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第9章 原初の獣・蛻生

「『限界突破』、『神速』!」


風を切り裂く音が響いた直後、低く身を沈めたシェラさんが立っていた地面が、踏み込みの衝撃で吹き飛んだ。


次の瞬間には、空中に次々と現れる氷塊を足場にしながら、血骸蝠の王――ミカエルの目の前まで一気に駆け上がっていた。


そして、剣閃が走る。


シェラさんはわずかな間に、手にした細剣でミカエルの怪物じみた身体へ数十もの斬撃を浴びせ、その身体に幾筋もの銀白色の氷河を鮮やかに刻み込んだ。


パキィィィン――


しかし、ミカエルが軽く翼を羽ばたかせただけで、その身体を覆っていた氷は粉々に砕け散り、後には急速に塞がっていく傷跡だけが残った。


「おいおいおい、そうこなくっちゃなぁ!こんなに血が滾るのは、本当に久しぶりだよ!」


「ギィィィィィィィィィィィィィ――ッ!!」


好戦的な笑みを浮かべたシェラさんは、直後、再び銀白色の閃光と化し、ミカエルと激しく切り結んだ。


ミカエルが奇声を上げながら鋭い爪を振るうと、彼女は正面から迫る攻撃を巧みに受け流し、そのまま奴の赤く光る眼球へ細剣を突き出した。


だが、ミカエルの反応も速かった。


奴は身体を回転させ、硬い翼でその一撃を正面から受け止めた。


「私たちも行くよ!全員、自分の身は自分で守って!今回の目標はただ一つ、血骸蝠の王・ミカエルの討伐!」


「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」


今回はこれまで以上に人数が多いため、ナセフィンは戦闘を開始する前に、俺たちアルカディア小隊の中から小隊長を一人選ぶよう言ってきた。


最初はてっきり、皆がリリスを隊長に選ぶと思っていた。


だが、蓋を開けてみれば、皆が俺に票を入れていた。


……一時的に仲間に加わっているカズまで。


こうなったら、しっかりやらないとな。


俺の一つ一つの判断に、皆の命がかかっている。


だから、これからの戦いでは絶対に判断を誤るわけにはいかない。


「日向さんは後衛にいて、いつでも緊急治療に動けるようにしておいてくれ」


「OK~」


「後衛のみんなは、火力支援とミカエルの牽制を頼む。残りは俺についてきてくれ!」


俺の振り分けを聞いたリリスは、微笑みながら頷き、こちらへ親指を立てた。


ふぅ……


行くぞ。


「リン!」


「任せて!」


たった一度目を合わせただけで、リンは俺が何をしようとしているのか理解してくれた。


「『時間・加速』、『閃撃』、『幻光砲撃』!」


数秒後、ミカエルの背後に現れたリンは、その背中へ向けて『光魔法』を一発撃ち込んだ。


そして、背後から突然奇襲を受けたミカエルが振り返った、その瞬間……


「『交換』」


目の前の景色が突然一変し、ミカエルの醜悪な顔が目前に現れた。


奴はまるで俺が背後に現れるとは予想もしていなかったかのように目を見開き、顔面に俺の斬撃をまともに受けた。


「ギィィィィィィィ――ッ!!」


ミカエルは一度後ろへ身を引き、続けて俺に襲いかかろうとした。


だが、その首にはすでに白黒の長槍が一本、深々と突き刺さっていた。


「どこを見ているの?」


姫川さんはシェラさんと同じように地面を強く蹴り、残像と化して一瞬で長槍のもとまで迫った。


そして、その柄尻を思い切り蹴りつける。


長槍は半分ほどまでミカエルの身体へめり込み、奴は苦痛に上半身を仰け反らせた。


だが、今の俺にはそれを喜んでいる暇なんてない。


なぜなら今、俺は自由落下しながら空から真っ逆さまに落ちている最中だからだ。


「華恋!」


「はい!」


俺に向かって高速で飛んできた華恋は、空中で俺の手を掴み、そのまま再びミカエルの上空まで連れていってくれた。


彼女は俺と一緒に、奴の油断した隙を突いて、もう一度驚かせてやるつもりらしい。


