第10章 命を救う
作中に登場するラミリスのスキル『同期』は、今後『連結』に変更します。
理由は単純に、『同期』だと少し言いづらく、語感もしっくりこなかったからです。
ドォォォォン――!
蒼藍の流星が、空を飛ぶ巨獣へ一直線に激突した。
巨獣は流星もろとも街の外れへ墜落し、落下地点付近の建物を次々と押し潰していった。
続いて、水で形作られた何本もの巨大な触手が巨獣を取り囲むように地面から立ち上がり、我先にと、地上へ落ちたばかりの巨獣へ叩きつけられた。
「アンナがあいつを叩き落としてくれた……!これ以上、あいつを進ませちゃダメ!じゃないと、きっとたくさんの犠牲者が出る!」
「チッ……どうせクズばっかりなんだし、放っておいてもいいんじゃない?さっきだって、太陽の下で何匹もの吸血鬼が消し飛んだんだから、もう何人か死んだって自業自得でしょ」
「そういう話じゃないよ、陽葵。さっき散り散りになって逃げていった吸血鬼たちはともかく、この街に善人が一人もいないなんて、まだ分からないでしょ?」
「もし、いきなりアタシたちを襲ってきたら、どうするの?」
「その時は……」
星野さんに問い返されると、息一つ乱さず俺たちと並んで走っていたミアは、突然冷たい表情に変わった。
「彼らには、自分たちの選択の代償を払ってもらいます。私たちが容赦なく、あの世へ送ります」
「……」
いったい誰が、普段は妹みたいに無邪気なミアの口から、こんな言葉が出てくると思うだろう?
星野さんも俺たちも、その攻撃的な言葉に呆気に取られてしまった。
「陽葵、私たちはただ、戦場で彼らに選択肢を与えているだけよ。それでも敵になることを選ぶのなら、私たちは必ず行動で応じる。相手の一挙一動には目を光らせているから、あなたたちはそこまで心配しなくていいわ」
ナセフィンは、まるで最初からその疑問が出ることを見越していたかのように、口元をわずかに上げた。
そうだ。
彼女の言う通りだ。
あの時、彼女たちが第二軍団の人狼族の捕虜たちと話していた時も、皆ずっと、相手が突然襲いかかってこないか警戒していた。
たとえば、いつも笑顔を浮かべているイヴでさえ、人狼族や他の異世界人と話す時には、無意識のうちに腰のホルスターへ手を添えていることが多い。
――それが、彼女なりの異世界を信じる方法なのだ。
「はぁ……まあ、いいか。どうせあなたたちなら、相手もまともに反撃する暇なんてほとんどないだろうし。ところで……」
ドォォォン――!
「あれ、どうするの?」
日向さんは前方を指差し、呆れたような口調で俺たちに尋ねた。
暴れ回る血骸蝠の王が、街の周囲を激しく破壊していた。
いくつもの建物がその巨体によって吹き飛ばされ、中にいた吸血鬼族の住民たちが悲鳴を上げながら飛び出してくる。
だが、陽光を浴びると、今度はそのまま塵と化してしまった。
街にいる吸血鬼族は、まさに進退窮まる状況に追い込まれていた。
このまま建物の中に隠れ続け、血骸蝠の王に押し潰されて死ぬか。
それとも、覚悟を決めて外へ逃げ出し、陽光に生きたまま焼き殺されるか。
「……『空間支配』を解除して、ここをもう一度夜に戻すのはどう?」
「ダメ」
華恋の提案は、ラミリスに即座に却下された。
「さっきミカエルの能力を全部調べたんだけど、あいつは夜になると大幅に強くなる。だから、『空間支配』を解除することだけは絶対に認められないよ」
困ったな。
【群星の守護者】の本来の目的は、犠牲者を減らすことだ。
だが、今はこの状況に追い込まれ、ただ黙って見ていることしかできない。
「……なら、こうしよう」
ナセフィンは何かを思いついたように、指を鳴らした。
「ラミリス、アルカディア小隊を連れて、この街の一般市民を守って。行動はすべていつものやり方で」
「分かった。助けが必要になったら、大声で私の名前を呼んでね」
「了解~」
その後、俺たちは二手に分かれた。
ナセフィンが率いる少女たちは唯さんたちの援護へ向かい、俺たちはラミリスの指揮のもと、今まさに血骸蝠の王が暴れ回っている付近の建物へ向かって走っていた。
「カズ、これから何をしていいのか、何をしちゃいけないのか、自分でも分かってるよね?」
「分かってる。まだ少し納得いかねえ気持ちはあるが……お前の指示には従う」
「よろしい」
先に話をはっきりさせてから、ラミリスはようやく振り返り、そのうちの一軒の扉を叩いた。
ドンドンドン――
「ハロー~こちら【群星の守護者】宅配便です。お届け物で~す。受け取りのサインをお願いしま~す」
……
「なんで反応がないの?」
「ラミリス、反応する方がおかしいだろ!?ドラマに出てくる探偵みたいな訪ね方をするなよ!考えてもみろ、異世界に宅配会社なんてあるわけ……」
「あー……実は、こっちにもそういう宅配サービスの会社はあるぞ……」
「ほらね?」
カズの言葉を聞いたラミリスは口元を吊り上げ、得意げな表情を浮かべた。
その顔はまるで、「ほら、私の言った通りでしょ?」とでも言いたげだった。
……お前ら、なんでこういう大事な時に限って、一人や二人、脱線し始めるんだよ!?
