終章 星の旅路
翌朝、俺はかなり早い時間に目を覚ました。
なぜかって?
もちろん、昨夜の件のせいだ。
まったく。
おかげで寝不足だし、頭も痛い……
外へ散歩に出た途中で、空き地に仮設されている白いテントが目に入った。
たしか、昨夜はあんなテントなんてなかったはずだけど……
少し見に行ってみるか。
「――……——————————!」
「——————!」
テントの中からは、大勢の人の話し声が聞こえてきた。
どうやら、何やら忙しそうにしているらしい。
「失礼します。うっ……!?」
忙しそうに動き回っている医師や看護師たちのほかに、テントの中には、四肢を拘束帯で固定された女性たちが大勢いた。
彼女たちは全員、病床の上に横たわっていた。
まだ力が残っている女性たちは、拘束帯を力任せに引きちぎろうとし、その場にいる人たちへ襲いかかろうとしている。
その一方で、テントの隅の病床には、人形のように何の反応も見せない女性たちも何人か横たわっていた。
彼女たちは全員、昨日【群星の守護者】が戦場から連れ帰ってきた機天使だった。
中には、必死に暴れたせいで、拘束された腕や脚を無理やり引き千切ってしまった者までいて……
その裂け目から見えていたのは、血肉や骨ではなく、無数の配線や金属のようなものだった。
なんてことだ。
彼女たちは過去に、いったいどれほど凄惨な目に遭わされてきたんだ……!?
「オペレーター・ミア、この機天使たちを押さえてください!お願いします!」
「任せてください。海竜様、そちらの機天使二名はお願いします!私はこの三名に対応します!」
「うむ。この程度、もちろん問題ない」
簡易手術室の入口に垂れ下がる透明なビニールカーテンの向こうで、手術着を着た水色の髪の人魚の少女が、肩の上でとぐろを巻いている、言葉を話す小さな蛇とやり取りをしていた。
いや。
今、彼女はそれを“海竜様”と呼んでいなかったか……?
その後、一人と一竜は現場の医師たちと連携して動き始めた。
まず彼らは『水魔法』に似たスキルを使い、激しく抵抗していた五名の機天使をうつ伏せに返し、病床の上にしっかりと押さえつけた。
それによって、医師たちは安心して機天使たちの手術に取りかかることができた。
続いて、医師たちはすぐさまメスで機天使たちのうなじを切り開き、ピンセットのような器具で、その中から金色の結晶体を取り出した。
処置が一段落すると、彼らはようやく切開した傷口を縫合し始めた。
そして、その結晶体を取り出された瞬間、機天使たちは抵抗をやめ、まるで動力を失った人形のように、うつ伏せのまま病床の上でぐったりと力を失った。
……
「手術は成功です!お疲れさまでした、オペレーター・ミア!夜明け前からここで協力してくださったおかげで、手術をこんなにも早く終えることができました」
その医師はハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭ってから、ミアに向かってうなずいた。
「大したことではありませんよ。私も、彼女たちの力になりたかったんです。だって、今のこの姿は、きっと彼女たちが望んだものではないはずですから……」
けれど、ミアは医師からの感謝の言葉を、素直に受け取ることができなかった。
彼女は病床の上に横たわる機天使たちを悲しげに見つめ、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「オペレーター・ミア、どうか気を落とさないでください。あなたは、自分にできることを精一杯やってくださいました……そうだ、ちょうど朝食の時間も近づいています。少し休んでから、朝食を取りに行ってはいかがですか?先ほどほかの医療オペレーターが、食堂でかなり豪華な朝食の準備をしているのを見たそうですよ」
「そう……ですね。では、お言葉に甘えます。先に朝食をいただいて、少し休んだら、すぐに戻ってお手伝いしますね」
「あははは……どうかしっかり休んでください。そんなに早く戻ってこなくても大丈夫です。ここは私たち医療オペレーターで何とかしますので、あまり無理をなさらないでください」
「はい……行きましょう、海竜様」
彼女が手術着を脱いで、簡易手術室から出てきた時、ちょうど俺たち二人と目が合った。
「あっ……!あなたは、リリスさんのそばにいた……」
「こんにちは。俺はエミールです」
「こんにちは!私は【群星の守護者】、起源小隊のオペレーター・ミアです。そしてこちらは海竜様。私たちの世界の海を守る守護神様です。私は海竜様の巫女でもあります。どうぞよろしくお願いします」
「よろしくな、人間よ。これから何か困ったことがあれば、遠慮なく俺たちに頼るといい」
怖っ!
