第12章 自らの手で創り上げた約束の地
翌日の朝食の時間、俺はリンたちと久しぶりに短い休息のひとときを過ごした後、すぐに新しい家を建てる作業へ取りかかった。
ドン―――!
影の森から運んできた丸太が勢いよく地面へ落ち、重々しい音を響かせた。
「アンナ、木を運んできた。あむっ……おおお!!!こえ、すっごくおいひい……!ありがとう、マリー!」
いつも通り無表情なアンナは、宙に浮かせた何枚もの大盾を組み合わせ、丸太を運ぶための運搬台として使い、大量の丸太を載せてのんびりと空から戻ってきた。
そして、その丸太を空いている場所へ無造作に放り落とした。
一仕事終えた彼女は、すぐにマリーから餌付けされていた。
口元まで差し出された労いのお菓子を食べると、口いっぱいに頬張ったまま、次の丸太を運ぶため再び影の森へ戻っていった。
「アンナが唯さんと一緒に帰らなくて助かったな。そうじゃなかったら、家を建てる作業もかなり遅れていたところだ」
「ふふ、そうね。それにしても、お菓子を食べてるアンナちゃんって、本当に可愛いわよね~」
「まるで小動物みたいだよな。ただし、食べてる時と気を抜いてる時に限るけど……」
戦闘態勢に入ったアンナは、仲間にとってはこれ以上なく頼もしく、敵にとっては恐怖そのものと言ってもいい存在だ。
普段のあんなふわふわした姿からは、戦いの中であれほど勇猛な一面を見せるなんて、誰にも想像できないだろう。
「私はむしろ、どうやったらこんなに綺麗に丸太を切れるのか気になるわ……ん?どうして切り口が濡れているの?」
傍にいたリヤは丸太の前にしゃがみ込み、切断面に触れながら、興味津々といった様子で目の前の大きな丸太を調べ始めた。
「シェラがやったんじゃない……?あの人、氷属性魔法の使い手でしょ?」
「まさか、細剣で木を切ってるんじゃないでしょうね?ああ……何だか、あの二本の剣の悲鳴まで聞こえてきそう……」
「セレイアっち、剣は悲鳴なんて上げないよ」
「それくらい分かってるわ。比喩で言っただけよ……」
「私もわざとボケただけだよ~」
「それ、絶対に嘘でしょう。真面目にツッコんだ後で、自分が意味を取り違えてたことに気づいたから、言い訳してるだけじゃない?ねえ、嘘つきアリス?」
リヤはリンの口元を引っ張った。
痛みに耐えかねたリンは、早くやめてと言わんばかりに何度もリヤの手の甲を叩いた。
だが、リヤはまったく気にする様子もなく、今度はリンのふっくらとした頬を揉み始めた。
しかも、揉んでいるうちにすっかり癖になってしまったらしい。
揉めば揉むほど楽しくなってきたのか、完全に手が止まらなくなっていた。
「リヤ、もういいだろ?そのお餅みたいに柔らかい頬は、もともと俺一人のものだったんだ。そろそろ俺の番じゃないか?」
「ダメダメ!本日はもう営業終了で~す!お二人のお客様には、また後日こちらのサービスをご利用いただきま~す!」
するとリンは慌てて両腕を交差させ、俺たちにその残念なお知らせを告げた。
「みんな~」
一方、丸太の品質を調べていたナセフィンが、俺たちに向かって手を振った。
「そろそろ仕事を始めるよ~」
「はぁ……もう仕事か?まだ全然休み足りないんだけど」
「早く終わらせれば、その分早く休めるでしょ~?二人ともいちゃついてないで、早くリリカが切り出した板材を、家を建てる予定の空き地まで運ぶ作業を手伝って。それと、それぞれの家に必要な建材の量は、この紙に全部書いてあるから。必要な分だけ、板材を運んでくれればいいよ」
ナセフィンから少し離れた場所には、『風魔法』を使い、派手に丸太を加工している魔王様の姿があった。
丸太が『風魔法』によって空中へ巻き上げられ、何度か回転すると、なんと樹皮だけが綺麗に剥がれ落ちていった。
その後、鎌のような形をした『風魔法』が、丸太をできるだけ均等な厚さの板材へと切り分けていく。
ほんのわずかな時間で、一本の大きな丸太は、大量の板材へと加工され、辺り一面に積み重なっていた。
「私は監督役をやります」
「あっ……!リリス、ずるいです!そんな楽な仕事を取っちゃうなんて!」
「だって、私は先生ですから。先生が監督役をするのは、普通のことですよね?」
「えっと……確かに、そうかも?」
アイリーン、そんなにあっさりリリスに丸め込まれるのかよ……
「こんな時だけ先生って立場を持ち出して、無理やりアイリーンを納得させるなんて、大人げなさすぎないか?」
「だって、ずるをするのは大人の特権ですから。私はただ、自分の特権を有効活用しているだけです」
リリスは悪戯っぽく俺に向かって舌を出し、俺の言葉なんてまるで気にしていなかった。
それ、悪用してるだけだろ!?