だが、今度は奴も警戒していた。


背中に生えた骸骨のような骨の突起物が、一斉に開いた。


次の瞬間、極限まで圧縮された血液が無数の弾丸となって、俺たちに向かって射出された。


「わっ……!」


そのうちの一発が華恋の左の翼を撃ち抜き、彼女は苦痛に顔を歪めた。


華恋は必死にミカエルの狙撃をかわし続けたが、血の弾丸は四方八方から飛んでくる。


もう、すべてを避け切ることはできなかった。


その危機的な状況で、幾重もの蔓からなる障壁が俺たちの目の前で瞬く間に編み上げられ、数秒の猶予を作り出してくれた。


「エミール、華恋、早くそこから離れて!私の障壁も長くは持たないわ!」


「ありがとう、リヤ!」


「了解!」


華恋は蔓の障壁を盾にしながら、斜め下へ向かってその場から離脱した。


続いて、蔓の障壁は無数の血の弾丸に撃ち抜かれた。


はぁ……はぁ……


危なかった……


リヤの援護が間に合わなかったら。


俺たちがあと一歩でも判断を誤っていたら。


華恋はもう死んでいた。


「エミール、落ち着いて!私はかすり傷を負っただけだから!」


地面に降りたあと、俺の顔色がおかしいことに気づいた華恋は、両手で俺の頬を軽く叩きながら、大声で呼びかけてきた。


チッ……


くそっ、逆に心配させちまった。


「ふぅ……ありがとう、華恋」


「うん。どんな予想外のことが起きても、ここには私たちがいるから!あまり一人で背負い込まないで……いたたた……」


損傷した白い翼はすでに消えていたが、華恋の背中には痛々しい傷が残っていた。


「ほら、もう無理するな。日向さん!華恋を頼む!」


「了解!」


すると、日向さんはすぐに腕を華恋の傷口へかざして治療を始め、さらにスプレー缶を取り出して傷口を消毒した。


「行って、エミール。傷が治ったら、すぐに戦場へ戻るから。あまり私のことは心配しないで」


「分かった」


もっと慎重に動かないと……!


空中戦が俺たちにとって不利なら、いっそのこと……


「カズ、あのデカブツを空から引きずり下ろしてほしい。できるか?」


「おいおいおい、とんでもない無茶振りをしてくれるじゃねえか!まあいい。要するに、あいつを地面と熱烈に抱き合わせりゃいいんだろ?任せろ!」


俺の指示を聞いたカズはしばらく苦笑していたが、すぐに鋭い目つきへ変わり、唯さんのもとへ駆けていった。


「唯閣下、俺をあいつのところまで飛ばしてください!俺が引きずり下ろします!」


「おう!任せろ!」


唯さんはすぐさま銀白色の大盾を構えると、カズが自分に向かって飛び込んできた瞬間、その進行方向とは逆へ向かって大盾を力強く押し出した。


二人は一瞬で完璧な連携を成立させ、カズは盾撃の衝撃を利用してミカエルのもとへ飛んでいった。


「よお」


「――――ズ――――切り者――!」


ミカエルはカズの姿に気づくと、他の者たちからの攻撃も意に介さず、すぐさまカズへ狙いを定めた。


奴はカズに向かって咆哮し、その声には時折、かろうじて聞き取れるような言葉が混じっていた。


「俺はお前と昔話をしに来たんじゃねえ。地べたを這いずり回る覚悟をしやがれ!」


カズは正面から迫る爪撃をかわすと、そのままミカエルの尻尾にしがみついた。


すると、彼の身体から凄まじい闘気が爆発する。


「『剛力』、『力の爆発』!うおおおおおお!」


カズはそのまま空中から力任せにミカエルを引きずり下ろし、さらに奴の背中へ拳を叩き込み、一度にいくつもの骸骨の突起物を粉砕した。


すると、その中から淡い青色に光る何かがいくつも漏れ出した。


「頑張れ……異世界の英雄たち、それに人狼族のあんた。終わりのないこの苦しみを終わらせてくれて……ありがとう……」


戦場に低い声が響いたかと思うと、淡い青色の霊体はそのまま消えていった。


続いて、ミカエルの背中に再び光が浮かび上がった。


あれはクロエの『弱点マーキング』だ!