またとんでもない大物が出てきた!
ミアだけじゃなくて、彼女のそばにいるあの小さな竜まで、ただ者ではなかったらしい。
よかった……
さっき何も考えずに、あの方を小蛇呼ばわりしなくて本当によかった……
「こんにちは……先ほどは、手伝いに来てくださっていたんですか?」
「はい……機天使に改造された彼女たちがあまりにも可哀想だったので、私が本部に支援要請を出して、夜明け前からここへ手伝いに来ていたんです」
なるほど。
あの医師たちは、彼女たちの仲間だったのか……
「ちなみに、先ほど私が本部に支援要請を出し、そのあと駆けつけてくれた医療オペレーターたちが行っていたのは、彼女たちの指令結晶の摘出です。指令結晶さえ取り出せば、彼女たちは指令を受けていない状態に戻ります。もう突然ほかの人を襲うことはありません」
「そうだったんですね……でも、彼女たちの体は、もう機械に改造されているんですよね?正直、さっき何人かの機天使が無理やり四肢を引き千切っているのを見た時は、本当に見ていられませんでした……」
「はい……彼女たちの体は、内臓器官と皮膚以外、ほとんど全身が機械に置き換えられています。以前の報告にも、人体を改造する際には、ショック死してもおかしくないほどの激痛が伴うと記されていました。彼女たちは全員、麻酔もない状態で、無理やり体内に金属や配線を埋め込まれ、血液を抜き取られたうえで、人工血液を注入されたんです……」
なっ……
いくらなんでも、残酷すぎるだろ……!?
「かつて、あの残酷な改造手術の中で、数えきれないほどの少女たちが命を落としました。この機天使たちも、その中で生き残ったごく一部にすぎません」
そう言いながら、ミアは少し悲しげにうつむいた。
すると、彼女の肩に乗っていた海竜様は、尻尾でそっと彼女の頬を撫で、自分の巫女を慰めた。
まさか彼女たちが、麻酔もないまま、こんな姿に改造されていたなんて……
「俺、何て言えばいいのか分かりません……」
「ええ。もしかしたら、そのまま死んでしまったほうが、彼女たちにとっては楽だったのかもしれません。時々、私もそう思ってしまうんです」
「彼女たちをこんな目に遭わせた黒幕が、今どうなっているのか分かりませんけど……俺、そいつの顔を思いきり何発か殴ってやりたいです……」
「ああ、それなら安心してください。この世界へ来る前に、私たちはすでにその悪人に相応の報いを受けさせました。これから先、新しい機天使が生まれることはもうありません。私たちは昨日まで、あちらの世界で復興の手伝いをしていて、急遽こちらへ駆けつけたんです」
どうやら彼女たちは、ここへ来る前からずっと、誰かを助けるために動き続けていたらしい……
「そういえば、さっき言っていたオペレーターって……どういう意味なんですか?」
「【群星の守護者】の中で、各世界へ赴き、瘴気によって引き起こされる異常事態を阻止する外勤担当者のことですよ。ん……?エミールさんは、リリカたちとはもう顔合わせを済ませているんですよね?彼女たちは全員、【群星の守護者】起源小隊所属のオペレーターですよ?」
「えっと……彼女たち、そういうことは何も言っていませんでした……」
「はぁ……私たちは普段からいろいろな世界を行き来していますから、彼女たちも自分から身分を名乗らないことに慣れてしまっているのかもしれませんね……あとで少し注意しておきます」
やばい。
俺、もしかして彼女たちが怒られる原因を作ってしまったのか?
