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第14章 童話のような英雄たち

作者より:

本章に登場した一部のキャラクターは、別作品『ゼロから始める異世界転移対策』に登場する主要キャラクターたちです。


そちらを読んでいなくても、本作を理解するうえで問題はありません。彼らの来歴については、今後の本編の中で少しずつ説明していく予定です。


「何者だ!?」


「来た来た!ついに名前を聞かれる流れが来たわ!ずっとこれを待っていたのよ!オーッホッホッホ!なんだかんだと聞かれたら……」


カズの狼狽した声を聞いた途端、お嬢様キャラを真似ているような赤髪の少女は、すぐに口元を手で隠して笑い声を漏らした。


そして、期待に満ちた眼差しで隣にいる黒髪の女性を見つめ、続きを言ってほしいと促した。


「……」


「続けてよ、詩織。次のセリフくらい分かるでしょ?」


「私、続けないとダメ……?急にそういうアニメの決め台詞みたいなことを言わされるのは、ちょっと……地味に恥ずかしいんだけど……」


「一回だけでいいから。お願い~」


「はぁ……答えてあげるが世の情け!」


詩織と呼ばれた黒髪の女性は、赤髪の少女の必死にすがるような表情に押し負け、ひとまず羞恥心を脇に置くと、顔を片手で覆いながら続きを口にした。


「あはは!そうよ、それでこそよ、詩織!世界の破壊を防ぐため!」


「せ……世界の平和を守るため……」


「私は起源小隊所属の魔法少女☆リリカ!ここからは、【群星の守護者】を代表して、あなたたちみたいな大・悪・党をお仕置きしちゃうぞ☆」


「同じく【群星の守護者】、起源小隊所属、雷槍の【勇者】、姫川詩織。というか、まだ魔法少女設定を続けるつもりなの?元の称号のほうが、威圧感はあると思うんだけど」


「それもそうね……よし、改めて自己紹介させてもらうわ。私は異世界より参上した魔王、リリカ!協戦命令を受け、ここに来た!」


彼女はそっとスカートの裾をつまみ、軽く身をかがめると、カズに向かって優雅に一礼した。


待て……


異世界の魔王!?


どうして異世界の魔王が勇者と一緒にいるんだ!?


あまりにも突拍子もない光景に、俺は思わずリリスのほうを見た。


けれど、彼女は困惑した顔で俺に首を横に振り、自分もこの異世界の魔王を名乗る少女のことはまったく知らないと示した。


「ところで……あなた、全身からひどい悪臭がするわね」


その魔王は突然こちらを振り返り、リリスを指さすと同時に、俺たちへ重苦しい圧力を放った。


――そして、鋭い殺気も。


その殺気はカズを遥かに凌駕しているだけでなく、先ほど去っていった吸血鬼の王が放っていた威圧感でさえ、まるで子どもの遊びに思えるほどだった。


それは、目の前にいる赤髪赤眼の少女が、紛れもない本物の魔王であることを俺たちに突きつけていた。


「うっ……リリスっちに、何をするつもり?」


リンは勇気を振り絞ってリリスの前に立ち、震える手で短剣を構えながら、相手の目的を問いただした。


「リリカ、少し落ち着いて。もしかしたら、ただの勘違いかもしれないでしょ。みんな、息もできなくなってる。早くその殺気を引っ込めて!今の私たちの敵は、明らかにこの人たちじゃないでしょ?」


「……分かったわ」


姫川さんにそう諭され、俺たちにのしかかっていた圧力と殺気は、ようやく少しずつ薄れていった。


「でも、先に言っておくわ。もしあなたたちが少しでも敵意を見せたり、私たちに不意打ちを仕掛けようとしたりしたら、その瞬間に跡形もなく吹き飛ばす。私は本気よ。私にあなたたちを殺させないでね?」