まあ、いいか。
ここ数日ずっと張り詰めていたリリスが、ようやく肩の力を抜いて笑っている。
それなら、このくらいは見なかったことにしてやろう。
「それじゃあみんな、これから一緒に新しい家を建てよう!」
「「「……」」」
「ありゃりゃ……」
ラミリスがそう呼びかけても、村の住民たちも、人狼族の女性たちも、吸血鬼族の難民たちも、誰一人その場から動こうとしなかった。
その様子を見て、ラミリスは困ったように苦笑した。
村人たちは、人狼族と吸血鬼族を敵視している。
人狼族は、村人たちが過去に味わった苦しみに強い罪悪感を抱いている一方で、吸血鬼族のことは仇敵と見なしている。
吸血鬼族もまた、人狼族の悲惨な運命に罪悪感を抱きながら、村人たちから向けられる憎しみの視線に怯えていた。
三者はそのまま膠着し、誰一人として最初の一歩を踏み出そうとしない。
なるほど……
これが、あの二人の狙いだったのか。
唯さんとラミリスは、“村の開発”という共同作業を通じて、異なる種族や集団同士が協力するよう促すつもりなんだ。
まずは互いのことを知るところから始め、少しずつ誤解と憎しみを取り除いていく。
そして最終的には、争いをなくす。
それが、彼らの目指しているものなのだろう。
でも……
考えるのも、口で言うのも、実際にやるよりずっと簡単だ。
人の心は、そんな簡単にどうにかできるものじゃない。
誰も最初の一歩を踏み出そうとしなければ、何も始まらない。
だが、ラミリスはとっくに、村の開発を半ば強制的に進める方法を考えていた。
まだ夜も明けきらないうちに、村の外にいた人狼族と吸血鬼族を叩き起こしたのだ。
そして今日は、まず村の外れの地面を整備し、彼らの新しい家を優先して建てるからという理由で、一時的な避難所として造ってあった土の家を、先に全部取り壊してしまった。
そう。
実に単純で、乱暴な方法だった。
今から家を建てなければ、今夜は全員そろって野宿することになる。
「どうしてみんな、早く動かないの?このままじゃ、夜になっても寝る家がないよ?ふぅ……」
オーロラは、リンが『大きさ変化』を使ってピクシー族用に用意した黄色い安全帽を被り、唯さんが帰る直前に異空間から取り出した建築用の釘が入った箱を抱えていた。
少し重そうに箱を抱えながら、ラミリスが区画を決めて指定した建築場所へ向かって、ゆっくりと飛んでいく。
その途中でも、時折不思議そうに振り返っては、その場に立ち尽くしている皆を見つめていた。
自分たち大人よりも、よほど大人らしく行動しているオーロラの姿を見て、ようやく一人が動き出した。
「……その釘の箱、君が持つには重いだろう?僕が持つよ」
「お前、俺たちのオーロラちゃんに何をするつもりだ!?」
「子供を手伝う。それ以外に、何か理由が必要なのか?」
村人の一人が威嚇するように叫んでも、ヴィクトルさんは淡々とそう返しただけだった。
そして、一生懸命飛んでいたオーロラから釘の箱を受け取ると、ついでに板材を一枚持ち上げ、そのまま建築場所へ向かって歩き出した。
その一帯はもともと人狼族のために用意された場所だった。
そのため、吸血鬼族である彼が、人狼族の住まいを建てるのを自ら手伝おうとしていることに、人狼族の女性たちは露骨に不快そうな反応を見せた。
だが、ヴィクトルさんはそんな反応など、まるで気にしていないようだった。
「わあ……!ヴィクトルおじさん、手伝ってくれてありがとう!」
「ふふ……どういたしまして、オーロラちゃん」
「「「「「……」」」」」
オーロラがヴィクトルさんを警戒するどころか、小さな手を差し出して彼と拳を合わせようとしているのを見て、村人たちは先ほど自分たちがヴィクトルさんに投げかけた言葉を思い返した。