「ま、まあ……その話はひとまず置いておきましょう。先に一緒に朝食を食べに行きませんか?もうこの時間ですし、ほかのオペレーターの皆さんも起きているはずですよね?」
「いいですね。私も、ちょうど彼女たちに少し話がありますから」
終わった。
どうやら、彼女たちは本当に逃げられそうにない。
——————
俺とミア、そして海竜様が食堂へ戻ると、ちょうどリヤと、狙撃銃を使っていた金髪をポニーテールにしたオペレーターが一緒に朝食を食べているところだった。
二人は、どうやらかなり話が弾んでいるらしい。
「おはようございます、クロエ」
俺たちが近づいてきたことに気づくと、二人は一度会話を止め、こちらに顔を向けた。
「ん?ずいぶん珍しい組み合わせだね」
「先ほどまで、医療オペレーターのテントで手伝いをしていたんです。そこでちょうどエミールさんとお会いしたので、一緒に朝食を取りに来ました」
「ああ。やっぱり朝早くから手伝いに行ってたんだね。昨日の夜、そんな気はしてたんだ。そうだ、それじゃあ私も自己紹介しておこうかな。私は起源小隊所属のオペレーター・クロエ。よろしくね~」
クロエは俺に向かって手を振ると、改めて自己紹介してくれた。
ただし今回、クロエの自己紹介には“オペレーター”という言葉がしっかり付け加えられていた。
「こんにちは、俺はエミールです。よろしければ、相席してもいいですか?」
「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。お二人とも、どうぞ座ってください」
そう言って、クロエは目の前に置かれていた小さなティーカップを手に取り、ティーバッグで淹れた紅茶をそっと一口飲んだ。
彼女は、ほかのオペレーターたちとは少し雰囲気が違う。
一つひとつの所作がとても優雅で、まるでどこかのお嬢様みたいだった……
どこか、身重のために唯さんと一緒に先に戻っていったフローラさんと似ている気がする。
「クロエだけですね。自分がオペレーターだと名乗ることを覚えていたのは……」
「ん?またみんな忘れてたの?」
「はい。ナセフィンや詩織まで忘れていました」
「あははは……まあ、あの子たちを責めることはできないよ。忙しい時は、そういう細かいことを忘れちゃうのも普通だからね」
――♪
「ごめんなさい、少し電話に出ますね。ふふっ……」
クロエは翡翠色のワンピースのポケットに手を入れ、鳴っているスマホを取り出した。
スマホの画面に表示された着信相手の名前を見ると、彼女はすぐに嬉しそうに笑みをこぼした。
「もしもし~おはよう。フローラはどう?ああ、それなら鈴奈に任せておけば大丈夫だよ。今、昨日の戦場にいるの?あははは……私たちはもう現地の人たちに同行して、巨大な球状都市まで来てるから、そこを探しても見つかるわけないよ!もう。転移座標を開くから、こっちに来て。今は食堂で、ミアと現地の人二人と一緒に朝食を取っているところ。うん、またあとでね」
クロエが指にはめていたもう一つの青い指輪を回すと、その周囲が淡い青色の光を帯び始めた。
「唯が来るんですか?」
「そうなのよ……あの人、私たちが昨日戦っていた戦場で私たちを探していたみたい。見つからなくて、今すごく焦ってるの」
「あははは……彼、時々少し抜けているところがありますよね」
「そうね。だからこそ、可愛いと思ってしまうんだけど」
ヴン――
クロエとミアがそう言い終えた直後、二人の背後に淡い青色の転移門が開いた。
「ただいま」
「おかえりなさい。フローラはどうだった?」
クロエは唯さんの姿を見ると、ミアと一緒に嬉しそうに立ち上がって迎えに行き、そのままフローラさんの様子を尋ねた。
「少し疲れているだけだ。今は鈴奈がそばについているから、問題ない。小隊に医療オペレーターがいないことを心配していてな。俺がここへ来る前も、自分とみんなの安全に気をつけるようにって、何度も念を押されたよ」
「それは仕方ないよ。だってフローラは、強力な治療スキルを使える唯一の【聖女】様だからね……今はひとまず、リリカの『中級治療魔法』で何とかするしかないかな。あ、そうだ。私も医療道具は持ち歩いているから、もし怪我をした時は遠慮なく言ってね?」
待ってくれ。
身重だから先に戻ったフローラさんって、まさか聖女様だったのか!?