「「「「「「……!」」」」」」


「はいはい、リリカ。あんまり脅かさないの」


俺たちが全員、思わず身をすくませたのを見て、姫川さんは苦笑しながら魔王リリカの肩を軽く叩き、彼女を落ち着かせようとした。


「それじゃあ、少しお話ししましょうか、狼さん。ほかの人たちがここに到着する前に、あなたに聞きたいことがあるの」


「ふん……どうして俺が、てめぇの質問に答えなきゃならねぇんだ?」


「これはお願いじゃなくて命令よ。私の忍耐を試そうとしないで。警告は一度だけよ」


「ずいぶん偉そうじゃねぇか……てめぇらにそれだけの実力があるかどうか、今から試してやるよ!全軍、突撃!優先して、突然湧いて出てきたこの意味不明な女どもを殺せ!ただし、生け捕りにできるなら、新しい玩具にしてやるのも悪くねぇ。へへへ……」


「はぁ……」


カズは彼女の警告を無視し、そのまま開戦を命じた。魔王リリカは呆れたようにため息をついた。


さまざまな怪物、カザリア・リッパー、機天使、そして異世界の兵士たちが、怒涛の勢いで俺たちへ押し寄せてくる。


俺たちは一度は逃れた。けれど、結局二度目からは逃れられないのか……


だが、肩を並べて立つ勇者と魔王は、少しも動揺せず、瞬きひとつしなかった。


「リリカ、あまり人を殺しすぎないでね?もう人殺しから足を洗いたいって、自分で誓ったことは覚えてるでしょ?」


「安心して。ちゃんと覚えてるわよ~私は魔物と機動兵器だけ片づけるから、残りの兵士と機天使は全部あなたに任せるわね?」


「あははは……なかなか楽な仕事じゃないね。『上級雷魔法・雷鎧』、『迅足』、『天選者』、『限界突破』」


姫川さんはまた苦笑を浮かべると、雷を自分の身体と、手にした長槍にまとわせた。


スキル名らしき言葉をいくつか唱え終えた直後、彼女の全身から凄まじい闘気が爆発するように膨れ上がった。


次の瞬間、彼女は身を低く沈め、走り出す直前の構えを取った。


「姫川詩織、ここに参上」


シュッ――!


姫川さんの姿が突然消え、足元の地面もその衝撃で陥没した。


俺たちが瞬きをするよりも早く、彼女はすでに紫色の雷となり、目の前へ津波のように押し寄せてくる敵の群れの中を駆け抜けていた。


ほんの一瞬。


大量の異世界兵士たちが、次々と地面に倒れ伏した。


え……?


「私の実力を見たいの?ふふ……なら、今ここで見せてあげるわ!『超級天体魔法・群星の輝き連奏』!」


空に、無数の光点が突如として現れた。


その名のとおり、色とりどりの魔法術式が空の半分を埋め尽くしていく。


次の瞬間……


光点は豪雨のように、すべての魔物と機動兵器へ向かって降り注いだ。


そして、津波のように押し寄せてきた敵を、瞬く間に一つ残らず消し飛ばした。


「何よ、これ……」


リンは力なくその場にへたり込み、目の前の奇跡を呆然と見つめながら、かろうじてそう言葉を絞り出した。


そうだな……


彼女たちの強さは、まるでチートみたいだった。


エスギルの敵軍?


