第15章 命の蹂躙
本話には、非常に過激で残酷な描写が含まれます。
苦手な方は閲覧にご注意ください。
「はあああああっ!」
地面がめくれ上がり、無数の魔物が空中へと投げ飛ばされた。
大地はラミリスの手の動きに合わせて素早く変形し、組み替わり、さまざまな形へと作り変えられながら、襲いかかってくる魔物たちを粉砕していく。
「これだけ雑兵を送り込んできたんだ。こちらが遠慮する必要もないよね」
クロエは特製の碧緑色の実弾を狙撃銃へ装填し、ボルトを後ろへ引いて弾を薬室へ送り込んだ。
一発の銃声が響いた瞬間、風魔法を宿した弾丸は竜巻のような暴風を巻き起こし、攻撃範囲内にいた敵をまとめて引き寄せた。
刃と化した風に呑み込まれ、弾丸の後方へ引きずり込まれた不運な敵たちは、ことごとく細切れに引き裂かれていく。
ただ一撃で、一瞬にして血路を切り開いた。
それだけではない。
地面には、深々とした弾痕のような軌跡まで刻まれていた。
あの一射が、どれほど凄まじい威力を秘めていたのか。
それは、その痕跡を見るだけでも十分すぎるほどだった。
「華恋、これを使って!」
「これは何ですか?」
「鈴奈が私の理論をもとに作った重力手榴弾だよ。爆撃機みたいに、空からばらばら~っと撒いてくれればいいから」
イヴは自分の結婚指輪に触れ、開いたばかりの異空間から、大人の身長の半分ほどもある麻袋を引きずり出すと、それを華恋の手に押しつけた。
「あっ、途中でその袋にぶつからないように気をつけてね。中身は全部、圧力起爆式になってるから。強い衝撃を受けると、小規模な空間崩壊を引き起こして、あなたを含めた周囲のものを一瞬で消し飛ばすよ~」
「え?」
華恋は聞いて初めて、自分が今どれほど危険なものを持たされているのかに気づいた。
「いやいやいや……そんな危ないものを麻袋に適当に詰めて、何でもないみたいな顔で華恋に渡すなよ!」
「大丈夫大丈夫~。強い衝撃さえ受けなければ、爆発しないから」
「せめて華恋に心の準備くらいさせてやれよ……」
見ろよ。
顔が完全に青ざめてるじゃないか。
「へ、平気です。わ、私が撒いてきます……」
「敵軍の中央に撒いてね~」
俺が見守る中、華恋は勇気を振り絞り、震える両手でその麻袋を抱えると、ゆっくりと空へ舞い上がった。
そして、敵の攻撃をかわしながら十分な高度まで上がると、ようやく麻袋を開け、重力手榴弾を撒こうとしたのだが……
「まずい!華恋、逃げて!」
彼女は緊張や重圧、その他いろいろな要因が重なったせいで、うっかり手にしていた麻袋を落としてしまった。
それを見たイヴは、慌てて彼女に向かって叫んだ。
「……?……!」
華恋にはイヴが何を叫んでいるのか聞き取れなかったようだ。
だが、俺とイヴがあまりにも焦っているのを見て、すぐにさらに高い場所へ飛び上がった。
麻袋の中身はすべて重力手榴弾だった。
そのため、地面に落下した瞬間、爆発の威力は何段階も跳ね上がった。
敵軍の中央に、黒い穴が出現した。
周囲の敵は、その黒い穴へ次々と吸い込まれていく。
数秒後、そこに残っていたのは巨大な陥没穴だけだった。
周囲にいた大量の敵は、跡形もなく消え失せていた。
「うわああああ!!!イヴ、私に一体何を持たせたんですか!?」
「ごめん!あれだけの数の重力手榴弾が一斉に起爆すると、重力が重なり合って数秒間だけマイクロブラックホールを作り出すって言い忘れてた……ああああ!揺らさないで、揺らさないで!目が回る!」
泣きながら戻ってきた華恋は、まだ恐怖が抜けきっていない様子でイヴの肩を掴み、ぐらぐらと揺さぶっていた。
しかも、恐怖のあまり、ずっと変な声まで漏らしている。
一方のイヴはというと、まるで何事もなかったかのように、戦場で重力手榴弾の商品説明を始めていた。
「イヴ、あなた、まだそんな危ないものを持ち歩いてるんですか!?唯さんに告げ口しますよ!もう二度と任務にそういうものを持ち込むなって、あの人に言われていたでしょう?」
「やめて!それをこっそり持ち出して、海辺で試し撃ちしてたのを見つかった時、どれだけひどい目に遭ったか、まだ覚えてるんだから……!今回もバレたら、絶対に怒られる!」
姫川さんは短い隙を見て俺たちのそばへやって来ると、開口一番、イヴを問い詰めた。
「正直に答えてください。あと何袋残っていますか?」
「こ……これが最後の一袋だよ……」
しかし、姫川さんに答える間、イヴは一度も彼女と目を合わせようとしなかった。
それどころか、向けられる視線から必死に逃げ回っているようにすら見える。