はは。
唯さんの小隊、本当に何でもありだな。
勇者、魔王、竜王、海の守護神の巫女、元創造神……
今度は聖女まで来た。
……もう驚かない。
俺はもう、絶対に驚かないぞ。
「そういえば、捕虜たちはどこにいる?」
「ラミリスがここから少し離れた空き地に、『土魔法』で簡易的な避難所を建ててくれました。今は異世界軍団の兵士たちも、そこに集められています。現在はナセフィン、シェラ、リリカの三人が現場で指揮を取り、ラミリスが作り出した建材を使って、Earth-003の住民たちのために新しい家を建てさせているところです」
「そうか……」
ミアの話を聞いた唯さんは、俺たちのテーブルに並んでいる、まだほとんど手をつけられていない朝食へ目を向けた。
「残りの話はあとにしよう。まずは朝食を済ませようか。俺もちょうどまだ朝食を食べていないんだが、ここは何がおすすめなんだ?」
「朝食でしたら……個人的には、野菜ラーメンと照り焼き肉丼がおすすめですよ?」
「それじゃあ、照り焼き肉丼にしようかな。ちょうど俺も、しばらく日本料理を食べていなかったところなんだ。よし、これに決めた。やっぱり朝食は米じゃないとな~」
唯さんはリヤのすすめを聞くと、席を立って食堂のカウンターへ注文に向かった。
照り焼き肉丼が運ばれてくるまでの間、唯さんは俺たちと日常の話をしながら、のんびりと時間をつぶした。
やがて朝食がテーブルに運ばれてくると、唯さんは両手を合わせて“いただきます”と言ってから、大きく口を開けてご飯をかき込み、とても満足そうな表情を浮かべた。
「ここの照り焼き肉丼って、そんなに美味しいんですか?」
唯さんは、食べながら目に涙まで浮かべていた……
「先月からずっと、彼女たちと一緒に異世界へ出張していたからな。米を食べる機会なんて、ほとんどなかったんだ。まして先々週からは、人命救助と街の復旧に追われっぱなしで、まともに座って食事を取る暇すらなかった」
「そうだったんですね……」
本当に、無茶苦茶頑張っている人たちなんだな……
あれだろうか?
大いなる力には、大いなる責任が伴う、ってやつ。
——————
俺たちがそれぞれ朝食を食べ終えると、俺とリヤは唯さんたちについて、カズとその部下たちが一時的に身を寄せている簡易避難所へ向かった。
「よう。住み心地はどうだ?」
「人間……あまり調子に乗るんじゃねぇぞ。姉御と魔王がいなけりゃ、俺たちは……」
俺たちがやって来たのを見るなり、カズは話しかけてきた唯さんを鋭い目つきで睨みつけ、攻撃的な口調で威嚇した。
「先に言っておくが、俺たち三人もあの二人と同じくらいには強いぞ。俺と手合わせしたいなら、少しくらい本気を出して相手をしてやってもいいぞ?」
「……」
しかし唯さんは怒るどころか、さっきカズに声をかけた時と同じ笑みを浮かべたまま、真正面から彼の威圧を受け止めた。
その結果、むしろカズのほうが気圧され、数歩ほど後ずさった。
「自分が今、どんな立場でここに置かれているのか、それを忘れないほうがいい。大人しくしている限り、俺はお前たちに何かするつもりはない」
「……で、お前らはいったい何をしに来たんだ?用があるなら、さっさと言え」
「これをお前の部下たちに配れ。それから全員、それを飲め」
「何だ、これは?」
唯さんは一回り小さな転移門から、淡い光を放つ水の入った瓶を何本も取り出し、それらをカズに手渡した。
カズは少し怪訝そうに瓶を受け取り、中の液体を観察するように持ち上げた。
「これは【聖女】に祝福してもらった聖水だ。毒なんかじゃないから、安心して飲んでいい」
そう言うと、唯さんはそのうちの一本を開け、自分で一口飲み、カズにこの水が安全であることを証明してみせた。
しかも、やけに元気そうな顔をしている……
聖水って、そんなにすごいものなのか?