はは……


もしかしたら、あの二人だけで、この世界を丸ごと制圧することだってできるのかもしれない。


その圧倒的すぎる力は、戦場にいた敵のほとんどを一気に薙ぎ払ってしまった。


その光景に、カズでさえ思わず動揺を露わにした。


「ベヒモスを出せ!敵がここまで強ぇんだぞ、今出さずにいつ出すってんだ!?うっ……!」


姫川さんは残りの敵を片づけた勢いのまま、カズの目の前まで一気に踏み込み、そのまま蹴りを叩き込んだ。


カズはどうにか両腕を上げてその一撃を防いだものの、その顔には初めて、恐怖と苦痛の色が浮かんでいた。


おそらく……


勇者の一撃は、相当重かったのだろう。


「鈴奈、新しい試作弾をお願い。ちょうどあそこに、威力を試せそうな標的がいくつかいるから」


「うん、持っていって。でも、その対巨獣専用弾はまだ威力試験が済んでないから。思ったほど威力が出なくても、私のせいにしないでよ?」


「ふふ、そんなことするわけないでしょう?私の要望どおりに新しい弾を開発してくれただけで、十分感謝しているわ。フローラのことは任せるわね~」


「むぅ~だから、私のことはそんなに気にしなくていいってば~遠慮なく行ってきて、クロエ」


まだ開いたままの碧い転移門の向こうから、さらに三人の女性の話し声が聞こえてきた。


その直後、門の中から、尖った耳を持ち、金髪をポニーテールにした美少女と、黒髪をポニーテールにした人間の女性、そして……金髪の人間の妊婦が姿を現した。


尖った耳の美少女は、黒髪の女性から受け取った弾丸を狙撃銃に装填した。


弾を込め終えると、彼女は狙撃銃を構え、ベヒモスへと照準を合わせた。


「『弱点マーキング』、狙撃開始!」


彼女が狙いを定めたベヒモスの胸元に、微かな赤い光が灯った次の瞬間……


ズドン!


たった一発。


その一撃で、ベヒモスの胸部は爆ぜ飛び、反応する暇さえ与えられないまま、その巨体は崩れ落ちた。


は?


この威力……


俺、夢でも見てるのか?


あ……ああああの人、一発でベヒモスを仕留めたのか!?


「わお?これ、なかなかすごいじゃない!あとで、この型の弾丸をもう少し多めに作ってもらってもいいかしら?厄介な超大型の敵が出てきた時に、役に立ちそうだわ」


たった一発の弾丸でベヒモスを仕留めたのを見て、クロエという名の……エルフ、なのだろうか。


その少女は興奮した様子で飛び跳ねた。


「ふふ……威力があなたの基準に届いたなら安心したわ。もちろん問題ないよ。戻ったら、生産部門に声をかけておくだけだから」


鈴奈という名の黒髪の女性も、その様子を見て満足そうに笑みをこぼした。


それから彼女は、フローラという名の妊婦のそばへ戻っていった。


「怪我人がたくさん……まずは応急治療をしてもいいですか?」


「フローラ、私が支えるわ。気をつけてね?」


「鈴奈……ありがとう。どうしても来たいって言った私のことを、気遣ってくれて。『極光聖域』」


鈴奈さんはフローラを慎重に支え、フローラもゆっくりと手を掲げて、別のスキルを発動した。


彼女がスキルの名を口にした瞬間、空には淡く揺らめく極光が現れ、俺たちの足元には一面の白い花畑が広がっていった。


俺たちの傷が少しずつ癒えていく。


それどころか、失われていた俺の体力までもが、ゆっくりと回復していった。


「なんてことだ……この世界で、いったい何が起きてるんだ……」


あまりにも信じられない光景だった。


これは、医療の奇跡なんて一言で片づけられるようなものじゃない。


「彼女たち、強いだろ?俺の自慢の妻たちなんだ」


俺たちが目の前の奇跡にまだ呆然としていると、背後から一人の男性の声が聞こえてきた。


振り返ると、そこには銀白色の大盾を携えた男が、何人もの少女たちを連れて、いつの間にか俺たちの背後まで来ていた。


あっ!


彼の後ろには、人魚によく似た青髪の少女と、両手に二丁拳銃を握った金髪ショートヘアの少女がいた。


それだけでなく、スーツケースを引いた白髪のボブカットの少女までいる。


ただ、その白髪の少女は、なぜか……


自分の顔と同じくらい大きな骨付き肉にかぶりついていた……?


どうして戦場で食事をしている人がいるんだ?