吸血鬼族の男とピクシー族の子供による友好的な“共同作業”を目の当たりにし、彼らは先ほどまでヴィクトルさんを疑っていたことを恥じたのだ。
「こういうことは、僕たちに任せてくれればいいよ」
「でもでも……私もみんなのお手伝いがしたい!」
「そうだな……それじゃあ、後でオーロラちゃんには釘を渡す係をお願いしようかな?家を建てる時は、みんな釘を取ってくれる人がいた方が助かるだろうから」
「それやりたい!私にお手伝いさせて!」
さすが、子育て経験のある男だ。
ヴィクトルさんは、手伝いたいとせがむオーロラをいとも簡単になだめると、彼女のために比較的楽そうな仕事まで見つけてやった。
「でも、釘を持つ時は、尖った方を絶対に自分へ向けちゃ駄目だよ?危ないからね」
「分かってるよ、ヴィクトルおじさん。ちゃんと気をつけるから、心配しないで」
「チッ……吸血鬼族に自分たちの家を建てるのを手伝われるのは気に食わないが、その話は今は置いておく。お前、こんな小さな子供まで建築現場で働かせるつもりか!?みんな、私たちも家を建てるのを手伝うぞ。あんな小さなピクシー族の子供を建築現場で飛び回らせておくわけにもいかない。怪我でもしたらどうするんだ……」
ゼラは明らかに、ヴィクトルさんがオーロラに手伝わせることに反対していた。
彼女は自分と一緒に動いてくれる数人の人狼族の女性たちを連れ、急いで板材を持ち上げると、二人のもとへ向かった。
ヴィクトルさんと協力して、木の家を建てるつもりらしい。
その後も、三つの種族がひとまず偏見を脇に置き、協力している姿を見て、一緒に家を建てようと、その輪に加わる者が次々と増えていった。
最後には、先ほどまでヴィクトルさんを警戒していた村人たちまで、その輪に加わった。
「本当に、一瞬でやってのけた……」
「ふふん……やっぱり、状況を見ながら手を貸してって、ヴィクトルに頼んでおいて正解だったね。みんなが互いに協力するための最初の一歩を踏み出せないことも、オーロラがアクィーナに止められても気にせず、一番最初に動き出すことも、最初から分かってたよ」
「これ、全部お前が仕組んでたのか!?」
「もちろんだよ~オーロラはあんなに天然だから、私だって怪我しないか心配だったしね。だからまず、父親でもあるヴィクトルにあの子のことを見ていてもらうよう頼んだの。ついでに、“もし場が膠着したら、後はお願いね”って言っておいたんだよ」
まるで芝居を見せられているような気もした。
けれど、ラミリスの細やかな段取りのおかげで、すべては想定していた中でも最も良い方向へと進んでいる。
それどころか、不思議に思うほど順調だった。
「協力を促したり、種族同士の因縁や対立を仲裁したりすることなら、もう嫌になるほど慣れてるんだよ。こっちは一年以上もこの仕事をやってるんだから、解決できないわけないでしょ?君たちもサボってないで、早く仕事を始めて!」
ラミリスは悪戯っぽく笑いながら俺をちらりと見ると、建築現場へ向かい、『土魔法』で家を建てている人たちの手伝いを始めた。
他のオペレーターたちも、次々と手伝いに向かっていった。
「さすがだな。種族同士を協力させるなんて、あんな簡単にできるものなのか……」
「そうだな。今回の旅では、本当にいろいろ学ばされるよ」
カズは軽く身体をほぐしながら、去っていくラミリスを見つめ、心の底から感嘆しているようだった。
「……それじゃあ、俺も手伝いに行く。お前たちは?」
そして、そのついでのように俺たちへ尋ねてきた。
「言われなくても、私も手伝いに行くよ」
「ふん」
日向さんと星野さんはカズの方を見ようともせず、彼より一足先に建築場所へ向かっていった。
その後、俺たちも二人の後についていった。