俺もちょっと飲んでみたくなってきた。
「何で俺たちに聖水を飲ませる?」
「お前たちの体の中にある汚いものを取り除くためだよ。リリカが、お前たちは全身から瘴気の悪臭を放っていて、気絶しそうなくらい臭いって言っていたからな。このまま放っておいたら、いずれここの住民たちに害を及ぼすかもしれないだろ?」
「王から授かった祝福を、俺たちに捨てろって言うのか!?てめぇ、調子に乗るのも大概にしろ!」
「一つ目。瘴気は祝福じゃない。呪いだ。瘴気は、表面上見えているほど都合のいいものじゃない。少しでも長く生きたいなら、黙って飲め」
カズが唯さんの襟元を掴もうと手を伸ばした瞬間、唯さんは素早くその手を払いのけ、続けて人差し指を立てた。
「二つ目。お前たちに選択権はない。同じ説明を二度もさせるな」
「うっ……!」
今回も、唯さんの顔には笑みが浮かんでいた。
けれど、その笑みの奥からほんのわずかに鋭い殺気が漏れたように感じられ、カズはその場で完全に固まってしまった。
うわぁ……
カズを脅している時の唯さん、魔王リリカとそっくりなんだけど……
「……分かった」
「うんうん、それでいい。飲んで、体内に残った汚いものをしっかり出しておけ。そのあとは、また都市の復興作業を続けてもらう。過去にお前たちが壊した分だけ、今度はお前たち自身が汗を流して建て直すんだ」
カズがようやく協力する気になったのを見て、唯さんは満足そうにうなずき、カズに向かって親指を立てた。
それを見たカズは、悔しそうに“ちっ”と舌打ちした。
「聖水を飲んだあとは、一時的に体が少し重く感じるかもしれない。だが、それは正常な反応だ。しばらくすれば落ち着くから、体に問題が起きるんじゃないかと心配しなくていい。それから、こっちは……」
ドン――
唯さんはまた小さな転移門から、腕輪の入った箱をいくつも引っ張り出し、カズの前に置いた。
「今度は何だ、これは?」
「これは、俺たちがいない間に、お前たちがここの住民たちへ余計なことをしないようにするための腕輪だ。腕輪が装着者の悪意や殺意を感知した場合、装着者本人と、周囲数十メートル以内にいるほかの装着者たちに、強力な電撃が流れる」
え?
待ってくれ。
今、唯さんは何て言った……?
「電撃の威力は、作動回数に応じて少しずつ上がっていく。最後には命に関わる可能性もある。だから、自分の部下たちから目を離すな。分かったか?」
「……」
「それと、その腕輪は絶対に無理やり外そうとするなよ?力ずくで外そうとしたら、装着者をその場で感電死させるから」
その腕輪、殺意が高すぎるだろ!?
「そんなに不満そうな顔をするなよ。ただの予防措置だ。お前たちに何かを企む気がなければ、勝手に作動することはない。うちの研究部門が開発した最新の拘束用道具で、安全試験も何度も通過している」
いやいやいや……
装着者を感電死させる機能がついている時点で、安全試験なんて完全に形だけだろ……
唯さんは友好的な態度を装いながら、カズの腕をぽんぽんと叩いた。
カズは不満げにその手を払いのけたが、唯さんは気にした様子もなく、ただ肩をすくめて俺たちのほうへ戻ってきた。
それはそうと……
「唯さんたちは、もう出発するんですか?」
「ああ。ここで俺たちにできることは、もうほとんど残っていないからな。ただ、家に帰るわけじゃない。これからエスギルへ向かう」
「「!?」」
俺たちの反応を見て、ミアとクロエは楽しそうに笑っていた。
どうやら二人は、このことを最初から知っていたらしい。
けれど、俺とリヤは驚きを隠せなかった。
まさか彼らが、たった二日滞在しただけで、こうして慌ただしく出発することになるとは思っていなかった。
しかも……
その目的地が、あのエスギルだなんて。
「唯さん、エスギルは敵の本拠地ですよ!そこへ行って、何をするつもりなんですか?」
「問題を根本から解決しに行くんだよ。問題の源は、エスギルにあるんだろう?」
「でも、皆さんは十数人しかいないんですよ?危険すぎませんか?」
「俺たちなら何とかできる」
唯さんは淡々と俺たちを見つめたまま、あまりにも軽い口調でそう答えた。
「……」
あまりにも軽すぎるその返事に、リヤは思わず固まってしまい、しばらく次の言葉を継げなかった。
「はははは!エスギルを攻めるつもりか?甘いな。俺たちエスギル軍の兵力は、お前が思っているほど弱くねぇぞ!」
「どうやら、お前の口からはまだいくらか情報を引き出せそうだな?俺たちは昨日、全員まだ本気を出していなかったから安心していいぞ、カズ兄。あとでまたシェラに来てもらって、お前ともう少し“話し合って”もらうことにしよう」
「うっ……」
その一言で、唯さんはまたカズを相手に、何やらよからぬことを考え始めてしまったらしい。
それに気づいたカズの顔は、たちまち真っ青になった。
「とにかく、このあと俺たちは拠点のみんなに事情を説明する。突然何も言わずに彼女たちを連れて出ていったりはしないから、安心してくれ」
エスギル兵たち全員が聖水を飲み、拘束用の腕輪を装着したのを確認してから、唯さんは俺たちを連れて簡易避難所を離れた。
そしてアルカディアの中へ戻ると、関係者全員を集め、今後の方針について説明することになった。
——————
「無茶です、唯さん!もう一度よく考えてから決めてください。父の強さは、あなたが想像できるようなものではありません。私は、恩人であるあなたたちが死にに行くところなんて見たくありません!」
「具体的に、どれくらい強いんだ?」
「私にも、詳しいことは分かりません……父はもう長い間、戦場に立って戦ってはいません。ずっと裏側にいるだけでしたから。ですが、かつて部隊にいた古参の方々は、父には神にも匹敵する力があると言っていました……」
「なら問題ない」
何が問題ないんだよ!?