「あなたは……」


「おっと、立たなくていい。君たちはまず座って休んでいてくれ。俺たちはアトラ大陸から来た【群星の守護者】だ。今回は、ある人からの指示を受けて、この地球を助けに来た」


リリスたちが慌てて立ち上がろうとするのを見て、その男はすぐに片手を上げて彼女たちを制し、そのまま座って休むよう促した。


「俺は伊藤唯。唯でも、唯さんでも好きに呼んでくれ。君たちはよくやった。ここまで長く持ちこたえてくれて、本当にお疲れさま」


「私たちはただ、生き残りたくて必死に足掻いていただけです。ともかく、あなたたちは友軍……ということでいいのですよね?」


「ああ。ただし、先に言っておく。君たちが俺たちと敵対しない限り、俺たちは君たちの友軍だ。そこは分かってくれ」


目の前で繰り広げられた、あの目まぐるしいスキルと魔法を見たあとで、いったい誰がこの異世界人たちと敵対したいと思うのだろうか……


俺たちに勝ち目なんて、欠片もないだろう?


幸いなことに、この人たちは今のところ俺たちの友軍で、しかも信じられないほど強い……


予想外の援軍に、俺たちは皆、思わず安堵の息を吐いた。


「唯。ラミリスと一緒に、全員救い出してきた」


「ふぅ……解決解決~」


さらに、白髪の獣耳少女と、茶髪をポニーテールにした少女が、巨大な石像たちを引き連れてこちらへ駆けつけてきた。


そして、その石像たちの手のひらの上には……


あっ!


静さんも、【アーク】に乗っていた人たちも、みんなそこにいる!


全員無事で、しかも元気そうにこちらへ手を振っていた。


「ママ!」


石像が静さんを地面に下ろした途端、華恋はもう我慢できず、そのまま静さんの胸に飛び込んで泣き出した。


「心配させて、ごめんなさい、華恋」


「ううん、生きていてくれて本当によかった!うぅ……」


【アーク】に乗っていた人たちは、全員生き残っていた。


それは、俺たちにとって本当に予想外の嬉しい知らせだった。


唯さんたちに、どう感謝すればいいのか分からない……


「さて、この茶番もそろそろ終わらせようか」


「あの……唯……」


魔王リリカは、唯さんに何か言いたそうにしていた。


「なんだ?」


「あれ、一発だけ撃ってもいい……?」


「ダメだ……はぁ、分かった。最近はちゃんと言うことを聞いて、いたずらもしていないしな。今回だけ特別に許可する」


「やった!大好き!」


魔王リリカは唯さんの腕に抱きつき、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。


それから唯さんの頬にキスをすると、前線へ戻っていった。


……


あれほど恐ろしい魔王が、彼の前ではあんなにも無邪気な表情を見せるなんて……


正直、唯さんとはいったい何者なのだろうか?


その光景を見て、俺たちは誰もがそのことを気にせずにはいられなかった。


「魔法少女といえば魔法!魔王といえば魔法!つまり、魔法少女☆魔王といえば……大☆爆☆発!喰らいなさい!これは大地を貫く一撃――『超新星』!」


魔王リリカが手にしたおもちゃの魔法の杖のスイッチを押すと、杖から光と歌声が流れ出した。


直後、その杖の先端には何十もの魔法術式が浮かび上がり、幾重にも重なっていく。


そして、彼女が指し示した先に、一粒の白い光が何もない空間から現れ、ゆっくりと空から落ち始めた。


その光景は、エスギル部隊を含め、その場にいる全員の視線を一瞬で奪った。


「鈴奈、フローラのことは頼むぞ」


「うん、彼女と子どもの安全は私が守るから、安心して」


「助かる」


唯さんは鈴奈さんにそう告げると、銀白色の大盾を手に、全員の前へと歩み出た。


「一応忠告しておく。舌、噛まないように気をつけろよ?」


「……?」


俺たちの困惑した顔には構わず、彼は大盾を地面に立て、巨大な障壁を展開した。


その障壁は、都市の大半を覆い尽くせるほど巨大で、俺たち全員をその内側に収め、守っていた。


……


…………


………………


白い光点が、最後に残った二体のベヒモスの隙間へと落ちていく。


ドォォォォォォォォォォン――――――!!!


