上げる暇すらなかった。


復讐女神(ネメシス)】の一撃はその巨体に完璧な円形の風穴を穿ち、空の雲さえも吹き飛ばした。


アンナはたった一撃で、歪みきった怪物を完全に葬り去り、俺たちに戦いの勝利をもたらした。

【エミール – プロフィール更新】


エミール


紡がれた物語 - カエル王子(Frog Prince)


編織者スキル

——————

『挑発』

『超再生』

『交換』

『生命の支配者』

『呪蝕』*New!


【武装化】発動条件 - 致命傷を受ける → 死と向き合う覚悟を持つこと


【武装化】スキル -『不屈の誓約(Undying Vow)』


【武装化】スキルの効果 -(致命傷を受け、復活した瞬間に限り発動可能)使用者のあらゆる身体能力を極めて大幅に向上させる。


——————————


【南村華恋 – プロフィール更新】


南村華恋


紡がれた物語 - 白鳥の湖(Swan Lake)


編織者スキル

——————

『変形呪』*New!

『羽毛の抱擁』*New!

『羽根の舞』*New!


【武装化】発動条件 - 不明/達成済み条件


【武装化】スキル -『永遠に変わらぬ愛(Consort Embrace)』*New!


【武装化】スキルの効果 -(口づけによって対象と繋がりを結んだ場合にのみ発動可能。以後、対象の変更は不可)発動中、使用者の基本スキルはすべて強化される。また、繋がりを結んだ対象と互いの生命力、すべてのスキル、そして思考を共有できる。*New!


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今回の話は、主にこれまでの伏線を回収するための回でした。


僕はこの作品を、ただの「異世界もの」として終わらせたくないと思っています。


そのため、物語の中にはあえて暗く重い現実的な要素や、読者の方に「では、この作品そのものはどうなのか? 作中で語られている概念と同じようなものではないのか?」と、少し立ち止まって考えていただけるような哲学的な要素も入れています。


少なくとも僕自身は、できるだけ真剣に、そしてできるだけ深く、この物語と向き合いながら書いているつもりです。


そして実際の物語を通して、僕が本気でこの作品を書いているのだということが、少しでも読者の皆さんに伝われば嬉しいです。


また、僕はマレーシア出身の作者で、本作の原作は中国語で執筆しています。日本語版ではAIによる翻訳補助を使用していますが、物語、構成、登場人物、世界観そのものは、すべて僕自身が長い時間をかけて書き上げてきたものです。


海外の作者が、自分自身の言葉で書いた物語を、翻訳補助の力を借りながら日本語で届けるという形であっても、読者の皆さんに深く没入していただける作品になれるのだと、少しでも感じていただけたら幸いです。

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