相手が怯えるどころか、眉ひとつ動かさなかったことに、リリスは顔を覆いながら首を横に振った。
「俺たちは神を二柱倒したことがある。もう一柱増えたところで大差ない」
「え……え?神を倒したことがあるんですか!?」
またしてもとんでもないことを言い出した唯さんに、リリスはその場で固まってしまった。
そして壊れたレコーダーのように、今の言葉を何度も繰り返していた。
もし彼の言っていることが本当なら、彼らがエスギルを攻めるというのも、確かに不可能ではないのかもしれない……
「俺たちは明日出発する。シェラ、カズはまだ何か情報を隠しているみたいなんだ。少し、あいつと話してきてもらえるか?」
「問題ない。すぐ戻る」
早起きしたせいか、さっきまでどこかぼんやりしていたシェラさんは、唯さんにそう言われた瞬間、たちまち目を覚ましたように表情を引き締めた。
そして、そのまま簡易避難所のほうへ駆け出していった。
すぐ戻る……
俺には、カズの頭上に赤い文字が浮かび上がったように見えた。
「なんだか、すごい人たちですね。まるで物語に出てくる英雄みたいです……」
皆の前に立ち、自信に満ちた様子で状況を説明している唯さんを見つめながら、アイリーンは思わず胸の内に浮かんだ感想を口にした。
「アイリーンもそう思うのか?」
「はい。誰かが困っている時に、突然戦場に現れて、圧倒的な力を見せる。困難を前にしても、どこか余裕のある表情を浮かべている……きっと、それが英雄と呼ばれる人たちの資質なのかもしれません。少なくとも、物語ではそう語られています……」
彼女はそう言いながら、目の前にいる英雄たちをじっと見つめていた。
やがて、アイリーンは思わず自分のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「どうしたの、アイリーン?」
それに気づいたシリカは、隣に立つ彼女に不思議そうな視線を向けた。
「私はただ……あの人たちの姿に、憧れてしまっただけです……」
「もしかして、アイリーンもあの人たちみたいな英雄になりたいの?」
「はい。だって、きっとすごくかっこいいと思うんです。えへへ……」
アイリーンは困ったように笑いながら、恥ずかしそうにうつむいていた。
彼女はヒーロー映画を見るのが好きだから、本物の英雄に憧れるのも自然なことなのだろう。
「ごめんなさい、エミール。私……」
「どうしたんだ?」
「私も、唯さんたちと一緒にエスギルへ戻りたいです……」
リリス!?
どうして君まで……
「あら?あなたも私たちと一緒に来たいの?」
ラミリスは片眉を上げ、考え込むようにリリスへ視線を向けた。
「私は……そろそろ、自分の過去にこの手で決着をつけるべきだと思うんです」
「いいわよ。それなら一緒に来なさい」
そんな簡単に許可するのか!?