真面目にやれよ!
「……あんたたち、いつまでそこでグダグダしてるつもり?」
ドォォォン――!
俺たちの背後ではまだ戦闘が続いており、時折、建物の破片が戦場から空高く吹き飛んでいた。
「家に入る時は……単刀直入にいかないとね!」
星野さん、a.k.a.【アーク】の“狂犬”は、目の前の扉を一蹴して吹き飛ばすと、顎をしゃくって俺たちに早く入れと促した。
「お前は単刀直入すぎるだろ!?」
「はいはい。エミールもツッコんでばかりいないの。民間人を戦場から避難させるのが先でしょ。行くよ」
ラミリスは再び真剣な表情に戻ると、隊列の先頭に立ち、俺とカズを連れて住宅の中へ入っていった。
他の皆は外に残り、血骸蝠の王の動きを警戒している。
はぁ……
【群星の守護者】って、作戦中はいつもこんな調子なのか?
◇
「もしも~し、誰かいる~?五秒だけ待ってあげる。死にたくなかったら、さっさと出てきた方がいいよ……おっと?」
血でできた一本の矢が、ラミリスによって空中で止められた。
すると、子供を庇う吸血鬼族の男女が、住居の奥からゆっくりと姿を現した。
「何をしに来た?まさか、人狼族と手を組んで私たちに復讐しに来たのか?僕は第四軍団の作戦には参加していない。だが、妻と娘に危害を加えるつもりなら、命に代えてでもお前たちを止める!」
「残念。私はあなたたちみたいな好戦的な連中と同じ悪趣味は持ってないよ。今から選択肢を二つだけあげる。一つ目。このままここに隠れて、外で暴れてるあの怪物にいつ踏み潰されるか分からないまま待つ。それか、屋根を吹き飛ばされて、陽光を浴びて死ぬ」
続いて、ラミリスは二本目の指を立てた。
「二つ目。私たちを信じて、こちらの援護を受けながら戦場から逃げる。さっさと決めてね。三秒以内にお願い。まだ他にも助けに行かないといけないから。三、二……」
「お前たちが嘘をついていないと、どうして分かる?そんな話を僕たちが信じられるわけ……」
「OK、時間切れ。行こう、次の家」
ラミリスは本当に三秒数え終わると、そのまま踵を返して家を出ていった。
残された俺とカズは、呆然と顔を見合わせる。
あまりにも迷いのないラミリスの行動は、男性の吸血鬼にとっても予想外だったらしく、彼は困惑したままその場に立ち尽くしていた。
そして、俺とカズもラミリスの後を追い、家を出ようとしたその時……
「ま、待ってくれ……お前たちは本当に、復讐しに来たんじゃないのか?」
「おーい、そこの二人!時間がないよ、早くして!いつ私たちがぺしゃんこにされるか分からないんだから!」
家の外からラミリスの急かす声が聞こえ、その声が吸血鬼の夫婦をさらに焦らせた。
「あなたたちについていきます!ついていけばいいんでしょう!?私たちが邪魔なら、せめて娘だけでも連れていってください!私にできることなら、何でもします!お願い!ベルが死んだら、私……!」
吸血鬼の一家も、ついに恐怖に耐えきれなくなった。
女性の吸血鬼は、すぐ近くにいたカズの手を掴むと、その場に跪き、どうか自分たちを置いていかないでほしいと懇願した。
その瞬間、カズは思わず嫌悪の表情を浮かべ、殺気まで漏らしながら、彼女の手を強く振り払った。
女性の吸血鬼は恐怖に全身を震わせた。
それでも彼女はその場に跪いたまま、どうか自分たちを見捨てないでほしいと必死に懇願し続けた。
母親の愛というものは、本当に偉大だと思わされる。
「カズ、やめろ」
「チッ……」
カズに仇敵を助けさせるのは、やはり難しい。
相手に襲いかからず耐えているだけでも、十分よくやっている方だ。
「さあ、皆さん俺についてきてください。急いで!」
「あ、ありがとう……角のない人間!」