俺たちが気を抜きかけた、その瞬間。


光点が落ちた場所が突如として炸裂し、巨大なキノコ雲を生み出した。


障壁の外にあった建物も、怪物も……二体のベヒモスまでもが、まとめて吹き飛ばされる。


爆心地には、高熱で溶けた赤い大地だけが残されていた。


「スッキリした~!今回はちゃんと威力を抑えたでしょ?ほら、早く褒めて褒めて!」


「確かに。爆発の威力は前よりずっと抑えられていたな。制御もまたうまくなった。すごいぞ?」


「えへへ、でしょ~♪」


魔王リリカは唯さんに頭をわしゃわしゃと撫でられるまま、幸せそうな顔で彼の胸元に寄りかかっていた。


やっぱり、彼女は本当に唯さんの妻なんだ……


俺はもう、それ以上考えるのをやめた。


本当に。


「さて、狼さん。私たちの実力は、あなたのお眼鏡にかなったかしら?」


魔王リリカは地面にへたり込んだカズへと歩み寄り、からかうように笑った。


「み……認めねぇ!なんなんだよ、これは!?てめぇら、化け物か!?俺はまだ負けてねぇぇぇ!」


『超新星』に巻き込まれなかったはずの仲間たちまで、あの白髪の獣耳少女に凍らされているのを見て、彼はようやく、戦場に残っているのが自分一人だけだと気づいた。


そして、完全に正気を失ったかのように、唯さんたちへ襲いかかり、最後の悪あがきをしようとした。


パシッ。


「あ……アンナのお肉……」


魔王リリカはとっさにかわしたものの、彼女の後ろに立っていた白髪のボブカットの少女が手にしていた骨付き肉は、カズの爪撃によって地面に叩き落とされた。


彼女は足元に落ちた骨付き肉を見下ろし、この世の終わりのような悲しげな表情を浮かべた。


その後、カズは体勢を立て直すために一度距離を取り、改めてその白髪の少女へ襲いかかろうとした。


「まずは、この一番弱そうなやつから殺してやる!」


「むぅ……!よくも……アンナのお肉を汚した!!!」


白髪のボブカットの少女が引いていたスーツケースが、突然変形を始めた。


そして、そのまま弾け飛ぶように分解した。


飛び散った破片は地面に落ちることなく、次々と彼女の身体を覆い、瞬く間に一式の機械装甲へと組み上がっていく。


最後に俺たちの前に現れたのは……


機械装甲をまとった白髪の少女だった。


は?


彼女、非戦闘員じゃなかったのか!?


「やめろ!」


「ヒャハハハハ!そのガキはてめぇの大事な奴なんだろ!?その顔をずっと待ってたんだよ!」


「むぅ!食べ物を粗末にする人は、悪い人なの!」


機械装甲の周囲に浮かんでいた四枚の巨大な鉄盾が、空中からカズに向かって勢いよく叩きつけられた。


その一撃で、カズは数十メートルも吹き飛ばされた。


最後には、地面に激しく叩きつけられ、そのまま意識を失った。


「俺はアンナにやめろって言ったんだが……せっかく階級の高そうな敵に出会えたのに、尋問する前に殺したらもったいないだろ……」


さっき唯さんが止めようとしていたのは、アンナのほうだったのか……


「ふん!」


アンナはそれ以上追撃せず、腰に手を当てると、地面に倒れているカズに向かって不満そうに鼻を鳴らした。


それから、彼女はくるりと向きを変え、唯さんのもとまで飛んで戻っていった。


「アンナ、最後はちゃんと手加減したよ!」


「よくできたな。えらいえらい、今回はちゃんと力加減できたな。やっぱりアンナは一番いい子だな~」


「~♪」


アンナも、先ほどの魔王リリカと同じように、唯さんに甘え始めた。


……


まさか、ここにいる女性は全員、彼の妻なのか……?