「ただし、テントとか日用品は自分で用意してね?私たち、もう余分なテントは持っていないから」
「お前、物を複製できるんじゃなかったか……?」
「面倒」
「だと思った」
装備は自分で持ってくるようにと軽く釘を刺しただけで、ラミリスはそのまま唯さんの腕にもたれかかり、彼に甘え始めた。
それを見た彼のそばにいた女性たちも、張り合うように唯さんの周りへ集まり、いちゃついている二人の間に加わろうとしていた。
「……」
「ごめんなさい……私も、あなたたちと離れたいわけではありません。でも……やはり、自分の手で終わらせなければならないことがあるんです。そうしないと、私はずっと同じ場所で足踏みしたまま、前へ進めない気がして……」
リリスは何度も俺たちに謝っていた。
けれど、今の俺は、別のことを考えていた。
それなら……
「もし俺が、リリスを一人で唯さんたちと一緒にエスギルへ戻らせるのは不安だって言ったら……みんなは俺についてきてくれるか?」
「ふふっ。ダーリンならそう言うと思ってたよ。もちろん、私は一緒に行くよ~。ダーリンのいるところに、私あり!あ、うちの両親もきっと許してくれるから、そこは心配しなくていいよ?」
最初に手を上げて賛成したのは、キャロリンだった。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……トイレと風呂まで一緒についてくるのは駄目だからな?」
「え~別にいいじゃん~」
よくない!
そこは大問題だ!
その後……
「私も一緒に行く」
「エマおばさんとクレモンおじさんは大丈夫なのか?」
「二人なら分かってくれる。だから、きっと大丈夫」
君がそばにいてくれるだけで、本当に心強いよ、セレイア。
「わ、私も一緒に行きたいです!近くであの人たちを見ていれば、私も何かを学んで、成長できるかもしれません。私も、もっと強くなりたいんです!」
「でも……エスギルは危険だよ……」
「心配してくれてありがとう、シリカ。でも大丈夫です。ちゃんと自分の身は自分で守ります。それに、エミールたちもいますから」
そう言って、アイリーンはにこにこと笑いながら、こちらへ顔を向けた。
もちろんだ。
恋人を守るために、俺が手を抜くはずがない。
「私も、みんなと一緒に行きたいけど……」
マリーは少し迷うように、レイへ視線を向けた。
レイの両親は、以前の侵略で怪我を負っていた。
そのため、彼女はここに残って両親の世話をしなければならない。
マリーは、レイが寂しい思いをしないか心配して、自分も俺たちと一緒に行っていいのか迷っているのだろう。
「行ってきなよ、マリー。五体満足で、無事にここへ戻ってきてくれればそれでいいから。それに……今の私は、もう一人じゃないし」
レイはコリンのほうへ視線を向けた。
それを受けたコリンは、照れくさそうに頭をかいた。
「レイのことは俺に任せろ。だから安心して、エミールたちについて行ってこい。はぁ……なんか、まるで親に挨拶してるみたいだな」
「別に変わらないんじゃない?あの時も、お父さんとお母さんにそう言ってくれたでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ。ただ、相手がおじさんとおばさんからマリーに変わると、なんか妙というか……いや、別におかしくないような気もするな?」
「マリーの母性のせいかもしれないね。マリーって、みんなのお母さんみたいだから」
「たぶんな……」
コリン、しっかりやれよ。
レイのこと、ちゃんと頼んだぞ?
「そ、それなら……私も一緒に行きたいです。皆さん、よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくていいよ。マリーなら大歓迎だ!」
「あなたたち……」
リリスも、まさか俺たちが自分についてくるつもりだとは思っていなかったのだろう。
彼女は感極まったように、今にも泣き出しそうになっていた。
「なんだ?自分の彼女を心配するのは、当たり前だろ?」
「……!?どうして急にそんなことを言うんですか!?やめてください……!」
リリスは慌てて手を伸ばし、俺の口を塞いで、これ以上言わせまいとした。
だが、俺はあえて言う!