俺が手を差し出して吸血鬼の母親を立ち上がらせると、吸血鬼の一家はようやく怯えながら俺の後についてきた。
そして、カズは彼らの後ろにつき、殿を務めた。
◇
「おや?君たち二人、案外外交官に向いてるかもね」
ラミリスはきっと、俺たちが彼らを連れて出てくることを最初から予想していたのだろう。
俺たちが家の外へ戻ってくるなり、すぐに俺とカズをからかってきた。
「冗談は後にしてください、ラミリス閣下。それで、どうやってこいつらを逃がすつもりなんだ?陽の光を浴びたら灰になっちまうんだろ?」
「ほら、彼女に頼るの」
「えっ?私?ああ……!なるほど、だいたい分かったわ」
カズの疑問に答えるように、ラミリスはリリスの方へ顎をしゃくった。
リリスも少し考えた後、ようやくラミリスが何をしようとしているのか理解した。
「“あなたたちは、これから陽光の影響を受けない”」
「見ての通り、彼女はバンシーで、『言霊』を使える。ほら、試しに陽の光の下へ手を伸ばしてみて」
「僕がやる……」
男性の吸血鬼は妻と娘を守るため、勇気を振り絞り、真っ先に陽の光の下へ手を伸ばして、『言霊』がきちんと効いているか確かめた。
まあ、結果については心配するまでもない。
だって、リリスの『言霊』だからな。
「本当に……何ともない……」
「よし。じゃあ、君たちにはこれから私たちと一緒に行動してもらうよ。状況に応じて、怯えている吸血鬼族を落ち着かせて、私たちなら守れるって信じてもらえるよう手伝って。近くにいる住民を全員救い出してから、ここを離れる。できる?」
「分かった……君たちに協力する。だが、その代わり、妻と娘の安全だけは必ず守ってくれ!」
「はいはい、分かったって。もう耳にたこができそうだよ……ここで話してる場合じゃないし、早く行こう」
——————
その後、あの吸血鬼の夫婦の協力もあり、俺たちは道中で多くの吸血鬼族の住民を説得し、俺たちの一行に加わってもらうことができた。
もちろん、中には協力を拒む吸血鬼族もいた。
そういう連中のほとんどは、第四軍団に所属している者か、その関係者や親族だった。
「ここでデタラメを吹き込むな!ここは私たちの故郷だ!お前たちの戯言なんか誰が信じるものか!ミカエル様が必ず助けに来てくださる!死ぬのが怖い奴らは、勝手にどこへでも行けばいい!」
協力を拒んだ女性の吸血鬼は、血液を細剣へと変え、ラミリスに襲いかかった。
次の瞬間、彼女は突然現れた二体の土人形に、地面へ強く押さえつけられた。
「そう?あなた、本当に哀れだね」
「フン、好きに言えばいい。どうせ私は、お前たちの戯言なんか信じない!」
その答えを聞いたラミリスが女性の吸血鬼を解放すると、二体の土人形はすぐに彼女から離れた。
彼女は立ち上がるなり素早く後ろへ下がり、ラミリスを指差して警告した。
本能が告げていたのだろう。
ラミリスは、自分が簡単に倒せるような相手ではない。
しかも、その傍らには高度に武装した「角のない」人間たち――つまり、俺たちがいる。
それだけではない。
この場には、第二軍団の指揮官だったカズまでいる。
だから彼女はひとまず俺たちと距離を取り、次に何をするつもりなのか、引き続き様子を見ることにしたようだった。
「なら、その幻想を抱いて溺れ死ねばいい。ついでに教えてあげる。今回は、あなたのミカエル様が助けに来ることはないからね?」
ラミリスは女性の吸血鬼を冷たく睨むと、少し離れた場所で全身傷だらけになりながら、それでも必死に暴れ続けている血骸蝠の王・ミカエルを指差した。
「だって、あの化け物があなたのミカエル様だから。警告しなかったなんて、後で言わないでよね」
「ハハハハハ!ミカエル様が、あんな醜い怪物のはずがないでしょう?あのお方はもっと高貴で、優雅で……」