人数が多すぎる。


さすがにありえないよな?


「唯、私たち……少し遅かったみたい……」


眼鏡をかけた紫髪の少女が、犠牲者たちの遺体へ視線を向け、悲しそうに唯さんの袖を引いた。


「はぁ……仕方ないよ、ナセフィン。創造主に急に呼び出されて来たんだ。準備なんて、まともにできるわけがない」


「うん……それは、仕方ないことだね……」


「せめて、この勇士たちの遺体をきちんと弔ったあとで、俺たちも手を合わせに来よう」


「うん。そうしよう」


「あの……皆さんを助けてくださって、ありがとうございます。本当に、本当にありがとうございました、英雄の皆様!」


リリスは二人のやり取りから、彼らが敵ではないと判断したのだろう。


そして地球側を代表するように、自分から前へ出て彼らに礼を述べた。


「気にしなくていい。俺たちも報酬目当てで、この面倒な仕事を引き受けただけだからな。お互いさまってやつだよ。ところでリリカ、さっきどうしてこの子を襲おうとしたんだ?何か問題でもあったのか?」


「彼女、臭かったの。だから一瞬だけ、敵かもしれないって疑っただけよ。安全のために、ちょっと試しただけ」


さっきのが試しただけ!?


姫川さんが止めてくれなかったら、下手をすればリリスに向けて魔法をぶっ放していたかもしれないのに……


「あ、あの……失礼しました!ここ最近、行軍と戦闘の連続でしたから、多少汗臭くなってしまうのは仕方ないというか……」


「勘違いしてるわ。私たちが言っている臭いっていうのは、瘴気の臭いのことよ。あなた自身の臭いじゃないわ」


「え?そ、そうなのですか!?すみません、私の勘違いでした。ですが、瘴気……とは、何のことでしょうか?」


「は?」


リリスがまるで事情を分かっていない様子だったため、魔王リリカでさえ返す言葉に困っているようだった。


「瘴気っていうのは、負の感情を増幅させる負のエネルギーのことよ。使った人は、その副作用で異常に凶暴になったり、精神を病んだり、ひどく後ろ向きな感情に呑まれたりするの。でも同時に、瘴気には使用者の戦闘力を大幅に引き上げる利点もある。だから悪意を持った人たちは、その危険性を無視してでも、軽率に瘴気を使おうとするのよ」


茶髪をポニーテールにした少女は、ほかの生存者たちを全員石像の上から下ろし終えると、そのまま自然な流れで彼らの会話に加わった。


「あなたは……」


「私はラミリス。敬称も余計な呼び方もいらないわ。今の私は、ただの平凡な人気配信者だから」


「普通の人気配信者が、超大型機動兵器を気軽に吹き飛ばせるとは思えないんだけどな?」


「私は普通の人より、ほんのちょ~っとだけ強いだけよ~」


ラミリスは冗談めかして、唯さんに向かって“ちょっとだけ~”という手振りをしてみせた。


けれど俺には、今の親指と人差し指の間に、銀河が丸ごとひとつ見えた気がした……


直感が告げている。


彼女は絶対に、ただの人気配信者なんかじゃない。


「リリカは魔族なの。魔力や瘴気のようなエネルギーに、生まれつき敏感な種族よ。だから彼女は、私たちの誰よりも早く、あなたの体内に瘴気が流れていることに気づいたの」


「えっと……正直に申し上げますと、皆さんのおっしゃる瘴気にはまったく心当たりがありません。私は、そのようなエネルギーを使った覚えもありません……」


「それは変ね。あなたが瘴気を使ったことがないと言うなら、どうしてあなたの体内に瘴気があるのかしら?」


ラミリスは腕を組み、片手を顎に添えながら、深く考え込んだ。


「あ、そうだ……!よかったら、あなたのご両親がどんな人なのか教えてくれる?もしかすると、ご両親のどちらか……あるいは二人とも、瘴気の使用者だった可能性があるわ。その影響で、あなたの体内に自然と瘴気が流れているのかもしれない。あなたは、生まれつき瘴気に適応した体質を持っている可能性があるわ」