「昨夜はまだ返事をしていなかったからな。リリス、これからは俺の彼女として、俺のそばにいてほしい!」
「ああああっ、そんな大声で言わないでください!分かりました、分かりましたから!」
「大声で言わないと、俺が本当に君を好きだって伝わらないだろ?」
「だからって、人前でそんなに大声で叫ばなくてもいいでしょう!?恥ずかしすぎます!」
面子なんて、とっくに道端の野良犬に食わせてやった。
リリスの慌てふためいた可愛い表情が見られただけで、恥をかいた甲斐もあったというものだ。
へへ。
「あなたたちも一緒に行きたいのなら……【アーク】からも何人か支援に出したほうがいいかもしれないわね。静、雪狐小隊はどうかしら?」
「そうね……確かに、彼女たちが一番適任だと思う。けれど、それは本人たちの意思次第よ。私は、彼女たち自身に選ばせたい」
ユリの提案を聞いた静さんは、ユリとともに、華恋を中心とする雪狐小隊へ視線を向けた。
「私たちが離れたあと、アルカディアはどうなるんですか?もし同等の戦力を持つ敵がまた襲ってきたら、皆さんが危険にさらされるのでは……?」
華恋は地球の安全を気にかけているのだろう。
だからこそ、少し迷っているように見えた。
「それなら、俺たち数人はここに残って警戒を続けます。姉御は小夜啼鳥と醜いアヒルを連れていってください。唯さんたちの小隊もちょうど医療担当が足りないようですし、小夜啼鳥を連れていくなら、ちょうどいいでしょう?」
「……本当にいいの、コルベス?」
「ふふっ。今は千人を超える編織者たちが一緒にここを守っています。問題ありませんよ」
コルベスは、華恋に隊員を二人だけ連れて俺たちと一緒に行かせ、残りの隊員はここに残るという案を提案した。
そして、雪狐小隊の面々が少し話し合った末、その案を受け入れることになった。
「……」
「安心して、リリスちゃん。アルカディア……いえ、地球は、私たち地球人自身の手で守るから」
クリス先生はリリスに向かってウインクした。
その言葉を聞いたリリスは、思わず言葉を詰まらせた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます。まさか自分が、こんなにもたくさんの人に支えられて、助けてもらえるなんて思っていませんでした。私……」
「それは、リリスが今まで積み重ねてきた努力の結果だよ。だからあまり考えすぎず、みんなの好意を素直に受け取ればいい」
「ううっ……はい!皆さん、本当にありがとうございます!」
今こそ、かつてリリスが蒔いた“努力”という名の種が、花を咲かせ、実を結ぶ時なのだ。
今度は俺たち地球人が、君に恩返しをする番だよ、リリス。
「どうやら、賑やかな旅になりそうだな」
「よろしくお願いします、唯さん」
「ただし、戦況があまりにも混乱した場合、俺は妻たちの安全を優先する。ほかのみんなは、お前自身が守ることになる。それでも大丈夫か?」
「もちろん大丈夫です」
「ならいい。荷物をまとめておけ。明日の朝、先生がエスギルまで連れていってやる!」
唯さんはまるで担任教師のように、俺たちへキャンプの準備をしておくことと、今夜はしっかり眠っておくことを言い聞かせた。
その結果、さっきまでの重苦しい空気は一瞬でどこかへ消え去り、みんなが異世界行きの話で盛り上がる雰囲気へと変わっていった。
ははは……
本当に、あの人らしい。
……
これは、星の旅路だ。
明日、俺たちは誰もが一度は夢見た、異世界への旅に出る。
俺たちの物語は【仙境】から始まり、アルカディアが破壊され……
その後、ようやく本物の地球へ踏み出したと思えば、今度はエスギルの襲撃を受けた。
そして今、俺たちは逆に、別の異世界から俺たちを守るためにやって来た英雄たちと共に、エスギルへ攻め込もうとしている。
これは……
――俺たちだけの、誰にも予想できなかった冒険譚だ。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回の章で、エミールたちの物語はひとつの大きな区切りを迎えました。
けれど、本作はここで完結ではありません。
籠の中にいた鳥たちは、これから異世界より来た英雄たちの背中を追い、より広い星々の世界へと踏み出していくことになります。
次巻からは、【群星の守護者】やほかの世界に関わる要素にも少しずつ触れながら、物語はさらに大きく動き出していく予定です。
同時に、これまで以上に重く、残酷な局面へ踏み込むことにもなります。
それでも、エミールたちはきっと前へ進み続けます。
ここまで彼らの旅を見守ってくださった皆さまに、少しでも「続きを読みたい」と思っていただけたなら、本当に嬉しいです。
次巻から始まる新たな星の旅路も、どうか楽しみにしていてください。