「分かりました。あと一袋残っているんですね?鈴奈が、重力手榴弾は三袋作ったと言っていたのを覚えています。一袋はあなたが試し撃ちした時に唯さんに没収されました。そして、もう一袋はさっきあなたが華恋に無理やり押しつけました。つまり、まだ一袋残っています」
「使わない!本当に勝手に使わないから!お願い、唯に告げ口しないで!」
「駄目です」
「あああああ……!やめてええええ!」
どうやら、イヴの未来はかなり険しいものになったらしい。
まあ、自業自得だな。うん。
姫川さんは嘘泣きしているイヴを無視すると、手にしていた長槍を、こちらへ飛びかかってきた数体の魔物へ投げつけた。
長槍は魔物たちをまとめて串刺しにする。
そして彼女は、もう片方の手に握っていた長槍を振るいながら、再び戦場へと戻っていった。
「詩織ったらひどいよ!ここへ出発する前に、私、ちゃんとプリンを一箱あげたのに!」
「俺は、姫川さんは間違ってないと思うぞ、イヴ……」
「むぅ。あなたたち二人まであっちの味方をするの?いいよいいよ、私、本当に傷ついたから、もうあなたたちのことなんて知らない!ふん!」
彼女は双銃を抜くと、さっきまでの拗ねた様子など忘れたかのように、軽い足取りで魔物の群れへ飛び込んでいった。
そして、そのまま魔物たちを相手に大暴れし始めた。
「華恋、まだ戦えるか?」
「ふぅ……ひとまず落ち着きました……行きましょう。私たちも戦場に戻ります。前線まで送っていきましょうか?」
「お?できるなら、ぜひ頼む」
「いいですよ。しっかり私の手を握ってください」
華恋は俺の手をしっかり握ると、そのまま俺を空へ持ち上げた。
最前線に近づいたところで、彼女は俺を地面へ降ろしてくれた。
その後、華恋は周囲の羽根を操り、空を飛ぶ魔物の群れと交戦を始めた。
「遅れてごめん。戦況はどうなってる?」
「キリがありません。私たちもかなりの数の魔物を倒しているはずなのに、どうにも数が減っている気がしなくて……そうだ!エミールくん、気づいているかは分かりませんが、戦場に異形の魔物がどんどん増えていませんか?」
マリーの言う通り、戦場には見たことのない魔物がさらに増えていた。
たとえば、目の前でカズと戦っている潜淵獣。
そいつの背中には、人間の腕のようなものが二本も生えており、道端の石を拾い上げてカズへ投げつけることすらできていた。
カズが素早く身をかわしていなければ、あの潜淵獣の一撃を正面から受けて、重傷を負っていたに違いない。
「クロエ、あちらを見てください。あれ、仲間割れしていませんか?」
「どこ?」
「十一時方向です。敵の首領もそこにいます」
ミアに促され、クロエも狙撃銃を構え、彼女が示した方角へ視線を向けた。
「これは……!ナセフィン、作戦変更!私たちは何としてでも敵軍の最後方まで辿り着く必要があります!」
そして彼女は全身を震わせると、慌ててナセフィンに作戦変更を進言した。
「どうして?」
「デボラが返祖薬剤を使って、第三軍団のサキュバスの魔法使いたちを、全員、大型の未知の怪物へ変えているんです!薬を打たれて怪物になったサキュバスたちは、今も次々とさまざまな魔物を生み出し続けています!今この戦場にいる連中は、すべてあの人たちの身体から産み落とされ続けているものです!」
「何ですって!?彼女たちとあの魔物たちは、そもそも同じ種族の生物ですらないはずです。どうしてそんな魔物を生み出せるんですか!?」
「私にも分かりません!あのサキュバスの魔法使いたちも、自分たちが実験台にされるなんて知らなかったみたいで、今はデボラと戦っています。早く彼女を止めないと、サキュバスたちが全員怪物に変えられた時点で、戦線が崩壊します!」
クロエの言う通りだった。
遠くでは、数人のサキュバスがデボラに返祖薬剤を打ち込まれ、恐怖と苦痛の中で、巨大な怪物へと変異していた。
今の彼女たちは、腹部だけが異様に膨れ上がった歪な生き物へと成り果てている。
ほとんど透けて見える腹壁の下には、半透明の花弁のような生体組織がいくつも見え、それが異様な臓器のように、ゆっくりと蠢いていた。
その腹の中では、無数の胚と魔物の幼体が蠢き、凄まじい速度で成長している。
ほんの数秒のうちに、彼女たちの身体から数十体もの魔物が産み落とされた。
その中には、変異した規格外の魔物まで混じっている。
彼女たちの瞳は幽緑色の光をぼんやりと宿し、大きく歪んだ口を開いたまま、苦痛と恍惚が入り混じったようなしわがれ声を漏らしていた。
彼女たちはまるで、魔物の巣に据えられた母体のように、大量の魔物に取り囲まれて守られている。
だが、それは愛情によるものではなかった。
彼女たちはすでに、魔物を繁殖させるための中核へと退化させられていたのだ。