「父は……実を言うと、異世界への侵略を娯楽として楽しむような暴君でした。幼い頃の私は、戦場からエスギルへ戻り、その日の夕食を受け取りに行く時以外、父とはほとんど関わりがありませんでした。そして、母は……」


「異世界を侵略する暴君……!目標を見つけたわ、唯!」


「え?」


ラミリスは突然目を見開き、そばに立っていた唯さんへ視線を向けた。


リリスの父親が、彼らの目標……?


「もう一度確認させて。あなたは本当に、お父様とは何の関係もないのね?」


「はい……むしろ私は、父と敵対する立場にいます。十数年前、彼らが次に地球を踏み潰そうとしていると偶然耳にしました。だから私は、各副官に支給されていた転移指輪を使って先にこちらへ来て、この地球の人たちが抗う準備をする手助けをしていました。もっとも……最後は少し手違いがあって、戦力不足になってしまいましたが……」


「彼女を信じてあげてください。私は当時、最初にリリスと出会った者であり、今も彼女と一番長く一緒に過ごしてきた地球人です。彼女の言葉に、嘘はありません」


ユリは自然に会話へ加わると、リリスの後ろへ回り、両手で彼女の肩を軽く叩いた。自分が彼女の後ろで支えているのだと示すように。


「ほらね、リリカ。詩織が止めてくれてよかったでしょ。ほら、早く謝りなさい」


「うぅ……ごめんなさい。さっきは、私が少し決めつけすぎたわ」


「……大丈夫です!どうか顔を上げてください、魔王様!私たちも皆さんに命を救われましたから、これでおあいこ、ということにしていただけませんか?」


ラミリスに促されると、魔王リリカはすぐにリリスへ頭を下げて謝った。リリスはそれを見て、ひどく慌ててしまった。


やがて、リリスに顔を上げるよう促されると、彼女は少し申し訳なさそうに苦笑し、小さな声でリリスに礼を言った。


「とにかく、まずは重傷者や、手足を失った人たちの治療をしよう。頼む、フローラ。あまり無理はするなよ」


「私も魔力を少し分けるわ。そのほうが楽になるでしょ。『連結』」


「うん、分かってるよ、唯。それにラミリスも、助かる。『広域化』、『復元』!」


ラミリスとフローラの身体が、金色の光に包まれた。


そして、俺たち一人ひとりの足元に、淡い緑色の魔法術式が浮かび上がり……


「えっ!?私の脚、戻ってる!わっ、すごい!」


突然、背後から小夜啼鳥の驚きの声が聞こえてきた。


俺たちが振り返ると、小夜啼鳥だけではなかった。


俺たち全員の傷も、失われていた手足も、すでにすべて元どおりになっていた。


さっきまでの傷が嘘だったかのように、傷跡すら残らず消えていた。


「ママ、手が……!」


「わぁ……?私の手まで元に戻ってる!?うぅ……」


静さんが義手をつけていたはずの腕まで、きれいに元どおりになっていた。


彼女は信じられないというように腕を動かしたあと、すぐに嬉しさのあまり涙を流した。


「みんな、見て!私の腕が元に戻ったわ!」


「よかった、セレイアっち!うぅぅ……」


リンはリヤの傷まで完全に治っているのを見ると、こらえきれずに彼女を抱きしめて泣き出した。


「これで解決だね。ふぅ……」


「疲れたか?先に家へ戻って休むか?敵はもう全部片づいたし、しばらくは俺たちの心配をしなくても大丈夫だろ?」


「そうですね……それなら、あなたの言うとおりにしますね、パパさん♡」


「行こう。家まで送る。みんなは悪いが、しばらくここに残って現地の人たちを手伝ってくれ。フローラの面倒を見たあと、俺はまたここに戻って合流する。何か急ぎの用があれば、電話で知らせてくれ。『空間転移』」