無数の光点が、奴の背中に生えた骸骨の突起物を埋め尽くすように浮かび上がっていた。


「皆さん、あいつの弱点をマーキングしました!」


「よくやった、クロエ!私があいつの動きを封じる!」


ナセフィンが杖をミカエルへ向け、高速で呪文を詠唱すると、ミカエルの巨大な身体が突然、何か途方もなく重いものに押さえつけられたかのように地面へ沈み込んだ。


そして、ナセフィンが再び詠唱を終えると、今度は杖の先端に別の紫色の魔法術式が現れた。


な……なんだ、これ?


「『超重力魔法』と『脆弱魔法』よ!しばらくの間、あいつを確実に地面へ縛りつけて動けなくする!全員、一斉攻撃!」


あのミカエルですら、地面にぴったりと押さえつけられたまま、身動き一つ取れないなんて……


すごい魔法だ!


「地面にいて飛び回らないなら、ずっと狙いやすいわね」


「ギィィィィィィィ――ッ!!」


空中に数十本もの炎の矢が現れ、次々とミカエルの背中へ降り注ぎ、骸骨の突起物を一つ、また一つと撃ち砕いていった。


ミカエルは苦痛の咆哮を上げ、必死にもがいた。


すると、一台、また一台とタンクローリーが突然何もない空間から現れ、ミカエルの背中へ落ちていった。


そして、マナの『火魔法』がうっかりそのうちの一台に命中すると……


ドォォォォォン――!


爆発に最も近かった唯さんは慌てて障壁を張ったが、俺たちも爆風に吹き飛ばされ、まともに立っていられず、全員地面へ倒れ込んだ。


俺が我に返ったときには、ミカエルの背中は真っ黒に焼け焦げ、大量の灰黒色の液体が流れ出していた。


「皆さん、本当にごめんなさい!怪我はありませんか?私、うっかりタンクローリーを出しすぎちゃって、それが『火魔法』に当たって爆発しちゃいました……」


目を金色に輝かせたアイリーンが駆け寄ってきて、震える手で俺たちを一人ずつ起こしてくれた。


「唯さんのおかげで、俺たちは無事だよ。落ち着いて、アイリーン」


ラミリスが『連結』を使い、アイリーンと『願い叶(Dreams)う美(Come)しき夢(True)』の負担を分かち合うようになってから、アイリーンは戦闘中でも際限なくさまざまな物体を生み出し、戦いを支援できるようになった。


ただ、戦闘中にラミリスと『連結』するのは今回が初めてだったため、うっかり力を制御しきれず、大量のタンクローリーを生み出してしまったらしい。


しかも運悪く、それにちょうどマナの『火魔法』が命中し、大爆発を引き起こしてしまった。


「それにしても、ようやく……倒したのか?」


「わあああああ!エミール、その定番の台詞を言っちゃダメぇぇぇ!」


「は?」


魔王リリカがなぜか化け物でも見たかのように悲鳴を上げた。


俺、何かしたか?


その時、炎の中から巨大な影が飛び出し、常人では追いつけないほどの速度で、上空から街の中心部へ向かって飛んでいった。


「アンナ!」


「うん!」


「お前たちも、できるだけ早く追いついてこい!」


アンナは身に着けた機動装甲の高速飛行能力を活かし、唯さんを引っ張りながら、一足先に街の中心部へ向かった。


「はぁ、やっぱりこうなったかぁ……アタシは飛べるし、先に行くね?」


「『限界突破』、『神速』!」


魔王リリカは空へ舞い上がると、『風魔法』で背後から推進力を得て、瞬く間に戦場を離れていった。


シェラさんもすぐさまその後を追い、魔王リリカにも引けを取らない速度で駆けていった。


「私たちも急いで追いかけるよ!」


ナセフィンが杖を掲げ、俺たちに何らかの支援魔法をかけると、身体がかなり軽くなったように感じた。


「風の抵抗を減らして、筋力を高める魔法だよ!行こう、急いで!」


そうして俺たちはナセフィンの後に続き、慌ただしく追跡を開始した。

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