「ここが最後の一軒だよ。行こう。今すぐここを離れないと……みんな、気をつけて!」
ラミリスは突然腕を上げると、地面から二つの巨大な手を創り出した。
巨大な尻尾が、先ほど俺たちを襲おうとした女性の吸血鬼の家を、彼女もろとも粉々に薙ぎ払った。
幸い、ラミリスの『土魔法』は十分に強力だった。
そのおかげで、俺たちに向かって薙ぎ払われた尻尾を、二つの巨大な土の手で受け止めることができた。
俺たちは人数が多かったため、ついにミカエルにも見つかってしまったらしい。
結果、奴は狂ったように、人の群れを見つけるなり俺たちの方へ突っ込んできた。
「『空気・爆発』!」
圧縮された気流が土の手とミカエルの間で炸裂し、ミカエルを少し離れた場所へ吹き飛ばした。
奴が憎々しげにリリスを次の標的に定めたその時、英雄たちも次々と現場へ駆けつけてきた。
「おいおいおい、ダンスのお相手を置いていくなよ!寂しくてたまらなかったぞ?」
数階建ての建物ほどもある巨大な水刃がミカエルの背中へまともに叩きつけられ、その圧倒的な質量で奴を再び地面へ押し戻した。
「やっと来た……私、ずっと頑張ってたんだよ~」
「悪いな、ラミ。さっきあいつが『血魔法』で檻を作って、俺たち全員を閉じ込めやがったんだ。それで少し遅れた。怪我はないか?」
「ふんふん~、私の肌はどこもかしこも、かすり傷一つないよ?戦いが終わったら、隅々までじっくり確認してみる?」
“チュッ――♡”
ラミリスがまだ余裕たっぷりに投げキッスを送ってくるのを見て、唯さんはようやく安心したように笑った。
なんてこった……
この二人、戦場でいちゃつく余裕まであるのかよ……
「ラミ、先に俺と『連結』してくれ。それから、この吸血鬼族の住民たちを全員、村の外まで送り届けてくれ。後はいつも通り、仮の避難所を作ってやってほしい。まずはお前が彼らと一緒に戻ってくれ。俺たちがミカエルを片づけたら、後で合流する」
唯さんはラミリスに指示を出しながら、左手に構えた大盾で盾撃を放ち、ミカエルの顔面をまともに殴りつけた。
その後、唯さんの他の妻たちも次々と現場へ駆けつけ、再び戦いに加わった。
全員が互いに連携しながら、代わる代わるミカエルへ攻撃を仕掛けていく。
「唯閣下、それなら俺は……」
「カズ、お前は残れ」
「……!」
「今こそ、あの時お前にした約束を果たす時だ」
「そうだ、それを待ってたんだ!ありがとう!」
唯さんが自分との約束をちゃんと覚えていてくれたことが分かり、カズは嬉しさを隠しきれなかった。
なぜなら……
ここからは、カズの復讐の時間だからだ。
「『連結』、『空間転移』。じゃあ、また後でね、旦那様~」
「気をつけてな、嫁さん」
唯さんのものと同じ淡い青色の転移門が、ラミリスの背後に開いた。
ラミリスは戦っている最中の唯さんと少しだけいちゃついた後、どこからともなく小さな旗を取り出し、それを掲げながら俺たちに向かって振った。
「は~い、それじゃあこれから安全な場所へ出発するよ~!ちゃんと周りの人を見て、誰一人はぐれないようにしてね!私はみんなの案内役、ラミリス!今日は特別に、親しみを込めてラミちゃんって呼ぶことを許可しま~す!」
何なんだよ、それ……
最終的に、ラミリスの指揮のもと、俺たちは吸血鬼族の住民たちを連れ、一足先に村へ戻った。
今度は、知らせを受けて村の外まで駆けつけてきたアクィーナさんが、吸血鬼族の避難民を見るなり危うく気を失いかけ、その後、俺たちに白い目を向けてきた。
こればかりは、少しは俺たちの事情も汲んでもらうしかない。
何しろ、この決定を下した張本人は、まだダンスのお相手と楽しそうに踊っている最中なんだからな。