強制的に新たな魔物を孕まされ、産み続けるための機能だけを残された存在。
そう。
さまざまな異形の魔物が、彼女たちの身体の中で育ち、産み落とされ、そして生まれた直後から再び戦場へと投げ込まれていく。
最後には同族の群れに踏み潰されるか、あるいは飛来した魔法によって粉々に吹き飛ばされる。
命は戦場に舞う砂粒のように、瞬く間に消えていった。
道徳と倫理の境界線もまた、暴力と混乱の中で完全に崩れ去っていた。
「何なんだよ、これは……!どうして、命を生み出すっていう本来は純粋な行為が、こんな吐き気のする姿に歪められなきゃならねえんだ?命を踏みにじるにも限度があるだろうが。今こうして目を逸らさずに、あいつらのやってることを見てたら……本気で吐きそうになったぞ……」
カズは目の前の魔物の波を見つめ、怒りに任せて叫んだ。
「……あの怪物は繁殖魔母。原初魔獣の一種だよ。繁殖魔母から生み出された怪物は、見た目こそ原型になった魔獣に似ているけど、本質はもう魔獣に変わってる!いい?魔獣は体内に瘴気を宿しているうえに、魔獣よりも攻撃的で、知能も高く、ずっと危険なんだよ!」
ラミリスの頬を冷や汗が伝った。
「ここにいる全員、これからは気を引き締めて!一瞬でも気を抜けば死ぬよ!」
彼女は自分のそばに浮かんでいた半透明のウィンドウを閉じると、俺たちと、自ら戦いに参加した村人たちへ向けて大声で警告した。
その声量に、まだ状況を呑み込めていなかった村人たちの何人かがびくりと身を震わせるほどだった。
魔獣と原初魔獣の群れの中心に立つ元凶――デボラは、嬉しそうに顔を手で覆い、狂気じみた笑みを浮かべていた。
そして、周囲にいる生まれたばかりの魔獣の幼体たちを、愛おしそうにそっと撫でている。
一方、彼女の前方に立っていたサキュバスの魔法使いたちは、魔獣たちに取り囲まれていた。
その顔には困惑と怒りが浮かんでいる。
だが、恐怖に突き動かされた彼女たちは、魔獣の包囲網の中心で身を寄せ合うことしかできなかった。
中には、ゆっくりと自分たちへ近づいてくる魔獣やデボラを追い払おうと、慌ててさまざまな魔法を放っている者もいる。
人を殺めた者には、いつか必ず報いが訪れる。
それが因果応報というものだ。
自分で蒔いた種は、いずれ自分で刈り取ることになる。
ただ、彼女たちもまさか、最後に自分たちが信じていた上官の手によって破滅することになるとは、夢にも思っていなかっただろう。
「エミール、キャロリン、華恋。三人とも、私についてきてください。人を助けに行きます。クロエ、リリカ、火力支援と制圧はあなたたちに任せます」
姫川さんは俺たちのそばへ来るなり、突然俺たち三人を指名し、一緒に行動するよう告げてきた。
そのため、俺たちは思わず困惑した。
「分かった。へへ、詩織が私に頼み事なんて珍しいね。それなら、私もここからは少し本気を出そうかな!」
魔王リリカは物珍しそうに何度か瞬きをした後、自信満々の表情で胸を叩き、すべて任せろと言わんばかりに笑った。
「俺たち三人……?本当にいいんですか?シェラさんを選んだ方が……いや、カズだって、俺たちより何百倍も役に立つと思いますけど」
そもそも、勇者に直接指名されるというだけで、かなりの重圧を感じるんだが……
「言い方は悪いですが、彼らはあなたたちより個人としての戦闘力が高い。だからこそ、主戦場に残す必要があります。あなたたち三人は私のスピードについてこられる。だから、救助に向かう仲間として選びました。時間がありません。行きます!目標は、あのサキュバスの魔法使いたちが怪物へ変えられるのを阻止すること!救出した後は、そのまま彼女たちを連れてここへ戻ります!」
「でも、俺たちには唯さんみたいな集団移動系のスキルなんてありませんよ……!」
「問題ありません。私が持っています。一度しか使えませんが、今こそ消耗型の転移指輪を使うべき時だと判断します」
姫川さんは異次元空間から銀製の指輪を取り出すと、それを左手の人差し指にはめた。
その直後、彼女は手にした長槍を勢いよく回転させながら、前方へ一気に踏み込んだ。
そして、怪物の波の中に、俺たちが進むための突破口をこじ開けた。
ああああ、もう!
【群星の守護者】の連中、展開が早すぎるだろ!?
「リン、華恋!」
「うん、私は大丈夫!」
「はい。すでに行動準備はできています」
「よし、俺たちも行こう。姫川さんがこじ開けてくれた突破口を魔獣の群れに塞がれてからでは遅い」
リンと華恋は苦笑しながら、まだぶつぶつ文句を漏らしている俺の後に続き、包囲されているサキュバスの魔法使いたちの方へ向かって駆け出した。