唯さんが手を伸ばすと、彼とフローラの前に淡い青色の転移門が現れた。


そして彼はフローラの手を取り、慎重に彼女を連れて転移門の中へ入っていった。


「私も一緒に戻って、フローラの世話をするわ。あなたがこの地球に戻ったあとも、フローラのことは私が見ておけばいいし」


「いいのか?」


「もちろん。私も赤ちゃんが生まれるのを楽しみにしてるし、人の世話をするのも好きだから。遠慮なく頼ってくれていいよ?」


鈴奈さんは二人のあとを追い、彼らと一緒に転移門の中へ入っていった。


そのあと、転移門はゆっくりと消えていった。


「それでは皆さん、まずはこの世界の人たちを安全な場所へ移しましょう。そのあと、亡くなった方々の埋葬を手伝います。気を失っているエスギル兵については、私と詩織、それからミアの三人で対応します」


三人が去ったあと、紫髪の眼鏡少女――ナセフィンが、その場の指揮を執り始めた。


ちなみに、彼女が口にしたミアというのは、あの人魚のような青髪の少女のことだ。


「じゃあ、私はさっきの身の程知らずな人狼を尋問してくる」


「……シェラ、殺しちゃダメだよ?」


「もちろん。殺したら情報が取れないからな。そのくらいは分かっている。ただ、これからあいつが死ぬほど苦しむだけだ。ふふ……」


「あんまりやりすぎないでね」


ナセフィンはシェラという名の白髪の獣人少女を見て、呆れたように首を振りながら苦笑した。


その後、シェラさんはまっすぐカズのもとへ歩いていくと、片手で乱暴に彼の尻尾をつかみ、顔を地面に向けたまま引きずっていった。


しかも、彼女はどこか楽しそうに笑っているように見えた。


このあとカズがどんな地獄を見ることになるのか、考えたくもなかった……


「俺たち、生き残ったんだな……」


ようやく、戦いは終わった。


アイリーンも、ずっと張り詰めていた糸が切れたのか、そのまま街道の上に横になって眠ってしまった。


「残りはこちらで対応します。あなたたちは先に休んでください」


「分かった。ありがとう。君は……」


「私はイヴ。そう呼んでくれればいいです」


「ああ。ありがとう、イヴ」


「問題ありません。それでは、私はこれで」


腰に二丁の拳銃を差した金髪ショートヘアの少女――イヴは、そのまま俺たちに背を向け、仲間たちのもとへ戻っていった。


これから何をするべきか、彼女たちと相談するためだ。


ふぅ……


本当に、とんでもない一日だったな。


戦況はどんどん悪くなっていって、もうここまでかと思った。


なのに、唯さんたちは何の前触れもなく戦場に現れた。


たった十二人で、圧倒的な力によってすべての敵を倒し、そのうえ俺たちの傷まで治してくれたんだ……


一日のうちに、ここまで多くのことが起きるなんて、夢にも思わなかった。


でも……


父さんも、母さんも、リンたちも、みんな生き残った。


それが何より大事だ。


今は、少しだけ休ませてもらおう……

【設定や用語の概要】に、新しい設定や用語をいくつか追加しました。


『原初編年史』シリーズの世界観についてもう少し詳しく知りたい方は、そちらもあわせて読んでいただけると嬉しいです。


なお、※重要と記載されている項目は、物語の世界観に関わる設定となっています。

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